軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175 危機との遭遇10

「ロイドの妹さん? でも、妹さんは……」

10年前に亡くなったのじゃなかったかしら、とそう思ったけれど、言い辛くて口を噤む。

すると、ロイドは私が飲み込んだ言葉を察したようで、代わりに口を開いた。

「フィーア、僕は以前、妹のコレットは10年前に亡くなったと言ったね。だが、あの言葉は正確でなかった。……妹は死んでいない」

「えっ!?」

とんでもない話が飛び出てきたため、驚いて目を見開く。

けれど、コレットが亡くなった話は、ロイドからだけでなくファビアンからも聞いたのだ。

つまり、世間の誰もがコレットは亡くなったと考えているはずだ。

そして、おかしな噂1つ立っていないので、この10年もの間、誰一人として彼女の死を疑っていないはずだ。

それが……生きている?

どういうことなのか理解できずに目を瞬かせていると、ロイドは顔を歪めた。

「正確に言うと、死んではいないが………生きているとも言えない状態だ。なぜなら10年前からずっと、あの子はただ静かに眠り続けているのだから。時々、水分を摂るくらいで、目を開くことも、体を動かすこともなく、ただ静かに眠っているのだ」

話を聞いているうちに、何となくコレットの状態が推測できたように思う。

もしかしたらコレットは、眠りの状態異常に侵されているのではないだろうか。

コレット本人を確認しなければ確定できないけれど、レッドたちの妹さんも同じ呪いに侵されていたし、……ただ、水分しか摂らないと言うのはよく分からないけど……と、そう考えていると、セルリアンが話に割り込んできた。

「フィーア、コレットが眠り続けているのは、僕が受け継いだ精霊王の力によるものだ」

「えっ、精霊王の力?」

突然、思ってもみなかった話を持ち出され、驚いて聞き返す。

すると、セルリアンは苦し気に顔を歪め、言葉を続けた。

「コレットの命の火が消えようとした場面に、僕も居合わせたからね。彼女の命を取り上げないでくれと、強く願ったんだ。その結果、僕の中の精霊王の血が僕の望みに反応して、願いを叶えてくれたというわけだ。ただし、僕は特殊な願いを望んだから、彼女は生きているとはとても言えない状態で眠り続けている」

「それはどういうことかしら?」

話の内容を理解できずに聞き返すと、セルリアンが丁寧に説明してくれた。

「10年前のあの日、コレットはひどい状態だった。そのままにしておけば、死を待つしかないのは火を見るよりも明らかだった。だから、彼女の時間を止めたいと願ったんだ。彼女は時を止めて眠り続け、彼女を治癒できるような聖女が現れた時に目覚めればいいと」

「……それは、大変なことだわ」

始めに想像したよりもずっと大変な状況であることを理解した私は、それだけを口にした。

特定の人間の時間だけを止めるような人知を超えた術は、それこそ精霊王でもない限りかけることはできないだろう。

本人が述べた通り、セルリアンは王家の一員なので、精霊王の血を引いていることは間違いない。

だからこそ、彼の望みを叶えるために、精霊王が力を貸してくれたのかもしれないけれど……

「コレットの『時が止まっている状態』を、10年間も持続するエネルギーはどこから出ているの? 何のエネルギーも投入せずに、それほどの術を長時間かけ続けられるはずがないわ」

疑問に思って尋ねると、セルリアンは感心したように目を見張った。

「フィーアは本当にすごいね。精霊王の力の仕組みをそこまで理解しているなんて」

それから、彼は私が予想していた中で最悪の答えを口にした。

「エネルギーは僕の命だよ。『死なないでほしい』と願った瞬間、コレットと僕はつながったのだから。彼女は生きているとも言えない状態だから、それほど消費量は多くないが、……1年に1歳若返る分だけ、僕は喰われ続けている」

セルリアンは淡々と口にしたけれど、それはとんでもない話だった。

コレットを生かし続けるために、セルリアンは自分の命を削っているのだから。

通常の魔法であれば、対価は魔力になるのだけれど、相手が精霊王のため特別の対価を要求されているのだろう。

そのため、セルリアンはその身を差し出し、喰われることで、毎年1歳分ずつ年齢が逆行しているのだ。けれど……

「……セルリアン、どうしてあなたがそこまでするの?」

彼の行為は、『信頼するロイドの妹だから』という説明では、足りないように思われた。

そのため、疑問に思うまま質問すると、セルリアンはそれが全ての説明になるとばかりに、一言だけ口にした。

「それは、彼女が僕の妃になる女性だったからだ」

「ああ!」

その言葉を聞いた瞬間、全てを理解したように思う。

なぜセルリアンが命を削り続けてでも、ロイドの妹を救おうとしているのかを。

そのため、私は先ほどロイドが口にした望みについて確認する。

「それで……コレットのために『大聖女の薔薇』を私に選んでほしい、というのはどういうことかしら?」

すると、セルリアンは真剣な表情で見つめてきた。

「それは……君に未来を賭けさせてほしいという、僕らの願いだ」

「………もう少し詳しく教えてもらえるかしら?」

場面が場面なので、『分かったわ』と答えたいところだけれど、セルリアンの意図するところが分からなかったため聞き返す。

すると、セルリアンは何かを思い出すかのように空を見つめた。

「フィーア、君は以前、サヴィスから聖女に捧げる花を調達するよう頼まれたことがあったよね。その時の依頼主は僕だった。そして、花を捧げる相手はコレットだった。僕はね、眠り続ける僕の眠り姫のために、定期的に花を捧げていたのだよ。その時も、それらの一環として花を頼んだら、……君は『大聖女の薔薇』を持ってきた」

確かにセルリアンの言う通り、国王は定期的に聖女の墓標に花を捧げているから、その花を調達するようサヴィス総長から頼まれたことがあったわ。

そのため、聖女ならば私のお仲間だから、できるだけ適した花を贈りたいと考え、王城に植わっている薔薇を利用して『大聖女の薔薇』を創り上げたのだ。

ということは、回り回って、『大聖女の薔薇』がコレットに捧げられたということだろうか。

「まだお礼を言ってなかったが、フィーア、素晴らしい花を見つけてくれてありがとう。コレットはね、ずっと大聖女様に憧れていた。その大聖女様由来の花を彼女に捧げることは、彼女にとって最高のはなむけになる。君が見つけてきた薔薇を受け取った時、僕はそう思った。……もう間もなく死んでいくだろう彼女に贈れる、最高の贈り物だと。その時は、知らなかったからね。あの花に特別の効能があるとは」

セルリアンはそこで言葉を切ると、天井に向けていた顔を戻して私を見た。

「大聖女様は本当に特別な存在なのだよ。あの方しか使えない魔法がたくさんある。そして、それらの魔法で多くの人々をお救いになられた。ただし、あの方しか使えなかったものだから、大聖女様の死とともにそれらの魔法も効能も失われた……とそう思っていたのだが」

「…………」

黙って話を聞いていると、セルリアンは緊張した様子で言葉を続けた。

「騎士団長たちが自主的に開いた茶会で、大変な事実が判明した。『大聖女の薔薇』の花びらを浮かべた紅茶を飲むことで、何らかの効能が表れるかもしれない、と事前に情報が出回っていたが、あくまで聖女が行使できる魔法の範囲だと考えていた。しかし……その茶会で、シリルには攻撃力アップの効果が表れ、デズモンドとザカリーは麻痺の状態異常に侵されたのだ」

ああ、そうだったわね……と、そのお茶会に参加していた私は、その時のことを思い出しながら頷く。

ちょっと思うところがあって、紅茶に使用する花びらに私の魔力を注入し、より効果が出るように細工したのだった。

そのため、お茶会に参会していた騎士団長たちに面白いくらいの効果が表れたのだけれど、どうしてその話を持ち出したのかしら。

そう疑問に思っていると、セルリアンは感激した様子で目に涙を浮かべた。

「……信じられるかい? 300年前に失われていた大聖女様だけの魔法が、薔薇の花びらの中に詰まって蘇ったのだ」

「確かに、そうね」

なるほど、そういう見方もできるわね。

「その魔法は僕とロイドがこの10年間、切望してきたものだった。もうほとんどあきらめていたのだが、完璧なタイミングで彼女を救うための可能性が見つかったのだ」

胸が詰まった様子で言葉を途切れさせたセルリアンに代わって、ロイドが言葉を続ける。

「明日の朝、筆頭聖女の選定会を実施する旨の告知が、国中の全ての教会から一斉に発せられる予定になっている。告知から2週間後に選定会は開催され、間もなく筆頭聖女が選定されるだろう。そして、筆頭聖女であればきっと、目覚めたコレットを治癒できる」

「…………」

私が持っている聖石でも、瀕死の怪我人を治せることは分かっているだろうに、そのことには触れないロイドとセルリアンに何とも言えない気持ちになる。

多分、2人は代わりが利くものであれば代替を用意し、どうしようもないものだけを私に頼もうとしているのだ。

いたたまれない気持ちになって、服の胸元部分をぐっと握り締めていると、セルリアンはがばりと顔を上げた。

「だから、フィーア!」

激しい調子で言葉を発するセルリアンの片方の目から、涙が一筋零れ落ちる。

けれど、セルリアンは流れる涙を拭うことなく、縋るような瞳で見つめてきた。

「『大聖女の薔薇』は花びら毎に効能が異なるから、どうか……コレットが目覚めるための花びらを選び取ってくれ!」