軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

212 筆頭聖女選定会 一次審査6

自分では完璧に治療したと思い込んでいるのだから、担当聖女が苛立つことは当然だ。

怒りに震える聖女を前に、一体どう言えば上手く伝わるのかしら、と私は眉を下げた。

そんな私を見て、アナたちが心配した様子で近寄ってくる。

「フィーア、善意の気持ちで少しでもアドバイスをしようとするあなたの態度は立派だわ! ただ、何もアドバイスをすることがない時は、黙っていてもいいんじゃないかしら」

「うんうん、フィーアが親切なのは、ちょっと一緒にいただけでも伝わるわよね。その気持ちは本当に尊いけど、無理はしなくていいのよ」

「ほら、医師のカルテがあったでしょ。選定会の公式資料だから、間違いはないと思うのよね」

どうやら3人の目には、私の助言が不要なものに見えたようだ。

続けて、メロディが恐る恐る口を開く。

「回復魔法を使用して怪我や病気を完治させると、最後に少しだけ魔法が跳ねるような感覚が走るのよね。選定会に出る聖女の多くは、その感覚を掴み取っているはずだから、患者を完治させたかどうかは自分で気付くことができるんじゃないかしら」

ああ、選定会に参加する聖女はそこまで分かるのね。

今回の場合は患部が2か所あるから、その感覚が2回走るべきなのよね。

そのことに誰も気付いていない様子だけど、一体どうしたものかしら。

うーん、こんなに優れた聖女たちだったら、上手くコツを掴んだらメキメキ上達しそうなのに。

ただ、私は回復魔法についての説明があまり上手じゃないから、丁寧に説明しても理解してもらえないかもしれない。

300年前、聖女たちを指導していた時だって、彼女たちは「よく分かりません」と、私の説明に首を傾げていたのだから。

ということは、やってみせるしかないのかしら。

……と考えたところで、先日、カーティス団長と交わした会話を思い出す。

『この世界にはまだ魔人が残っています。私はフィー様のご存在が魔人に知られることを恐れています』

カーティス団長が心配する様子ながらも、きっぱりと言い切ったことを。

それから、彼がさらに言い募ってきたことを。

『あなた様が精霊と契約さえしなければ、魔人に気取られることはないと、これまでの私は考えていました。しかし、「二紋の鳥真似」は人に擬態していました。そのため、もしもフィー様が能力の高い聖女であると露見し、人々の間に広がれば、魔人があなた様の存在を知覚するのではないかと、私は恐れています』

彼の言うことはもっともだったので、私の気が緩み過ぎていたわと反省し、聖女であることを隠そうと改めて決意したのだ。

けれど、……今回に限っては、「大聖女の能力」を隠しさえすれば、それでいいのじゃないかしら。

私は腕を組むと、むむむと考え込む。

そもそも私は精霊と契約をしていないのだから、魔法を行使したからといって、即座に魔王の右腕に関知されることはないだろう。

バレる可能性があるとしたら、「すごい聖女がいる」と噂になり、魔人が確認しにきた場合のみだ。

前世のように、他の聖女ができない身体強化や防御魔法を発動させたりしたら、「大聖女かもしれない」と疑われるだろうけれど、それ以外であれば誤魔化すことができるんじゃないかしら。

何たってここには筆頭聖女候補者が集まっているのだから、ちょっとばかり魔法を使ったからといって「すごい聖女がいる」と言われることはないだろう。

それとも、今世は300年前より魔法が弱体化しているから、前世の聖女たちの魔法のレベルに抑えたとしても、すごい聖女だと取りざたされるのかしら。

生まれ変わった今でも、魔王の右腕の存在は私に恐怖心を抱かせ、行動を制限させる……けど。

私にできることがあればやりたい、という気持ちがどうしても湧き上がってくる。

ここにいるのは全員が優れた聖女だから、彼女たちの魔法が上達すれば、将来的に彼女たちが治療する多くの患者が、その恩恵を受けられるはずだから。

それに、今回に限っては、私が気を付けるのは魔王の右腕だけで、他の聖女や事務官たちのことは一切心配しなくていいはずだ。

何たって、私には聡明なるシリル団長がついているのだから、私が何をしても上手く誤魔化してくれるに違いない。

そもそも筆頭聖女の選定会は途中退場する予定だから、それ以降、聖女たちとかかわることはないだろうし、途中退場して順位も付かない聖女のことなんて、誰も気に留めないだろう。

問題は次代の筆頭聖女で、彼女はサヴィス総長と結婚するだろうから、騎士たちと顔を合わせる機会があるはずだけど、その他大勢の騎士である私を見て、「あの時の聖女だ!」と気付く可能性は低いはずだ。

もしも気付かれたとしても、シリル団長が聖石を使って上手く誤魔化してくれるに違いない。

「実は聖石というものがあって、フィーアはその力を利用しただけなのですよ」とか何とかかんとか。

シリル団長の有能さは、こういう時に頼りになるのよね。

それに、シリル団長はすごい魔法を使ってローズ聖女を脅かしてくれ、と私に言ってきたくらいだから、やり過ぎたとしても怒られることはないはずだ。

むしろ、後から何とでも言い訳できるようにと、聖石のネックレスをはめてきた私のことを褒めてくれるんじゃないだろうか。

この聖石のネックレスさえあれば、賢いシリル団長のことだから、何だって言い訳できるはずだもの。

「よし、決めたわ!」

『大聖女の技が記載された禁書を読んだ』とアナたちに説明した私は、今思えば恐ろしく賢かった。

もしも私が今世ではすごいと思われる魔法を使ったとしても、「禁書を読んだ」とさえ言えば、何とでも誤魔化すことができるはずだから。

これなら、彼女たちの前である程度の魔法を使っても大丈夫じゃないかしら。

それに、ここで聖女たちの能力を底上げしてしまえば、誰もが優れた聖女になって、私は彼女たちの中に埋もれてしまうのじゃないだろうか。

そうであれば、今後、私が「すごい聖女だ」と取りざたされることはなくなるはずだ。

「完璧なプランだわ!」

自信満々に顔を上げると、なぜだかアナが悪い予感を覚えたとばかりに顔をしかめた。

それから、焦った様子で憤慨している聖女に向き直る。

「ルドミラ、聞いてちょうだい。フィーアは決して悪い子じゃないのよ……」

まあ、アナったら、まだ私のために取りなそうとしてくれているのね。

とってもありがたいけど、私は成人しているし、少しは自分で対応すべきよね。

私はにこやかな表情でルドミラ聖女に近付いていくと、穏やかな声で質問した。

「私が後を引き継いで、この患者を治してもいいかしら?」

ルドミラは噛みつかんばかりの表情で返事をする。

「まだ治すべきところが残っていると思うのならば、好きにすればいいじゃない! でも、あなたがやろうとしているのは余計なことだから、この患者を治したのは私だわ!!」

「もちろんよ」

私は同意すると、患者に向き直った。

不安そうな表情を浮かべる患者に笑みを見せたところで、それまで部屋の隅に黙って控えていた事務官が、慌てた様子で声を上げる。

「お、お待ちください! ただ今、この患者のカルテを作成した医師を呼びに行っておりますので、少々お待ちください!!」

事務官が言い終わると同時に、ばたばたばたと足音がして、白衣を着た男性が走り込んでくる。

ああ、そう言えば、一次審査の説明の際、『聖女様が治癒される際には必ず事務官が立ち会い、その後、医師とともに患者の回復具合を確認いたします』って言っていたわね。

さすが選定会、きちんと手順が守られているのね、と感心しながら見ていると、医師は色々な器具を使って患者を確認した後、心許ない表情を浮かべた。

「ご、ご指摘に従って確認しましたところ、確かに呼吸音に異常がある気がします。しかし、わずかな違いのため、実際に胸部に悪い部分があるのかどうか、あるとしてもどの程度のものなのか、今すぐ判断できません」

医師の言葉を聞いて、そうよねと納得する。

ここにいるのは全員、選定会用に選ばれた患者だから、事前にしっかり病状を調べているはずだ。

それでも医師が見つけられなかった病気なのだから、もう一度同じように調べたとしても、発見することは難しいだろう。

でも、そんな患者を治すために聖女がいるのよね。

「今回の病気はちょっと見つけにくいかもしれないわね。でも、明らかな症状が出るまで放っておくと、患者の方が辛いでしょうから、今すぐ治してもいいかしら?」

私が医師に尋ねた途端、アナが心配そうに服を掴んできた。

「……フィーア、ここで止めてもいいのよ」

でも、そうしたら、この患者に病気が残っていることを、誰も分からないまま終わってしまうわ。

魔法の便利なところは、患者に悪い部分が残っていれば、患部に魔法が吸い込まれていくのが第三者にも見えることだ。

問題は私の魔法が速いことで、普段通りに発動させたら一瞬で終わってしまい、何が起こったか分からないだろう。

よし、普段の100倍くらいゆっくりかけてみよう。

それから、分かりやすいように、いつもよりもエフェクトを多めに入れてみよう。

私は患者の前まで歩み寄ると、片手をその胸元にかかげる。

―――どうか私の魔法で患者が治りますように。そして、聖女たちの魔法が上達する手助けになりますように。

そう心の中で呟くと、私は呪文を唱えた。

「回復」

ゆっくり、ゆっくりよ。

それだけを頭の中で繰り返す。

すると、私の魔法はきちんと目に見える速度で発動し、患者の胸元でぴかぴかと光った。

というか、エフェクトを掛け過ぎたようで、ギラギラビカビカと光った。

「あっ、やりすぎた」

と反省したけれど、意外なことに誰も光には反応しなかった。

アナ、メロディ、ケイティの3人は全然別のことに食いついてきたのだ。

「えっ、どうしてフィーアは詠唱しないの?」

「嘘でしょう! そんなことができる聖女がいるなんて、聞いたことないわ!!」

「信じられない! フィーアは『回復』しか言っていないじゃないの!!」

「詠唱? あっ、そこね」

さすが選定会に出る聖女たち、よく見ているわね。

私は目を丸くすると、感心して皆を見つめたのだった。