軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

76 黄紋病8

「フィーア、あなたはこんなにも長い時間、どちらに行っていたのですか? 朝にあのような騒動を起こしておいて、領主館に連れ戻したのも束の間、いつの間にかいなくなっているなんて!」

シリル団長は心底心配しているといった風情で、私に近寄ってきた。

「あれから何時間経ったと思っているのですか? もう、夕暮れ近い時間ですよ」

ものすごい大問題のように言われたけれど、ええと、私は成人していますからね?

そうして、今日はお祭りなので、騎士の誰もが自由に過ごしてよかったはずです。

どうして私は、まるで子どものように、団長に心配されているのでしょうか?

そう不満に思い、ちらりと見上げると、シリル団長から確認するように続けられる。

「この地において、赤い髪のあなたはどのように扱われるか分からないので、安全のために私かカーティスが同行すると言っておいたはずですが」

「うぐっ!」

……た、確かに、そのようなことを言われた気がしますね。

今の今まで、全く忘れていましたが。

ま、まぁ、でもあれは、私が大聖女の生まれ変わりだと、住民たちが思い込む前の話なので、状況は変わっているし……というのは通用しますかね?

はい、通用しないですよね。事前にそういう説明をシリル団長にして、一人で外出する許可を取るべきでしたよね。

心配そうに眉根を寄せるシリル団長を見ながら、これは完全に私の分が悪いわと思う。

無理ですね。ただでさえ弁が立つシリル団長を相手に、状況が悪い状態で戦おうなんて、愚の骨頂ですよね!

完全に負け戦だと悟った私は、それ以上愚行を犯すことなく、ぺこりと頭を下げて、素直に謝罪する。

「ご心配をおかけして、申し訳ないです。どこに行っていたかという話ですが、領主館から出た後は、子どもたちとお祭のお店を見て回りました。焼果実、琥珀飴、ふわふわ飴、卵パン……などを食べたら、子どもたちが帰ってしまったので、一人になりました」

シリル団長に攻撃される隙を与えないようにと、早口で止まることなく説明を行う。

「そうしたら、エリアルが……ええと、こちらの方で、族長のお孫さんらしいのですが、そのエリアルに誘拐されそうになりまして、……でも、結局、エリアルに不手際があったので誘拐は成功せず、私は自分の足で付いていきました。そしたらカーティス団長もこっそり付いてきて、エリアルたちに斬られてしまい……」

「お待ちなさい、フィーア! おかしな単語がいくつもありました。なぜ、誘拐されそうになった相手についていくのです? そして、カーティスが斬られたというのは、どういうことですか? カーティスは私以上に血相を変えて、あなたを探しに行ったはずですが……」

私の言葉を遮るように自らの言葉を被せてきたシリル団長だったけれど、私の後ろから姿を現したカーティス団長を見た途端、絶句する。

……それはそうだろうな、と思う。

改めて見ると、カーティス団長の真っ白だった騎士服は、出血のためどす黒く変色している。

もちろん出血は止まっているのだけど、騎士服は白い部分がほとんどなく、瀕死の重傷を負ったようにしか見えない。

「問題ない。ただの軽傷だ」

心配気に見つめるシリル団長に対し、さらりと言い切ったカーティス団長を前に、シリル団長は二の句を継げないでいるようだった。

それは、シリル団長に対して常に丁寧な言葉遣いを保ってきたカーティス団長が、突然常語を使い始めたからなのか、明らかな大怪我を軽傷と言い切ったからなのか、それとも、カーティス団長が纏う雰囲気が別人のものになったのを感じ取ったからなのかは分からない。

けれど、当のカーティス団長はシリル団長の驚きには目もくれず、私の対応を待つかのように私に視線を向けた。

私ははっとすると、周りに大勢集まってきた住民たちに目をやる。

すると、住民たちの間から、慌てた様にラデク族長が走り出てきた。

「大聖女様、ご無事で何よりです!」

そう言いながら、族長は大袈裟なくらいに頭を下げたけれど、私と手をつないでいたミューに気付くと、驚いたように目を見張った。

「ミュ、ミューや。お、お前は病気で、父親と洞窟で暮らしているべきじゃあないのか? ここに戻ってきてはいけない……」

言いかけた言葉が、途中で途切れる。

族長は大股で近寄ってくると、ミューの前に膝をつき、彼女の袖をまくって、手のひらを、腕を確認した。

「お、黄紋が消えている……」

族長は上ずったように呟くと、ミューの後ろに立つ病人だった者たちを呆然と見上げた。

そこには、不治の病に侵されていて、もう二度と会うことが叶わないと思っていた、一族の仲間たちが全員揃っていた。

彼らは喜びで涙ぐんでおり、その体のどこにも黄紋は見られなかった。

それどころか、彼らの誰一人にも体の不調は見られず、元気に自分の足で立っている。

「……だ、大聖女様……」

族長は息も絶え絶えな様子で私を振り返ると、震えながらその一言を口にした。

「「「……大聖女様!!」」」

気付いた時には、その場の住民の誰もがその場に跪き、同じように震える声で古の尊称を口にしていた。

その場に立っているのは、シリル団長とカーティス団長と私だけになっており、これはもう徹底的にまずいと思った私は、救いを求めるようにエリアルに目をやった。

「エ、エリアル!!」

私の言葉を聞くと、エリアルははっとしたように立ち上がり、族長に向かって声を上げた。

「ち、ちがうよ、じいちゃん、いや、族長! フィーア様は大聖女様ではなくて、その……、えと……、あの……」

焦ったエリアルは次の言葉が出てこないようで、困ったようにカーティス団長を見つめた。

カーティス団長はエリアルの視線を受け止めると、皆を見回しながら口を開いた。

「エリアルの言う通りだ。 フ(・) ィ(・) ー(・) 様(・) は(・) 聖(・) 女(・) で(・) も(・) 、 大(・) 聖(・) 女(・) 様(・) で(・) も(・) な(・) い(・) 。 た(・) だ(・) の(・) 騎(・) 士(・) だ(・) 。……分かったな?」

その時のカーティス団長は、誰にも否と言わせないほどの妙な迫力があった。

そのため、エリアルや族長を含めたその場にいた全員はごくりと唾を飲み込み、何か言いたそうにしながらも無言になった。

けれど、やはり我慢ができないようで、カーティス団長の言に反論したい雰囲気を漂わせながら、救いを求めるように私を見つめてきた。

私は皆の視線に気付きながらも、助けることはできないと、誰とも目を合わせないようにして心の中で謝った。

……ご、ごめんなさい。無理です。

皆さんは、カーティス団長が言った『私は聖女ではなく、騎士である』ということを肯定したくなくて、否定してほしいのでしょうけど、……わ、私も、私が騎士であることを肯定します。

「カ、カーティス団長の言う通りです。私は聖女ではなくて騎士です。新しい特効薬についても、カーティス団長が突然閃いて、必要な素材を採取してくれたんです。そして、サリエラがその素材を基に、新たな特効薬を作ってくれたんです」

「「「………………」」」

族長を始めとした住民たちは、それでもまだ、何か言いたげにじっと私を見つめてきたけれど、私が何も答えないでいると、諦めた様に頭を下げた。

「………承知いたしました」

……よ、よしよし、住民たちが私のことを、聖女ではなく騎士だと納得したわよ。

私はうんうんと頷くと、感心してカーティス団長を見つめた。

先ほどのカーティス団長の言葉は、まるで脅しのように聞こえたけれど、団長はこの地で慕われているというだけあって、その言葉には説得力があったようね。

脅しに対して、住民たち全員が納得するわけはないもの。

背後にはきっと、今までに培ったカーティス団長と住民たちとの信頼関係があるはずだわ。

たった一言で、私が大聖女ではなく一介の騎士であると納得させてしまうなんて、素晴らしい手腕じゃないの。

私がほっと胸を撫でおろしていると、ラデク族長が確認するかのように呟いた。

「……そうか。フィーア様は大聖女様ではないのか」

「あ、ああ。そうだよ、じいちゃん」

エリアルが肯定すると、族長は視線を上げ、震える声でつぶやいた。

「それなのに、不治の病に対する薬を作り、我々を救ってくださるとは、なんとありがたい……」

ラデク族長の瞳に映っているのは、自分の力が及ばない大いなるものに対する感謝と尊敬の念だった。

私はその場に静かに広がっていく、住民たちの抑えられない感謝の念を感じ取ると、驚いて族長を見つめた。

……な、なんてこと! 話が噛み合っていないようで、噛み合っているわ。

後ろから、カーティス団長がぼそりと呟く。

「……なるほど。会話というのは、言葉で成り立つものではないんだな。言葉以外の色々なもので構成され、理解されるものなのか」

ラデク族長は懇願するような表情で、孫のエリアルを見つめた。

「エリアル、私はこれほどの恩を受けたというのに、大聖女様にお礼を言うこともできないのか」

「……それが、大聖女様のお望みだから」

「そうか………」

ぽつりとつぶやくと、族長は何とも切なそうな表情で私を見つめてきた。

思わず視線を逸らすと、他の住民たちも同様の表情で私を見つめていることに気付く。

居たたまれなくなって、思わず身じろぎした私の視界の先で、族長はひ孫のミューをぎゅっと抱きしめた。

「ああ、ミュー。ミュー。我々は、何一つ御恩を返せないまま、また新たなご慈愛を受けてしまった。どうすればよいのだ?」

心底切なそうな族長の言葉が、しんと静まり返った空間に響く。

『どうすればよいのだ?』

けれど、何を言っても大聖女であることを信じ切っている住民たちを前に、その言葉を質問したいのは、私の方だった。

………ほ、本当に、どうすればいいのかしら?