軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【挿話】紋持ちの魔人 上

「この山は見た目と異なり、多くの植物が育っているんだね」

ブルーは木の枝から垂れた蔦を手に取ると、意外そうな口調で呟いた。

前を歩いていたグリーンとカーティスが足を止め、ブルーを振り返る。

まだ朝と言える時間帯に、しんとした山の中をあちらこちらと歩き回る行為は、非常に気持ちがいいものだった。

―――3人は黒竜の縄張りである頂上付近から山を下り、黒嶽の様子を見て回っている最中だった。

朝食後、カーティスが黒嶽の探索に出掛けると言い出したところ、「オレも」「私も」とグリーンとブルーが同行を希望したため、結局は3人で探索することになったのだ。

黒竜の管理が行き届いているのか、この場所にくるまで魔物が出ることもなかった。

そのため、3人はゆったりと周りの様子を観察しながら、黒嶽を探索している最中だった。

カーティスはブルーの好奇心に満ちた表情を目にすると丁寧に答える。

「そうだな。しかも、普段目にしないような植物が多い。恐らくこの山特有の黒土が影響して、独自の植生を築いているのだろう」

カーティスは珍しい植物を少しずつ手折っては、背負ったバッグに入れていた。

慣れた手つきで同じ作業を繰り返すカーティスの姿を、グリーンとブルーが物問いた気に見つめる。

そのことに気付いたカーティスは、手を止めると2人の疑問に答えた。

「フィー様は薬草に興味があるので、珍しそうな薬草を見つけたら採取することにしている。そうは言っても、私はそれほど薬草に詳しくないため、採取した植物の多くはただの雑草かもしれないが」

「「なるほど!」」

カーティスの言葉を聞いたグリーンとブルーは、競うように目に付く植物を手折り始めた。

けれど、この2人は明らかに薬草とそれ以外を識別出来ていない様子で、カーティスよりも雑草の混じる確率が高いようだった。

そうして、周りの様子を確認したり、薬草らしき植物を採取したりした後、3人は座り心地のよさそうな岩に腰を下ろした。

意外にも快適な時間だなと感じており、そのことに3人とも驚いていた。

最も大事に思っているものが同じというだけの繋がりなのに、王都からこの山まで旅をしてきた短い時間で、理解できたことがあったようだ。

たとえば高位者でありながら自己顕示欲が強くなく、出しゃばることはないけれど、能力と身分の使いどころを知っていて、ここぞという時には自ら役務を買って出る人物たちなのだなとカーティスは考えた。

あるいは、思慮深く能力も高いが、フィーアを補助することに全力を傾けている傑物だなとグリーンとブルーは考えた。

互いの行動から相手のひととなりを推測した結果、互いに受け入れることができるほどには申し分のないものだったらしい。

そして、そのような心情は自然と態度に表れるもので、いつの間にか気軽い様子で会話が進んでいた。

互いに認め合い、仲間として受け入れたと感じていたその時、―――ちょうどブルーが楽し気な笑い声を上げたところで―――じゃりと近くの小石が踏みしだかれる音がした。

瞬間、全員が弾かれたように顔を上げる。

そして、音がした方向に顔を向けると、その音の発生源を見つめた。

「こんにちは」

立っていたのは、村娘風の黄色いワンピースを着用した15歳くらいの少女だった。

肩までの黒髪に黒い瞳をした少女が、籠を手に持ち笑みを浮かべている。

「「「…………」」」

一見どこにでもいる少女のようであったけれど、誰一人返事を返さなかった。

それどころか、視線を逸らさないまま身構えるかのように座っていた場所から立ち上がると、佩いた剣、もしくは斧に手をかける。

なぜなら、あまりにも状況が不自然すぎたからだ。

この山は黒竜が治める、多くの凶悪な魔物が棲む場所だ。

そんな山に年若い娘が1人で入山し、無事でいられるはずもない。

加えて、相手が何者だとしても、5メートル程の距離まで近付かれ、気付かない3人ではない。

そのため、全員が用心深い表情で、今ある距離を保とうとしていた。

少女が一歩進めば、同じ距離だけ後ろに下がる、というように。

「ありゃー、もしかして私は用心されているのかな?」

少女はくるりと目を回すと、肩口で切りそろえられた黒髪を揺らした。

「でも、どうして? 私はふつーの可愛いこちゃんなのに。そんなに酷い扱いをすると、泣いちゃうよー」

えーん、えーんと明らかに泣きまねをするその様子に、肌が粟立つほどの恐怖を覚える。

カーティスは瞬きもせずに少女を見つめると、簡潔に質問した。

「黒髪黒瞳―――魔人か?」

カーティスの言葉を聞いた瞬間、横に並んでいたグリーンとブルーは衝撃を受けたかのように体を強張らせる。

けれど、2人は余計な言葉を一言も発することなく、握る得物に力を込めた。

一方、少女は両手で顔を覆う泣きまねのポーズのまま、くぐもった声を出す。

「ひどい、ひどい。初対面の女の子に向かって魔人だなんて、お兄さんモテないでしょー。というか、今時髪と瞳が黒いから魔人だなんて、古い考えだなー」

カーティスは間合いを保ったまま、淡々と答える。

「だが、間違いではない。魔人は自分の色に誇りを持っているから、色を変えないからな」

「ふーん。……でも、今は黒色が流行りなんだよ。お金さえ払えば、どんな色にでも染めてくれるんだから」

そういいながら、少女は顔を覆っていた両手を外すと、馬鹿にするような表情で見つめてきた。

「まあ、どれほどお金を払ったとしても、こんな綺麗な黒は再現できないけどね」

それから、少女は一筋の髪を指に巻き付ける。

「うふふ、だから、お兄さんはー、『こんな見たこともないほど綺麗な黒髪に、ぴっかぴかの黒い瞳だね。綺麗だね。素敵だね。凄いね。―――魔人か?』と言うのが正解だったのになー」

少女はわざとらしい流し目を送ると、無言で立ち尽くす3人に、にこりと微笑みかけた。

「だけど、そう問われても私は否定するけどね。『人間だよ。魔人は全て封じられたじゃない』ってね。そうでしょう?」

少女は両手をひらひらと振ってみせると、その手で自分の頭をぴたぴたと押さえつけた。

そうして、頭頂部から側頭部にかけたラインを示す。

「ほーらね、角がない。魔人じゃありませんよー」

それから、少女はカーティスに視線をやった。

「あれー? これだけ言っているのにどうして信じてもらえないのかな? お兄さんってば、その殺気は不味いでしょう。どんどんと私を殺す気分になっているじゃない。えー、山の中で女の子を殺したいタイプなの? 怖っ! 死体を森の中に埋めて、証拠隠滅まで一気にできるかもーって思っているのかもしれないけれど、いくら山の中だからって、殺人はまずくないかなー?」

挑発のような言葉を浴びせられたカーティスは、沈黙を保ったまま少女を見つめていた。

一見すれば普段通り冷静な様子に見えたけれど、剣の握り部分を掴んでいる手は白く変色しており、何事か激しい感情を抑え込んでいることが見て取れた。

普段は穏やかな瞳も、相手を殺さんばかりに激しい色を浮かべている。

その今にも飛びかからんばかりの雰囲気を感じ取ったグリーンとブルーは、状況を把握できないながら、冷静さを促すような声を掛けた。

「カーティス、分かっているだろうが殺人は重罪だ。……そして、不自然なことも確かに多いが、オレにはこの少女が人間に見える……」

「300年もの間、魔人は1度も姿を現していない。だから、滅多なことでは遭遇すると思えない……」

けれど、2人ともに『人間だ』と断定できる確証は持っておらず、語尾がかすれた。

何より、これまでのカーティスの言動から、その優秀さを十二分に把握しているため、自分たちでは感知できない何かを感じ取っているのかもしれないと思わせられた。

その結果、2人はカーティスを制止させることもできず、何かあった時に動けるようにと、緊張した様子でカーティスと少女の双方に視線を動かし続けていた。

一方、カーティスは心の内に渦巻く激情を抑えつけ、少女を睨みつけていた。

「黒髪黒瞳でこの魔物だらけの山に1人で踏み入るなど、貴様を魔人だと断定するには十分だ。―――誤りであったら、貴様の墓に詫びよう」

その言葉とともに、カーティスは腰に佩いていた剣を抜くと、そのまま少女に斬りかかった。

素早く流れるような動作だったためか、少女は動くこともできず、カーティスを見つめたまま立ち尽くしていた。

ずしゅり、という肉を裂く音とともに、カーティスの剣が少女の左胸に突き刺さる。

―――瞬間、少女の胸から血しぶきが飛び散り、その血は剣を突き刺したままのカーティスを汚した。

少女が手に持っていた籠がころころと転がり、中身が飛び出る。

「「カーティス!!」」

グリーンの目にも、ブルーの目にも、カーティスが無抵抗の少女に剣を突き立てたように見えた。

2人の叫び声がこだまする中、少女はごぽりと口から血を吐くと、大きく痙攣したはずみで顔を天に向け、そのまま白目をむいた。

しんとした沈黙の中、グリーンとブルーの乱れた呼吸音だけが響く。

数秒間、少女はそのままの姿勢で静止していたけれど、―――突然、瞳だけがぐるりと回転し、再び黒目に戻った。

グリーンとブルーが目を見開く中、少女は顔を起こすと、焦点の合わない瞳でひたりとカーティスを見つめた。

「あー? ほんとに斬りかかるんだ。さすがに予想外だったわ。あーあ、これ致命傷だなー。私、死んだわ」

ひどいひどいと少女は呟いた。

それから、カーティスをなじる。

「いやー、これだけのことをやって顔色一つ変えないお兄さんこそ、人でなしだわー。私が魔人であるって確信がないのに斬りかかるなんて、正気じゃないよ。うん、人でなしだねー。人間じゃあないわ」

それから、少女はガラス玉のような感情のこもらない目でカーティスを見ると、吐き捨てた。

「この、人殺し」