作品タイトル不明
【SIDE】騎士団総長サヴィス 前
「フィーア・ルードか……」
オレは私室にてソファに腰を下ろすと、誰に言うともなくぽつりと呟いた。
控えていた侍従の一人が近付いてきて、琥珀色の液体が入ったグラスを差し出してくる。
手を伸ばして受け取ると一口含み、ソファに背中を預けた。
軽く目を瞑ると、1日の疲れがどっと押し寄せてくる。
今日も一日執務室に閉じ込められていたなと考えながら、思考はフィーアに移っていった。
―――どうしても不明のものがある場合、オレは自分の足で現場へ向かい、確認することにしている。
「騎士団総長」という立場が、ありのままの事実を見せることを難しくしているからだ。
騎士たちは悪気なく純粋な善意でもって、オレの前に並べるものを選別する。
オレに見せるべきものだと、そう考えたものだけを並べてくるのだ。
けれど、それは全体の中の一部であったり、整えられた一面であったりするので、上手く真実を把握できない時がある。
だから、オレは腑に落ちないものがある場合、時間を作ってその場に赴くことを信条としていた。
自分の目で見て、肌で感じることで、不明であったものの全体像が見え、理解できることを知っていたからだ。
そんなオレにとって、フィーア・ルードはいつまで経っても「不明の者」だった。
そもそも、出会った時からフィーアは特殊だった。
模擬戦の場で新人騎士として対峙した際、フィーアは剣を握って全力で向かってきた。
騎士団トップという立場に加え、何倍も体格がいいオレが相手だというのに、フィーアの体に余分な力は入っておらず、1撃目から非常によい太刀筋だった。
―――これだけで特筆すべき、信じられないような出来事だ。
けれど、それだけに留まらず、フィーアは「支配者の目」を持っており、その場を冷静に分析することで、誰も見抜けなかったオレの古傷を看破した。
さらに、その時手にしていた一見どこにでもあるような鉄剣は、目くらましの魔法までかけた「超黄金時代」の宝剣だった。
これが、フィーアが説明する通り、宝剣だとは知らず偶然手にしていただけだと信じる者は、よっぽどおめでたい奴だろう。
好意的に解釈するならば、偶然手にした剣が宝剣だったと、その類まれな「支配者の目」で見抜いたということだろうが……そのような偶然が果たして起こるものなのか。
『フィーアは何者だ?』
―――それは、初めてフィーアに会った時に刻まれた問いだった。
次にフィーアを見かけたのは、「星降の森」だった。
騎士たちが深淵の魔物を取り囲んでいる場面だったが、どういうわけかフィーアは騎士たちの中心で指揮を執っていた。
「支配者の目」にはどこまで見えるのか、―――そう考えるオレの問いに答えるように、魔物の特性を見抜き、生命力まで量れるとフィーアは宣言した。
フィーアの言っていることが事実だとするならば、とんでもない話だ。
そう考えるオレを更に驚かせるようなことが、すぐに発生した。
―――フィーアは、「精霊に愛されし者」だったのだ。
苦い味の果実を甘い味に変えるほど、精霊がフィーアを手助けしていた。
「惜しいな。回復魔法の使い手であったなら、優れた聖女になれただろうに」
思わず漏れた言葉は、本心だった。
精霊にこれほど愛されるということは、回復魔法の使い手であれば、当代でも1、2を争う聖女になれたということだ。そして、そのことはフィーアの価値を何倍にも上げただろう。
残念に思うオレに対し、フィーアは凛とした声で答えた。
「十分です。必要なものは、全て与えられていますから」
そう言って満足そうに笑うフィーアに、一切の陰りは見当たらなかった。
……不思議な少女だ。
国中の女性が憧れる聖女に、何の羨望もないとは。
オレは突然、フィーアの聖女への考えを聞いてみたくなり、その夜に聖女をどう思うかと尋ねてみた。
フィーアは可笑しそうに笑いながら答えた。
「ねぇ、総長。あなた方は、聖女をどうしたいのですか? 祀り上げて、女神にでもするおつもりですか? ふふふ、違いますよ。聖女はそんな遠くて、気まぐれ程度にしか救いを与えない存在ではないんです。聖女はね、騎士の盾なんですよ」
―――その言葉は、鋭く胸を刺した。
フィーアの聖女像は美しい。
奇跡の力を持つ聖女が全力で騎士を守るとしたら、それは何と尊く美しい姿だろう。
だが、実際には、あり得ない姿だ。
聖女が騎士を盾にすることはあれど、その逆は絶対にあり得ない。
なぜなら、彼女たちは自分こそが最上級に大事にされる存在だと心の底から信じており、他者の犠牲になることなど、露ほども想定していないのだから。
そんな風に、フィーアが描いた聖女像は現実と大きく乖離していたけれど、オレには好ましいものに思われた。
オレ自身が思い付きもしないようなもので、異質な思考ではあるけれど、不快感はなく、気持ちのいい風が通り過ぎた後のような爽快感を与えてくれる。
それをフィーアが―――深紅の髪に金の瞳の―――伝説の大聖女と同じ色を持つフィーアが口にすることに、意味を見出した気持ちになる。
けれど、フィーアに興味を持っているのはオレだけではないようで、シリルが積極的にフィーアの面倒を見ていることに気付かされる。
シリルは母親のこともあり、聖女に深い思い入れがある。
だからこそ、大聖女と同じ色を持ちながら、騎士が焦がれるような聖女像を描いて見せたフィーアに引き付けられる気持ちは理解できた。
が、女性全般に悪印象を持つデズモンドが、自分からフィーアに近付き、構っていることは不思議な光景だった。
ザカリーも明らかにフィーアを気に入っているし、クェンティンに至ってはフィーアに擦り寄っていた。
『フィーアは何者だ?』
再び、同じ疑問が頭をよぎる。
一人で立つ、孤高な騎士団長たちを次々に吸い寄せるなんて……
しかし、そんな風に冷静に分析できていたのも、そこまでだった。
なぜなら、サザランドから緊急報告が入り、フィーアが大聖女の生まれ変わりだと認定された旨を伝えてきたからだ。
「……フィーアが、何だって?」
はっきりと聞こえていたのに、聞き返すという無駄な行為をしたのは初めてだった。
「はい、第一騎士団所属のフィーア・ルードが、サザランドの民に大聖女様の生まれ変わりだと認定されました!」
報告者は、一言一句違えぬ同じ言葉をもう一度繰り返した。
「……そうか」
オレはソファに深く座りなおすと、脚を組み替えた。
サザランドは複雑で、色々な思いが降り積もっている地だ。
あの地に沈殿する思いは深く重く、淀んでいる。
そして、あの地を治めるシリルは、母親の死から始まった一連の事件全てで、己を責めていた。
責め続け、罪の意識がある分、シリルはあの地に囚われていた。
―――憎しみと悲しみが降り積もり、もうどうしようもなくなったサザランドの地に。
その地で、いくら同じ色を持っているとはいえ、騎士であるフィーアが大聖女に認定されただと?
それは、オレの想定をはるかに超えた事態だった。
ざわりと胸が騒ぐ。
―――これは、自分の目で見て確かめるべき案件だ。
オレは立ちあがると、周りの騎士たちに指示を出した。
「1時間後にサザランドに向けて発つ! 移動時間を含め、1週間は王都を不在にすることになる。取り急ぎ処理すべき案件があれば、今すぐ持ってこい! それから、1時間後に出立できるよう、人員と物資をそろえておけ! その旨を、デズモンドにも伝達しろ」
ばたばたと足早に幾人もの騎士たちが部屋から退出していく。
オレはそれらの姿を視界の端に捉えながらも、ふっと唇が歪むのを止められなかった。
「サザランドが動くのか……、あの10年にわたって、停滞し続けていた地が……信じられない話だな」
声に乗せることで、気持ちが高揚してくる。
―――さあ、オレはこの目で確認しなければならない。
報告書では決して掴めない、その場にある雰囲気とうずまく感情を。
フィーアが何を成し、住民たちが何を感じているのかを。