軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

知らない過去

アンダーソン伯爵家で暮らし始めてから、一週間が経った。ノエル様は相変わらず素っ気ない態度をとってしまうわたしに対し、顔を合わせる度に愛を囁いてくれている。

まるで、少し前のわたしのように。

「ちょっと! 私が出張に行っている間に、ノエル様と婚約だとか一緒に住んでいるとか、一体何が起きてるのよ!」

「ちゃ、ちゃんと話すから落ち着いて……!」

そして仕事が休みの今日は久しぶりに外出し、二ヶ月ぶりにクラリスと会っている。勿論ノエル様にはしっかり報告し、護衛を付けてもらっているから安心だ。

今は行きつけのレストランでランチをしているけれど、彼女からの質問攻めに遭い、食事どころではない。魔法省に勤めている彼女は、ここ二ヶ月の間、隣国に出張に行っていたのだ。手紙の送り先もわからず、「ノエル様と婚約しました」とだけ書いた手紙を彼女の家に送ったきりだった。

制約魔法のことは話せないけれど、あの本の通りに引いてみたところ、あっという間にノエル様から婚約を申し込まれ、こうなったことを簡潔に説明した。

「そんなに効果があったなんて……! 私も好きな男性ができたら、やってみようかしら」

「本当に恐ろしい程の効き目だったわ、ありがとう」

「それにしても、シェリーがノエル様に冷たい態度をとれたのが一番の驚きよ。辛かったでしょう」

「……ええ、そうね」

辛かった、ではなく今現在も辛いのだと言える筈も無く、わたしは笑顔を作った。制約魔法が解けるまで、あと二週間ほど。早く彼に好きだと伝えたくて仕方がない。

なんとか食事を終え、デザートを食べながらこの後はどうしようかと話し合っていると、クラリスは「あっ!」と何か思いついたように声を上げた。

「ねえ、せっかくだし騎士団の見学に行きましょうよ」

「えっ?」

「今日は確か一般公開日だし。シェリーも前から見に行きたいと言っていたじゃない」

彼女の言う通り、昔から行きたいとは言っていたけれど、毎回公開日は仕事と被っていて見に行けていなかった。

遠目から見るだけならば、彼に余計なことを言ってしまう心配もないし、騎士の方々が沢山いるのだ、この国の何処よりも安全な場所かもしれない。

そして何より、騎士姿のノエル様が見たくて堪らなかったわたしは、すぐに行くと返事をしたのだった。

「まあ、すごい人ね……!」

騎士団の観覧席はたくさんの女性で溢れていて驚いた。わたしとクラリスは、一番後ろの端の席に腰を下ろす。そしてすぐに、一際輝くノエル様を見つけることが出来た。

「あ、あの神々しさは一体……? まるで神話にでも出てきそうな位に素敵だわ! ここはまさか天国か何かなの?」

「……婚約をしても、貴女は何も変わらないのね」

苦笑しているクラリスを他所に必死に彼を眺めていると、不意にノエル様は観覧席の方へと顔を向けた。美しすぎるお顔が良く見える! 幸せ! と感動していたのだけれど。

何故か、ばっちり目が合った。

これほど沢山の人がいて、一番見えづらいであろう場所に居るというのに、彼の瞳は間違いなくわたしを捉えている。

そしてノエル様は一瞬、ひどく驚いたような表情をした後、破顔した。その瞬間、心臓が握り潰されたような錯覚を覚えた。間違いなくわたしは今、一度死んだ。

彼は近くにいた男性に何かを言うと、こちらへ再び笑顔を向けた後、再び稽古を再開していた。

「シェリー・グラフトン様ですか?」

数分後、魂が抜けかけているわたしの元を訪れたのは、先程ノエル様が話しかけていた男性だった。とても背が高くがっしりとしていて、男らしい。まさにクラリスのタイプだ。

「師団長が、是非見えやすい席にと。ご友人の方も是非」

「えっ「そんな、私まで宜しいんですか……?」」

急に女の部分を出し始めたクラリスに、わたしの考えが間違っていなかったことを知る。そしてお言葉に甘え、より近い場所へと案内してもらうことにした。

◇◇◇

「……君がノエルの婚約者?」

かなり見えやすくなった場所で、彼をひたすら見つめていたわたしに声を掛けたのは、騎士服を着た金髪が良く似合う男性だった。彼もまた、かなりの美男子である。

クラリスはここから少し離れたところで、先程案内してくれた男性に必死に話しかけ続けていた。

「ええ、そうです。シェリー・グラフトンと申します」

「俺はチェスター・ファレル。此処では一番ノエルと仲が良いんだ、よろしくね。いつも君の話をあいつから聞いていたから、何だか初めて会った気がしないな」

彼はそう言って人懐っこい笑顔を浮かべると、わたしの隣に腰掛けた。ノエル様の一番仲の良い方だと聞き、思わず背筋が伸びてしまう。失礼なことなど出来ない。

彼は今休憩中らしく、疲れたー! と腕を伸ばしていた。

「そういや、婚約おめでとう! 正直、俺はあと2年はかかると思ってたよ。本当にすごいよな、あいつ」

「…………?」

「ノエルは元々才能があったけど、本当に言葉通り血のにじむ様な努力をしてたからね。愛の力はすごいよ」

あと2年はかかると思っていたとは、どういう意味なのだろう。愛の力、とは一体何なのか。彼の言っていることが何一つわからず、わたしは笑顔を浮かべることしかできない。

「しかも師団長の就任式が終わった後、寝ないで数日かけて領地の伯爵に会いに行った足で、そのまま君に婚約を申し込みに行ったんだって? どれだけ待ちきれなかったんだよ」

そう言って可笑しそうに笑う彼を前に、わたしは初めて聞く事実に戸惑い始めていた。分からないことが多すぎて、一体どこから聞いたら良いのかすら分からない。

「あの、ノエル様とはいつからのお付き合いなんですか?」

「あいつが騎士団に入った日からだよ。俺はノエルより三日早く入ったんだ。一日でも早く師団長になる為に、昨日学園を辞めて来たなんて言っていて、変なやつだと思ったよ。それもまさか女絡みだなんて、本当に驚いた」

「……どういう、ことですか?」

そんなわたしの言葉に、チェスター様は不思議そうに首を傾げていた。だんだんと、心臓が早鐘を打っていく。

「だから、君と結婚する為にノエルは文官になる夢も捨てて、騎士になったんだろう?」

頭の中が、真っ白になった。