軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119 霊峰黒嶽7

「―――ということで、淑女のあるべき姿を学ばせていただくという貴重な体験をいたしました。その教えによると、淑女は決して、初対面の男性と冒険に出掛けません。それから、従魔の契約は双方に権利と義務が発生することを十二分に理解しているので、出会ってすぐに契約を結ぶことはありません。さらに、……」

長々と話を続けるカーティス団長を前に、私は死んだ魚のような目をして無言を貫いていた。

……どうしよう、カーティスの話がものすごくつまらないのだけれど。

とっておきの話をお願いしたのに、どうしてこんなに面白くないのかしら。

というよりも、お題目を「とっておきの話」とふんわり設定にしたため、題目通りの話をしているように見せかけて、実際は私にお小言を言っているように思われるのは気のせいかしら?

カーティス団長の真意を確かめようと、じとりと疑いの目で見つめてみたけれど、団長は意に介した様子もなく話を続ける。

「フィー様はもちろん、そのままでも十分ご立派ですが、誰もが感動するほどの威厳を身に着ける、新たなる段階にきているのではないかと思われます。そのためには……」

熱心に話を続けるカーティス団長を見つめるグリーン、ブルー、ザビリアの生温かい目を見て、あ、これは私の勘違いではないわね、カーティス団長はこれ幸いと、私に言いたいことを言っているようだわと確信する。

……確信したけれど、これがカーティス団長のとっておきの話ならば、聞き続けるしかないわよね。

あああ、失敗したわ! こんな話を聞くくらいならば、ザビリアの提案通りさっさと眠ってしまうんだったわ。

あるいは、『とっておきというのは、感覚に頼り過ぎた基準だ』というグリーンの助言を受け入れ、なにがしかの基準を設けるべきだったわ。

そう考えている間に、不思議なことが起こった。

胡乱気にカーティス団長を見つめていたはずのグリーンとブルーが、いつの間にか真剣な表情で話を聞き始め、さらには熱心に頷き出したのだ。

「……へ?」

何が起こったのかしらと2人を観察してみるけれど、原因が分からない。

分からないけれど、2人とも異常なほどにカーティス団長に同意している。

「なるほど、さすがはフィーアと同じ騎士団に所属するだけのことはあるな! フィーアの凄まじさを表現する最適な手法を考え尽くしている」

グリーンが腕を組んだまま、感心したような声を上げた。

おやおや、今度はグリーンが意味不明なことを言い出したわよ、と呆れたように彼を見つめる。

けれど、グリーンに注意するより早く、彼の隣に座っていたブルーまでもが、きらきらと瞳を輝かせながら口を開いた。

「ああ、カーティスの言う通りだね! 世界中の人間がフィーアを敬い、 讃(たた) え始めればいいのに」

……ブルーは何を言っているのだ?

お酒が入っている訳でもないのに、酔っぱらったようなことを言う2人を見て、……いや、元々はカーティスが原因だから、3人と表現するのが正解なのかしら、……皆を交互に睨みつける。

けれど、自分たちが多数派になったために強気になったのか、あるいは、元から私の感情など気にしていないのか、カーティス団長はその後も全く面白くない話を延々と続け、残りの2人は従順なる賛同者と化し、頷き続けたのだった……

そうして、虚無の心境にて、何とかカーティス団長の小言と説教と教戒に満ちた時間をやり過ごした私は、やっと団長の話が終了したことに、やれやれと心の中でため息を吐いた。

けれど、言いたいことを言い終え、すっきりとした表情のカーティス団長に、何かを求めるかのような眼差しで見つめられたため、『えええ!』と心の中で叫ぶ。

カーティス団長の希望は何となく分かる。

けれど、ねぇ……、と不本意な気持ちでいっぱいだったけれど、相手は忠義者のカーティス団長だ、仕方がないなと、引きつり気味の笑顔で口を開く。

「ええと、少し、ほんのすこーしだけだけど、試してみようかと思う話が交じっていたわ」

私の言葉を聞いたカーティス団長は、ぱあっと花が開いたような満面の笑みになった。

その表情を見て、何て単純なのかしらと思いながらも、後ろを向いて、はあ、とため息を吐く。

……ダメだわ、カーティス団長は。

前世で掲げていた『私を最上の淑女にする』という目標を、今世でも掲げ始めた様に思われるわよ。

前世では志半ばで終了してしまったから、『今度こそは』という気持ちも分からなくはないけれど、そもそも今の私は王女ではなく騎士だからね。

高位貴族に嫁ぐ可能性もないし、カーティス団長の高潔な志は、私に必要ないわよ。どうしたものかしら?

困った思いで、眉をへにょりと下げていると、雰囲気を変えるかのように、「では、次にオレが」とグリーンが口を開いた。

私ははっとして振り返ると、疑いの眼差しでグリーンを見つめる。

グリーンの話は大丈夫かしら? 先ほどからグリーンの言動にもおかしなところがあったし、もしかしてカーティス団長の流れを引き継いで、面白くない話をする気じゃないでしょうね?

そう用心しながら、グリーンの言葉を待っていると、彼は邪気のなさそうな様子で話し始めた。

「オレは世界に一人しかいないような珍しい娘の話をしようと思う。つまり、『冒険者に付いて行って、聖女の役目を全うしなければ、嫁き遅れる』という、意味不明な呪いに侵されていた娘の話だ。面白いだろう、本人は聖女でもないのに、呪術師の力で呪いとともに聖女の力を、……聖女の力と言い張る、見たこともねぇほど強力な力を得たと言っていた。オレは思ったさ。こんな力を得られるとしたら、それは『呪術』ではなく『祝福』だとな」

「…………」

あれあれ、この話に出てくる娘さんとやらは、私のように思われるわよ。

私がグリーンたちに出会った時の話じゃあないかしら?

そう考えながら、こてりと首を傾げたけれど、グリーンは気にした様子もなく話を続ける。

「ああ、まさに彼女は祝福された存在だった! ……恐らく、300年前に君臨した黒皇帝も、『創生の女神』に出会われた際、このような気持ちで崇め奉られたのだろう! つまり……」

興奮したように話し続けるグリーンを横目で見ながら、私は気になった単語をぽつりと繰り返した。

「創生の女神……」

そうだったわ、グリーンはアルテアガ帝国の出身だったわよね。

帝国は女神崇拝の国だから、ついつい女神の話を持ち出したくなるのかもしれないけれど……

「グリーン、アルテアガ帝国に伝えられている『創生の女神』とは、あらゆる恵みの種を帝国中に蒔いた、始まりの女神のことでしょう?」

前世の記憶を引っ張り出しながら、グリーンに質問する。

私の記憶では、『創生の女神』とは、帝国を形作った女神のことを指していたと思う。

帝国の創成期に、女神が帝国全土に作物だとか果実だとかの様々な種を蒔いたおかげで、帝国が豊かになったという話が伝えられていたはずだ。

だから、グリーンが言っている、『黒皇帝が創生の女神に会った』というのは、……黒皇帝の時代に領土が倍増したから、新たなる領土にも種を蒔かれて豊かな土地になったとか、そういう意味なのかしら?

私の言葉を聞いたグリーンは、驚いたように目を見張った。

「フィーア、お前はすげえな! そこまで帝国の歴史を学んでいるなんて、本気で感心したぞ! ああ、そうだ、元々は帝国全土に様々な種類の種を蒔き、豊穣をもたらしてくれた女神様のことを指していたのだが、黒皇帝の時代に解釈が改められてな。今では誰もが、『癒しの力で人々を救う女神様』という意味で使用している」

「……え?」

それはまた、黒皇帝は大胆な解釈変更を行ったものね。

元々は、帝国の始まりを意味する神話的な話だったはずなのに、現行の解釈はまるで……

「まるで聖女様のことのようね」

ぽつりと呟くと、グリーンから用心深そうな表情で見つめられた。

「……フィーア、以前、妹が赤い髪だという話をしたことを覚えているか?」

「え? ええ、そうね。ブルーから妹さんと私は同じ髪色だと言われたことがあったわね」

記憶を辿りながら返事をする。

そういえば、以前一緒に冒険をした際、私の髪色が彼らの妹と一緒だから、妹といるような気持になると言われたことがあった。

つまり、グリーンたちの妹は赤い髪ということよね?

私の返事を聞いたグリーンは、肯定するかのように頷いた。

「そうだ、そして、帝国では赤い髪の女性が重宝される。だから、男性も女性も、子どもに継承できるようにと、出来るだけ赤みがかった髪色の相手を選ぼうとする。なぜなら、……創生の女神は赤い髪だったと伝えられているからだ」

「え?」

驚いたような声を上げた私を正面から見つめると、グリーンは言葉を続けた。

「元々、女神様のお姿についての記述は存在しなかった。しかし、黒皇帝の時代に、より具現化されたのだ。『癒しの力を持った赤い髪の女性』―――それが、『創生の女神』だとな」