軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87 慰問式11

女の子の母親は、シリル団長に向かって深々と頭を下げた。

「……サザランド公爵様、先日は娘を助けていただき、ありがとうございました。そ、それなのに、失礼な態度を取ってしまい、本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

謝罪をされたシリル団長は驚いたように母親を見つめたけれど、ふっと表情を緩めると、優し気な声を出した。

「お気になさらずに。大事なお子さんが危険な目に遭ったならば、誰だって冷静さを失って、常にない行動を取るものです。お嬢さんが無事でよかったですね」

シリル団長の言葉を聞いた母親は、わなわなと震え出した。

「な、な、何て高潔でお優しい領主様! それなのに、私ときたら本当に何て失礼な態度を! 家に帰って娘から、領主様がどれほど勇敢でお優しかったかを聞いて初めて、自分の行動の愚かさに気付かされました。本当に申し訳ありませんでした!!」

シリル団長は困ったように微笑むと、「騎士として当然の行為ですから」と返し、やんわりと謝罪の終了を求めた。

それから、シリル団長が女の子を見つめると、女の子は母親と繋いでいた手を離し、ととと、と団長に向かって歩み寄ってきた。

シリル団長は条件反射のように、女の子と目線を合わせるために腰をかがめる。

女の子は団長の目の前で立ち止まると、団長の握りこぶしよりも大きい黄色い果実を、スカートのポケットから取り出した。

「怖い魔物から助けてくれてありがとう。これ、とっても美味しい実なのよ」

にこにこと微笑みながら、両手で果実を差し出してくる女の子を見て、団長の表情が穏やかなものに変わる。

「ええ、この間、森の中で教えていただいた果実ですね。鳥が食べてしまうから、まだ緑のうちにもぎ取って、追熟させておくという話でしたよね?」

「ついじゅく?」

「この果実を収穫した後、しばらく置いていてくれていたため、もっと美味しくなったということです。ありがとうございます。私のために長い時間をかけて、美味しい果実にしてくれて」

にっこりと微笑む団長を見て、女の子は嬉しそうに団長に手の上にある果実をぺたぺたと叩いた。

「おいしくなーれ、おいしくなーれ」

団長は楽しそうに笑うと、胸元から取り出したナイフを果実に当て、くるりと果実を回しながら綺麗に真っ二つに割ると、そのうちの一つを女の子に差し出した。

「では、半分ずつ食べることにしましょうか?」

女の子は団長にぺたりと寄り添うと、自分の分の果実を齧り、「美味しいね?」と嬉しそうに呟いた。

団長も一口齧ると、「美味しいですね」と返す。

その光景を見ていた母親は、「本当に、信じられない程お優しい領主様だわ! もはや、精霊様なのかしら?」などと呟いていた。

ほほほ、団長ったら、面白い噂をされていますよ。

大聖女に精霊なんて、素敵な組み合わせですこと。

その後も、大勢の方が訪ねてきてくれたので楽しく話をしていると、踊りを捧げる時間となったようで、踊り手の方々が舞台の上に出てきた。

お祭りの時と同様、成人女性たちが踊り手となっており、しゃらりしゃらりと踊り始める。

体を器用にくねらせているので、きっとクラゲの踊りなのだろう。

思えば、大聖女祭りの時、この踊りを『イルカの踊り』と言ったがために、私は大変な目にあったのだわと思い出し、近くに座るラデク族長をちらりと見る。

「ラデク族長、離島の民の方々の祭礼では、1曲目に1番重要な踊りを踊ることが習わしになっていると伺いましたけれど、クラゲは皆さんにとって重要なんですか?」

ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみる。

ラデク族長は、私の質問を肯定するかのように大きく頷いた。

「その通りです、大聖女様。300年前、大聖女様は私たちが披露した踊りを見て、『クラゲの踊り』だとお言葉を発せられました。それから、クラゲの踊りは私たちにとって大切なものになったのです」

「……へ? あれ、でも、実際はイルカの踊りだったんですよね?」

族長の回答に、嫌な予感がしてくる。

「300年前、私たちが実際に何の踊りを踊ったかは問題ではありません。大事なのは、大聖女様がクラゲだとおっしゃったことです。そうであれば、それはクラゲの踊りだったのです。それ以降、私たちは、最上位の踊りとしてクラゲの踊りを捧げさせていただいています」

「い、いや、それは黒を白と言っているだけで、ええ!? ちょ、大聖女のために、そこまでやるものかしら?」

私は焦って声を上げたけれど、その場の誰も私の言葉を後押ししてはくれなかった。

何事にも公平なシリル団長は諾とも否とも取れる表情を浮かべているし、サヴィス総長は沈黙を守っている。

国の最上位者たちに意図してポーカーフェイスを作られると、一切考えを読むことができない。

カーティス団長だけは、「大聖女様のご意向に沿っていると思います」と熱心な表情で首を縦に振っており……普段ならば、何てことを言うのだろうと注意をするところだけれど、この場に限っては、総長とシリル団長に比べたら、分かりやすくて可愛らしいものねと思ってしまった。

私の上司が沈黙を守っているのならば、私が抗議するのは間違っているわね、と口をつぐむ。

代わりに、住民たちが次々に披露してくれる踊りを楽しむことにした。

ああ、300年前、私はこれを見逃していたのだわと思うと、踊りの素晴らしさと相まって、胸に込み上げてくるものがあった。

サザランドの住民たちが長年積み重ねてきた思いと伝統の一端を見た気持ちになり、ぐっと胸元を掴んで、込み上げる感動と戦っていると、ラデク族長から声を掛けられた。

「……大聖女様、何かお気に召さないことでもありますか?」

どうやら、私が強張った表情をしていたので、族長にあらぬ誤解をされたようだ。

「いえ、あまりの素晴らしさに胸が詰まるような思いを感じていたところです。ああ……離島出身者は、素晴らしい伝統を受け継いでこられたのですね」

私は族長を見つめると、正直な思いを口にした。

すると、族長は私を見つめたまま、眩しそうな表情をした。

それから、族長は何事かを言おうと口を開きかけたけれど、―――その時、一陣の風が吹き、周りの木々を揺らした。

それに伴い、木の枝から垂らしていた幾つもの極彩色の長い布が一斉にはためき始める。

「ああ、御霊がお帰りになられたわ!」

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

「お父さん、好きなお酒を用意してあるわよ」

住民たちは空に向かって思い思いの言葉をかけると、ある者は翻る布を見て微笑み、ある者は頭を下げて祈り出した。

そこには、亡くなった方々を追悼する住民たちの誠実な姿があった。

……それぞれの時間が過ぎた後、静かな沈黙が落ちると、シリル団長が空を見つめたままぽつりと呟いた。

「一族の素晴らしい追悼方法ですね。……私はこの地に生まれ、この地に育ててもらいました。生まれた時からずっと、サザランドの民の誠実さと勤勉さを間近に見てきました。そして、……この国と民を守るために騎士になりました」

シリル団長が言葉を切ると、再びその場に沈黙が落ちた。

住民たちは黙ってシリル団長の言葉に耳を傾けているようだった。

彼らの視線を意識しているのか、していないのか、団長は決意したかのような表情をしたまま言葉を続けた。

「領主として至らぬ点はあるでしょうが、私がこの地にいる意味を間違えることはありません。私は―――あなた方を守るために、この地にいるのです」

シリル団長の声は静かなものだったけれど、誠実な響きを帯びていて、その場にいる住民たちの心を打ったようだった。

住民たちはシリル団長の言葉を聞き終わると、軽く目を伏せ小さく頷いていたのだから。

そんな中、隣に座っていたラデク族長が、シリル団長に向かって口を開いた。

「サザランド公爵、私たちは10年前に間違えました。けれど、その過ちを忘れずに、恨まずに、教訓として、新たな関係を作っていければと思います」

後から聞いた話によると、公式の場で、族長が『サザランドの嘆き』について言及したのは初めてとのことだった。

そのため、そのことを理解していたであろうシリル団長は、族長の言葉を聞いた瞬間、はっとしたように族長を見やった。

族長は穏やかな表情のまま、言葉を続ける。

「公爵は10年前の騒乱の中で、ご両親を相次いで亡くされました。思うところはあったのでしょうが、1度も私たちを責めることもなければ、毎年の慰問を欠かすこともありませんでした。そして……今回は、大聖女様まで連れてきてくださり、新たな滅びの道を辿るところであった一族を救ってくださいました。もう、今となっては、公爵には感謝しかありません」

その後に続いた沈黙は、住民たちの肯定の表れのように思われた。

その沈黙を破るかのように、シリル団長の声が響く。

「……ありがとうございます、族長。ええ、新たな関係の中で、私は領主としての役割を全うすることをお約束します」

シリル団長の綺麗な微笑みが、団長の嬉しさを物語っていた。

その団長の笑顔につられたかのように、住民たちが次々に笑顔になっていくのを見て、私は心から嬉しくなる。

……ああ、よかったわ。

サザランドの民にも、シリル団長にも、どこにも悪い人がいないのに、仲良くできない関係が間違っていたのよ。ほら、住民たちの誠実さも、団長の優しさも、どちらも届いたわ!

会場全体が温かい雰囲気に包まれていると、突然、一人の女性が閃いたかのように大きな声を上げた。

「……思ったのだけど、サザランド公爵は、300年前に大聖女様の護衛騎士だった『青騎士』の生まれ変わりじゃあないのかしら?」

「は?」

突然、思ってもいなかった発言をされ、ぽかんと呆けたように口を開くシリル団長の後ろで、カーティス団長が目を見開く。

「な、何を馬鹿なことを……!」

けれど、住民たちは興奮したように、女性の発言を肯定し始めた。

「あ、それはオレも思っていた! 大聖女様が海に落ちられた時、公爵様は助けようとすぐに海に飛び込んだし、その後もずっと大聖女様の横に立って支えていたし、オレには公爵様が護衛騎士にしか見えなかった!」

「そもそも大聖女様をこの地に連れてくるなんて、300年前の『青騎士』の行動そのままだよな!」

「うんうん、『青騎士』だからこそ、この地の領主として生まれ変わってきたんじゃないのか!?」

「いやいやいや、違うだろう! 『青騎士』はこんな、何を考えているか分からないようなポーカーフェイスを気取るタイプじゃない! こんな頭のてっぺんから足の先まで、まるっきり貴族というタイプでもない! それから、フィー様のお側には、オレだってずっと控えていたから!!」

カーティス団長が自分の立場を忘れ、言いたいことを言い始めた。

けれど、住民たちからの反論に合い、さらに言い返すという悪循環が繰り広げられている。

……ど、どうするんだ、これは。

私には最早、収拾の付け方が分からなくなっていたけれど、取り敢えずカーティス団長を止めようと、必死で反論している団長の腕を引っ張った。

それから、カーティス団長に体を屈めさせると、耳元に口を付けて小声で囁く。

「カーティス、落ち着いて。元々あなたが住民たちの勘違いを利用すべきだって言い出したのよ。このまま放置しておく方が、シリル団長は住民たちに受け入れてもらえるのじゃあないかしら?」

「そ、それはそうですが、でも、フィー様の護衛騎士は……」

カーティス団長が全く納得できないといった様子で、言い返してくる。

「それに、シリル団長の立場になって考えると、『青騎士と何のかかわりもない自分がその生まれ変わりだと信じられるのならば、もちろんフィーアも大聖女と何のかかわりもない』と考えること間違いないわよ! 一石二鳥じゃないの」

「そ、それはそうですが、でも、これはさすがに……」

承服できないとばかりに、必死に言い募ろうとしているカーティス団長を無視すると、私はシリル団長を見てにこりと笑った。

「フィーア、一旦落ち着いて……」

勘のいいシリル団長は私の笑顔に不穏なものを感じたようで、慌てて制止しようとしたけれど、私は聞こえない振りをすると、普段より大きな声を出した。

「シリル団長! 団長を見ると、ずっと懐かしい気持ちがしていたのですが、それは団長がカノープスだったからですね!」

私の言葉を聞きとった住民たちが、わあっと歓声を上げる。

「やっぱり! ああ、大聖女様が護衛騎士をお認めになったぞ!」

「ああ、『青騎士』様がご領主様だなんて、素晴らしい話じゃないか!!」

興奮した声を上げる住民たちの間で、サヴィス総長は可笑しそうに小さく笑い、カーティス団長は呆然と立ち尽くし、……そして、シリル団長はびっくりするほど綺麗な微笑みを浮かべていた。

「フィーア、よくもやってくれましたね」

けれど、小さく呟かれたシリル団長の声は、驚くほどの恨みが込められていた。