軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

123 霊峰黒嶽11

「フィーア?」

グリーンが訝し気な表情で尋ねてくる。

突然動きを止めた私を心配していることが分かったため、安心させようとしたけれど、喉が詰まり、声を出すことが難しい。

ぐっと唇を噛み締めるようにして黙っていると、返事がないことを不審に思ったのか、ブルーまでもが不思議そうに尋ねてきた。

「フィーア、どうしたの?」

私は返事をすることを一旦諦めると、コップを掴んだままの両手をテーブルに下ろし、強張っていた指を一本ずつコップから引き剝がすことに集中した。

目の前の簡単なことに集中することで、心を落ち着かせようとしたのだ。

ぷるぷると震え始めた指をゆっくりと外していると、普段とは異なる私の様子に気付いたグリーンとブルーが、それ以上は何も尋ねずにじっと見守ってくれる。

……空気を読める大人だわ。

大雑把なように見えて、必要な時にはきちんと状況を把握して、沈黙を守れるんだもの。

もちろん、同じように静かに見守っているザビリアやカーティスにも、同じことが当てはまるのだけれど。

そう思いながら、時間を掛けて全ての指をコップから外し終えた私は、ほっと息を吐いた。

それから、かすれた声を出す。

「……魔人が、こわい」

発言した途端、まるで子どものようなセリフだなと思ったけれど、笑う者は誰もいなかった。

それどころか、まるで私が重要な世界の理を口にでもしたかのように、重々しい様子でグリーンが繰り返す。

「……そうか。魔人が怖いのか」

カーティス団長は無言のまま立ち上がると、自分の上着を私の体に巻き付けてくれた。

身長差があるためか、服のサイズが大きくて、私の体はほとんど覆い隠されてしまったけれど、そのことで世界から隠れてしまったような錯覚に陥り、ほっと安心する。

「山の朝は冷えますから」

カーティス団長が付け足すように呟いたけれど、その言葉をそのまま信じることは難しかった。

団長がまるで世界の全てから隠すように私の体に服を巻き付けたのは、山の寒さが原因ではないだろう。

そして、私が寒さを感じているのは、気温のせいではなく緊張のせいだろう。

私はほおっとため息をついた。

……こんな風に、単語一つでびくびくしているようではダメね。

昨日、「魔人」と名乗ったガイ団長に怯えたこともそう。

私はぐっと両手を組み合わせると、300年前を思い返す。

―――私の近衛騎士団長だったシリウスは、決して逃げなかったわ。

カノープスだってそう。不都合なものから目を背けることもしなかった。

それから、昨夜の話では、前世のお姉様の子どもであるカストルが帝国皇帝になって、立派に国を治めたとのことだった。

誰もが立派な行いをしているというのに、私一人が逃げていたら、彼らの誰にも顔向けができないわ。

私は顔を上げると、正面からグリーンを見つめた。

「魔人は……あとどれくらい世界に残っているのかしら?」

簡単で基本的な問い。

けれど、そんな質問から始めなければならないほど、私は魔人について無知だった。

―――昔、まだ前世のことを思い出す前の幼い頃、姉さんから寝物語に何度も聞かされた。

大聖女が魔王を討伐した後、王を失った魔人たちは次々と封じられていったと。

最後の1人まで封じられたのだと、姉さんは語ってくれたけれど……

前世の記憶を取り戻した私は、とてもその言葉を信じることはできなかった。

あの狡猾で強力な『魔王の右腕』が封じられたとは、とても思えなかったから。

そして、恐らく右腕は、前世の兄たちが魔王城を去るよりも早く、敬愛する魔王の箱を取り返し、その封印を解いているはずだから。

だから、『魔王の右腕』と『十三紋の魔王』がこの世界に残されている、というのが私の予想なのだけれど。

そう考えながらグリーンを見つめると、彼は用心深そうな表情でゆっくりと口を開いた。

「……『はじまりの書』には、『世界に33紋の魔人あり』と書かれているが……」

「えっ!?」

グリーンの口から紡がれたのが、秘匿情報中の秘匿情報だったため、私は驚いて声を上げた。

どういうこと? グリーンの職業は冒険者じゃないかしらと考えていたのだけれど……

いえ、もしかしたら商会を経営しているようないい家柄かもしれないと、一瞬、思いはしたけれど、……『はじまりの書』となると、レベルが異なる。

なぜならそれは、各国の王族クラスの最上位者にのみ留め置かれている、最上級の秘密情報のはずだからだ。

「グ、グリーンは冒険者とかだよね? 魔人についての噂話を姉さんから聞いたことがあったから、それと帝国の市井に出回っている噂話が一致しているのかを聞きたかったんだけど。それらが一致しているのならば、その噂は事実に近いのじゃないかと思って……」

困惑したように尋ねると、グリーンは「ああ」と言いながら顔をしかめた。

「そうだな、お前は望んでその立場にいるのだった。そのため、お前の周りにいるカーティスたちに、オレらの立場をはっきり口にするのははばかられるのだったな」

グリーンの謎かけのような言葉に、カーティス団長が小さく頷く。

「なるほど、私が自分の役割を理解しているかを確認するため、必要以上の仄めかしか。全く不要だが。いいか、グリーン。1つ助言をしておくと、フィー様を理解したいならば、フィー様が発する言葉通りに解釈することだ」

カーティス団長の言葉を理解しようと眉根を寄せるグリーンに対し、私は急かすかのように言葉を差し挟んだ。

「それで、グリーン、つまりどういうことなの?」

グリーンは考えるかのように私を見つめると、ゆっくりと言葉を発した。

「そうだな……、王国の噂話についてはよく知らないが、帝国の噂話では魔人は全て封じられた、というのが一般的だ」

ブルーが補足するかのように言葉を続ける。

「そうだね。小さな子どもに言うことをきかせようと、脅しをかける時くらいにしか魔人は登場しないよね。『言うことを聞かない悪い子のところには、魔人がくるよ』って」

「そう……」

姉さんから聞いた話と同じね、と思いながら組んだ両手を見つめていると、グリーンが言葉を続けた。

「言い出したことだから、最後まで続けるが、……オレにはちょっとしたお偉い知り合いがいてな。その者から『はじまりの書』について聞いたことがあった。もちろん極秘とのことだったが、フィーア、お前はオレの恩人だからな。聞きたいというのならば、オレが知っている限りの話をしよう」

「えっ」

弾かれたように顔を上げると、まっすぐにこちらを見つめるグリーンと正面から目が合った。