軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

237 選定会におけるとある出会い 1

「ああ、出遅れちゃったわ!」

翌朝、私は王城の廊下を走りながら、独り言を呟いた。

「まさか朝食にふわっふわのパンケーキが出るなんて予想できないわよね! しかも、おかわりをするたびに新たに作ってくれるなんて、どんな王様仕様かしら! いえ、ここは王城だから、本当に王様仕様なのよね。はあ、そんな誘惑に2度や3度や4度抗えなかったとしても、仕方がないわ。この私を誘惑するなんて、何て恐ろしい王城料理かしら」

パンケーキをおかわりしている間に、食事をしている聖女は私一人になっていたのだから焦るわよね。

走って建物から外に飛び出したところで、何かが私に向かって飛んできた。

驚いて立ち止まると、小さな黒い翼持ちのお友達が優雅に私のもとまで下りてきて、ふわりと肩に止まる。

「おはよう、フィーア。ここのところ部屋に戻ってこないからどうしているかと見に来たけど、すごく元気そうだね」

「ザビリア! それがそうでもないのよ。私ったら最後の一人になったプレッシャーで、早々に食事を終わらせたのだけれど、よく考えたら昨日は皆よりも遅くまで薬草を摘んでいたのよね。だから、遠慮することなく、もう1度か2度、パンケーキをおかわりすべきだったと考えて、悔しい気持ちでいるわ」

拳を握りしめながら訴えたというのに、ザビリアは意見を曲げずに同じ言葉を繰り返した。

「うん、とても健康的な悩みだね。いや、それは悩みでもないよね。やっぱり、フィーアはすごく元気そうだよ」

私はザビリアを肩に乗せたまま歩き始めると、もう一度お友達に言い返す。

「私はすごくがっかりしていて、元気とは言いがたい状態だわ。でも、賢いザビリアにも理解できないのであれば、私の悩みは高尚過ぎるのかもしれないわね」

にまにましながら答えると、ザビリアはちらりと横目で見てきた。

「いや、僕は理解できていると思うよ。食欲はとても大事だってことだよね」

「う、うーん、間違ってはいないのだけど、そう表現されると私の悩みがどうでもいいことに思えてしまうわね」

おかしいわね、と首を捻ったところで、目的地である緑の回復薬の泉に到着した。

そのため、私は一本の木に向かって歩いていくと、昨日置きっぱなしだった袋を手に取る。

「あったわ。さあ、これで今日は薬を作るわよ」

ザビリアが興味深げに中身を聞いてきたので、「王城内で摘んだ薬草よ」と答える。

それから、私はポケットに入れていたたくさんの瓶を取り出すと、緑の泉の隣にある澄んだ泉の水を瓶に詰めながら、今日のスケジュールについて説明した。

「薬を調合する場所は離宮と定められているの。だから、これから離宮に行ってくるわ」

「ふうん、僕は薬草のことは分からないけど、フィーアのことだから、その袋に入っている薬草はとんでもないレアものなんだろうね。すごいね、金銀財宝に匹敵する貴重な素材を、無造作に一晩木の下に転がしているんだ」

確かに、誰かが落し物だと思って袋を持っていったら、昨日の私の労力は無駄になってしまうところだったわ。

「そうね、この袋を昨日のうちに離宮に運べばよかったのでしょうけど、気付いた時には辺りが真っ暗になっていたの。だから、運ぶのは今日でいいかなって、この場所に置いておいたのよ。私にとっては貴重な薬草だけど、どれも王城の庭に生えていたものだから、金銀財宝には程遠いわ」

「……確かに、フィーア以外は適切な使用方法が分からないんだろうね。そうであれば、その貴重性は理解してもらえないかもしれないね」

ザビリアが私の肩に止まったまま、鼻の頭に皺を寄せる。

私はちょいちょいとザビリアの頭を撫でると、離宮に向かって歩き始めた。

すると、しばらく歩いたところで、ぐったりした様子の男性に遭遇した。

男性は通路のすぐ側にしゃがみ込んでおり、傍から見ても気分が悪そうだ。

「あの……どこか具合でも悪いんですか?」

「え? ああ、僕ですか? 初めまして、ウォーレンといいます。やっと声をかけてもらえ……ぎゃあ!」

男性を覗き込みながら声をかけたところ、その男性はゆっくり顔を上げたのだけれど、なぜか奇声を上げて尻餅をついてしまった。

「それ、それ、それ……」

それから、私の肩口を震える指で差してくる。

「それ?」

何かしらとウォーレンと名乗った男性の指の先を辿ると、つぶらな瞳のザビリアと目が合った。

「ああ、世界で一番可愛らしい存在に瞬時で気付くとはさすがですね! これは相当お目が高い!」

「は? な、何を言って……」

「こちらは私の可愛いお友達なんですが、可愛いうえに賢いという最強の生物なんですよ」

得意になってザビリアを紹介したところで、あっ、黒竜とバレたらまずいから、堂々と紹介すべきではなかったわと後悔する。

恐る恐るウォーレンの反応を見ると、彼は顔を引きつらせながらも私の言葉に食いついてきた。

「か、可愛い? 可愛い!? 可愛い!?? あ、女子は可愛くないやつも、気持ち悪いやつも、恐ろしいやつも、全部まとめて可愛いと表現するアレか? ……どちらにしろ、この黒き災いの前で、その主らしき相手の言葉を否定する勇気はないな」

最後の方は早口の小声になったので、よく聞き取ることができずに聞き返す。

「え、何て言いました?」

すると、ウォーレンは体を縮こまらせながら、さらに小声でぶつぶつと呟いた。

「それに、黒き災いが最強の生物だということくらい、言われなくても分かっているよ。ただ、どうしてこんなところにいるのかとか、人の肩に乗るほど小さくなっているのかとかは理解不能だが。はああ、霊峰黒嶽がやっと静かになったと安心していたのに、まさか王都の王城に恐怖がそのまま移動していたとは」

ウォーレンは体調不良のためか、発する声が小さ過ぎて、言っていることをほとんど聞き取れなかったけれど、霊峰黒嶽という単語が聞こえたため、あらと思う。

「霊峰黒嶽? あの山の名前が出るということは、ウォーレンは北部出身なんですか?」

霊峰黒嶽は我が国の最北端に位置するザビリアが棲んでいた山だ。

ナーヴ王国には山がたくさんあるのに、わざわざ霊峰黒嶽の名前を持ち出してきたということは、もしかしたらウォーレンは北部に住んでいるのだろうか。

そう考えた私の予想は当たっていたようで、ウォーレンはその通りだと頷いた。

「はい、そうです。僕ははるばるガザードからやってきました。そして、朝早くからずっとこの場所に蹲っていました。弱って助けが必要な僕に声をかけてくれる聖女様は、一体どのような方だろうと期待して待っていたのですが、この時間になるまで誰ひとり足を止めてもくれませんでした」

「ああー、今日は皆、たまたま忙しい日なんですよね」

何といっても我が国ナンバー1の聖女を決める筆頭聖女選定会の最中なのだ。

弱っている人に声をかけたくても、かける余裕がなかったのかもしれない。

「そのようですね。ここは離宮に続く通路ですから、聖女様は全員通るはずだと思って待っていたのに、全員が素通りしていくだけでしたから! 誰も僕なんかに声をかけてくれないのだと本気でいじけていたら、随分経ってから寝坊した聖女様がやっと声をかけてくれたんです」

「い、いや、私は寝坊していたわけではなくて、朝食をおかわりして……」

咄嗟に訂正したものの、訂正しなくてもいい案件かもしれないと最後の言葉を呑み込む。

ウォーレンはそんな私の声など聞こえていない様子で、話を続けた。

「それで、やっと声がかかったと嬉しさで顔を上げれば、まさか恐怖の大王を肩に乗せた地獄の使者だったとは! ……そうですよね。選定会の最中に、何の利益にもならない相手に声をかけるのなんて、とんでもない相手に決まっているんですよ」

えっ、もしかして『地獄の使者』とは、15歳の可愛らしい少女のことを言っているのかしら。

呆れた気持ちでウォーレンを見ると、同じように納得できていない様子のザビリアがウォーレンに剣呑な眼差しを向けた。

「何だいこれ、フィーアの悪口を言っているの?」

ザビリアの刺々しい声を聞いて、あっ、マズいわとはっとする。

これまでのザビリアは、クェンティン団長やカーティス団長といった限られた人の前でしか、人語をしゃべらなかったのに、普通にしゃべっているわよ。

これはもしかしたら、ウォーレンの無事を保障するつもりがないんじゃないかしら。

焦る私の気持ちが伝染したのか、ウォーレンは地面に背中を付ける形で後ろに倒れ込む。

「ひっ! じ、人語をしゃべった!!」

その通りではあるのだけど、認めるわけにはいかないわ。

「いえ、この子は鳴管を痛めていて、鳴き声が崩れるんですよ」

私は以前、ギディオン副団長に使った言い訳を再度使用してみたけれど、間髪をいれずに言い返された。

「そんなわけないでしょう!!」

ああ、ギディオン副団長は簡単に騙されたのに、ウォーレンは同じようにいかないみたいね。

困ったわと思ったけれど、なぜだか次の瞬間、ウォーレンははっとした様子で口元を押さえると、前言をころりとひっくり返してきた。

「あ! い、いえ、そそそうですか! それは大変ですね!」

まあ、時間差はあったものの、私の説明に納得したわよ。

もしかしたら私は、ものすごく高い説得スキルを持っているのかしら。

新たな才能の発見に驚いていると、ウォーレンは必死な様子で言葉を続ける。

「そ、それでは、声もでないほど大変な状況を邪魔するわけにもいきませんので、僕はこれで失礼します」

腰が抜けた様子のウォーレンは四つん這いになると、這いながら逃げ出そうとしたので、待ってちょうだいと服の首元を掴む。

「待ってください!」

けれど、ウォーレンはそのまま前進しようとしたので、首が服で締め付けられる形になってしまう。

「ぐえっ! し、死ぬ! 黒き災いの怒りを買う前に、地獄の使者に物理的に首を絞められて窒息死する!!」

「何て物騒なことを言うんですか。そうではなくて、ウォーレンは体調が悪いんじゃないんですか?」

そもそも私が彼に声をかけたのは、体調が悪い様子で蹲っていたからなのだ。

そのことを思い出させると、ウォーレンはその通りだと大声で同意した。

「はい、そうです! 体調はすこぶる悪いですが、今日死ぬほどではありません! しかし、この場に留まった場合、5分後の命の保証はありません!!」

ウォーレンはきっぱりそう言い切ると、今にも逃げ出しそうな様子を見せたので、私はまあまあとなだめながらにっこり微笑んだ。

「実のところ、私は聖女なんですよ。そして、今の私は様々な種類の薬草を持っているので、色んな症状が治る薬を作れます」

ウォーレンは空気が抜けるようなおかしな音を口から出した。

「ぐふっ!」

それから、彼は体調が悪いのか、再び小声でぼそぼそと何事かを呟く。

「……い、今の職位に就いた時に、この身は神にお捧げしましたが……まさか聖女様の人体実験にされる運命が待っているとは、夢にも思いませんでした」

それから、ウォーレンはぱたりと地面に倒れ込んだのだった。