作品タイトル不明
279 王太后との話し合い 1
「フィーア様、準備はよろしいですか?」
馬車から降りた途端、クェンティン団長が近付いてきて、そう確認された。
大丈夫よと返したところで、ローズに声をかけられる。
「フィーア、王太后様のところに案内するわ」
途端にクェンティン団長が顔つきを険しくしたので、サヴィス総長の話を聞いた時に浮かんだ私の推測は、当たっているんじゃないかしらという気になる。
つまり、サヴィス総長が右目を失った原因はイアサント王太后にあると、騎士団長たちはうっすらと気付いているんじゃないかしら。
その証拠に、クェンティン団長は硬い声で質問してきた。
「フィーア様、王太后陛下に用があるんですか?」
団長の片手が剣にかかっているけれど、偶然よねと考えながら返事をする。
「ええ、その、王太后陛下が私に話があるんですって。だから、話を聞いてきますね」
ローズの様子を見るに、とてもお断りできる雰囲気じゃなかったので、クェンティン団長にそう伝えたところ、団長はすかさず言ってきた。
「オレも同行します!」
「ダメよ! 王太后様はフィーアだけを連れてくるように言ったもの」
咄嗟にローズが反対の声を上げたけれど、クェンティン団長は考えるように首を傾げる。
「それは、互いに困るのじゃないか」
「えっ?」
驚くローズに、クェンティン団長は淡々と告げた。
「既に第三次審査はスタートしている。王太后陛下がフィーア様に何を話されるつもりか分からないが、その場に第三者がいなければ、どのような会話が交わされたか誰にも分からない。そうであれば、心ない者たちは、王太后陛下がフィーア様に選定会の必勝法をアドバイスしたと噂するだろう」
「そ、そんなことは……」
ローズは咄嗟に言い返そうとしたけれど、クェンティン団長の言葉に一理あると思ったようで、途中で言葉に詰まってしまう。
顔色を悪くするローズに、クェンティン団長はもっともらしい言葉を続けた。
「そもそもフィーア様はどの教会にも属していないから、一般に全く知られていない。それなのに、選定会においてぶっちぎりで高得点を取っているから、誰もが興味津々だ。そんな中、現在の筆頭聖女が秘密裏にフィーア様と話をしたと分かったら、面白おかしく噂されることは火を見るよりも明らかだ」
「それは……そうかもしれないわ」
「噂というのは最も衝撃的なものが広まるから、恐らく、王太后陛下とフィーア様の間で不正が行われたという話が蔓延するだろう。だからこそ、ぽっと出のフィーア様が、ダークホースとして1位に躍り出ることができたのだと。その場合、王太后陛下も非難にさらされることになる。陛下が大切なのであれば、審査期間中に陛下とフィーア様が2人きりで接触することがないよう努めるんだな!」
あくまで可能性があるという話を、いかにも真実のように語るクェンティン団長を、私はびっくりして見つめた。
えっ、クェンティン団長は婉曲に相手を牽制することができたのね。
恐らく、クェンティン団長は発言内容とは裏腹に、王太后が私に選定会の必勝法を伝えるとはこれっぽっちも思っていないだろう。
にもかかわらず、あらぬ噂を立てられる恐れがあるから、王太后と私が2人だけで接触しないようにとローズに警告したのだ。
私はクェンティン団長のことを直情的だと思っていたけれど、ちゃんと策を弄せる大人だったのね。
さすが騎士団長だわと感心していたところ、クェンティン団長が得意気に腕を組んだ。
その途端、嫌な予感がしたけれど、私が制止する間もなく、クェンティン団長が大きな声を上げる。
「とはいえ、王太后陛下がいくら現役の筆頭聖女であろうとも、前代未聞の高得点を取ったフィーア様にアドバイスなどできるはずもないがな! 自分より遥かに格上のフィーア様に高説を垂れようなど、ブルーダブが黒竜王様に教えを説くようなものだ!!」
「ああー」
どうしてクェンティン団長はこの一言を我慢できないのかしら。
せっかく立派な騎士団長に見えていたのに、台無しじゃないの。
困ったわと頭を抱えていると、茂みから近衛騎士たちが現れた。
そのため、近衛騎士たちが現れた方向に視線をやると、木々の間からちらりと天幕が覗いていた。
どうやら少し離れた場所にあらかじめ天幕が張ってあり、その中に王太后が控えていたようだ。
まあ、もしかしたら先ほどからクェンティン団長が大きな声を出していたのは、王太后に聞かせるためだったのかしら。
そう驚いていると、天幕から一人の女性が現れた。
イアサント王太后だ。
王太后は近衛騎士たちと一緒に近寄ってくると、じろりとクェンティン団長を見つめる。
「喧騒から逃れようと森に来たのに、騒がしいことね」
クェンティン団長はその場で膝をつくと、無言で頭を下げた。
同じように騎士や事務官たちが頭を下げる姿を見て、まあ、まんまとクェンティン団長の思い通りになったわねと感心する。
恐らく、王太后は騎士や事務官がいないところで、私と話をするつもりだったのだろう。
しかしながら、クェンティン団長が言葉巧みに、私たちが2人で話をするのはよくないと主張したので、ローズの腰が引けてしまった。
だから、ローズは当てにならないと察した王太后が、自ら私たちの前に姿を現したのだ。
サヴィス総長から聞いた話から判断するに、王太后は何をしてくるのか分からない相手だから、できれば2人きりで会うのは避けたかった。
だから、この状況はありがたいわ。
そう考えながら王太后を見つめていると、彼女はローズの前で立ち止まった。
王太后の尋ねるような視線を受けて、ローズが私を指し示す。
「王太后様、こちらの聖女が、現時点で選定会一位のフィーア・ルードです」
ローズはまるで初対面のように私を紹介したけれど、王太后とは彼女のお茶会で一緒になったことがあるのよね。
だから、私のことは知っているはずだわ……と思ったところで、王太后が『新たに聖女となった者は全員、私のところに顔を見せに来るのだけど、この娘の顔は知らないわ』と発言したことを思い出す。
ということは、私はまだ王太后から聖女として認識されていないのかもしれない。
王太后の言葉を待っていると、彼女は私の頭の天辺から足の爪先までじっくり見つめた。
それから、尋ねるように首を傾げる。
「フィーア・ルード、あなたは騎士だと思っていたわ。けれど、聖女だったのかしら?」
「はい、そうです」
選定会に参加している以上、聖女であることを否定することはできないので肯定する。
すると、王太后は側にいる近衛騎士に目配せした。
近衛騎士は心得た様子で胸元からシンプルなナイフを取り出すと、私に差し出してくる。
意味が分からないままナイフを受け取ると、王太后が口を開いた。
「あなたが聖女だと言うのならば、傷を治してみせてちょうだい」
なるほど。ナイフを使って傷を作り、それを治してみせろということね。
確かに一番分かりやすい聖女の証明方法だわ。
クェンティン団長がすかさず手袋を外すと、私の前に腕を突き出してくる。
「フィーア様、オレで試してください!」
どうやらクェンティン団長の手に傷を付け、私がその傷を治せばいいと団長は考えたようだ。
でも、理由もないのに他人を傷付けられないわ。
それに、私は痛みに強いのよね。
止められる前にと、私は素早く袖をまくり上げると、ナイフで腕をざくりと切り付ける。
「は!?」
「おい、フィーア!」
クェンティン団長の驚いた声に続いて、ザカリー団長の慌てた声が響いた。
王太后によく見えるよう腕を上げると、10センチほどの長さの切り傷から、ぼたぼたと勢いよく血が流れ出す。
「これでいいですか?」
王太后に質問すると、怯んだような表情で頷かれた。
側にいたプリシラが、焦ったようにハンカチを差し出してくる。
「フィ、フィーア、違うわよ! この場合は、指先をちょっと傷付けるだけでいいの! 聖女の力を示すために、こんな酷い怪我は必要ないわ!!」
ああ、だから、クェンティン団長は手袋を外しただけだったのね。
その場の全員が信じられないといった目で見てきたので、私はほほほと上品な笑い声を上げる。
「治してしまえば、どんな怪我でも同じですわ」
私は誤魔化しの言葉を口にすると、素早く呪文を唱えた。
「回復!」
すると、瞬きほどの時間で傷が塞がり、綺麗に消えてなくなったのだった。