軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110 ガザード辺境伯領6

「魅惑の赤魔女?」

初めに声を上げたのは、カーティス団長だった。

明らかにイントネーションがおかしく、カーティス団長の不穏な心情を表している。

「ひっ!」

昨日から今朝にかけ、カーティス団長とともに新たな経験を積んだガイ団長は、よりカーティス団長を理解出来るようになったようで、椅子から飛び上がるとはっとしたように口を噤んだ。

けれど、カーティス団長には見逃す気持ちがないようで、指を3本ガイ団長の前に突き付ける。

「3度だ」

「は?」

「昨日から今朝にかけて、3度お前は『魅惑の赤魔女』という単語を口にした。お前の頭脳の貧弱さを考慮して、1度や2度ならば見逃してやろうかと思ったが、さすがに目に余る。ガイ、『魅惑の赤魔女』とは誰のことを指しており、どういう意味だ?」

ずいと指を近づけてきたカーティス団長に対し、ガイ団長は同じ距離だけ後ろに下がると、慌てた様に両手を振った。

「や、違う! オレが言い出した話ではない! 騎士団長として、必要な情報収集を行った結果、耳にした二つ名だ!!」

「それで?」

「それで、……カ、カーティス、初めに言っておく! オレは聞いてきた噂を正確に伝達しても、なぜだか悪口に受け取られるというスキル持ちだ! だから、どんな風に聞こえようとも、オレには一切悪意はない! そして、これは聞いてきただけの話だ!!」

「それは、話を聞いてから判断しよう」

じろりと睨みつけるカーティス団長を前に、ガイ団長はうっと喉元に何かが詰まったような表情をした。

けれど、沈黙が続いたため、カーティス団長に解放する気がないと気付いたようで、しぶしぶと口を開く。

「『魅惑の赤魔女』とは、魅惑的な赤い髪をした男を誑かす悪い女性を指し、そのままずばりフィーア・ルードのことだ!」

「ほわっ? わ、私が男性をたぶらかす、ですって!?」

人生で一度も行ったことがない行為を指摘され、驚いて椅子から立ち上がる。

待ちなさい! 前世でも今世でも異性から人気がない私が、どうやって男性を誑かすというのかしら!?

誑かす方法を、逆に聞いてみたいわよね! そうして、お望みならば、効果を検証するために実践してみますよ!!

……あ、待って! 私ったら何を馬鹿正直に信じているのかしら。これはもしかしたら、例の婉曲な嫌味というやつじゃないかしら?

思い付いたらそんな気がしてしまい、悔しくなってカーティス団長に言い付ける。

「カ、カーティス、これは婉曲な嫌味だわ! 私が全然モテないのが分かっていて、わざと言っているのよ! そういうことは、本当にモテる人に言ったら冗談になるのだろうけれど、実際に人気がない人は傷付くだけだから、言ってはいけないって叱ってちょうだい!」

カーティス団長は何とも微妙な表情で私を見つめると、疲れた様に目頭を押さえた。

……え、何、今の表情? もしかして、カーティス団長にも同情された?

くううっ、どうしてガイ団長はわざわざ私の人気事情を話題にしようと思ったのかしら。

おかげで、こんな辱めを受ける結果になったじゃないのと悔しくなり、きっとしてガイ団長を睨みつける。

けれど、ガイ団長は私の視線など気にすることなく、言葉を続けた。

「それから、なぜフィーアにその二つ名が付いたかというと、実際に次々と我が王国騎士団が誇る騎士団長を誑かしているからだ! シリル第一騎士団長、デズモンド第二騎士団長、クェンティン第四魔物騎士団長、ザカリー第六騎士団長と、既に王都在住の騎士団長6名のうち4名が犠牲になっている!」

ガイ団長が挙げた名前を聞いた私は、やっぱり完全なる嫌がらせだわと確信する。

シリル団長からは、いつだってお説教を受けているだけだし。

デズモンド団長にはからかわれるか、超過勤務中で苛々していると八つ当たりをされるだけだし。

クェンティン団長は従魔に夢中だから、ザビリアについて熱く語るのを聞いているだけだし。

ザカリー団長は私向けの筋肉特訓メニューを考案してくるから、笑顔で避け切っているだけだし。

そんな4人を、どうやって誑かしたと言うのかしら?? むしろいつだって、私の方が被害者だわ!

そう思ってさらに尖らせた目で睨みつけてみたけれど、ガイ団長はやはり気にする風もなく、持論を展開していく。

「しかも全員が全員ともに、ストイックな大貴族だったり、女性嫌いだったり、魔物好きだったり、筋肉好きだったりで、女性には全く興味がないメンバーばかりだ! こんな連中をまとめて攻略するなんて、魔女でもなきゃできねぇだろう!」

「ちょ、適当なことを言わないでください! はっきり言いますけれど、完全なる上司と部下の関係ですよ! 騎士団長と一介の騎士、それ以上の関係では誰一人としてありません!!」

風評被害もいいところだ、と私は両手を振り上げて心の底から抗議した。

本当に噂話って怖いわね! ないこと、ないこと取り上げられるなんて!!

しかも、ガイ団長はよりにもよって、姉さんの目の前で発言したわよ。

姉さんに誤解されたら、どうするつもりなのかしら!

けれど、ガイ団長は私の抗議に取り合うことなく大きく首を横に振ると、全く信じていない態度で口を開いた。

「オレは騙されねぇぞ! じゃあ質問するからな!」

「勿論どうぞ! 私にやましいところは一切ありませんから、何だって答えますよ!」

私は両手を握りしめると、自信満々に答えた。

すると、ガイ団長は「それじゃあ、聞くが」と呟きながら、シリル団長について質問してきた。

「サヴィス総長がご臨席された御前会議で、シリルがクェンティンとザカリーを相手に、お前を奪い合ったというのは本当か?」

「えっ!?」

思ってもみない質問をされて、私はぱちぱちと瞬きをした。

それから、質問された時の情景を必死で思い出そうとする。

「い、いや、あれは、……奪い合ったということではなくてですね! 『オレのところに来い』と、それぞれから要望されただけです! ええと、……3人とも寂しがり屋なのかな?」

にへらと笑いながら、何とかいい印象を与えようとする。

そして、心の中で、必死に上手い説明はないものかと考える。

……まずいわ。何かが決定的に間違っている。

思い返してみても、あのシーンに色めいたものは全くなかった。

ガイ団長が連想させるものと、あの場面は全然違うのだ!

けれど、上手く説明できないうちに、ガイ団長は納得したように頷きながら、デズモンド団長についての質問に変えてきた。

「死ぬほど忙しくて、余分な仕事をする余裕なんて一切ないデズモンドだが、お前とチェスを打つ時間だけは必ず確保して、更にはお前の訓練時間をあらかじめ把握したうえで、毎回先に来て待ち構えているというのは本当か?」

先ほどとは異なり、質問内容が軽めに思われたため、私は表情を緩めると、勢い込んで口を開く。

「そ、それは本当ですが、デズモンド団長がチェス好きだということです! 私と勝負をすると、勝ったり負けたりして、同じくらいの強さなのです。だから、ちょうどいい対戦相手なだけですよ!」

私の言葉を聞いたガイ団長は、「お前はそんなにチェスが強いのか?」と質問してきた。

「はい?」

「騎士団対抗御前試合のチェスの部で、デズモンドは2年連続優勝している」

「へ?」

「お前が勝つことがあるとすれば、それはデズモンドに接待されているだけだ」

「…………」

思ってもみない話を聞かされ、言い返せずに黙り込むと、ガイ団長はクェンティン団長について質問してきた。

「クェンティンが給金日に、袋ごと給金をお前に渡しに来たという話は本当か?」

その質問をされた瞬間、答える前からはっきりと、私のためにならないということが分かった。

騎士団長が新人騎士に給金を丸々渡しに来るなんて、言葉にして聞くと酷い話に思える。

そして、事柄自体が事実であるため、言い訳のしようがない。

この質問はまずいわと思いながらも、すぐにはいい言い訳が思い浮かばず、何とか誤魔化されてくれないかしらと祈るような気持で口を開く。

「や、それは……、そ、その聞き方がよくないんじゃないですかね。実際に渡したかどうかと聞いてもらえれば、受け取りませんでしたと答えられるんですが。ええと、そうですね、クェンティン団長が給金袋を渡しに来たかというと、……来たかもしれませんね」

私の返事を聞いたガイ団長は、満足したように頷きながら、「最後の質問だ」と呟いた。

「ザカリーが何より大好きな筋肉について、二度と語らないとお前に誓約したという話は本当か?」

「そ、それは……、それは本当ですが! ですが、もう既にそれは誑かすという話からはズレていますよね!?」

私は冷静に指摘をしたというのに、ガイ団長は完全なる疑いの目で私を見つめてきた。

「いやいや、一切ズレていねぇ! そして、お前の答えを聞く限り、真っ黒じゃあないか! 誰が聞いても、お前は魔女だろう!! それとも、お前が魔女ではないと証明できるのか?」

ガイ団長の迫力にあてられたのか、私はどぎまぎしながら答える。

「ま、魔女の定義って何ですか? こ、攻撃魔法を使える女性、ということならば、はっきりと違うと言えますよ!」

「攻撃魔法とは限らねぇ! 魅了だとか、特殊魔法も稀には存在するらしいからな! 魔法を使える女性全般の呼称だろう!」

「ま、魔法全般!!」

あれ、あれ、ということは回復魔法も含まれるのかしら!?

そうしたら、私は本当に魔女なのかしら?

そう混乱してきて、返事が出来なくなった私に対して、カーティス団長が救いの手を差し伸べてくれた。

「……フィー様。ガイごときの話術に引き込まれる必要はありません。勿論フィー様は魔女などではありませんし、どなたも誑かしてなどいませんよ」

「そ、そうよね!!」

救い主を見つけたような気持ちになってカーティス団長に笑いかけると、「いや、これ、カーティスも攻略されているだけだろう」とガイ団長から呟かれた。

その言葉を聞いた私は、きっとしてガイ団長を睨みつける。

まあ、この騎士団長は疑り深いわね! カーティスが魔女ではないと言ってくれたのだから、きっと私は魔女ではないはずよ! とそう思っていると、カーティス団長がぴりっとした声を出した。

「ガイ、確かに質問を始めたのは私だ。『魅惑の赤魔女』とはどういう意味だと尋ねはしたが、お前はそのような答えを返すべきではなかった。どうやらお前は、私が丸一昼夜掛けて言い聞かせたことを何一つ理解していないようだな。私は何を説いた?」

カーティス団長の言葉を聞いたガイ団長は、はっとしたように目を見開くと、慌てたような声を上げた。

「そうだった! フィーア、オレはお前に謝罪する!!」

そうして、これまでの流れを全く無視すると、ガイ団長は深く頭を下げてきたのだった。