軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

114 霊峰黒嶽2

まあ、ザビリアと同じくらい大きな竜ね!

感心して見上げると、視界を塞ぐ粉塵の中、ぎらりと光る双眸が見えた。

「フィー様!」

カーティス団長に注意されるまでもなく、竜の瞳に光るのは敵意だと気付かされる。

身構えるよりも素早く、灰褐色の竜はかぱりと口を開くと、炎を吐き出してきた。

以前ザビリアが発したような勢いのあるものではなかったものの、炎を吐く竜など間違いなく上位種だ。

炎は直径2メートルほどの幅を持ち、私へ向かって一直線に向かってきた。

炎の移動速度は人間の移動速度より遥かに速い。

一撃で仕留めにかかっていることが分かる攻撃だった。

避けられないな、と思った私は迫りくる炎へ向かって片手を伸ばすと、防御魔法を発動させる。

「『対炎防御盾』!」

炎なら炎、水なら水と、防御対象を限定して発動させる方が、何倍も簡単な魔法で済む。

そのため、炎防御に特化した魔法を展開させる。

私の声に呼応するかのように、広げた掌から、直径5メートル程の魔法の盾が出現した。

その盾は竜の炎に触れた瞬間、撥ね返すかのような半球形に変形して、そのまま炎を防ぎ続ける。

片手が受ける重みを確かめながら、悪くない炎ね、と思うと同時に、グリーンが駆け寄ってきて、私の前に盾をかざした。

けれど、グリーンは目の前に現れた魔法の盾が目に入ったようで、ぎくりとしたように全身を強張らせる。

……完全に魔法を見られているわよね、まずいかしら、とグリーンの様子を見守っていると、彼はふはっと空気を吐き出し、興奮したような声を出した。

「ははっ、また新しい魔法だと!? たった一人でこの炎を防ぐなんて、恐れ入るな! 毎回、毎回、驚くことしかできやしねぇ!!」

咄嗟にまじまじと見つめると、グリーンは発した声同様に興奮したような表情をしており、魅せられたように魔法の盾を見つめていた。

その表情には、昂ったような感情が見え隠れしているけれど、それだけで、そして、グリーンのすぐ隣に位置しているブルーも同様の様子だった。

私は構えていない方の手を握りしめると、やっぱりそうなのね! と、心の中で喜びの声を上げた。

カーティス団長から受けた説明によると、私の訓練修了を祝う席で、私の古い呪いが復活し、併せて聖女の力も使えるようになった、との話になったそうだ。

そして、同席していたグリーンとブルーは、その話をすんなり信じたという。

くふふ、私の説明がすごく上手だったのか、この2人がすごく単純に出来ているかのどちらかだけれど、いずれにせよ都合がいい話だ。

魔物がうじゃうじゃいる山に分け入るのだもの、ザビリアが全ての魔物をコントロールできるはずもないだろうし、戦う場面があるだろうなという気はしていたのだ。

カーティス団長は問題ないとして、グリーンとブルーに私が聖女の力を使えることを、どう説明したものかしらと心配していたのだけれど、杞憂だったようね。

私の魔法を目の前で見ても、そんなものだと受け入れてくれているもの。

「……それで、フィーア、どうするつもりだ? この竜を倒せばいいのか?」

少々顔が引きつっているので、はったりをきかせている部分もあるのだろうけれど、それでも豪気な台詞を吐くグリーンを見て、あらあら、杞憂どころか、私は大船に乗っているのかしら、と頼もしい気持ちになる。

この大型の竜を前にして逃げ出さないだけでも、大したものだわ。

そもそも竜はSランクの魔物で、基本形は100名の騎士での討伐になる。

けれど、目の前の竜は赤竜や青竜といった分類に当てはまらない灰褐色をしているうえ、体長も通常より大きく、基本形の竜の分類には当てはまらない。

つまり、特別な成長をしたか、変異種のどちらかで、炎を吐くことからも、上位種に当たる竜なのだけれど……

これほどの見事な竜だ。多くの竜が集まる中にいても、その存在は突出しているだろう。

そして、この山にいることからも、ザビリアの仲間に違いない。

だとしたら、ちょっとばかり跳ねっ返りだとしても、攻撃することは絶対に出来ないわよね。

なんとか引いてくれないかしら、と頼むような視線を送ったけれど、灰褐色の竜は爛々と瞳をぎらつかせて、炎の勢いを増してきただけだった。

盾を支えている片腕がびりびりと震える。

……無理ね、戦う気満々でいらっしゃるわ。

うーん、倒さずに、戦意を喪失させるには……

と、そう考えて動けずにいたところ……、空に黒点が見えた。

もしかして、と思い、目を眇めて見つめていると、黒点はぐんぐんと大きくなり、あっという間に見慣れた竜の姿になっていく。

そのまま見つめていると、黒い大型の竜は優雅な仕草で、ふわりと目の前に降り立った。

勢いよく風は吹いたものの、どういう訳か、灰褐色の竜が舞い降りた時とは異なり、衝撃音もなければ、石や岩も舞い上がらない。

―――次の瞬間、目の前にいたのは、それは、それは美しい竜だった。

黒を纏うことを許された選ばれた個体であると同時に、誰よりも大きく育つことが出来た、強くて美しい私の……

「ザビリア!」

久しぶりに会えたザビリアが立派な体をしていて、元気そうでいることが嬉しくなり、大きな声で名前を呼ぶ。

すると、ザビリアはふふふっと笑い、翼を大きく広げると、可愛らしく首を傾けた。

「フィーア、あなたから会いにきてくれるなんて、こんな喜びがあるんだね。霊峰黒嶽へようこそ、心から歓迎するよ」

ザビリアは前に見た時よりも更に大きくなっており、広げられた翼が陽の光を浴びてきらきらと煌めいていた。

折れたはずの角が1本、額の中心から同じように生えている。

「ザビリア、会いたかったわ!」

可愛らしい声を聞けたことが嬉しくなり、思わず走り寄ってお腹のあたりにぼふんと抱き着く。

すると、ザビリアは首を曲げてきて、私の頭にこつりと自分の額を合わせた。

「相変わらず元気だね。フィーアが僕のことを忘れないうちに、フィーアの元に帰るって約束したはずだけど、……もしかして僕が遅すぎたから、フィーアは僕のことを忘れそうになって、会いにきてくれたのかな?」

ザビリアが会話運びのつもりで、誤解した振りをしていることは分かっていたけれど、慌てて言い返す。

「勿論、違うわよ! ザビリアに会いたくなったから、来ただけよ!」

「そうか、会いたいって理由だけで、こんなに遠くまで来てくれたんだ。ありがとう、フィーア」

嬉しそうな声を出すザビリアを見て、私も嬉しくなってふふふと笑う。

「ザビリアが元気そうで安心したわ! お仲間の竜もたくさんできて、良かったわね。赤竜に青竜、灰褐色の竜まで!」

笑顔でザビリアに話しかけると、どういう訳か嫌なことを思い出したとばかりに口を歪められた。

「ああ、そうだったね。灰褐色の竜は、……果たして僕の仲間なのか、分からなくなってきたところだよ」

そうして、ザビリアは少し離れた先で縮こまっている灰褐色の竜に首を向けたのだけれど、発せられた声は、今までの可愛らしいものではなく、底冷えがするような凍てついたものだった。

「それで? 僕の主を迎えに行ったはずのお前が、どうしてフィーアに炎を吐いたんだ?」

ザビリアの言葉を聞いた私は、ああ、そうだったわ、灰褐色の竜から攻撃されたのよねと思い出す。

ザビリアが灰褐色の竜に私を迎えに行かせたつもりなのだとしたら、随分と乱暴な対応だわ。

そう考えながら灰褐色の竜を見つめると、首を竦め、出来るだけ体を小さくして、硬直したように動きを止めていた。

そういえば、先ほどザビリアが舞い降りてくるのを見た瞬間、この灰褐色の竜は「グエェ!」と断末魔のような叫び声を上げて、ぱくりと口を閉じたのよね。

そして、慌てて後ろに下がると、出来るだけ視界に入らないようにと身を縮こませていたわよね。

私たちを攻撃したことを隠そうとしているのかもしれないけれど、それくらいで私の賢いザビリアが誤魔化されるとは、とても思えないのだけれど。

一体どうするつもりなのかしら、と注目していると、ザビリアに詰問された灰褐色の竜は、瞳をきょろきょろと不安気にさまよわせていた。

その様子を見て、あれ、この子は本気で困っているのかしらと、少し可哀そうになる。

けれど、ザビリアには同情する気持ちなど一片もないようで、灰褐色の竜の挙動不審な様子を気にする様子もなく言葉を続けた。

「ゾイル、僕はお前に聞いているんだけれど?」

すると、ゾイルと呼ばれた灰褐色の竜はびくりと体を引きつらせた後、素早い動作で頭とお腹と両手を地面に着け、伏せるような姿勢を取った。

尻尾までがぺたりと地面に着けられ、完全降服の姿勢が取られる。

その表情は、しょんぼりとしょげ返ったものだった。

……まあ、ゾイルはザビリアが好きなのね。

だから、怒られて落胆しているのだわ。

大きな図体でしょげ返る竜の姿が寂しそうに見え、思わず言葉を差し挟む。

「ええと、ザビリア、私には竜の流儀は分からないけれど、もしかしたら灰褐色の竜の歓迎方法は、お客様に炎を吹きかけることかもしれないわ」

「うん、なるほど。ということは、ほとんど全ての客人は、訪問した途端にゾイルの家の料理になって、皿に載せられるということだね」

「えっ!?」

言われてみれば確かに、普通はあの炎を防ぐことが出来ないから、丸焼けになるわよね。

駄目だわ、そんな家を訪問する人なんていなくなるわよ。

「ゾ、ゾイル、余計なお世話かもしれないけれど、その歓迎方法は改めた方がいいかもしれないわね」

さり気なくアドバイスをしてみたけれど、ゾイルからはギロリと睨まれただけだった。

……ま、まあ、そうよね。

竜種は高ランクの魔物だから、元々プライドが高いものだけれど、ゾイルは体色も体長も通常の範囲には収まらないから、特別な個体であるはずだ。

竜から見たら、人間なんて短命種は対等に並べる関係でないはずだから、ゾイルにとって私は物の数にも入らないのだろう。

そう言う意味でいくと、ザビリアはよく私を受け入れてくれたわよね。

黒色の竜であるというのに、物分かりが良くて、融通が利く良い竜だわ。

そう考えていると、ザビリアは再び凍ったような声を出した。

「話がややこしくなるから、お前の歓迎方法については割愛するけれど、いいか、ゾイル、フィーアは僕の主だ。次にフィーアに対して敵意があると僕が見做す行動を取ったら、お前を排除するから。……というか、本来なら、今すぐ排除したいんだけれど、主に見られちゃったしな。僕の主はお前を排除することを許してくれないだろうな……」

言いながら、ザビリアが判断を仰ぐかのように私を見つめてきたので、ぶんぶんと首を横に振る。

ダメです、ダメです、可愛いザビリアは、排除なんて恐ろしいことをやってはいけません。

ザビリアの言葉を聞いたゾイルは、目に見えて体をぶるりと震わせると、体中に力を込めて、さらにべたりと地面に張り付いた。

完全に項垂れている。

そんなゾイルを一瞥すると、ザビリアは私に向き直り、申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんね、フィーア。僕が上手く竜たちを統制できていないから、危険な目に遭わせてしまって」

私はこれ以上ザビリアをしょんぼりさせてはいけないという思いと、これ以上ゾイルが怒られませんようにという気持ちから、できるだけ物事を小さく見せようと口を開く。

「だ、大丈夫よ! 全然、危ない目になんてあっていないから! ゾイルの炎はザビリアの炎と比べると大したことないし、あれくらいなら、攻撃が始まってからでも十分防げるから」

「……そっか。ゾイルの炎はフィーアにとって、お遊びのようなものなんだね」

私の言葉を聞いたザビリアは、可笑しそうにふふふと笑いながらゾイルを見た。

つられて私もゾイルを見ると、灰褐色の竜は先ほどの倍くらいしょげて、顔を隠すようにして地面に突っ伏していた。