軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【SIDE】騎士団総長サヴィス 後

短い休憩を挟みながら、昼夜を通して馬を走らせた結果、サザランドに到着したのは2日後の夜明け直前の時間だった。

日程的には式典が行われている日であり、夜明け直前ということは式典が佳境に差し掛かっている頃だろうと思われた。

そのため、会場へ向かって馬を走らせると、奇妙な光景に出くわした。

騎士とサザランドの住民が、崖の上から次々と海に飛び込んでいるのだ。

………何が起こっている?

原因を突き止めようと、馬首を巡らして進行方向を変えると、飛び込んだ人々が泳ぎ着くであろう海岸へと馬を走らせる。

ちょうど日の出の時刻となったようで、海岸へ到着したタイミングで水平線から太陽が顔を出し始めた。

照らし始めの光が一条、二条と差し込み、海を赤く染め始める。

その光景の中にあって、陽の光に照らし出され、さらに赤く輝く存在が目に入った。

―――フィーアだ。少女騎士の赤い髪は、遠くからでもよく目立った。

フィーアの髪に目を奪われていると、海岸沿いに集まっていた住民たちが、雷に打たれたかのようにばたばたと倒れ始めた。

………何が起こっている?

異常な光景に目を凝らしていると、族長らしき男性が大声でフィーアを称え始めた。

なるほど。フィーアが大聖女に認定されたという話は、ここまで大袈裟なものになっていたのか。

驚くことに、住民たちの誰もがフィーアの姿を見て感動に打ち震えているようだった。

―――ドレス姿のまま、頭のてっぺんから足の先まで海水でびしょびしょに濡れたフィーアの姿に、だ。

「夜間水泳大会とは珍しいと思っていたが」

思わず声を掛けると、フィーアは驚いたようにオレを見つめ、慌てて走り寄ってきた。

その姿に、今までと異なったところは見受けられない。

けれど、住民たちの誰もが、そんなフィーアの姿を必死になって、目で追っていることに気付かされる。

その表情には、心からの畏敬の念が表れていた。

……フィーア、お前は一体何をした。

フィーアへの対応はもとより、住民たちの騎士への対応を目にしたオレは、何度目かの同じ問いを心の中で呟く。

つい数日前まで、サザランドの民は必死で憎しみを押し隠し、無表情と無関心を装って、騎士たちを遠巻きにしていたはずだ。

それが、どうだろう。住民たちは濡れそぼった騎士たちにタオルを手渡し、労いの言葉を掛けている。

―――この手の平を返したような、好意と歓心に満ち溢れた住民たちの言動をどう考えればいい。

フィーアは憎しみと悲しみに閉ざされていたサザランドに、おとぎ話のような魔法でもかけたというのか?

軽く頭を振るオレの目の前で、これまででは考えられないような情景が続けられていく。

決して打ち解けようとしなかったサザランドの族長が、不和の元凶である「サザランドの嘆き」に係る式典を合同で実施しようと提案してきたのだ。

この10年を知っている者には、信じられない住民側の譲歩だった。

誰もが息を飲んで絶句する中、気を取り直したシリルが、嬉しさを隠し切れないといった表情で申し出を受諾していた。

その後ろに……シリルとは全く異なる、実に単純な喜びでシリルと族長を交互に見ているフィーアの姿があった。

この少女は自分が何を成し遂げたのか、まるで気付いていないのだろうな。

そう考えたオレの推測は、きっと外れていないのだろう。

オレは皆に促されるまま、シリルの館に向かった。

その後、別室にてシリル、カーティスと共に打ち合わせを行ったのだが、……そこで、カーティスの様子が明らかに以前とは異なっていることに気付かされた。

カーティスは静かな自信と落ち着きを身に付けていた。

変わらず控えめな態度ではあったけれど、内に燃え盛る焔のような激しさを感じる。

男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うが、人はこう短期間で変われるものなのか。

だが、変化にはきっかけが必要なはずだ。

一体何がカーティスをこれほど変えたのか。

そう疑問を覚えたけれど、探ってみる必要もなかった。カーティスは始終、誇らし気にフィーアのことを語っていたのだから。

カーティスはあらゆる話の端々にフィーアを登場させては、いかにあの赤髪の騎士が誇り高く、慈悲深く、人々の救いになっているかと語り続けた。

それはもう聞いている方が辟易するほどのしつこさで、他人への対応が丁寧なシリルですら、話の後半は適切な相槌を打つことをやめ、「へー……」と単一の単語を繰り返していたほどだ。

あたら有能な騎士たちがフィーアに影響され、通常にない行動を取りだすことは知っていたが、ここまでひどいケースは初めてだった。

時間となったので、オレたちはそのまま式典会場である領主館の庭に向かった。

先ほどからオレの頭を占めていた新人騎士も近くに同席していたので、じっくりと観察することにする。

シリルの説明によると、サザランドの民は300年前に死の病にかかり、一族全滅の危機に陥っていたところを大聖女に救われたとのことだった。

そのため、大聖女を待ち望み、恩返しをしたいという気持ちが高じた結果、元々あった蘇り信仰と相まって、大聖女を彷彿とさせる言動をしたフィーアをその生まれ変わりだと認定したらしい―――フィーアが聖女ではないと知りながら。

恐らく、フィーアの持つ色が大聖女と同じであることも影響しているのだろう。

住民たちのフィーアに対する尊敬の念は心からのものだった。

宴の様子を観察していると、住民たちは次々にフィーアの側に来ては、感謝し、敬い、笑顔になっていく。

そして、そのフィーアへの感謝は広く伝播していた。

視界のあちらこちらで、騎士と住民たちが語らい、笑い合っている姿が見える。

シリルの元には母娘が訪ねてきて、感謝の意を表している。

そして……とうとう、族長が正式なる和解をシリルに申し出た。

その申し出をシリルが受け入れたことにより、騎士とサザランドの民の和解が完全に成り立つ。

………信じられないことが起こっていた。

10年にわたって停滞していた、サザランドが動いたのだ。

「ははははは」

思わず晴れやかな笑い声が零れる。

騎士とサザランドの民の和解には長い時間が必要で、10年や20年で解決できるものだとは思っていなかった。

それほど根が深く、どうにもならない話だと思っていた。

それなのに、フィーアの手にかかった途端、いとも簡単に解きほぐされてしまっただなんて。

フィーアの目が特殊だとしても、ここまで全てを見通せるものではないはずだ。

先ほどから観察している範囲では、フィーアは食べたいものを食べ、興味のままに住民たちと会話をしているだけだ。なぜこんな少女騎士が、誰もできないことをスルリとやってのけるのだろう。

偶然は2度重ならないと、オレは考えている。

あり得ないような出来事が繰り返される際、必ずフィーアがいることは偶然でなく、何かが作用しているのだろうと推測されるのだが―――お手上げだ。

近くで観察しても、解き明かせないとは……

意図せず、口元がにやりと吊り上がる。

フィーアの存在は変わらず不明だったけれど、意外なことに感じているのは不快感ではなく爽快感だった。

多分、フィーアが邪なものではないと感じているため、解き明かせないことにいら立ちや焦燥感を覚えることなく、今後解き明かす機会があることへの楽しさを感じているのだろう。

ああ、フィーアを手元に置いて、色々と検証したいものだと考えていると、視界の先で、フィーアに対して膝を折るシリルの姿が見えた。

「私は以前、あなたに言いましたね。この地の諍いの原因を作った一族出身である私が、この問題を解決しなければいけないと長年努力し続けてきたと。この地の問題を解決することが、私の宿願だったのです」

―――シリルは静かにそうフィーアに告げると、謝辞を述べ、騎士の誓いを行った。

……シリルが聖女以外の相手に、騎士の誓いを行うだと?

オレは信じられない気持ちで、シリルの顔を見つめる。

けれど、シリルの表情に一切の陰りは見られず、その顔つきは晴れやかなものだった。

……ああ、シリル、とうとうお前はこの地の呪いから―――聖女の呪いから、解放されるのか。

そう思うオレの目の前で、シリルは正に今、母親の姿を正しく認識してから20年以上に亘って苦しめられ、悩まされていた聖女の呪いから解き放たれようとしていた。

瞬間、一抹の寂しさが胸をよぎる。

―――オレ一人が、この呪いの中に取り残されるのかと。

けれど、そんな感情はすぐ、純粋な喜びに取って代わった。

シリルは自由になった。

この純粋で清廉で忠実な男を苦しめるものは、最早何もないのだ。

オレはシリルを苦しみから解き放ったフィーアに、称賛を込めて口を開いた。

「すごいな、フィーア。サザランドの民を掌握し、サザランドの領主を陥落させるか。カーティスが言った通りだな……サザランドは最早、お前のものだ」

けれど、オレの言葉を聞いた瞬間、フィーアは心の底から嫌そうな表情をした。

その表情を見た途端、可笑しさが込み上げる。

何ということだろう。

筆頭公爵が治めるほどの豊かな土地を掌握し、筆頭騎士団長に騎士としての忠誠を捧げられたというのに、この少女騎士はそれらのことに対して、一切の価値を感じていないのだ。

ああ、フィーアは本当に、俗物的な名誉や金銭といったものから自由なのだな。

この年若い騎士が思うのは、サザランドの皆が仲良くなって嬉しいだとか、シリルが晴れ晴れとしていて良かっただとか、そういった単純で純真な思いなのだろう。

「フィーア、お前のような心根の者がいるとは……。お前の価値は計ることもできないな」

そう言うと、フィーアは不思議そうに首を傾げてきた。

「ありがとうございます? もちろん、総長のご指導の賜物です」

今度こそ、可笑しさを我慢できず、オレは笑い声を上げた。

なるほど。フィーアにとっては、オレの褒め言葉ですら価値がないのか。

最上級に褒めたつもりが、受け止められることなく、そのまま返却されるとは。

暫く笑い続けていると、新たな料理が運び込まれてきた。

サザランドの伝統料理で、深海に棲む貝を小麦粉に混ぜて焼いたものだという。

けれど、その料理が運ばれた途端、その場の雰囲気がぴりりと凍り付いたようなものに切り替わる。

皿を給仕してきた男性の腕が微かに震えていることに気付き、不審に思って表情を探る。

すると、給仕の男性のみならず、その場の誰もが異常なくらいに緊張していることが見て取れた。

背筋に冷たいものが走り、気を引き締めた瞬間、目の前でぱくりと料理に食いつくフィーアが見えた。

「フィーア!」

立ち上がり、フィーアの腕を掴んだけれど、少女騎士は既にもぐもぐと口の中のものを咀嚼していた。

「そ、総長、ど、どうされました? え、あの、もしかして、貝が苦手ですか? これオアチィーって言って、とっても美味しい料理なんですけど、もぐもぐ……」

言いながらも、フィーアはもぐもぐと口を動かし続けている。

住民たちの誰もが、たった今給仕してきたこの料理に対して異常なまでに緊張を高まらせているというのに、フィーアは何一つ感じ取っていないようだった。

料理に何かが混入されている可能性を疑い、かきだそうと咄嗟にフィーアの口の中に指を入れたけれど、どういう訳かフィーアが発した言葉を聞いた瞬間、住民の誰もがほっとしたように体中を弛緩させた。

……何だ?

ぐるりと会場を見回すと、住民たちは涙ぐんだり、微笑んだりしていた。

……まるで、彼らの宝物が変わらずそこにあることを確認したかのように。

訝し気に目を眇めていると、胸の辺りからフィーアの焦った声が聞こえた。

「しょ、しょ、しょうちょう! ふぉの、ゆ、指をくひから出してもらってもいいでふかね? た、食べられまふぇん」

「……体調におかしなところはないか?」

何かが混ぜられていたとしても、超即効性でもない限り、現時点で不調を感じることはないだろうと思いながらも、念のため確認する。

「はひ、はひ、あひません」

懸命に肯定するフィーアの顔色が普段通りであることを確認すると、オレはフィーアを自由にした。

そのタイミングを見計らったかのように、族長を始めとした数人の住民が進み出て来て、フィーアの足元に膝を突いた。

「ラデク族長?」

不思議そうに首を傾げるフィーアに向かって、族長は頭を下げる。

族長の左側には、同じように住民が膝を突き、大きな器を捧げ持っていた。

その器には綺麗な布が敷かれ、10個ほどの透明の石が載っている。

「フィーア様、こちらはただ今ご賞味いただきました 深海貝焼き(オアツゥン) に使用している貝から取れた石です。この石が取れる深海貝は、水かき付きの手がある離島の民でしか潜れない、深い海の底にのみ生息しています。そのため、この石は長年、私たちの一族が守り続けたものでもあります。お返しの欠片にもなりませんが、今後採取できるものも含め、この石を全てフィーア様にお捧げ致します」

ラデク族長は静かな声でフィーアに告げた。

対するフィーアは石を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。

けれど、恐らく受けた衝撃の度合いはオレやシリルの方が上であっただろう。

―――なぜなら、フィーアはこの石を捧げられることの意味を分かってはいないのだろうから。

そして、王族の血を引くシリルの一族が、―――通常であれば王都近くに領地を下賜されたであろう一族が、王都から遠く離れたこの地の領主となったのは、正にこの石を掌中に収めるためであったのだから。

フィーアは石を見つめたまま、恐る恐るといった声を上げた。

「ぞ、ぞ、族長、これは『聖石』ですよね………」

なるほど、この石が何かは知っているのか。

だとしたら、この石を捧げられたことの重大性も認識すべきだな。

「フィーア、お前は何を手にしたのか分かっているのか?」

尋ねたオレにフィーアは真剣な表情で大きく頷いた。

「も、もちろんですよ! すごく綺麗で、きっとご婦人方が競って欲しがる素晴らしい石だということです。こ、こんなものを貰ってしまったら、私は大金持ちになりますよ!!」

「お前は………」

―――フィーアの答えを聞いたオレは言葉につまり、大きなため息をついた。

けれど、一介の騎士がこの石の価値を知るはずなどないことも分かっていた。