軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160 道化師の弟子2

「えっ、オルコット公爵?」

目の前にいるのは道化師のドリーだったけれど、発言内容に既視感があったため、訝しく思って問いかける。

なぜなら以前、オルコット公爵が同じようなことを言っていたからだ。

ドリーとオルコット公爵では、髪の長さも、見た目も、声も全く違うのだけれど、引っ掛かるものがあったため、目の前の女性的な道化師をまじまじと見つめる。

……ドリーは道化師メイクをばっちりしているから、顔立ちがよく分からないのよね。

だから、ド派手な黄色のアイシャドウと、目の下の鳥の羽根のような模様を取り去って、髪を短くすると……あれえ!?

信じられないことに、頭の中でドリーから化粧を取り除き、髪型を変えてみると、オルコット公爵が現れた。

そのため、私はびっくりして、普段よりも大きな声を出す。

「オ、オルコット公爵じゃないですか! 何をやっているんですか!?」

最上位の貴族である公爵閣下の行動として、道化師の真似をすることは、常識外れ以外の何物でもない。

だからこそ、大きな声で問い質したというのに、当のドリーは片手を口元に当てると、嫌そうに顔を顰めた。

「やだー、その反応! 本当に今、あたしのことに気付いたのかしら?」

それから、ドリーは呆れた様子で頭を振ったけれど、もちろん今気付いたに決まっている。

王国の要である公爵閣下が道化師に扮するなど、常識的にあり得るはずもないのだから、そのような可能性は考えもしないし、気付くはずもないのだ。

だというのに、実際には、国王陛下に続いて公爵閣下までもが道化師に扮しているなんて、この国は一体どうなっているのだ。

「え、この国、大丈夫かしら?」

思わず、ぽろりと本音が零れる。

すると、ドリーは「もちろん大丈夫よー」と朗らかな声を出した。

「世の中に、絶対に必要な人なんていないんだから! つまり、あたしが公爵をやっていない間は、誰かが公爵の仕事を肩代わりしてくれているから、だいじょーぶ!」

えええ、大国ナーヴ王国が誇る公爵閣下が、こんなに軽くていいのかしら、と公爵の主である国王セルリアンに視線をやると、彼は諦めの表情を浮かべていた。

いやいや、セルリアン、諦めないでちょうだい!

そう思ったけれど、セルリアンはこの話題に興味がないようで、「ところで」と言いながら、別の話題に変えてきた。つまり、私に質問してきた。

「この前、フィーアはあれほど嫌がっていたのに、道化師に弟子入りしたいだなんて、どういう風の吹き回しだい?」

あっ、そうだった! ドリーがオルコット公爵だった衝撃で忘れかけていたけど、元々、道化師に弟子入りしたくてセルリアンを訪ねたんだった。

そして、そのことを頼んでいる最中だったわ。

本題を思い出したため、ドリーのことは後回しにして、セルリアンの質問に答える。

「それはね、前回、セルリアンが自分たちは道化師のエリートだと言っていたから……」

けれど、彼は私の言葉を最後まで聞くことなく、途中で遮ってしまった。

「そんなことは言ってないよ。『道化師は超エリート集団だ』と言ったのであって、『道化師のエリートだ』とは言ってないから」

「同じことじゃないの?」

少しだけ言い回しが違うけれど、言っていることは同じに思われる。

それなのに、セルリアンは大きく首を横に振った。

「いや、全然違うよね! 僕が言ったのは、道化師の3人は3人ともに、この国の高位者だってことだから」

「へっ? 3人とも? じゃあ、セルリアンとドリーだけじゃなくて、ロンも……」

そんな馬鹿なと思いながら、私は一生懸命ロンの姿を頭の中に思い浮かべる。

それから、ロンの頭からネコ耳を取って、目の下と鼻に描いてある☆マークを消すと……あああっ!

「し、信じられない! まさかの真面目そうなバルフォア公爵じゃないの!??」

そう、私の頭の中に浮かび上がってきた顔は、常識人のはずのバルフォア公爵だった。

いや、常識人だというのは私の思い込みで、実際には多くの時間を道化師に扮して遊んでいる遊び人なのだろうか。

衝撃を受けた私は、両手で口元を覆うと、頭の中に2人の公爵と2人の道化師の姿を思い浮かべる。

けれど、正解を知った上で見比べてみても、オルコット公爵とドリー、バルフォア公爵とロンには似通ったところがほとんどなく、ちっとも同一人物には思われなかった。

どちらの公爵も、普段の仕草や雰囲気、声や口調を完璧に変えているため、道化師姿と重ね合わせることが難しかったのだ。

ここまで別人になりきるなんて、ものすごく努力をしたのは間違いないだろうけれど、公爵様の行動としては、情熱を傾ける場所を間違ったと言わざるを得ない。ああ、それにしても……

「こんなことがあるものかしら!? 王様と2人の公爵が道化師に扮している国が、大陸でも1、2を争う大国だなんて!!」

ない、あるはずがない!

そんな国があったとしても、とっくの昔に滅びているはずだ。

「あああ、この国の行く末が見えたわね!」

私は預言者じゃないけれど、破滅的な未来が見えたわ! と、頭を抱えていると、セルリアンがのんびりした声を出した。

「だーいじょうぶ、大丈夫! 僕たちがちょっとくらい国を傾かせたとしても、サヴィスとシリルがきちんと立て直してくれるから」

「ええっ!」

先ほどのドリーと同じくらいの軽さだ。

サヴィス総長とシリル団長は騎士団を支えていると思ったけれど、それどころではなく、王国を支えるよう期待されているなんて、ちょっと酷過ぎやしないかしら。

そう思った私は、セルリアンに物申す。

「セルリアン、あなたの方がお兄さんなんだから、弟に迷惑を掛けちゃダメだと思うわよ。本来は、セルリアンがサヴィス総長を守ってあげる立場なんだから」

私の言葉を聞いたセルリアンは、びっくりして目を丸くした。

「えっ、僕が?」

そのため、そんなセルリアンに私の方が驚く。

「えっ、どうして驚くの!? セルリアンの方がサヴィス総長のお兄さんなのよね? 兄として弟の面倒を見るのは、おかしな話じゃないと思うけど」

あくまで一般論ではあるけれど。

そして、私の兄さん2人は、ちっとも私の面倒を見てくれなかったけれど。

でも、お兄さんが弟の面倒を見るのは素敵なことよね、と考えていると、セルリアンは少し考えた後に頷いた。

「…………その通りだな」

けれど、彼の表情はたった今理解した、と言わんばかりのものだったため、もしかしたらセルリアンはこれまで、兄らしいことをあんまりしていないのかもしれないと思い至り、じろりと睨み付ける。

すると、残念なことに私の予想は当たっていたようで、セルリアンは慌てた様子で言い訳を始めた。

「いや、フィーア、僕だって大事なところでは、サヴィスの迷惑にならないように行動しているさ! ただ、サヴィスは僕の何倍もしっかりしているから。日常のたわいもない行動については、いつの間にか、あいつに頼っていたかもしれないな」

「確かに、サヴィス総長はしっかりしていますよね」

納得して頷くと、セルリアンはふっと表情を陰らせた。

「そうだな。だが、話をしていて思い出した。昔のサヴィスは、あんな風じゃなかったってことを。もっと笑ったり、怒ったり、感情を露にしていたし、あれほど一人で、全てを一手に引き受けようとするタイプでもなかった」

「そうなんですね」

サヴィス総長はいつだってしっかりしているイメージがあるけれど、確かに子どもの頃からあんな風だったら、出来過ぎていて怖いわよね。

「その、フィーア、……この際だから、僕の黒歴史を告白するが、僕は若返り始めたタイミングで、やる気を失ってしまったんだ。何もかもが嫌になって、一時的に全てを放り出してしまった。やっと頭が冷えて、周りが見えるようになった時には、―――サヴィスが僕が投げ出したものを全て引き受けてくれていた。ただし、その代償なのか、サヴィスはあまり感情を表さない、重々しい感じになってしまっていたんだ」

まあ、だとしたら、サヴィス総長はセルリアンの助けになりたくて、自分がしっかりしなければいけないと考えて、生き方を変えたのかもしれない。

騎士たちを大事にしているサヴィス総長だから、実の兄も大事にするに違いないもの。

そう思ってセルリアンを見つめると、彼は自嘲するように唇を歪めた。

「あの時、サヴィスは不甲斐ない僕に代わって、この国の未来を引き受ける決心をしたんだろうな。咄嗟の時にこそ、その者の本質は表れるものだ。僕は『逃げる』選択をしたが、サヴィスは『受け入れる』選択をしたんだ」

セルリアンの口調から、彼が大事な話をしているように思われたため、私は黙って彼の言葉に耳を傾ける。

すると、セルリアンは顔を上げて、まっすぐ私を見つめてきた。

「僕が逃げ出した場合、受け止める相手はサヴィスしかいない。そして、あいつは全てに立ち向かう性格をしているから、当然のように僕の肩代わりをすることを、僕は理解しているべきだった。しかし、当時の僕はそこまで気が回らなかったため、結果として、あいつに大きな重荷を背負わせてしまった。……そんなサヴィスに対して、僕は何ができるのだろうね?」

セルリアンが仄めかしていることは、王族としての業務のように思われた。

セルリアンが一時期、自暴自棄になって業務を投げ出したため、その分を全てサヴィス総長が肩代わりしたのだろう。

けれど、『この国の未来を引き受ける決心をした』というのは、もう少し大きな……例えば、総長が将来にわたって国王の代わりを引き受ける、といった話に思われる。

セルリアンをじっと見つめていると、彼はふうとため息をついた。

「まあ、これは僕の宿題だね。まだ時間はあるから、サヴィスに全てを押し付ける前に、何なりと彼のためになることをやってみるよ。そうは言っても、あいつには有能なるシリルが付いているから、僕が色々とやるまでもないのかもしれないが」

確かに、シリル団長はすごく有能だわ、と思って頷いていると、セルリアンが張り合うかのように自分の側近を褒め出した。

「しかし、僕にもドリーとロンがいるからね! この2人はすごく有能だし、優しいんだ。何たって僕を心配して、側にいるために道化師になってくれるくらいだから」

「えっ、そんな理由で、2人は道化師になったの?」

驚いて質問すると、セルリアンは当然だとばかり頷いた。

「そう、2人は僕の幼馴染だからね。若返っていく僕を、ほっとけなかったんじゃないかな」

セルリアンはさらりと発言したけれど、公爵が道化師に扮するなんて、通常ではあり得ない事態だ。

そのため、2人が道化師に扮していることは、そこまでするほどセルリアンを大事に思っていることの表れじゃないだろうか。

そうだとしたら、とってもいい話だわと感動していると、セルリアンは居心地が悪そうに体を動かした。

それから、雰囲気を変えるかのように、おどけた様子で手を打ち鳴らす。

「フィーア、長々と話をしたけど、ナーヴ王国の宮廷道化師は国王と公爵で構成されているって、僕は言いたかったんだよ。ということで、超エリート集団にようこそ! そんな僕たちとともに、君は何をしたいのかな?」

セルリアンが雰囲気を変えたがっていることが分かったため、私も普段通りの調子で話をしようと口を開く。

「もちろん、道化師に弟子入りするのだから芸を磨きたいわ! 私の最終目標は、サヴィス総長のご婚約をお祝いする席で、皆をあっと驚かすような素晴らしい出し物を披露することなの!!」

王と公爵のみで構成された道化師集団というのは想定外だったけれど、私がやりたいことは初めから決まっているのだ。

そのため、はっきりと希望を口にすると、ドリーとセルリアンは驚いた様子で瞠目した。

「……あら、そうきたのねー。あたしとしたことが、その回答は想定外だったわ。フィーアは誰もが憧れる王国騎士団の一員なのに、面白いことを考えるのね」

「そうだな。フィーアがサヴィスを慕っているのは分かったけど、ものすごい方向に体を張るな。多くの騎士の前で、出し物をする気だなんて」

セルリアンの感心したような口調を聞いて、どうやら彼は総長を祝おうとする私の尊い気持ちに感銘を受けたようだわと嬉しくなる。

そのため、私はセルリアンを仲間に誘うことを思い付いた。

なぜならサヴィス総長はお兄さんのことが好きなはずだから、セルリアンからお祝いの気持ちを見せられたら、喜ぶに違いないと思われたからだ。

「セルリアン、よかったらあなたも私と一緒に、出し物を披露するのはどうかしら?」