軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

79 慰問式3

そして翌日。

その日の午前中は何も予定がなかったので、こっそりとカーティス団長を呼び出した。

カーティス団長がカノープスだと分かってからずっと、誰かが必ず側にいたので核心的な話は何もできなかったからだ。

私には色々と聞きたいことと、話しておかなければいけないことがあったので、こっそりと話をするため、カーティス団長と人気のない森の中で会うことにしたのだ。

遅れないようにと早めに待ち合わせ場所に行ったというのに、既にカーティス団長は到着していた。

念のため辺りをぐるりと見回してみると、つい数日前に恐ろしいバジリスクが出現した場所だけあって、他には誰もいなかった。

「カーティス、ごめんなさい! お待たせしたわね」

言いながら走って行くと、カーティス団長は驚いたように走り寄ってきた。

「なぜ、私が待っているくらいで走るのですか! 転んだらどうするつもりですか?」

必死な様子で詰め寄ってくるカーティス団長をじとりと睨むと、私は呆れたような声を出した。

「カーティスったら! 私が走るだけで転んでいたのは、7歳のころまでよ。それから、私は聖女なんだから、ちょっとした怪我くらい、自分でちょいちょいと治せるわよ」

「……そうでしたね。フィー様はとてもご立派になられたのでしたね」

しみじみと、でも寂しそうに発言するカーティス団長を見て、私はこてりと首を傾げた。

「カーティス?」

「いえ、なんでもございません。なんでもございませんが……なんと、ご立派になられて」

カーティス団長は私をまじまじと見つめると、感服したかのようにほうっとため息をついた。

何だこの反応は? と不思議に思い、念のために確認してみる。

「ええと、あなた、カノープスで間違いないわよね? 私と同じで、前世の記憶を持っていると思っていいのかしら?」

「その通りです。ご報告が遅くなり、誠に申し訳ございません。300年前、私はカノープス・ブラジェイとしてセラフィーナ様にお仕えしておりました。昨日、そのことを思い出したにもかかわらず、本日のご報告になりましたことを心よりお詫び申し上げます」

「ええとね、あなたはもう私の騎士ではないのだから、そんな風にかしこまるのは止めてちょうだい。でも、そうなのね。あなたも死にかけたことがきっかけで前世を思い出したのね……」

自分が前世を思い出した時の状況に当てはめて確認していると、カーティス団長は私の言葉を補足してきた。

「おっしゃる通りでございます。ただ、私の場合は、フィー様にお会いして以降、少しずつ前世の欠片らしきものを夢の形で見ておりました。半覚醒したのは、フィー様が洞窟で住民たちに囲まれているのを見た時です。ただ、この時もまだ体のコントロールが上手くできなかったりと、中途半端な状態ではありました。完全に覚醒したのは洞窟で目覚めた時になります」

「へ? そ、そうなの? 私に会ってから、少しずつ思い出したってこと? 不思議ねぇ……」

「全く不思議はありません。私はもう一度あなた様にお仕えしたいとずっと思っておりました。そのご本人を目の前にしたのですから、影響を受けて当然です」

「へ? あの、もう一度って……」

カーティス団長の言いたいことが分からず目をぱちくりとさせていると、カーティス団長は感慨深そうに話を続けた。

「フィー様はもう、15歳におなりあそばせたのですね。誰もあなた様にお付きしていなかったというのに、お一人で……ご立派なことです」

「い、いや、普通誰だってお付きの騎士なしに成長するでしょう。家族だっているし」

「ああ、そうでしたね。フィー様のご尊父様、兄上様方、姉上様は皆騎士でしたね。彼らがフィー様をお守りしてきたのでしょうね」

「……そ、そうね。姉さんはとっても良くしてくれたわね」

剣の才能がないということで、父と兄二人からは冷遇されていたけれど、それをこの場で言うことは全くためにならないような気がしたため、それとなくぼかしておく。

「叶うものであればもう一度、あなた様がお小さい頃からお仕えしたかった……」

ぽつりとつぶやいたカーティス団長は、未だ過去に囚われているように見えた。

多分、カーティス団長は……カノープスは、私の最期に立ち会えなかったことで、役目を全うできなかったと感じているのだろう。

それは、全く彼のせいではないというのに。

私は私の目の前に立つ、立派な体格に恵まれた水色の髪の騎士をちらりと見上げると、これだけは伝えておかなければと思い、何気ない風を装って口を開いた。

「カーティス、あのね、前世で死んでしまった時の話だけど………その、相打ちみたいな? 魔王を封じたんだけど、ちょうど私も同時にやられてしまって。えーと、つまり、一瞬の出来事で、気付いた時には死んでいたから、痛みも一瞬だったわ」

護衛騎士であるカノープスの知らないところで、私は死んでしまったのだ。

カノープスにとっては、あり得ない出来事だろう。

カノープスの性格だと、最期の場にいられなかったことを悔いて、私の死はどうだっただろうと何度も何度も考えたに違いない。

だから、せめて安らかだったと安心させたい。

―――――嘘だとしても。

「………カーティス?」

しばらく待ってみたけれど、カーティス団長が一言も返事をしないので、不思議に思ってちらりと横目で見る。

けれど、カーティス団長の顔を見た私はぎょっとした。

「え? ちょ、どうしたの!?」

思わず問いかけてみたけれど、私の声が耳に入っていないのか、カーティス団長は背筋を伸ばし、両手を真っすぐに下ろして握りしめたまま、微動だにしなかった。

「カーティス…………」

私はもう、どうしていいか分からなくなって、もう一度名前を呼んだ。

―――立ち尽くし、静かに涙を流し続ける騎士の名前を。

カーティス団長は一言も声を発せず、けれど目からは滂沱の涙を流していた。

何がどうなったのか分からない。

けれど、少なくとも前世では、カノープスが泣いたところなんて一度も見たことがなかった。

カーティス団長は両手で顔を覆うと、天を仰ぐかのように顔を空に向けた。

けれど、手の間からはぼたぼたと大粒の涙が零れ落ちている。

「あ、あの、一体どうし………」

私はいよいよ、どうすればいいか分からなくなって、カーティス団長の騎士服に手を掛けると、両手で隠された彼の顔を見上げた。

「………………分かり……ま、した……」

カーティス団長の両手の間から、とぎれとぎれの声が聞こえてくる。

「それが………あなたの、望むさいごなら……ええ、受け入れ、ます……」

「……え……と、……」

途切れることなく涙を流し続けるカーティス団長を前に、私はこてりと首を傾げた。

ど、どうしたのかしらこれは?

最期の時の話をしたから、私が前世で死んだ時のことを―――つまり、死んだと聞かされた時のことを思い出して、悲しくなったのかしら?

それにしては感情が高ぶりすぎている気がするけれど……

私はどうしていいか分からなくなり、声もなく涙するカーティス団長の前で所在無げに立ち尽くしていた。

そんな私の前で、カーティス団長は顔から両手を離すと―――まだ、新たな涙が次々と流れ続けていたけれど―――その涙を気にした風もなく、私の前に片膝をつくと深く頭を下げた。

「あなた様をお守りできなくて、申し訳ありませんでした。心よりお詫びを申し上げます。いますぐ命を絶てと言われるのならば、すぐにでも従います。が、許されるのであれば、今度こそ、あなた様を守らせてください」

まるで命を絞り出すかのように苦し気に言葉を続けるカーティス団長を前に、私はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。