軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70 黄紋病2

「この300年の間に黄紋病に罹患する者は大勢いました。けれど、その全てが特効薬で治ってきました」

サリエラは唇を噛みしめると、辛そうに言葉を続けた。

「……けれど、なぜか今回に限り、その特効薬が効かないのです。ですから、この病は黄紋病ではないのかもしれません。あるいは、……私が材料か、製造方法を間違えているのかもしれません」

そこまで話すと、サリエラは声を詰まらせた。

その様子があまりに苦しそうだったので、私はついつい安心させるように口を開いてしまう。

「いいえ、サリエラ。あなたの薬に間違いはありませんよ。……どうやら、長い年月の間に、病気が変異してしまったようですね」

私の言葉を聞くと、サリエラははっとしたように顔を上げ、私の手を両手で握りしめてきた。

「ほ、本当ですか? 私が間違ったせいで、皆が苦しんでいるのではないのですね? ……ああ、大聖女様、教えていただいてありがとうございます!」

そう言うと、サリエラは私たちが入ってきた入り口とは反対側の通路に目を向けた。

「ここは病人たちの墓場です。この病は、決して治りません。もう何百人もの仲間たちが死んでいき、亡くなった者はあちらの通路から……あの通路は海につながっているので、あの場所から海に還すのです。死体から他の者に病がうつってはいけないので、家に戻すこともできません」

ぎゅっと胸元を押さえ込んでいたサリエラは、ふっと表情を緩めると、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「ああ、大聖女様に来ていただいて助かりました。私はもうどうすればいいのか、ずっとずっと分かりませんでした。聖女であることが苦しかったんです。大聖女様は、病が変異したとおっしゃいましたが、それが事実かどうかすら私には分かりません。もう、私にはこれ以上、手の施しようがないのです……」

縋るように見つめられた私は、一歩足を前に踏み出した。

サリエラの気持ちが、痛いほどよく分かる。

聖女であるのに、目の前の病人を治癒することができないなんて、何て悲しいことだろう。

私にできることがあれば………

けれど、私の進行を邪魔する位置にカノープスが立ち、それ以上進めなくなる。

どうしてそんな場所に立つのかしらと不思議に思い、ちらりとカノープスを見上げると、真顔で見返された。

「フィー様。……先ほどまでは、ここにいる無礼な住民たちを殲滅することで、あなた様の秘匿情報をも一緒に滅するつもりでしたが、……あなた様が彼らを生かすと決められたのなら、用心のために、敢えて『フィー様』と呼ばせていただきます」

「ちょ、無礼……、殲滅って………」

あまりにも物騒な話に思わず反論しかけたけれど、皆の前でこの話をするのはリスクが大きいと思い、話の続きは先に延ばそうと決める。

……というか、カノープスとの会話って、先延ばしの話が多いわね。

こんなに色々と非常識な騎士だったかしら?

そう思いながらも話を先に進めるため、言いたいことを我慢してカノープス、もとい、カーティス団長に話を合わせることにする。

「……分かりました。だったら、私も用心のために、『カーティス団長』と呼びますね」

けれど、カーティス団長は私の言葉に異を唱えてきた。

「団長は不要です。カーティスとお呼びください。それから、その丁寧な話し方も止めてください」

「いやいや、一介の騎士として、そういう訳にはいかないんですよ!」

思わず反論した後、私は小さくため息をついた。

……もう、カーティス団長ったら。いちいち立ち止まるから、ちっとも話が進まないじゃないの!

それに、そもそも常識が身についていないわよね。立場ってものを全く理解していないわ!

そう呆れた気持ちでじとりとカーティス団長を睨みつけると、団長は静かに私の視線を受け止め、冷静な表情で頷いた。

「でしたら、私は団長職を辞して、晴れてカーティスとお呼びしてもらい……」

「カーティス! はい、カーティス、何でしょう!?」

あまりにも極端な解決方法を提示され、私は思わずカーティス団長の言葉を遮った。

……やっ、やる! カーティス団長ならきっと、本当に実行するわ!

敬称なしで名前を呼んだ私を至極当然といった風に見つめると、カーティス団長は満足したかのように頷いた。

「大変結構です。……私が申し上げたかったのは、優先順位にお間違えはないですかということです。あなた様がこれからなされようとされていることと、現在騎士をなされている理由とは、整合性が取れていますか?」

「……と、取れていません」

私は少し考えた後、カーティス団長の言葉の正しさと冷静さに敗北を認めた。

……そ、そうだった。私が聖女として生まれ変わったことが魔王の右腕にばれたら、殺されるんだった。

これまでの行動から、精霊を使役せずに回復魔法を使っても、魔王の右腕にバレる可能性が低いことは分かっている。

だから、ここで住民たちを回復させたとしても、精霊を使役する訳ではないので、魔王の右腕にばれることはないだろうけど、でも、確実に本物の聖女だと認定されてしまうわよね。

そうしたら、色々と担ぎ上げられることになって、すごく目立って、場合によっては精霊を使役しろとか言われて、………うん、ばれるのも時間の問題よね。

あぶない、あぶない。

目先の病人につられて、大局を見誤るところだったわ。

私が死んでしまったら、こんな風に助けを求められた時、もう手助けできなくなるじゃないの。

そう思いながらも、一方では、真剣に聖女の役割を果たそうとしているサリエラに対して正直になれないのは辛いなと思う。

私はふぅと小さくため息をつくと、ちらりとカーティス団長を見上げた。

……そういえば、私はまだカーティス団長に何一つ話を打ち明けていないけれど、魔王の右腕の話はしない方がいいんじゃないかしら?

私が魔王城で死んでしまったことは知っていたようだけど、魔王の右腕については知らないはずで、わざわざ心配させる必要はないわよね?

話を聞いてしまったら、カーティス団長は私を護衛するとか言い出して、この地を放り出してでも私に付いてきそうよね?

……うん、止めておこう。今すぐ私に危険が及ぶわけでもないし。

そう考えながらも、取り急ぎこの場にいる住民たちのために回復薬を作らないと、と思う。

直接魔法で治癒することに問題があるならば、薬で間接的に治癒すればいいのよね。

よしよし、やるべきことがはっきりしたわ、と一人で頷いていると、カーティス団長と目が合った。

「……特効薬の新たな材料が必要であれば、私が取ってきてもよいのですが……」

悩まし気につぶやいたカーティス団長の言葉を聞いた私は、驚いて目を見張った。

まぁ、相変わらず恐ろしいほど有能だわ!

私が何をしたいとも言っていないのに、私のやりたいことを先読んで、そのための実行役を買って出るなんて。

……あれ、でも、待って。カーティス団長の今の発言はどこからきたのかしら?

私はこてりと首を傾げると、ちらりとカーティス団長を見上げた。

私に聖女の力があることを知っているカーティス団長ならば、『ちゃちゃっと回復魔法で治癒してください』とか言っても不思議はないのだけど、むしろ、先ほどは実行しそうだった私を止めたわよね。

私が聖女であることを隠したがっているって、知っているのかしら?

魔王の右腕の話なんて、全然知らないのに?

そもそも、前世の名前ではなく、今世(っぽく聞こえる)名前で私を呼ぶというのも、用心深いわよね?

あれれ、カーティス団長は何を知っているのかしら?

疑問に思ったので、周りに聞こえないよう小さな声で尋ねてみる。

「ねぇ、カーティス。あなた、私が聖女であることを隠したがっているって、知っているの?」

「……私には、カーティスとして生きてきた記憶があります。あなた様が一騎士として過ごしておられ、聖女であることを隠しておられたことは承知しています。そして、あなた様の希望を全力で補助することが、私の役割だと心得ています」

まぁ、本当に優秀で有能な騎士だわ。

そして、ちょっと忠実すぎるわね。

「ええと、あなた、ちょっと酷くなってないかしら? 以前は私が間違っていたら、正そうとしていたわよ。そして、行動の正誤を判断するためには、なぜそんな行動をしているのかっていう理由を理解する必要があるわ。だから、あなたはまず、聖女であることを隠している理由を、私に聞くべきだと思うんだけど?」

理由も理解せず私の言うがままに従うなんて、ただの盲従じゃないかしらと思い、カーティス団長にアドバイスしてみる。

けれど、私の言葉を聞いたカーティス団長は、困ったように眉根を寄せた。

「……フィー様、よく思い出してください。私は以前の生でも、よほどのことがない限り、あなた様に直接何かを尋ねたことはありません。それはあなた様の負担になりますから」

「えっ?」

……そう言われてみたら、そんな気もするわね。

あれ、だったら、カノープスはどうやって情報を仕入れていたのかしら? 私のことは私以上に知っていた印象があるのだけど。

こてりと首を傾げた私に向かって、カノープスは真顔で答えた。

「あなた様のお側に仕えさせていただき、周囲から情報を集めることで、私はあなた様のことを理解しておりました。ですから、今後もお側に仕えさせていただければと思います」

「………………」

それは、このサザランドにいる間だけの話なのかしら?

あれれ、魔王の右腕の話をしなくても、私にくっついてくるなんてことはないわよね?

そもそも私の護衛騎士だったのは300年前の話で、今のカーティス団長は全く別の人間なのだから。

……ああ、そうね、それはないわね。

カーティス団長にはカーティス団長としての、別の人生があるのだから。

そして、私はもう、王女セラフィーナではないのだから。

もう一度、私の護衛騎士になりたい理由なんて、全くないわね。

そう結論付けた私は、カーティス団長の提案が、このサザランドにいる間だけの話だと理解した。

だから、私は簡単に返事をした。

「ふふ、よろしくお願いするわね、カーティス」

私の言葉を聞いたカーティス団長は、まるで聖痕を目にした聖職者のように、酷く静粛で神聖な様子で深々と騎士の礼を取った。

……その時の私は、久しぶりに目にしたカーティス団長の所作の美しさに見とれていた。

さすが元王女付きの護衛騎士だわ、美しいものね、などと呑気に考えていた。

―――だから、決意を込めて細められたカーティス団長の目線に気付くことはなかったし、私の言葉がどれ程の重みを持ってカーティス団長に受け止められたかなんて、全く理解していなかった。