軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【挿話】紋持ちの魔人 下

魔人が自分の存在を肯定した瞬間、その頭上に禍々しい2本の角が現れた。

グリーンとブルーははっと息を飲むと、1歩後ろに下がる。

魔人に対する適切な間合いが不明だったため、無意識に行動した結果ではあったが、別の見方をすると、魔人の迫力に押されたのだとも言えた。

ゆらりと立つ魔人は初めに現れた時と同じく、その場の誰よりも小さい体のままだというのに、突然質量が変わり、全く別のモノになってしまったかのような圧力を感じさせた。

それはまるで、目には見えない力が魔人から溢れ始めたような感覚だった。

魔人の黒髪は肩までしかなかったはずなのに、いつの間にかずるりと腰まで伸びている。

黄色であった服も、魔人の黒い体液を浴びたためか、大部分が黒色に染まっていた。

「ぴぴぴぴぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ…………」

異様な雰囲気にのまれ、無言になった3人の前で、魔人が奇妙な声で笑い始めた。

笑いながら魔人が片手を上げ、黒い血で汚れた頬を拭うと、その下から2つの紋が表れる。

それらの紋はそれぞれが鳥の羽のような形をしており、2つ並ぶことで1羽の鳥を連想させた。

「ぴぴぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ…………」

グリーン、ブルー、カーティスの3人は武器を手に持つと、完全なる臨戦態勢で魔人に向き直った。

圧倒的強者を前にした時の感覚が体中を襲い、緊張のために指先がびりびりと痺れる。

グリーンとブルーは初めて魔人と対峙したにもかかわらず、感覚で理解していた。

―――一手でも誤れば、この場で絶命するだろうと。

なぜならこちらを見る魔人の目は、全く感情を映し出していなかったから。

人間の姿に擬態していた時の表情と同じで、この魔人は人間の感情を一切なぞっていない。

それらしき表情を選び取り、模倣しているだけだ。

恐らく魔人は、喜怒哀楽といった人間と同じような感情を持ち合わせていないのだろう。

そのため、感情を理解することができず、模倣しか出来ない。

結果、魔人は感情に縛られることなく、何の躊躇も執着もなく、簡単に人間の命を刈り取ることができるのだ。

高い戦闘能力に加えて、一切惑うことがない鋼の精神。

―――魔人が最強の種族だと恐れられる理由がここにあった。

魔人は笑いを収めると、白目がほとんどない目で3人を見つめてきた。

3人が3人とも、自分が見つめられていると思われるような特性を持った真っ黒な目で。

「ああー、人間終わっちゃったな。お兄さんに殺されたせいで。でも、そうしたら、ここにいる私は何になるのかな? ぴぴぴ、何か怖いものに生まれ変わっちゃったのかな? ぴぴぴぴぴ、私を殺したりするから、自業自得だね」

魔人は一切用心しない様子で、一歩足を踏み出した。

さらに、もう一歩。

「ねえ、私は何だと思う? 夜の闇よりも黒い髪を持ち、完全なる絶望を意味する黒い瞳を持つ私は? 頭上に選ばれし者であることを証する角を与えられ、さーらーに、2匹の魔人をぶち殺して得た2つの紋を持つ私は?」

そう言うと、魔人は顔の前に落ちてきた自分の黒髪を後ろに払った。

「ほら、久しく呼ばれなかった私の二つ名を、もう一度呼んでみたら? ―――返事を、するよ?」

「二紋の鳥真似」

挑発されるがままに、カーティスが魔人の名前を呼ぶ。

「ああ、本当にその名を呼ばれるのは久しぶりだな! ……うん、何だい?」

「これから、お前を眠らせる」

「……おや?」

鳥真似が用心深そうに目を細めた。

「殺すではなく、眠らせるんだ? ……ふうん」

尋ねるような言葉だったけれど、カーティスに答える様子がないことを見て取ると、鳥真似は指を突き出した。

「ところで、後学のために教えてほしいんだけど、どうして私を魔人だと思ったのかな? 自慢じゃないけど、ここ100年ほどは誰からも疑われなかったんだけど」

「…………」

カーティスが答えるつもりはないとでもいうかのように唇を引き結ぶと、それを見た鳥真似がため息を吐く。

「お兄さんは賢いよね。どんな言葉がヒントになるか分からないからって、一切口を噤むんだもん。色々私に言いたいことがあるだろうにねー。……でも、目は口ほどに物を言う、って諺があってね。その目、びっくりするほど私を憎んでいるよね。肉親を魔人に殺された連中がそんな目をしていたけど、この300年の間はどんな魔人も表立って諍いを起こしていないよね。だから、その感情はどこからきているのかな?」

「…………」

それでも返事をしないカーティスを見て、鳥真似は称賛するかのように片手を振った。

「ぴぴぴ、これでも口を開かないんだ。すごい精神力だね。それだけ感情を抑えられたら、見事だよ」

けれど、鳥真似が褒めたほどには、実際のカーティスは冷静でないようだった。

それを証するように、カーティスはゆっくりと息を1つ吐いた。

それから、無言のまま剣を構える。

「……へえ、向かってくるんだ。そこは逃げる一択だよ? ほら、さっき教えたよね。私の体に刺したら、私がちょっと筋肉を引き締めるだけで、ひ弱なお兄さんごときでは抜くこともできないって。武器を失うよ?」

それでも口を開かないカーティスに対して、鳥真似は大きく手を広げた。

「ここまで言っても試してみたいならどうぞ? ……ああ、私の肉体は先ほどまでの脆いものとは違うからね」

それはどこから見ても鳥真似の安い挑発だったけれど、カーティスは無言のまま魔人に走り寄ると、力を込めてまっすぐに剣を持った腕を突き出した。

その剣は正確に鳥真似の心臓を狙っていたけれど、鳥真似がわずかに体を捻ったことで、その肩に刺さる。

「「カーティス!」」

まさかカーティスが挑発に乗るとは思わなかったようで、グリーンとブルーは驚いたような声を上げると、彼の左右に展開した。

そんな3人の様子を見ながら、鳥真似がおかしくてたまらないといった様子で笑い声を上げる。

「ぴぴぴぴぴ、お兄さんは真面目と言うか愚直だね! 真に愚かなタイプだ! 私にかすり傷を付けることと引き換えに、武器を失うなんて」

けらけらと馬鹿にした様子で笑っていた鳥真似だったけれど、カーティスは気にした様子もなく、鳥真似に刺さったままの剣を見つめた。

「≪身体強化≫攻撃力2倍!」

「……え?」

驚きに目を見張る鳥真似に構うことなく、カーティスは剣を握った手に力を入れると、ずぶりと引き抜いた。

それから、もう一度剣を構える。

鳥真似は馬鹿にした笑いを一瞬にして消すと、初めて自分から1歩後ろに下がった。

「……へえ、何ソレ。そういうのはずーっと昔、赤髪の聖女サマとともになくなったと聞いていたけれど? ホント…………何ソレ?」

「貴様が知る必要はない」

静かな激情を込めてカーティスがそう言い放った瞬間―――天が割れた。

青空に突然、剣で切ったような一線が斜めに入ったかと思うと、その線から上下に広がる形で異なる空間が広がり、青い青い空が現れる。

そして、その中から、大きな翼を広げた黒い竜が悠然と現れた。

上空から降りてくる黒竜の鱗が、太陽の光を反射してきらきらと輝く。

ゆっくりと舞い降りる黒竜の背にいたのは、3人が1番この場にいてほしくないと願っていた人物だった。

「フィー様!」

「「フィーア!」」

そのため、黒竜からひらりと飛び降りる赤い髪の少女を見つめる表情にも、その名を呼ぶ声にも、―――3人ともに苦渋の響きが混じっていた。