軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【挿話】国王の双璧 後

残念なことに、オルコット公爵は数歩も進まないうちに、足を止めることになった。

なぜなら隣にいた彼の友人が、がしりとオルコット公爵の腕を掴み、進行を邪魔したからだ。

「……何の真似だ、ノエル。邪魔をしないでもらいたいのだが」

不愉快そうな表情で、握られた腕を見つめるオルコット公爵。

しかし、バルフォア公爵から間髪いれずに反論の声が上げられた。

「それはオレのセリフだ! いいか、ロイド。精霊王の呪いは『不可侵の秘密』だ! 首を突っ込むんじゃない!」

バルフォア公爵の警告に対し、オルコット公爵は挑戦的な表情を浮かべて友人を見やる。

「はっ、何を今さら! どのみちセルリアンのせいで、その秘密は白日の下に晒されるじゃないか! 避けようもないものに、いちいち気を遣っていられるか」

バルフォア公爵はオルコット公爵に触れるほど顔を近付けると、普段よりも低い声を出した。

「避けられない未来は受け入れるしかない。だが、わざわざことを大きくする必要もない。何のために、オレたちが騎士団から一歩引いていると思う? オレたち国王一派と、サザランド公爵を含めた王弟殿下一派を明確に区別するためだ。次代を担うサヴィス殿下に、不要な傷はいらないからな」

「だから、騎士団に近付くなと言いたいのか? もっとはっきり言ったらどうだ。『フィーアに近付くな』ってね。お前も見ただろう、彼女の赤髪金瞳を。間近で見ると物凄いじゃないか! 肖像画から抜け出てきたのかと思うほどの、完全なる赤と金だ!」

友人の言葉を聞いたバルフォア公爵が瞠目する。

「おま、ほ、本当にはっきり言ったな! 目を逸らしとくべき案件なのに」

慌てた様子でつぶやくバルフォア公爵を、オルコット公爵が馬鹿にしたように見やった。

「僕がフィーアに近付くことで、彼女の色が着目され、ことが大きくなることを心配しているのだろうが、どの道、あそこまであからさまな色をしていたら無理な話だ! 僕が近付こうが、近付くまいが、鮮やか過ぎて誰も見逃せない。だったら、早めに知り合いになって、できる限りハンドリングしておくのが最上だろうよ」

友人の言葉を聞き終えた途端、バルフォア公爵は両手で顔を覆うと、地面にしゃがみ込んだ。

「あああ、お前はどうしてそう、いつだって歯に衣着せぬ物言いをするんだ! 少しはぼかした言い方をして、希望的観測を抱かせてくれよ! オレだって心の底から思っていたさ! 『何だあの色は』ってな!! あんな赤と金、災厄にしかならないだろう……オレはマジで嫌だ。上級聖女たちがあの色を見て、何を言い出すかと考えるだけで、胃がキリキリする」

「それくらい我慢するんだな。サヴィス殿下やサザランド公爵と違って、僕たちは聖女様と必要最小限の付き合いさえしておけば、それで済むのだから。……だが、大聖女様そのままの色を持つフィーアを、サヴィス殿下が側に置いているのは意外だったな。それだけでも彼女は特別なのだろうかと、興味が尽きないよ」

オルコット公爵はそう言い切ると、速度を速めてフィーアのいる方に向かって行った。

そんな友人を見て、バルフォア公爵が焦ったような声を上げる。

「ロイド、お前! 早めに知り合いになってハンドリングしておいた方が将来のためになる、などともっともらしいことを言っていたが、やっぱりただ面白いことを求めているだけだろう!!」

オルコット公爵はバルフォア公爵に背を向けたまま、ひらひらと手を振った。

「フィーアが騎士団に入団して半年近く経つのに、僕は彼女を認知していなかった。つまり、彼女は僕の側に1度もすり寄ってこなかったということだ。騎士たちの多くは、オルコット公爵と知り合いになろうと、機会を見つけては声をかけてきたというのにね」

「そういう子なんだから、放っておけ!」

「そう、フィーアは権力なんて丸っきり興味がない稀有な人物だから、知り合いになるためには僕の方から近寄って行かないといけない。そして、言ったように、僕はフィーアに夢中なのだよ」

「やっぱりただの興味本位じゃないか!!」

友人の非難を無視すると、オルコット公爵は足早に歩を進め、フィーアのもとにたどり着いた。

地面にしゃがみ込んでいるフィーアを上からのぞき込むと、熱心に草を摘んでいる様子だ。

「……こんにちは、フィーア」

フィーアの近くに無言で立っていたオルコット公爵だったが、しばらく待っても彼女が顔を上げる様子がなかったため、焦れて声を掛ける。

すると、少女騎士は驚いたように顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをした。

「ええと……」

それは明らかに、見知らぬ人物を前にして戸惑っている様子だったけれど、そんなはずはないとオルコット公爵は親し気に微笑みかける。

フィーアはノーヒントで、国王が道化師に扮していることを見抜いたのだ。

一度、道化師に扮した彼を見ているフィーアが、オルコット公爵に気付かないはずがない。

それでも戸惑った様子を見せるフィーアを前に、オルコット公爵は突然、自分が失態を犯していることに気が付いた。

「あっ、僕はまだ正しい名前を名乗っていなかったよね! ごめんね、大変失礼な行為だった!」

なるほど、フィーアの戸惑ったような演技は、正式な名前を名乗っていない無作法さを教えるためのものだったのか。

これはまた婉曲で優雅なものだな、とオルコット公爵は楽しくなる。

フィーアの言葉を借りるならば、『敬愛する主君』であるセルリアンが、完璧にやり込められる場面を生まれて初めて目にし、非常に小気味良く感じた。

そのため、フィーアのことをカッコいいと思ったし、このとぼけたところまで演技で、物凄く鋭い子でいてほしいと思ったのだが……どうやら、望み通りのようだ。

公爵は身をかがめると、フィーアに片手を差し出した。

「自己紹介もまだだったとはうっかりしていた。オルコット公爵のロイドだ。僕のことはロイドと呼んでもらえないかな。君のことはフィーアと呼んでもいい?」

けれど、全てを分かっているはずのフィーアは慌てた様子で立ち上がると、オルコット公爵の提案を否定した。

「えっ、公爵!? でしたら、もちろん呼び捨てなんてできませんよ! 『オルコット公爵』とお呼びするのが適切ですね」

フィーアの返事を聞いたオルコット公爵は、顔をしかめる。

「いや、セルリアンすら呼び捨てる君なのだから、公爵ごとき呼び捨ててもらわないとバランスが取れないよ」

「え、セルリアンすらって……」

用心深い様子で見つめてくるフィーアを前に、これは彼女流の遊びなのかなと、オルコット公爵は顔をほころばせる。

それから、内緒ごとを話すかのように顔を近づけると、フィーアの耳元でささやいた。

「もちろん彼が何者かは分かっているよ。……僕は20分の1だからね」

フィーアと交わした会話の中から、秘密事項だと思われる単語を選んで口にすると、彼女は大きく目を見開いた。

「そ、そうか! そうですよね!! 公爵ですものね!!」

フィーアの心底びっくりした様子を見て、それまで黙って話を聞いていたバルフォア公爵が疑問を抱く。

「え、これ、実際に驚いていないか!? おい、ロイド、フィーアは本当にお前が誰だか分かっていないんじゃないか?」

「まさか! そうだとしたら逆に面白いけど……え、そんなことないよね?」

驚いて質問するオルコット公爵に対し、フィーアは曖昧な表情を浮かべていた。

その表情を見て、あれ、本当に分かっていないのかもしれないと、オルコット公爵は驚愕する。

「え、本当にそうなの? フィーア、僕はロイドだよ! l-l-o-y-dだ。並び替えると……」

「お名前はロイドなんですよね? 並び替える必要はないと思いますけど」

「えええええ、何この仕打ち! すごい、僕の名前について考える気もないよ! わあ、ここまで明らかに興味がない様子だと、逆に何とかしたくなるね!!」

興奮のあまり、瞳をきらきらと輝かせ始めたオルコット公爵を目にし、バルフォア公爵は顔をしかめた。

「ロイド、お前のおかしな性癖が活動し始めているぞ」

それから、オルコット公爵がフィーアに手を伸ばしたのを見て、バルフォア公爵は警告する。

「うわっ、フィーアちゃん逃げろ! ロイドは基本的に何事にも興味を持たないが、一旦興味を持つとしつこいからな。このままだと、ターゲットとしてロックオンされるぞ!」

「えっ、あっ、はい! あれ?」

警告に従い走りだそうとしたけれど、時すでに遅く、にっこりと微笑んだオルコット公爵にフィーアの腕はがっしりと拘束されていた。

「ロイド、お前、止めろよ!」

バルフォア公爵はその手を必死で外させようとしているが、オルコット公爵は笑顔のまま返事をしない。

2人に挟まれる形となったフィーアは、一生懸命腕を引き抜こうとしているが、上手くいかなかった。

「おい、いい加減に手を放せ!」

「ええっ、私は騎士なのに力で負けている!?」

「フィーア、僕とお話しよう?」

3人の賑やかな声が、王城の庭に響き渡る。

そんな彼らを遠巻きにしていた王城の住人たちは―――普段ならば、自ら他人とかかわろうとしない公爵たちが、これほど賑やかに騒ぎ立てるとは一体何事だろうと、怖いもの見たさで視線を外せないでいるのだった。