軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【SIDE】護衛騎士カノープス(300年前) 4

さて、私にはもう一つ大きな仕事が残っていた。

大聖女様のスケジュールを変更したことに対する、責任の所在の明確化だ。

今回、セラフィーナ様は下手くそな演技を披露してまで、サザランドを訪れた責任を一人で被ろうとされている。

けれど、実際のところは、護衛騎士でありながら本気で止めに入らなかった私の責任に帰することは明らかだ。

セラフィーナ様がサザランドを訪問すると言った時、私は驚くと同時に喜びと感謝の念を覚えた。

サザランドの民は同胞だ。

叶うならば、何とかして救いたかった。

けれど、救うべき方策が何一つ見つからなかったため、私にはどうすることもできなかった。

そんな時に、セラフィーナ様が動いてくださると言われたのだ。

私は歓喜し、どう思い返しても本気で止めはしなかった。

私は応接室の椅子の一つにセラフィーナ様を座らせると、その前に立って騎士の礼を取り、口を開いた。

「殿下、愚昧なる騎士より奏上いたします。今回のサザランド訪問につきましては、お止め出来なかった私に全ての責があります。同胞の命を救うため、危険な行程だと知りながら、殿下を強くお諫めしなかったのは明らかな私の失態です。誠に申し訳ありませんでした」

セラフィーナ様はちらりとこちらを見上げると、こてりと首を傾けられた。

「ええ? 私が海を見たいと言ったのよ? だから、悪いのはわがままを言った私でしょう? カノープスの責任なんて、これっぽっちもないわ」

「そうではないでしょう! 殿下のあの下手くそな演技に騙された騎士など、一人もいませんからね!」

「ええ、それは凄く傷付くわー。こうなったら、逆に演技なんて認めませんからね。私は海が見たかったのよう」

「まだおっしゃられるつもりですか! 殿下、何度申し上げたらご理解いただけるのですか!!」

セラフィーナ様はもう一度ちらりと私を見ると、明らかに作りものだと分かる神妙な顔で、悲しそうな声を出した。

「何度言われても、分からないみたいよ。……理解が悪くて申し訳ないわね、カノープス。あなたにも苦労をかけます」

「殿下!! そのような演技は結構です! ああ、もう、ホント、希代の大聖女が何をやってくれているんですか!!」

あくまで自分一人の責任だと譲らないセラフィーナ様に、思わず尖った声が出てしまう。

これ以上どう対応すれば良いか分からず困り果てた私に対して、セラフィーナ様はにこりと微笑んだ。

「何をやっているって、……だって、カノープスの領地を少しでも早く見てみたかったんだもの。だから、ちょっと急いだだけよ」

「ちょっと? ちょっとですか? ははははははは、馬を何頭も乗り換えながら、休みなく丸二日間馬を走らせ続けることを、あなた様は『ちょっと』と表現されるのですか!? いいかげんになさいませ!!」

サザランド訪問の責任の所在について話していたはずが、思わずセラフィーナ様の話題に乗せられてしまう。

道中、セラフィーナ様が枝に頬を弾かれたり、馬がぬかるみに足をとられたりと、何度もひやりとした場面があったことを思い出したからだ。

「……ごめんなさい」

私の口調は自分が思っているよりも強かったようで、本気で怒られていると思ったのか、セラフィーナ様はしゅんとした。

自分の未熟さに思わずため息をつくと、セラフィーナ様の前に跪いた。

「殿下、私にとって殿下以上の存在など、この世に何一つありません。ですから、……お願いですから、無茶をする前に、私が何のためにここにいるのかをお考え下さい。私はあなた様の護衛騎士です。あなた様をお助けし、お守りするための存在なのですよ」

「……分かっているわ。衝動的な行動をして、ごめんなさい」

心底悪かったと思われたようで、セラフィーナ様はもう一度謝罪をされた。

しょんぼりとうつむかれているセラフィーナ様を見て、小さくため息をつく。

……セラフィーナ様が心から悪いと思われているのは、分かっている。

けれど、同じことが起これば、セラフィーナ様は再び同じ行動を取られるだろう。

その際、決して事前に相談などなさるまい。

なぜなら、私は必ずお止めするから。

今回の件も事前に相談があり、冷静に判断できる時間と機会が与えられていたら、私はお止めしたはずだ。

私にとって何よりも大切なのは、セラフィーナ様なのだから。

だから、それら全てを分かった上で、セラフィーナ様は一人で決断し、私に責任がかからない範囲で無茶をされるのだ。

私は一つ大きなため息をつくと、正面からセラフィーナ様を見つめた。

今日はここまでにしておくべきだろう。

これ以上話をしても平行線で、何も改善はしないだろうし、セラフィーナ様は大変お疲れだ。

私は一旦会話を収束させようと、再び口を開いた。

「お分かりいただけたようで、安心いたしました」

そうして、頭を地面につくほど下げる。

「至尊の大聖女にして、王国第二王女であられますセラフィーナ・ナーヴ殿下におかれましては、私の領地をご訪問いただきましたこと、心より深謝いたします。私ども領民一同は、殿下のご訪問を心より歓迎いたします」

もちろんこんな言葉では、我々一族の感謝の欠片も伝わらない。

私は行儀悪くも背後の扉を少し開き、笑顔でこちらを覗き込んでいる住民たちに告げた。

「急いで歓迎の宴の準備をしてくれ。我々の感謝の気持ちを大聖女様にお伝えするのだ」

私の言葉を聞くと、扉の近くにいた住民たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。

皆は大喜びの大慌てで、宴を開くに違いない。

私は片手を差し出してセラフィーナ様を立ち上がらせると、先ほどの庭園に再度案内することにした。

「よろしければ、もう一度住民の前に顔を見せてやっていただけますか。誰もがあなた様の御姿を、もう一度見たいと思っております」

「まぁ、嬉しい! 私も皆に会いたいわ」

セラフィーナ様が疲労困憊であることは間違いないが、住民たちの興奮と歓喜を肌で感じているこの状況では、休んでくれと言っても大人しく聞くはずがない。

だったら逆に座らせ、食物を腹の中に入れ、ゆったりとした時間を持つ状況を作ってやることが上策だ。

疲れ果てているセラフィーナ様は、頼まずとも眠ってしまうだろう。

庭に出ると、セラフィーナ様を見つけた住民たちが、我先にと集まってきた。

「大聖女様、私たちを救っていただいて、ありがとうございました!」

「大聖女様、弟を救っていただいて、ありがとうございました!」

「大聖女様、とてもお忙しいと聞いていましたのに、そんなにくちゃくちゃの格好で来ていただいて、ありがとうございました!」

「ま、待って! 最後の方は待って! ええ、私はくちゃくちゃなの? や、やだ、見苦しくして申し訳ないわ」

慌てた様に言いながら髪を撫でつけるセラフィーナ様を見て、誰もが笑顔になる。

「くちゃくちゃの大聖女様は、そうでない大聖女様よりも何倍もお美しいです! 私は大聖女様ほどお美しくて、気高くて、私たちを愛してくださる王族の方を他に知りません」

「私たち一族は死に絶えても、最後の一人まで大聖女様に忠誠を誓います」

皆の言葉を聞いたセラフィーナ様は、困ったように微笑まれた。

「ええとね、私は私に出来ることをしたまでなのよ。料理人はお料理を作るでしょう? 私は聖女だから皆を治療したの。それだけよ」

けれど、当然のように誰一人、セラフィーナ様に同意しなかった。

……ええ、そうですね。聖女ならば治療しようとするでしょう。

けれど、セラフィーナ様のように、命を懸けて2昼夜馬を飛ばし続けるなど、尋常じゃないくらい無理をしてまで治療しようとする聖女は、他にいないでしょう。

変異してしまったこの黄紋病を治癒するためには、病の仕組みを理解した上で新しい術式を組まねばならず、今この時点で、セラフィーナ様以外治癒はできないでしょう。

―――セラフィーナ様、あなた様が聖女の力を高めるために、どれほどの努力と決意をされたことか。

住民たちは実際にセラフィーナ様の努力を目にしたことがないにしても、これほど卓越した能力が、ただ座しているだけで手に入るとは、誰も思わないでしょう。

あなた様の能力は、あなた様の努力の賜物だ。

あなた様がしたことは、あなた様以外誰もできないことです。

けれど、その奇跡の御業を発動させた大聖女は、自分の功績を知らぬ気に、子どもたちに囲まれてにこにこと笑っていた。

「大聖女様! 大聖女様はお忙しくて、すぐに帰られると聞きました。ぜひ、また来てくださいね」

「サザランドの海はとっても気持ちがいいんです! 次はぜひ、海に入ってください」

「来てください!」「来てください!」と子どもたちが連呼する。

セラフィーナ様は少しだけ首を傾けられると、ふふふと楽しそうに笑われた。

それからぐるりと庭を見渡した後、庭の端に植えられた木まで歩いて行き、ぽきりと若芽を手折られた。

「私が訪問したという記念に、この枝を植えてもいいかしら?」

セラフィーナ様が尋ねると、皆は嬉しそうに目をキラキラとさせた。

「真ん中に、庭の真ん中に植えてください!」

「誰もがこの木を見失わないように、庭の真ん中に植えてください!!」

「ええ、それはさすがに邪魔じゃないかしら?」

困ったように呟かれるセラフィーナ様に、私は横から口を出した。

「セラフィーナ様、ぜひ庭の中央に植えてください。この敷地の所有者である私からも、ぜひお願いします」

「まぁ、カノープスったら! あなたは私の行き過ぎた行動を、止める役目じゃないのかしら?」

可笑しそうに笑うセラフィーナ様に、私も微笑む。

「いつだって自重されない、あなた様から言われましても……。ぜひ、後々に多くの者がその木を囲むことができるように、庭の中心にお植えください」

強請る子どもたちと私の言葉に根負けしたようで、セラフィーナ様は子どもたちとともに庭の中心に若木を植えられた。

子どもたちは嬉しそうに植えられた若木の周りの土をぱんぱんと叩いたり、水をやったりしている。

セラフィーナ様は満足そうにその様子を見つめられると、子どもたちに向かって尋ねられた。

「この小さな若木はアデラの木の一枝なのだけど、アデラの木って分かるかしら?」

「知っています! とおっても綺麗な赤い花が咲きます!」

「今が花の季節です。ほら、見てください! 満開で、とっても綺麗です!」

子どもたちの言葉に振り返ったセラフィーナ様は、親木に目をやると嬉しそうに微笑まれた。

「ええ、満開ね。ここは暖かいから、王都よりも開花が早いのね。ふふ、素敵な時期にきたものだわ」

嬉しそうにアデラの花を見つめられるセラフィーナ様に対して、子どもたちは次々に知っている情報を披露する。

「赤い花はいい匂いもします!」

「赤い花は、大聖女様の髪と同じような綺麗な赤です!」

セラフィーナ様は子どもたちの頭を撫でながら、感心したように頷いた。

「まぁ、みんなおりこうさんなのね。そうなの、アデラの木にはあんな風に赤い花が咲くのよ。この若木が大きくなって綺麗な花が咲く頃に、……赤い花の色から私を思い出してくれた頃に、私はもう一度サザランドに来るわ」

「「「大聖女様ぁ!!!」」」

全ての子どもたちが、そして子どもたちの後ろで耳をそばだてていた大人たちまでもが、嬉しさのあまり大きな声で尊称を呼んだ。

セラフィーナ様はにこにこと微笑まれると、いたずらっぽく小指を顔の高さまで持ち上げた。

「皆と私の約束よ」

これ以上はないという笑顔で歓喜するサザランドの民と、それを微笑みながら見つめるセラフィーナ様。

……この時、間違いなくセラフィーナ様は住民たちと本気で約束をし、この地を再び訪れるつもりであったと思う。

―――けれど、その約束が果たされることは、ついぞなかった………