軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189 王太后のお茶会1

「シリル団長、失礼します!」

ノックをして第一騎士団長室に入ると、シリル団長がにこやかに出迎えてくれた。

「フィーア、お待ちしていましたよ」

シリル団長の顔に浮かんでいたのは邪気のない笑みだったけれど、これまでの経験から無意識のうちに一歩後ろに下がる。

……これはよくない兆候だわ。

だいたいにおいて、シリル団長は腹に一物ある時ほどに、にこやかな表情を見せるのだ。

そして、こちらが油断したところに爆弾を落としてくるのだから、半年以上も団長の部下をやっている私は、完全に何事かが待ち構えていることを予測できてしまう。

そのため、私は気を緩めることなく、きりりとした表情を浮かべた。

すると、鋭いはずのシリル団長が間の抜けた質問をしてくる。

「どうしました、フィーア。もしかして歯が痛いのですか?」

もちろん違う。私は歯痛に顔を引きつらせているのではなく、きりりとした凛々しい表情を浮かべているのだ。

そして、シリル団長の爆弾に身構えているのだ。

「いいえ、体調に問題はありません。今日はどんな御用でしょうか?」

何でもないことを示しながら呼ばれた理由を尋ねると、シリル団長は腑に落ちないという表情をしながらも、素直に答えてくれた。

「わざわざお呼び立てして申し訳ありません。実は、フィーアには午後から、私とともにサヴィス総長の警護をしてもらおうと考えています」

あら、しばらくの間、私はセルリアンあずかりになっていたはずなのにどういうことかしら。

「総長はどちらかへ行かれるんですか?」

総長がどこか危険な場所に行くことになったから、優秀な騎士である私の助力が、どうしても必要になったのだろうか。

それならばお役に立ってみせましょう、とまんざらでもない気持ちで質問すると、あっさりと否定される。

「いえ、サヴィス総長は本日、王城内で過ごされる予定です。午後からは、王太后陛下との茶会が入っていますが、本日の予定はそれだけです」

ごくわずかな逡巡だったけれど、シリル団長が王太后と口にした際、半瞬ほど動きが止まったため、何かあるのかしらと探るように見つめる。

「……イアサント筆頭聖女とですか?」

「ええ、王太后はサヴィス総長のご母堂様ですからね。ちなみに、セルリアンも参加予定です」

イアサント王太后とセルリアン、サヴィス総長の3人でお茶を飲む会。それは、つまり……

「ただの親子のお茶会ですよね?」

私はじっとシリル団長を見つめる。

鋼の心臓を持っているシリル団長が、うっすらと緊張しているように感じたため、なぜかしらと気になったからだ。

けれど、返事が返ってくる前に、自分で答えを見つけてしまう。

「もっ、もしかして恋!?」

もしかして、もしかしたら、シリル団長はイアサント筆頭聖女に恋心を抱いていて、だからこそ、これから顔を合わせることに緊張しているのかもしれない。

ああー、平静でいられないから、いつだって冷静な私の力が必要なのね。

そう納得していると、暗い声が聞こえた。

「……私が誰に恋しているのですって?」

頬を引きつらせて質問してきたシリル団長は、いつも通りに見えた。

そのため、10秒前に浮かんだ推測をぺいっと投げ捨てる。

「あれ、緊張が解けた? ということは、恋ではない? まあ、そうですよね。血縁ですものね」

イアサント筆頭聖女はシリル団長のお母様のお姉様だ。

つまり、筆頭聖女はシリル団長の伯母にあたる。

血が近すぎて結婚もできないのだから、恋する相手としては不適当だろう。

「フィーア、あなたの推測はいつだって突拍子もないものばかりですから、下手なことを考えるのは止めた方がよいでしょう。あなたの言う通り、ただの親子の茶会ですから、護衛として騎士たちを大勢連れていくわけにはいきません。あなたは騎士らしく見えませんから、ご一緒してもらおうと考えたまでです」

「なるほどですね」

さり気なくディスられた気がしたけれど、心の広い私は聞き流すことにする。

「それに、あなたを護衛に付けることは、サヴィス総長とセルリアンの希望なのです」

まあ、この国のナンバー1とナンバー2、直々の希望ですって?

「えっ、とうとう私が優秀な騎士だということが、白日の下に晒されてしまったんですか!?」

いつの間に、とびっくりしていると、シリル団長は半眼になった。

「……それはまだです。それはとっておきの秘密ですので、まだ誰にも知られていません」

「ああー、そうなんですね」

それは残念なような、まだまだとっておきの秘密にしておきたいような、複雑な気分だわ。

失望とも安堵とも言えない気持ちでいると、シリル団長こそが複雑そうな表情を浮かべていることに気付く。

そのため、シリル団長は何が気になっているのかしら、と不思議に思って当り障りのない質問を口にした。

「筆頭聖女はシリル団長のご親戚でもあるんですよね。仲がいいんですか?」

私の質問を聞いたシリル団長は、さり気なく目を伏せる。

「……お相手は、筆頭聖女ですよ。そう簡単にお会いできる方ではありません」

それはごもっともな話だった。

「確かにシリル団長の言う通りですね。筆頭聖女は色んなところから引っ張りだこで、お忙しいでしょうしね」

300年前の大聖女だった頃の忙しさを思い出し、うんうんと納得する。

一方、シリル団長は何かを思い出したのか、わずかに微笑んだ。

「そうですね、あの方は昔からお忙しかったですね。その代わりに、ローレンス陛下やサヴィス総長と親しくさせていただきました」

シリル団長とサヴィス総長は同じ年で、セルリアンは2歳上だ。

年が近かったため、幼い頃は一緒に遊んでいたのかもしれない。

「以前、あなたにはお話ししましたが、私は幼い頃、弟が欲しかったのです。ですが、私の母からは公爵家ごときにスペアは不要だと、はっきり断られました」

ああ、そうだった。サザランドでシリル団長から、彼の幼い頃の話を聞いたのだった。

「一方、ナーヴ家は王家であるので、公爵家とはまた事情が異なるのでしょうが、それでも、兄弟がいるローレンス陛下とサヴィス総長を羨ましく感じたものです。そして、筆頭聖女でありながら、お2人の子どもを産んだイアサント王太后を立派な方だと思ったのです」

「出産は大変らしいですからね!」

つい最近、母親になると宣言していたクェンティン団長を思い出して、そう同意する。

彼の従魔が卵を産んだものの、温める様子がなかったため、クェンティン団長が代わりに温めて、魔物の母親になるのだと胸を張っていたのだ。

『人の子を産む場合も、母親は稀に、出産時に命を落とします。母親になるというのは、それほど大変なことなのです!!』

お腹をぽっこりと膨らませ、真顔で力説していたクェンティン団長の姿が浮かんできたため、シリル団長に補足する。

「この間、クェンティン団長も出産は大変だと力説していました」

「……あなたが真面目に話をしているのは理解しているのですが、一気にふざけた雰囲気になるのはなぜでしょう」

それはシリル団長の受け取り方の問題だと思います。

そうはっきり言うわけにもいかず、無言のままでいると、私の気持ちを読み取ったようで、シリル団長は疲れた様子で肩を竦めた。

「まあ、いいでしょう。では、フィーア、これからサヴィス総長の執務室に向かいますが、よろしいですね?」

「はい!」

元気よく返事をすると、私はシリル団長とともにサヴィス総長のもとに向かったのだった。

◇◇◇

シリル団長とともにサヴィス総長の執務室に行くと、そこには既にセルリアンがいた。

ただし、今日の彼は道化師姿でなく、いつぞやのようにシンプルなシャツ姿だった。

そして、怠惰な様子でだらしなくソファに座っていた。

「サヴィス、僕の体が子どもになったからか、味覚も子どものものに戻ったみたいなんだ。だから、紅茶をこれっぽっちも美味しいと思えない」

「それでしたら、オレンジジュースを頼んでおきましょう」

淡々と答えるサヴィス総長をちらりと見ると、セルリアンが不満そうに口をとがらせる。

「僕が言いたいのは、そういうことじゃないんだよね」

それから、セルリアンはぴょんっと立ち上がった。

「やっぱり僕は欠席するよ! 筆頭聖女とのお茶会に子どもが出る幕なんてないからね! サヴィス、後はよろしく」

それから、すごい速さで駆け出したけれど、何歩も進まないうちに、素早く先回りしたサヴィス総長に襟首を掴まれる。

「ちょ、サヴィス、敬愛するお兄様の首が絞まっているぞ!」

慌てた様子でばたばたと手を振り回すセルリアンだったけれど、サヴィス総長は気にした様子もなく襟首から手を放さなかった。

「それほど紅茶を飲みたくないのであれば、少しくらい喉が詰まっていた方がいいかもしれないと、気を利かせているところですよ」

「そんな配慮は不要……ぐえ」

自ら暴れたことで、さらに首元が絞まったようで、セルリアンは蛙が潰れたような声を出していた。

うーん、この2人が一緒にいるところを見るのは2回目だけど、とっても仲がよさそうね。

シリル団長が兄弟の存在を羨ましく思うはずだわ。

そう納得して頷いていると、サヴィス総長は私に視線を向けた。

「来たか、フィーア。今日のお前はオレのお守りだ」

「お守り?」

そんな効果が私にあったかしら?

不思議に思う私に向かって、サヴィス総長は皮肉気に唇を歪めた。

「ああ、オレを王太后から守ってくれ」