軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65 サザランド訪問12

メインイベントである踊りの披露がたった1曲で中断され、その周りでは住民たちが興奮して、「大聖女様、大聖女様」と連呼している。どこからどうみても、異常事態だ。

そうして、異常事態というのは即座に責任者に報告され、責任感の強い責任者ほど自らの目で現場を確認にくる。

なるほど、なるほど。……正に有能な責任者のお手本のような行動ですね。

興奮のるつぼと化した最悪の状態にあるタイミングを逃さず、即座に現場に駆け付けたシリル団長を見て、さすがだなと思う。

さすがではあるが、もう少し興奮がおさまった状態で来てくれた方が、シリル団長の精神にも、私の精神にも優しかったんじゃないかしら、と上司の有能すぎる能力に不満を覚える。

案の定、騒ぎの中心で私を見つけた瞬間、シリル団長の表情が魔王のそれに変わった。

ひいいいいい。

怒っていらっしゃる! 怒ってらっしゃるわ! これは、絶対怒られるわね!

私はせめてもの抵抗で、カーティス団長の背中に隠れてみた。

シリル団長は一切臆することなく、けれど普段とは異なった少々乱暴な歩き方で、一直線に私たちの方まで歩いてきた。

「ラデク族長、カーティス、一体何事ですか?」

シリル団長は興奮して大聖女の尊称を呼び続ける住民たちをぐるりと見回すと、何事も見逃さないといった観察者の目でこちらを見つめてきた。

「これは、サザランド公爵。先ほどは、祭礼でのお役目ご苦労様でした」

族長はシリル団長に深々と頭を下げた。

「いえ、ラデク族長。こちらこそ、毎年お世話になっています」

質問を躱された形になったシリル団長は、拍子抜けしたような表情になったけれど、丁寧に返礼する。

そして、その力が抜けた一瞬を狙ったように、族長が爆弾を落とした。

「実は公爵、今回、あなたのところの騎士のフィーアさんが、大聖女様の魂の蘇りだということが分かりましてね」

「………………はい?」

シリル団長は余所行き用の笑顔のまま固まった。

「私たち一族には魂の蘇りという思想がありまして、300年間大聖女様のお還りをお待ちしておりました。フィーアさんは聖女の力をお持ちではないし、魂の蘇りという思想にとまどっておられるようですが、大聖女様のご記憶を一部引き継がれているのではと思われる発言が散見されまして」

「…………なるほど」

シリル団長が不自然な笑顔のまま、曲げた一本の指を顎に当てて返事をしている。

ああ、これは非常にご機嫌が悪い時の団長の癖だわ。

私は逃げたい気持ちに後押しされ、そろりそろりと後ろに下がる。

「そのため、もしも叶うのであれば、蘇られた大聖女様としてフィーアさんを扱わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……それは、私が一人で決められることではありませんね。フィーア!」

「は、はい、団長!」

私は後進を止め、慌ててカーティス団長の背中から走り出た。

シリル団長はにこりと、この状況にしては不自然すぎるほどの満面の笑みで私を迎えてくれた。

「さて、フィーア。あなたが大聖女様の蘇りであるとは私も初耳なのですが、一体どういうことなのでしょうか?」

「踊りを! 皆さんの踊りがイルカに見えると言ったら、大聖女様に認定されてしまったんです!!」

私は必死で分かりやすい説明を試みたというのに、シリル団長は考え込むかのように眉根を寄せた。

「……私の理解力が悪いのでしょうか。あなたの説明が全く理解できません」

「ええ? つまり、私がクラゲの踊りだと言い切っていたら、こんな問題にはならなかったって話ですよ!!」

私は団長が理解できるように、優しい言葉で言い換えてみたけれど、更に顔をしかめられる。

「カーティス、説明してください」

そうして、シリル団長は私の説明を理解することを放棄してしまった。

「はい、この地には元々復活信仰があるようで、大聖女様の復活を熱望する気運が醸成されていました。フィーアが舞台を見て述べた感想に、大聖女様を彷彿とさせる言葉が交じっていたこと、フィーアが大聖女様の護衛騎士であった『青騎士』に興味があることで、住民たちはフィーアを大聖女様の生まれ変わりだと認定したようです」

「なるほど……」

カーティス団長はさり気なくシリル団長に近寄ると、小声で耳打ちをした。

「シリル団長、団長の信念には反するでしょうが、住民たちがフィーアを大聖女様の生まれ変わりだと思い込んでいる状況を受け入れるべきです。ええ、私もフィーアも、住民たちの勘違いだと思っています。けれど、住民たちは300年もの間、生まれ変わりを待っていて、恩返しをしたいと思っているのです。これはチャンスですよ! これこそが強心剤です」

「………………」

シリル団長は一瞬、すごく不満そうな表情をしたけれど、最終的には小さく頷いた。

そうして私をちらりと見てきたので、同意の印にぶんぶんと首を縦に振る。

シリル団長は私が肯定したことを確認すると、ゆっくりと族長に向き直った。

「ラデク族長、フィーアが大聖女様の生まれ変わりであるとは、にわかに信じがたい話ではありますが、皆がそう信じているのであれば、時間をかけて確かめられるのもよいでしょう」

「ああ、公爵。ありがとうございます! 私たちは大聖女様に恩義を返す時を、待ち望んでいたのです!!」

族長は嬉しそうにシリル団長の両手を握ると、深く頭を下げた。

……さて、踊りを見た後は、デズモンド団長からもらったお餞別を軍資金に、お腹が膨れるまで買い食いをしようと思っていた私の計画は、見直しを余儀なくされた。

なぜなら、にこやかな笑顔をしたシリル団長に、有無を言わさず館の中まで引っ張って行かれたからだ。

後ろから、カーティス団長が仕方がないといった表情で付いてくる。

「それで? 一体どういうことなのですか?」

一昨夜とは異なり、声が外に漏れないようにきっちりと扉を閉められた執務室で、シリル団長は私とカーティス団長を交互に見つめてきた。

カーティス団長が困ったような表情で返事をする。

「先ほど説明したことが全てです。私も騒ぎを聞きつけてから、あの場に急行したのですが、どうやら住民たちはほんの一言二言フィーアと言葉を交わしただけで、大聖女様の生まれ変わりと認定したようです」

言いながらカーティス団長がちらりと私を見てきたので、ぶんぶんと首を縦に振る。

その通りですカーティス団長! 私が常識的な会話を少ししただけで、皆さんは誤解をし始めたのです!!

「つまり、住民たちは大聖女様の生まれ変わりを熱望していたのでしょう。実際に真実であるかどうかを追及するよりも、少しでも大聖女様と思われる人物を大聖女様として崇め、恩義を返したいと思っているように見受けられました。きっと、赤い髪のフィーアが適任だったのでしょうね。聖女様でもないフィーアを大聖女様の生まれ変わりと認定するなんて、かなり乱暴で粗雑だと思いますけれど、逆に言うと、それだけ偶像を求めているのでしょう」

「……なるほど。この地の大聖女信仰は、非常に強い。母は住民たちにひどい扱いをしましたが、赤い髪の聖女という理由だけで、住民から受け入れられていました。そして、『大聖女様の木』を切り倒したことで、拒絶されるようになりました。住民たちの行動原理には、常に大聖女様があります」

シリル団長の言葉を、カーティス団長も肯定する。

「この地に限らず、大聖女様を信仰している土地は多いですよ。大聖女様は戦闘で多くの騎士や民たちを救ってきたので、各地に住む彼らの親族が、感謝とともにそれぞれの地で大聖女様を敬い、結果として大聖女信仰が広まっていったのでしょう。そうは言っても、この地のように300年もその信仰が続いている土地は珍しいですが。……ただ、実際に大聖女様が訪問されたことがある土地ですから、親しみを感じて敬愛が継続していくというのは、あり得ない話ではないですね」

シリル団長はカーティス団長の言葉に頷きながら立ち上がると、部屋の片側を埋め尽くしている本棚に近寄って行った。

そして、古そうな本が並んでいる一角で立ち止まると、その背表紙を指でなぞる。

「私も色々と調べましたが、大聖女様が公式にこの地を訪れたことは一度もありません。記念の祭りが行われているので、訪問されたのは間違いないのでしょうが、非公式だと思われますので、重要なお役目でのご訪問ということではないようです」

「先ほどの住民の言葉を借りると、この地の領主であった『青騎士』は、大聖女様の護衛騎士であったようなので、その関係でこの地を訪れたのかもしれませんね。いずれにしても、大聖女様のご功績は誰もが知るところです。住民たちが感謝し、恩義を返したいというのは、理解できる感情です」

目の前で交わされるシリル団長とカーティス団長の会話を聞きながら、私はうんうんと頷いた。

……そうですね、あれは非公式な訪問でした。

私が衝動的にサザランドを訪問しようと思い立って、強行したのです。

「……つまり、シリル団長。フィーアは他人に悪感情を抱かせるタイプではありませんので、大聖女様の生まれ変わりだと信じたい住民たちに対して、思うままに行動してもらえばいいと思います。上手くいけば、住民たちは騎士を、そして公爵家を受け入れるようになるかもしれません。何と言っても、数十年前までは、両者の関係は険悪ではありませんでしたから」

「ええ、分かっています。両親がこの地を治めるようになるまでは、住民と騎士の仲は良好だったということは。だからこそ、私が両者の関係を良好なものに戻さなければと考えています」

生真面目に語るシリル団長を見て、私はうんうんと頷いた。

シリル団長が領主様なら、大丈夫だと思いますよ。

領主としての責任感を持ち、誤りを認めることができて、改善しようと行動することができるシリル団長なら、きっと上手くいくはずです。

「フィーア、あなたはそれでよろしいのですか? 当初の想定以上に大変な苦労をすることになると思いますが……」

最後にシリル団長が、心配そうな表情で確認するように聞いてきたけれど、私はにこりと微笑むと元気に返事をした。

「もちろんです! 大聖女様の生まれ変わりだなんて、適役だと思います」

なんたって、本人ですからね!

ふっふっふっ、私以上にこの役を演じられる人はいませんよ!

「……頼んでいる立場でなんですが、ほどほどでお願いします。あくまでお美しく、至尊のご存在でいらっしゃる大聖女様なのですからね」

「ほほほ、まかせてください、シリル団長」

私は自信満々に返事をしたけれど、シリル団長からは大きなため息で返された。

どういうわけか、カーティス団長までため息をついていた。