軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 二紋の鳥真似1

ザビリアがふわりと降り立ったのは、カーティスたちの後方20メートルほどの場所だった。

魔人が出現したと聞いた時から、激しく拍動し続けている心臓部分を服の上から押さえると、素早く周りを見回す。

視界の先に、黒髪の少女と向かい合っているカーティスと、その後方で身構えているグリーンとブルーが見えた。

3人ともきちんと自分の足で立っていて、負傷している様子が見受けられなかったため、安堵のあまり詰めていた息を吐き出す。

……ああ、よかった。魔人に出遭ったと聞いたので、大怪我をしているのではないかと心配していたけれど、無事だわ。

慌てて走り寄って行くと、近付くにつれ、少女―――のように見えたモノの姿がはっきりと確認できるようになる。

それにつれて、落ち着きかけていた心臓がどくりどくりと再び速度を上げて拍動し始めた。

魔人―――……?

7割の確信と3割の違和感を覚えながらカーティスの近くまで走り寄った私は、彼の隣で足を止めた。

目の前5メートルほどの位置に立つ魔人らしき存在に視線を定めると、無言のままその姿を凝視する。

「……………」

頭から2本の角を生やし、白目部分がほとんどない目でひたりとこちらを見つめてくる容貌は典型的な魔人の姿だったけれども、―――その表情に、身に着けている服に違和感を覚える。

魔人は、目にした瞬間に魔人だと分かるような―――表情のない整った美貌に、独特の模様が入った真っ黒い服を着用していたはずだ。

私は前世の記憶の中から、魔人に関する情報を必死でかき集める。

魔人は人と全く異なる存在だ。

だからこそ、外見的な特徴が人と類似していたとしても、一目でそれが魔人だと見抜くことができた。

だというのに、目の前の魔人は、魔人特有の凍り付いたような無表情ではなく、口角を上げて笑顔らしきものを作っていた。

着用している服も一見黒に見えるけれど、その端々から元の色であろう黄色が覗いている。

……頭の角さえなければ、まるで人のようにも見える姿だった。

目の前の存在をどう考えてよいか分からず、ぐっと唇を噛み締めていると、楽し気な声が掛けられた。

「おやおやー、確かにここは黒竜の棲み処だけど、私1人を歓迎するために空間を移動して来るなんて、よっぽどだよねー。ぴぴぴ、私は手厚くもてなされるのかなー?」

「……っ!」

その言葉を聞いた瞬間、噛み締めていた唇の隙間から声にならない声が漏れ、ぞわりと得体の知れない気持ち悪さが背筋を這い上ってきた。

恐怖と驚愕で、これ以上ないというくらい目を見開いた私の唇から、震える言葉が零れる。

「………しゃ、べっ、た」

私の言葉を聞いた魔人は、不満気な表情をした。

「やだなあ、私はどれだけ頭が悪いと思われているんだ? 勿論、人間ごときの言葉、簡単に真似できるよ」

だけど、だけど、だけど!

魔人は自分たちが最上の生物だと信じているから、まず滅多なことでは彼らの言葉以外は使用しないはずなのに。

少なくとも目の前の魔人が口にしているような、内容的に意味のない言葉を、私たちの言葉で発することなんてあり得ないはずなのに。

目の前の状況に理解が追い付かず、目を見開いて凝視していると、魔人は考え込むかのように片手を額に当てた。

その仕草ですら人間を模しているように思われ、魔人はこのような振る舞いはしないはずだと強く思う。

「ああー、そういえば、最後に姿を見せていた300年ほど前までは、どの魔人も人間の言葉をほとんど発していなかったかな? ああ、なるほどー。だから、魔人は魔人の言葉しか話せないと思い込まれていたんだね」

魔人は納得したかのように頷くと、口の中で何事かをもごもごと呟く。

「……まあ、種族としての方向転換だよね……上意下達というか……」

それから、魔人は気分を変えるかのようにひらひらと片手を振ると、興味深げな様子で私に視線を合わせてきた。

「ぴぴぴ、すごい赤髪だね。こんな鮮やかな赤は初めて見た。まるで、……300年前のお姫様みたいだね?」

そう言いながら、じっと私の赤い髪を見つめる。

「……に、…………れた、幸せなお姫様」

魔人は聞きとれないほどの小さな声で呟くと、唇を歪めた。

「まあ、何にせよ、全員ここでさよならだね。私の姿を見られた者を、そのまま帰すわけにはいかないんだよ。なかったことにしないとね」

そう言うと、目の前の魔人はまるで人間であるかのように、にやりと笑った。

否、笑ったような表情を作った―――けれど、その笑いは瞳まで届いておらず、凍えたような光を宿していた。

……300年は長い。

聖女の回復魔法が劣化したように、精霊が姿を見せなくなったように、大きく変化したものが幾つもある。

そして、その変化は魔人にも表れたのだ。

そもそも魔人は人を避け、深い森や高い山に城を築いて棲んでいたはずだけれど、目の前の魔人は人を避けていたようには見えなかった。

なぜなら、これほど人間に近い言動を模すことができるのだから。

この個体が特別なのか。

あるいは、残った魔人の多くが―――もしくは、全てが人の中に交じっているのか。

「……まさか、そんなことはないはずよ。全然違う生き物だもの。近くにいて、気付かないはずがないわ」

ふと気づいたら隣に忍び寄られていたような恐怖を感じたため、振り払うために声に出す。

それから、落ち着くために目を瞑ると、いち、に、さんと心の中で数えながら深い息を吐いた。

そして、ゆっくりと目を開くと、倒すべき者だと考えながら、再び魔人を見やる。

角を生やした異形の姿を。

人を模しているようで摸しきれていない、酷薄さが露になっている魔人の姿を。

……やっぱり怖いな。

目の前にいる魔人は『魔王の右腕』とは別の魔人で、強さだって能力だって異なっていると分かっているのに、頭の先から足の先まで痺れたような感覚が走る。

黙ったまま自分の中の感情と戦っていると、一触即発の状態だというのに、カーティスが剣を持っていない方の手でぎゅっと私の手を掴んできた。

「フィー様、もしよろしければ下がっていてください。この『鳥真似』はせいぜい2紋の魔人です。あなた様の手を煩わせるまでもありません」

カーティスに手を握られることで、彼の手の温かさを意識し、自分の手が緊張のために冷たくなっていることに気付く。

……ああ、やはり体が恐怖を覚えていて、普段通りの状態を保てていない。

この状態で、私はこの3人とザビリアを守り切れるのだろうか。

不安要素を測り切れず、思わずカーティスに声を掛ける。

「だ、ったら、……この場は引きましょう。封じる『箱』もないし、必ずしも今戦わなければいけないわけではないわ」

この魔人は私が聖女であることを知りはしない。

だから、ここで退避しても大きな問題はないはずだ。

そう考える私に対し、カーティスははっきりと反対意見を述べた。

「……お言葉に反して申し訳ありませんが、私は以前、今後魔人を目にしたならば、1人たりとも逃がさず封じることを誓いました。私は私の誓いを破ることはできません」

―――カーティスの方針は、基本的に間違っていない。

魔人は総じて好戦的で知能が高い。

自分の城を構え、多くの魔物を従え、自分の欲望のままに行動するから、個体によっては人に甚大な被害をもたらす。

あるいは、魔人は気まぐれで移り気だから、ささいなことがきっかけで、これまで無害だった魔人が突然、人に対して害悪をもたらし始めることがある。

だから、目にした途端に封じるのが正解なのだけれど、―――それは、十分に勝算がある場合のみだ。

そうでなければ、こちら側が大きな被害を受けるし、経験を与えることで、魔人は聖女との戦い方を覚えてしまう。

それに、魔人と遭遇するとは思いもしなかったから、―――想定もしていなかったから、そもそも封じるための『箱』を手元に持っていなかった。

そのことを理解していないカーティスではないだろうに、全く引く様子がないことから、冷静に見えるけれど、実際は頭に血が上っているのかもしれないと思う。

そのため、思い出させようと言葉を続けた。

「カーティス、最近のことは分からないけれど、でも、これまでの生態から考えると、魔人は個人個人で別々に暮らしていて、互いに関り合いはないはずだわ。だから、封じてしまえば、この魔人が姿を消したことに他の魔人は気付かないはずよ。けれど、倒してしまったら……その瞬間に、全ての魔人がこの魔人の消滅に気付くわ」

そして、そのことによって、魔人を倒せるほどの存在がいることを知らしめることになるから、カーティスだって避けたいはずだ。

そう思いながら見上げると、カーティスは握っていた指先に一瞬力を込めた後、すっと離した。

「フィー様、そのことについては問題ありません」