軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

260 聖女フィーアのお薬作り教室 9

「フィーア、それは何?」

プリシラから尋ねられたので、私は素直に答えた。

「聴力回復薬よ。0.6人分作ったから、合わせたらちょうど1人分になるわ」

すると、プリシラはつかつかと近寄ってきて、瓶を持った私の手をがしりと掴んだ。

「えっ?」

驚く私を気にすることなく、プリシラは近くに立っている事務官を振り仰ぐと大きな声を出す。

「事務官、フィーアは聴力回復薬を0.6人分作ったわ! ちゃんと記録してちょうだいね! もしかしたら彼女は他にも薬を作るかもしれないから、目を離してはダメよ」

「プ、プリシラ、それはありがた迷惑……」

面と向かって訴えたけれど、プリシラに黙殺される。

そんな中、元気を取り戻したケイティが私のもとに来て、がばりと抱き着いてきた。

「フィーア、ありがとう! 私は0.2人分も聴力回復薬を作れたわ! 5回繰り返せば1人分になって、お姉ちゃんの耳が治るのよ! 夢のような話だわ」

「……よかったわね」

ケイティの喜びが伝わってきたので、笑顔でそう返すと、彼女は大きく頷いた。

「ええ、聖女でよかったわ!」

笑みを浮かべるケイティを前に、とても素敵な言葉を聞いたわと胸がいっぱいになる。

それから、私も聖女でよかったわと、心から思ったのだった。

その後、頭痛薬、キノコ専用の解毒薬を作ったけれど、全員が自分の魔力量に合わせて素材の分量を減らしたので、一人残らず薬の作製に成功した。

さすがは選定会に参加する聖女たちだわと感心しながら、最後の薬に取り組むことにしたのだけれど、聖女たちは誰ひとり欠けることなく部屋に残っていた。

薬を作り終えた聖女たちは魔力が空っぽで、これ以上薬を作ることはできないし、何よりくたくただろうに、他の聖女たちが薬を作るところを見たいと残っているのだ。

素晴らしい志だわと思いながら、ちらりと最後に残った聖女に視線をやる。

「最後は、疲れ目の薬ね」

希望したのはローズ一人だけだった。

ローズは第二次審査の間中いつだって、『プリンセス・セラフィーナ直伝書』を抱えていた。

だからそう思うのかもしれないけど、彼女は本を読むのが好きなのかしら。

「ローズは読書が趣味で、目が疲れやすいのかしら?」

思ったことを尋ねると、歯切れ悪く答えられる。

「……そういう時もあるわ」

イエスともノーともつかない答えを聞いて首を傾げていると、後ろでプリシラがぼそりと呟いた。

「フィーア、ローズは自分の不調を告白するようなタイプじゃないわ。不調を知られることは、弱みを握られることだと考えるタイプだから、素直に答えないわよ」

そうかもしれないわねと頷くと、私はローズに疲れ目の薬の作り方を伝授する。

「疲れ目の薬は……0.8人分にしておきましょうか」

ローズの魔力は他の参加者に比べて特別多いわけじゃないけれど、彼女は魔力のコントロールが上手いのよね。

だから、同じ魔力量ならば、他の聖女よりも多くの薬を作ることができるようだ。

ローズが本の比率通りに素材の分量を量ろうとしたので、そうじゃないわとアドバイスする。

「いえ、もう少しこの葉っぱを減らしてもいいんじゃないかしら。ほら、ローズは乾燥したものを使うから、水分が抜けて、分量の比率が変わるのよ」

けれど、ローズは嫌だと首を横に振った。

「いいえ、私は本通りに作るわ! 本に書いてあることに間違いはないんだから!!」

意外とローズは言うことを聞かないわね。

まあ、いいわ。混ぜ合わせたら丁度良くなるように0.2人分の薬を作ることにしよう。

そう考え、ローズの好きにさせていると、プリシラが聞こえよがしに悪口を言った。

「この間は素直だったのに、あれは絶対に読み解けないと思っていた本が読み解けた興奮で素直になっていただけかしら。フィーアの言葉も聞かないなんて、またいつもの自分が一番な性格に逆戻りしたみたいね」

プリシラったら争うのは止めてちょうだい、と眉尻を下げて見つめたけれど、つんと明後日の方向を向かれる。

やれやれ。聖女が12人も集まると、どうしても騒がしくなるわね。

そう思ったものの、ローズはちょうど魔力を流しているところで集中していたため、プリシラの言葉が気にならなかったようで、言い返すことはなかった。

そして、彼女の製薬も上手くいき、これにて全員が薬作りに成功した形となった。

そのため、聖女たちの前に、それぞれが作った薬が並べられる。

全員が満足した様子で瓶の前に立つと、喜びの声を上げた。

「やったわ! 本当にこれまでなかった薬を作ることに成功したわ!」

「こうやって並べてみると壮観ね! 信じられないことに、300年前に存在した薬が4つも復活したわよ!!」

聖女たちは興奮したように頬を染めると、うっとりと瓶を見つめた。

「気付かなかったけど、これが正解だったのね!」

「聖女によって得意なことや興味は異なるわ。だから、自分が得意な薬を1つだけ選んで、聖女ごとに自分の薬を追求してくのが最高の方法だったのだわ!!」

「フィーアったら本当に天才だわ! そして、聖女の……いえ、聖女が救う人々全員の救世主になったのよ!!」

いくら何でも大袈裟だわ。

真剣な表情で見つめてくる聖女たちに向かって、私は慌てて両手をぱたぱたと振った。

「止めてちょうだい」

誰に感化されたのか知らないけど、聖女たちの物言いがどんどん大袈裟になってきたわ。

私が人々全員の救世主って何かしら。

なんちゃって聖女には荷が重過ぎるわよね。

そう思いながら並べられた瓶に視線をやったところで、ふと気付く。

「そういえば、誰も回復薬を作らなかったのね。あれを飲むと激痛が走るから、正しい回復薬を作る聖女が一人くらいいてもおかしくないはずだけど」

不思議に思いながら呟くと、アナも不思議そうな表情を浮かべた。

「正しい回復薬? フィーアが何を言っているのか分からないけど、回復薬は既にあるじゃない」

「あ、そ、そうよね」

そうだったわ。

出回っている回復薬が劣化品だと思っているのは私だけで、他の聖女たちはあの回復薬に何の疑問も抱いていないんだったわ。

私たちの話を聞いていたメロディとケイティが、不思議そうに首を傾げた。

「フィーアの話だと、激痛が走らないタイプの回復薬ってのがあるのかしら?」

「それは素敵だけど……でも、やっぱり私は聴力回復薬を作ってよかったわ」

「そうなの?」

意外に思って聞き返すと、ケイティは大きく頷いた。

「ええ! 回復薬を飲むと、痛くはあるけど傷や病気が治るでしょう。だから、用途は満たしているわ。それよりも、これまで治らなかった薬を創り出す方が何倍も大切だわ!」

「……そうかもしれないわね」

何を大事に思うかは、人それぞれだものね。

そう納得していると、プリシラが近付いてきて、私の両手をぎゅっと握りしめた。

「フィーア、本当にありがとう! 第一次審査に続いて、第二次審査でも私たちを導いてくれるなんて、感謝してもしきれないわ」

すると、他の聖女たちもここぞとばかりに同意してくる。

「本当にその通りよ!」

「ありがとう、フィーア!」

「い、いえ、私は本に書いてあることにちょっとだけ補足をして、一緒にお薬作りをしただけよ」

一斉にお礼を言われたため、びっくりして言い返すと、プリシラは私の手を握る両手に力を込めた。

「私があなただったらそんなことはしないわ! そんな貴重な情報は独り占めにして、誰にも教えないもの」

まあ、プリシラったら。そんなことは絶対にしないでしょうに。

「プリシラはそんなことできないわ」

にこりとして否定すると、プリシラは戸惑ったようにぱちぱちと瞬きをした。

それから、考えるように視線を逸らす。

「……そうね。今なら、私も他の聖女たちと知っている情報を共有しようと思うわね。でも、こんな風に考えが変わったのは、フィーアのおかげよ」

まあ、プリシラったら謙虚なんだから。

私はおかしくなって、笑いながらプリシラを見つめる。

「ふふ、プリシラ、あなたは元から素敵な聖女だったのよ」

プリシラは握っていた私の手を離すと、私に向かって手を伸ばし、ぎゅううっと抱きしめてきた。

「えっ、プリシラ?」

驚いて名前を呼ぶと、彼女は私を抱きしめたまま優しい声を出す。

「あなたの言う通りね。とっても素敵な聖女様が、私だって素敵な聖女になれるのだと気付かせてくれたわ」

それから、プリシラは優しい声のまま言葉を続けた。

「フィーア、あなたは素晴らしい聖女よ。私たちが作った薬を全種類、あっさりと作ったことからもそれは明らかだわ。でも、あなたが真に優れた聖女なのは、その作り方を私たちに惜しみなく教えてくれたからよ」

それは当然のことだわと思っていると、プリシラは少しだけ体を離し、至近距離から見つめてきた。

「フィーア、私は今後、聖女として出動がかからない期間はいつだって、あなたに教えてもらった薬を作るわ。そして、困っている人を大勢助けるの。それがあなたへの恩返しだわ」

プリシラが聖女として大勢の人を救ってくれるのならば、それ以上嬉しいことはないわね。

「ありがとう、プリシラ。それは私が一番嬉しいことだわ!」

素直にお礼を言うと、プリシラはとても綺麗に微笑んだ。

「そう言えるあなたが、私は大好きよ」

プリシラから面と向かって好きと言われたわ。

びっくりして目を丸くすると、私はお礼を言う。

「……ありがとう」

すると、やっぱり聖女たちがプリシラの言葉を真似るように次々と好意を告白してくれた。

「私もフィーアが好きよ!」

「ええ、そして、心から感謝しているわ!!」

「もちろん尊敬もしているわ!! だから、プリシラ聖女と同じように、私も教えられた薬を作って、人々を助けるわ!!」

まあ、どうしてこんなに褒められるのかしら。

訳が分からないまま頬を赤くしていると、プリシラが事務官に向かって片手を上げた。

「事務官、これにて今日の作業は全員終了するわ!」

すると、それまで黙って私たちを観察していた事務官が、緊張したようにごくりと唾を飲み込んだ。

それから、恐る恐るといった様子で、質問してくる。

「あの……最後に一つだけ質問させてください。聖女様方は本当に、これまで存在しなかった薬を作られたのですか?」

プリシラは何の躊躇いもなく頷いた。

「ええ、そうよ!」

続けて、アナが事務官に近付いていくと、小瓶を差し出した。

「それを確認するのがあなた方の仕事でしょう。はい、どうぞ」

同じように、聖女たちは次々に小瓶を事務官に差し出す。

これまで存在しなかった薬を提出された事務官たちは、緊張で手を震えさせながら、貴重な薬の瓶を手に取った。

それから、途方に暮れた様子で手の中の瓶を見つめる。

―――こうして、多くの事務官が困惑して青ざめる中、筆頭聖女選定会の第二次審査は終了したのだった。