軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

66 サザランド訪問13

サザランド訪問前半にして、私にはとても大きなお役目が回ってきた。

『美しくて、気高くて、慈愛に満ちた大聖女様』を演じるという大役だ。

うんうん、適役だわ、と心から思う。

何たって本人ですからね!

前世の私は『大聖女』の尊称を戴いていたことだし、皆から敬われていたと思う。

それから300年経過した現在、時の流れとともに大聖女の姿が実際よりも美化されたのか、ありのまま伝えられているのか、もしくは大したことがない存在だったと言い伝えられているのかは分からない。

分からないけど、この地は大聖女信仰が強いってことだから、悪くは言われていないはずよね?

……あれ、だけど、最近の聖女は歪んでいるし、それでも皆が受け入れているということは、たとえ歪んだ大聖女像が伝わっていたとしても、そんなものだと受け入れられているのかしら?

待って、待って! 私はきちんと常識が身についた、いい子でしたよ。

護衛騎士のカノープスだとか、親衛騎士団長だとかに、厳しくきっちりと教育されましたからね!

私は意識して背筋を伸ばすと、きりりとした表情を作って鏡を見た。

……あら、私って案外真顔がいけるのかしら? なかなか精悍な表情じゃないの。

そう思いながら満更でもない気分で鏡を見つめていると、後ろから声が掛けられた。

「……フィーア、あなたの中の大聖女様像がどのようなものか分かりませんが、大聖女様はもう少し穏やかな表情をされるのではないのでしょうか? それとも、何事かに……あるいは、世界の全てに怒っている設定なのですか? あなたの表現で言うと、『聖女様が歪んでしまっている』ので、そのことに憤っているということですか?」

後ろから、鏡越しに私を見ていたシリル団長が、言いにくそうに声を掛けてきた。

「シリル団長、言いがかりはよしてください! 私はきりりとした精悍な表情を作っているんですよ。何事に対しても怒ってなどいません。どうです、立っているだけで気品と気高さに溢れているでしょう?」

「……私はそういったものに疎いので感じ取ることはできませんが、カーティスならば的確に表現してくれるでしょう」

シリル団長は明言を避けると、さらりとカーティス団長に私を表現する役を変わった。

「ちょ! シリル団長! あなたに表現できないものを、私に表現できる訳がないじゃないですか! ……あー、フィーア、何というか……赤い髪をした、怒った表情の騎士が見えるよ」

「そのまんまじゃないですか! カーティス団長は、目に見えないものを想像力で読み取ろうとする力が欠けています! というよりも、私はそもそも怒っていませんからね! きりりと表情を引き締めているだけです」

正しい主張をしているというのに、シリル団長とカーティス団長は私の言葉を肯定することなく、微妙な表情を浮かべていた。

……駄目だ、この2人は。感応力が低すぎて、とても私の気高さを感じ取れないようだわ。

私は早々に、この2人を見限ることにした。

社交辞令的な退出を詫びる言葉を述べると、シリル団長の執務室を後にする。

それから、割り当てられていた部屋に戻ると、旅行鞄から水色のワンピースを引っ張り出した。

大聖女の役をするのならば、騎士服でない方がいいだろうと思ったのだ。

着用してみると、少し皺が寄っていたけれど、気になるほどではない。

膝下までのふんわりとしたスカートで、普段履きのブーツにも違和感なくマッチした。

私は一度くるりとその場で回転し、スカートのひるがえり具合を確認すると、満足して部屋から出て行った。

シリル団長の執務室の前を通ると、中からぼそぼそと声がしたので、まだ2人で話し込んでいるようだった。

邪魔をしない方がいいと思い、館の執事に「団長はお忙しそうなので、声を掛けずに外出します。街に行きます」と伝言を残して外出した。

もちろん、直接声を掛けなかったのは、あの2人がお目付け役としてつくと、街歩きが窮屈になりそうだと考えたからでは決してない。

……よしよし、やっと、デズモンド団長の軍資金が役に立つわね。

そう思いながら歩いていると、私を見つけた住民たちが、嬉しそうにわっと駆け寄ってきた。

「大聖女様! おかえりなさいませ、大聖女様!」

「お待ちしておりました、大聖女様!」

「おかえりいただいて嬉しいです、大聖女様!」

誰もが嬉しそうな笑顔で、我先にと話しかけてくる。

まぁ、大聖女の生まれ変わりかもしれないと族長に言われたのは、ほんのつい先ほどだというのに、もう広まっているのかしら。

少し驚きながらも、ああ、やっぱり、ここの住民たちには笑顔が似合うなと、彼らの笑顔を見ながら思う。

陽気で気のいい離島の民。彼らは笑っている姿が一番良く似合う。

私もつられて笑顔になりながら、ちょっと困ったように返事をする。

「歓迎してくれて、ありがとうございます。でも、私が大聖女様かは、まだ分からないんですよ。私には聖女の力はありませんし、大聖女様だった時の記憶もありませんから」

ここで難しいのは、私が演じるのは「大聖女」ではなく、「大聖女だったかもしれない者」だということだ。

あくまで、「かもしれない」の範囲内で過ごさなければならない。

結末をどうするかについては話し合っていないが、きっと「かもしれない」のまま去るのがベストじゃあないだろうか。わざわざ「大聖女ではなかった」と結論付けて、がっかりさせる必要はないと思う。

どのみち、私が大聖女の生まれ変わり役を演じきったとしても、誰もが今の私には聖女の力がないと思っているから、困った事態にはならないはずだ。

住民たちは、「大聖女だったかもしれない者」が還ってきたね、色々と歓迎してお返しできてよかったね、と満足するだろうし。

シリル団長やカーティス団長たちは、私が大聖女の生まれ変わりなんて最初から信じていないから、この地を離れたらこれまで通りだろうし。

それに、魔人は人間とは全く交わらずに生活しているから、この地でちょっとくらい騒がれたとしても、噂話程度のものを聞き及ぶなんて、通常では考えられない。

そもそも、魔王の右腕に言われたのは、『聖女として生まれ変わったら、必ず見つけ出し、また、同じように殺す』ってことだし。

だから、現在の私が聖女だって誰一人思ってもいない現状は、全く問題ないはずよね?

……そう思い巡らせながら、本当に大丈夫よね、どこかに漏れはないかしら、と考え込んでいると、近寄ってきた住民たちから笑顔で話しかけられた。

「ふふふふふ、そう難しく考え込まなくても大丈夫ですよ。もっとも、私は間違いなく、大聖女様だと思いますけどね」

「うん、私も大聖女様だと思います。それにしても、お美しい髪ですねぇ! 本当に暁の色をしている!」

陽に当たりきらきらと輝く赤い髪を、住民たちは褒めてくれた。

「え、そ、そうですか? ありがとうございます」

嬉しくなって、思わず皆と一緒ににこにこと笑っていると、年配の女性から震える手で手を握られた。

「大聖女様、ようこそお戻りくださいました。このような時期に、ありがとうございます」

「このような時期?」

こてりと首を傾げると、涙ぐんだ表情で見返された。

「……いいえ、なんでもありません」

お祭りの時期、つまり300年前に訪問したのと同じ時期って意味なのかしらと思いながら、ぎゅっと手を握り返す。

「ここは美しい場所ですね。海も森も街も、全てが美しいなんて。訪問できて、よかったです」

「………私たちも、大聖女様をお迎え出来て幸せです」

年配の女性はもう一度ぎゅっと手を握ると、深々と礼をして去って行った。

何ともなしに見送っていると、今度は同じ方向から、子どもたちが走り寄ってくるのが見えた。

一昨日、バジリスクから助けた子どもたちだ。

「大聖女様ぁ!」

言いながら、次々と抱き着いてくる。

「ふふふ、子どもたち! あれから森には行っていないでしょうね?」

子どもの一人を抱え上げて尋ねると、ぶんぶんと大きく首を縦に振ってくる。

「大聖女様に助けてもらったから、この命は大事にするの! 危ないことはしない!」

「まぁ、おりこうさんねぇ」

言いながら、抱えていた子どもを地面に下ろすと、残りの子どもたちが足に抱き着いたままにこにこと笑い出す。

「大聖女様ぁ! 本物の大聖女様だったんだね! 僕、海で見た時には、もう分かっていたよ!」

「僕も! 僕も、分かっていた! だって真っ赤な髪をしていたんだもの。あかつ、き、……の色をしているなら、それは大聖女様だって母さんが言っていたもの」

……なるほど。ほとんど髪色だけで、大聖女って認定されるのね。

そうして、それが正解だなんて。世の中は単純にできているのかもしれないわね。

私はふふふと笑うと、子どもたちと手をつないで歩き出す。

「よぉし、だったら大きくなるために大聖女様とご飯を食べるわよ! さぁ、何が美味しいか教えてちょうだい」

「うん! 一番おいしいのは、あれ! 色んな果物を焼いて、砂糖をかけたやつ! どの果物でもおいしいから、好きなのを選んで!」

子どもたちが指差した先にあるお店には、赤、黄、緑といった色とりどりの果物が並べてあった。

「まぁ、確かに美味しそうね!」

私は子どもたちに同意すると、一番初めに目についた真っ赤な果物を食べることにした。

それから、デズモンド団長の軍資金が潤沢にあるのを思い出し、子どもたちにも大盤振る舞いする。

「さぁ、あなたたちも選んでちょうだい。これは私が発見したことなんだけど、一人で『美味しい!』と食べるよりも、皆で『美味しい、美味しい!!』と食べる方が、食べ物は美味しくなるのよ」

そう言うと、子どもたちは嬉しそうに思い思いの果物を選び始めた。

赤、黄、緑、オレンジ……果物の色は目にも鮮やかで、見ているだけで楽しくなる。

子どもたちが全員受け取ったのを確認すると、店主に値段を尋ねる。

「おいくらですか?」

「へっ? ……い、いりません、いりません! 大聖女様からお金なんて、いただけませんよ!!」

店主は大袈裟なくらい手を振って断ってきた。

けれど、私としては払わない訳にはいかない。

「いや、そうは言われましても。まだ、私が大聖女様の生まれ変わりだと、決まった訳でもありませんし、お支払いさせてください」

「無理です、無理です! お代をいただいたりしたら、私は家内から家に入れてもらえません!」

「いや、そんな馬鹿な……。というか、これじゃあ私は、大聖女様の名前を騙った、物もらい詐欺じゃあないですか! 私の方こそ、うちの団長に館に入れてもらえませんよ!」

清廉なシリル団長の顔を思い浮かべ、必死になって言い募っていると、周りの住民たちから逆援護射撃を受ける。

「駄目ですよ、大聖女様。焼果実屋のおかみは、本当に怖いんですから!」

「ここの親父は入り婿ですからね! 本当に家から追い出されますよ!! ここは、親父さんの顔を立ててやってください」

「えええええ!」

けれど、多勢に無勢で押し切られた私は、デズモンド団長の軍資金を使うことなくその店を後にする形となった。

子どもたちはにこにこと、「大聖女様、おいしい!」と言っているから、まぁいいのかしら?

微妙な気持ちで焼果実に噛り付いたけれど、かじった瞬間、目を見張る。

さくりとした感触は面白く、味は甘酸っぱくてとても美味しい。

「ほわぁ、本当に美味しいわね! うわぁ、果物の味も美味しい」

子どもたちと美味しさを語り合いながら歩いていると、今度は、黄色い看板を出したお店を子どもたちが指差した。

「大聖女様、琥珀飴! 琥珀飴のお店ですよ!」

「ここの親父さんは琥珀飴を作るのが、すっごく上手なんです! どんな形でも作ることができます!」

「ふーん?」

琥珀飴って、琥珀色の飴ってことかしら?

子どもの頃に参加したお祭りはどれも規模が小さかったから、限られたお店しか出店していなかった。

初めて見るお店だなぁ、と思いながら注文してみることにする。

「大聖女様! では、僭越ながら、大聖女様を作らせていただきます!」

店主の張り切った声に、私はこてりと首を傾げた。

私を作る……? どういうことかしら?

不思議に思って見ていると、店主は鉄板の上に鍋を構えると、その鍋に入っているどろどろの液体状になった飴をこぼし始めた。

どうやら液体の飴で、鉄板の上に絵を描くようだ。

店主は器用に鍋から流れる飴の量を調整して線の強弱をつけ、迫力のある絵をみるみるうちに描いていく。

しばらくして手を止めた店主は、自分の作品を見て満足げに頷くと、棒をぽんと飴の上に載せた。

冷えた鉄板の上で飴はすぐに固まったようで、店主は得意げに出来たばかりの琥珀飴を私に手渡してくれた。

「大聖女様、できました! 大聖女様に少しでもたくさん食べてほしくて、大きく作ってみました」

「………………」

私はとってとなる棒の部分を握り、渡されたばかりの琥珀飴を、じとりと眺めた。

……確かに店主はお上手です。ほんの短い時間で、大聖女を描いた飴を作るなんて、素晴らしいと思います。

けれど、……大きく作る必要は、なかったんじゃないかしら?

ドレスを着た髪の長い女性が姿勢よく立っている姿を描いた飴は、本当に見事な出来ではあったけれど、いかんせんその体形がぽっちゃりを通り越して、ぼちゃぼっちゃりだ。

「……私は、たまにお腹がぽっこりすることはありますけど、基本的に細いんですよ」

「え? 何か言いましたか?」

「……す、素晴らしい出来ですね、と言いました。店主、どうもありがとうございます」

大人な私が笑顔でお礼を言うと、店主は嬉しそうに笑った。

その誇らし気な笑顔を見て、仕方がないなと小さく笑う。

ええ、私は今、慈悲深き大聖女様ですからね。これくらいの些事には目を瞑りましょう!

そして、私は大聖女様役も大変だなと思いながら、飴を手にした子どもたちとともに、琥珀飴の店を後にしたのだった。