軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163 聖女デビュー1

「せ、聖女デビュー!?」

セルリアンの言葉が衝撃的だったため、思わず上ずった声が出る。

えっ、私は聖女であることをひた隠しにしているのに、それをオープンにしようということ?

驚いて目を丸くしていると、セルリアンがにやりと笑った。

「フィーア、僕らの役割は周りの人々を笑顔にすることだよ。だから、皆を楽しませなくっちゃ。道化師には道化師として、聖女には聖女として、皆に期待されていることがあるだろう? そこを読み取って、面白おかしく表現してみせるのさ」

「な、なるほど」

分かったようで、ちっとも分からない。

けれど、私はできのいい弟子だから、師匠が説明してくれたことに対して、『分からない』とは答えないわよ。

セルリアンだって、最初から私が及第点を取ることを期待していないだろうし。

「聖女として期待されていること……」

単純に考えると、皆の病気や怪我を治すことだろう。

うーん、そういえばオルコット公爵家のプリシラも定期的に市井に出て、聖女の力を示していると言っていたわよね。

ただ、今の私はなんちゃって聖女だからね。

すいすいと病気や怪我を治すわけにはいかないし、そもそもそれは、本物の聖女の役割だし……

よし、とうとう秘密兵器を登場させる時がきたようね!

私はドレスの内ポケットに入れていたものを取り出すと、それを首にかけた。

「ぐっ、重いわね! これは首にかけるものではないかもしれないわ」

想像以上の重さに前かがみになり、ぶつぶつと独り言を言っていると、私の動作を見守っていたドリーが驚愕した声を上げた。

「フィ、フィーア! あんた、それ、……う、嘘でしょう!?」

「えっ?」

呼ばれたので振り返ると、仰天した様子のドリーとセルリアンがいた。

そして、2人は目を見開いて、私が首にかけたネックレスを凝視していた―――聖石をつなげ合わせて作った、きらきらと陽に輝くネックレスを。

……どうやら2人は、この場所まで聖石を持ってきた、私の用意周到さに驚いているようだ。

ふっふっふ、こんなこともあろうかと、先ほど、シリル団長の下を訪れた後に、寮の私室に戻って取って来たのよね。正解だったわ!

私が得意気に胸を張ると、ドリーは震える指で私を指差し、信じられないとばかりに口を開いた。

「き、聞いていたわよ。確かにあんたがサザランドから聖石を譲り受けた話は聞いていたわよ。でも、そ、そんなにたくさん……」

「あ、ああ。しかも、先ほどの様子からすると、フィーアが持っている聖石は重量がありそうだよね。まさかとは思うけど、それには回復魔法が込められているのか?」

動揺した様子ながらも、秘匿情報になっているはずの聖石について正しく発言してきた2人を見て、さすが王様と公爵ねと、初めて2人の身分の高さを信じる気持ちになる。

それから、『聖女として期待されていること』……と、もう1度セルリアンから言われた言葉を心の中で繰り返すと、2人に向かってにこりと微笑んだ。

「ふふふー、私はタネも仕掛けもある聖女だから、手の内を明かすようなことはしないわよ。だけど、セルリアンが言っていた『聖女として期待されていること』は、上手くこなせるんじゃないかしら?」

意味あり気にネックレスを触りながら、そう口にする。

そんな風に、なんちゃって聖女の役割を正しく果たそうとしたのに……

「違う。僕が言った言葉は、間違いなくフィーアが考えているものと違う。えっ、まさかとは思うけど、こんな何でもない場で、その貴重な石を使う気じゃないだろうね?」

「そうよ、フィーア。その石は戦場で騎士たちを救うことができる貴重な石なんだから、おいそれと使用するものじゃあないわ」

何と、セルリアンはまだしも、ドリーからも反対されてしまった。

しかも、ドリーは咄嗟に、聖石のことを『騎士たちを救うことができる石』だと表現した。

そのことから、もしかしたらこれまでの言動とは裏腹に、ドリーは騎士を大事に思っているのかもしれないと考える。

あるいは、実際に騎士が嫌いなのかもしれないけれど、それだけではなくて、大事にしたいと思っている部分があるのかもしれない。

いずれにしても、騎士養成学校まで通ったのだから、彼には騎士を目指していた時期があったはずだ。

そのため、騎士に対して何らかの複雑な思いを抱えているのかもしれない……と考えながら、私は2人に向かって笑みを浮かべる。

「ふふふふー、どうなのかしらね? いくら師匠相手といえども、私は手の内を明かさない弟子だから言わないわ」

私の返事を聞いた2人は、うっと詰まったような表情を見せた。

「なっ……お、おい、ドリー! これは弟子の方が、師匠を翻弄してないか?」

「うっ、あたしもそんな印象を受けたところよ。普通だったら、セルリアンにもあたし自身にも、『しっかりしなさいよ』と言うところだけど、これは相手が悪いわね」

師匠2人組は、ぼそぼそと小声で打ち合わせらしきものをしていたけれど、すぐに2人揃って諦めの表情を浮かべた。

そんな2人に対し、私は声を掛ける。

「ところで、私は聖女だけど、2人は道化師でいいのかしら? それとも、馬と鳥?」

私の質問を聞いたセルリアンは、憮然とした表情を浮かべた。

「馬って……この間フィーアが言ったように、僕はユニコーンだよ! 角のないユニコーンだ」

「ああ、なるほど。そこにも皮肉を利かせているわけね」

ユニコーンの角には水を浄化したり、毒を中和したりする力があり、その存在の象徴になるものだ。

それがないということは……

「あたしだって、ただの鳥ではないわよ! 世界中で最も美しい鳥と言われる、伝説のツァーツィーよ!」

思考の途中でドリーの声が割り込んできたため、そちらに意識を持っていかれる。

「なるほど、確かにツァーツィーは極彩色を持つ美しい鳥よね。滅多に見られないことから『幻の鳥』とか『伝説の鳥』とか言われているけど、あの鳥がモデルだったのね」

ツァーツィーは普通の鳥だけど、ほとんど存在が確認できない希少性から、様々な噂が出回っている。

近年では、「その羽には全ての病を治す力がある」という、とんでもない噂がまことしやかに囁かれるようになり、そのため、その力を求める人々が、あの鳥の数をさらに減らしたのだ。

「ん? ユニコーンは浄化と解毒で、ツァーツィーは全ての病を治す? どちらも聖女の力と同じものじゃないの」

そう感想を漏らすと、2人は呆れたように肩を竦めた。

「うーん、フィーアはものすごく鋭い部分があるけれど、その反動で、常識がない部分もあるのかな?」

そんな失礼なセルリアンのセリフに続いて、ドリーが私の言葉を訂正する。

「そうよー、聖女様は病を治せるけど、全ての病ってわけにはいかないわー。それに、浄化や解毒なんて、聖女様にはできないわよ。そんなことができるのは……」

「できるのは?」

聖女以外にそんな存在がいたかしら、と思いながらこてりと首を傾げる。

すると、ドリーが高らかに答えを口にした。

「300年前の伝説の大聖女様だけだわ!!!」

「ひっ!」

な、なるほど、そうきたか!

予想外の答えに腰が引けていると、ドリーは不満そうに片方の眉を上げた。

「ちょっと、『ひっ』とは何よ! 全ての怪我や病気を治され、解毒や状態異常解除まで可能にした素晴らしい方なのよ! ……300年経つ間に、少しばかり話が大げさになっているかもしれないけど」

それから、ドリーは私が着用している聖女を模したドレスを指差した。

「そのドレスも、大聖女様をイメージして作ったんだから!」

な、なるほど。

前世の私は、大聖女として戦いに参加する時は必ず黒いドレスを着用していたけれど、ドリーのイメージでは赤と白なのね。

でも……と考えながら、着用しているドレスを見下ろす。

このドレスは細部までとても丁寧にデザインされているし、可愛らしく作り込まれているのよね。

とても嫌いな相手を想定して作ったものには見えないのだけど、……オルコット公爵は聖女が嫌いなはずよね。

騎士に対する思いといい、公爵は聖女にも相反する思いを抱えているのかもしれないわね。

そう考えていると、目の端で子どもがすてーんと勢いよく転んだのが見えた。

あらまあ、元気がいいわね、と微笑ましく思っていたけれど、子どもにとっては一大事だったようで、すりむいた脚を見ながらわんわんと大声を上げて泣き始める。

ああ、痛いわよねーと思った私は、噴水の横に生えていた薬草を手早く手折ると、手のひらの上に載せた。

それから、両手を合わせると、薬草を手の中から逃がさないようにして噴水の水をすくう。

それから、ととと……と、その子どもに近付いて行った。

さあ、なんちゃって聖女の始まりだわー、と思いながら。

「こーんにちはー、聖女ですよー! 何かお困りごとがありそーですね?」

そう言いながら、地面に蹲っている5歳くらいの少年を覗き込むと、少年は驚いた様子で涙交じりの顔を上げた。

それから、私を見てびっくりしたように目を見開く。

「せ、聖女様?」

少年の周りで心配そうにうろうろしていた3人の少年少女も、同じように私を見上げて目をぱちくりとする。

「ほ、本当だ。聖女様だ! わあ、初めて聖女様とお話ししたわ!」

「か、可愛い。聖女様って、すごく可愛いんだ……」

よし、最後の少年。君のセリフは素晴らしかったわ。

だから、サービスしましょう。

そう思ってセルリアンを振り返ると、彼の周りにいた大人たちが視界に入り、皆が面白そうに私を見つめていることに気が付く。

「ははは、これはまた確かに、可愛らしい聖女様だね!」

「ああ、こんな聖女様に微笑んでもらったら、傷の痛みも弱まるんじゃないか。ぼうず、聖女様に傷口をきれいに洗ってもらうんだぞ!」

そして、そんな風に楽しそうにそう声を掛けてくる。

ふふふ、サザランドの皆さんも陽気で素敵だったけれど、王都の皆さんも明るくて友好的だし、ナーヴ王国の人たちって皆、素敵よね!

そう思いながら、私はセルリアンに微笑みかけた。

「ロバちゃん、ロバちゃん、このお水をきれいにしてちょうだい!」

「えっ、フィーア。だから、僕はロバでも馬でもなく……いっ!」

反論しかけたセルリアンの足を、ドリーが思いっきりどん! と踏む。

そのため、セルリアンは涙目で彼を見上げたけれど、……ドリーの表情を見て何事かを悟ったようで、「あ、ごめんなさい」と小声で謝罪していた。

それから、慌てた様子で私を振り返ると、完全なる作りものだと分かる笑みを浮かべた。

その姿を見て、セルリアンは師匠だけど、まだまだだわと思う。

けれど、私の心の声が聞こえないセルリアン師匠は、作り笑顔のまま私に反論してきた。

「ええと、聖女ちゃん、僕はロバじゃあないよ! 伝説の聖獣、ユニコーンだよ!」

「えええ、でも、角がないじゃない! その角で全てのお水をきれいにするって聞いていたのに、それじゃあ無理ね」

わざとがっかりした表情を浮かべると、セルリアンは焦った様子で片手を振ってきた。

「大丈夫、大丈夫だよ! 僕には角はないけど、ほら、この耳に付いた魔法の鈴があるからね。この音を聞かせれば、どんな水でも浄化されるんだよ」

そう言いながら、右手でユニコーンの両耳にはめられた鈴を指し示す。

「本当?」

私が疑わしそうな表情で見つめると、セルリアンはぶんぶんと大きく首を縦に振った。

「もちろんだよ。じゃあ、見ていて」

そうして、しゃんしゃんと鈴の音を響かせながら、踊るようにして私の周りを回り始める。

私は合わせた両手をセルリアンに差し出す姿勢を取ると、彼が右手を派手に動かしながら、複雑なステップを踏むのを見つめた。

セルリアンは子どもの姿をしているため、楽しそうに踊る姿は誰が見ても愛らしいようで、いつの間にか見物していた人々が、ぱんぱんぱんと手拍子を叩き始める。

そのため、私もだんだんと楽しくなっていき、手拍子に合わせて体を揺らしながら、両手のひらに魔力を込めていった。

すると、水の上に浮いていた薬草が、みるみるうちに水に溶けていく。

「さあ、これで完成だ!」

しばらくの後、満足した様子でセルリアンが踊りを止めてそう言った時には、私の手の中の水も完成していた。

そう、どこに出しても恥ずかしくない、立派な回復薬の完成だ。

そのため、私は笑顔で少年の上に合わせた両手をかざした後、少しだけ傾けて、手の中の水を少年の膝に振りかけた。