軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85 慰問式9

サザランドの住民たち、サヴィス総長、シリル団長、カーティス団長といずれ劣らぬ難敵たちに囲まれた私は、どうしたものかと油断なく身構えた。

ううむ、逃げ出したいという私の気持ちを読まれたかのように四方を囲まれていますよ。

一体どうしたものでしょう。

そうやって必死で逃げる算段を考えていたのだけれど、突然、大事なことに気が付き声を上げる。

「シ、シリル団長! 忘れていましたけれど、慰霊式典は終了したんですかね? 何だか、まだ閉式の号令を聞いていないように思うんですけど」

まさかとは思うけれど、私が海に飛び込んだことで、式典の進行を邪魔したのではないだろうか。

突然そう思い至り、心配気にシリル団長を見つめると、団長は小さく頷いた。

「よいところに気が付きましたね。プログラムにおいて、後は閉式を告げるだけだったのですが、責任者である私まで海に飛び込んでしまったので、未だ閉式は告げられていないはずです。このような大事な式典で閉式を告げないことはあり得ませんので、私はもう一度会場に戻って、式典を終了させてきます」

「えっ! だっ、だったら、私も行きます!」

私は慌てて、シリル団長に便乗しようとした。

ええ、直属の上司の緊急業務ですからね。

忠実な部下としては、もちろんご一緒させていただきます。

これは、誠実で責任感のある心根から発生している行動ですので、この場を逃げ出せるわよ、などと思っての行動では決してありません。

ですから、サヴィス総長やカーティス団長におかれましては、そのようにじとりと私を見つめるのは止めてください。

私はいそいそとシリル団長とともに式典会場へ戻ろうとしたけれど、そんな私たちの背中に向かって、ラデク族長から遠慮がちな声が掛けられた。

「あの……、大聖女様、サザランド公爵、よければ式典はこのまま継続していただいてもよろしいでしょうか?」

「継続ですか?」

振り返ったシリル団長が不思議そうに繰り返すと、族長は緊張した様子で頷いた。

「私たち離島の民には、昔から伝わる一族の追悼方法があります。何か特別なことをするというわけではありませんが、毎年の式典終了後に一族で集まり、地の酒を酌み交わし、古くから伝わる歌を歌い、踊りを踊って、亡くなった者たちを追悼しておりました」

「故人を偲ぶには、理想的な方法ですね」

シリル団長が理解を示すように肯定すると、ラデク族長は安心したかのように言葉を続けた。

「それで、……よければ今回、その私たちの追悼式に、サザランド公爵を始めとした騎士の皆さんにご参加いただけないかと思いまして。そして、私たちの追悼式の終わりをもって、式典の終了としていただけないかと」

「…………それは」

ラデク族長の申し込みの意味を正しく理解したシリル団長は、それ以上言葉を続けることができずに絶句した。

自由に言葉を操るシリル団長からしたら珍しい光景だったけれど、それも仕方がないことだなと思う。

―――なぜなら、それは住民側からの完全なる和睦の申し込みだったからだ。

これまでは別々に執り行ってきた、国としての式典と、住民たちの式典を、同じ1つの固まりとして取り扱おうという提案は、どう解釈しても、仲直りの提案に他ならなかった。

私はぎゅっと手を握りしめると、ラデク族長を見つめた。

……族長は、素晴らしい決断をしたわ。

多分、騎士たちと手を取り合うことに、全ての住民が賛成してはいないだろうけれど。

けれど、一族の代表として、族長は騎士と和解することを選択したのだ。

私は嬉しい気持ちで一杯だったのだけれど、ラデク族長の表情からは、緊張している様子が見て取れた。

住民たちに色々な思いがあるように、騎士たちにも色々な思いがあり、族長の提案を簡単には受け入れてもらえないかもしれないと、心配しているのかもしれなかった。

緊張したかのように両手を握りしめるラデク族長の視線の先で―――シリル団長は破顔した。

……心の底から嬉しそうに、それはそれは綺麗に微笑んだのだ。

「ラデク族長、お申し出をありがとうございます。謹んでお受けいたします」

嬉しそうに微笑むシリル団長が、ラデク族長の申し出を心から喜んでいることは、誰の目にも明らかだった。

……ええと、公爵様ってのは、もう少し色々と駆け引きをする立場じゃないのかしら?

シリル団長のあまりに素直な反応に、思わずそう思ったものの、今、この瞬間において、団長の感情表現が最上のものであることに間違いはなかった。

自分たちの式へ招待されたことに対して、サザランド公爵がこれほど喜ぶなんて、住民たちにとってはこの上ない喜びに違いない。

……ほら、こうやってシリル団長の優しさや誠実さが、住民たちに伝わっていくんですよ。

10年経って、団長の優しさが皆さんに通じましたね。

シリル団長の笑顔を見ていると、私まで嬉しくなって、思わずにこりと微笑んだ。

同様に、シリル団長の反応を見たラデク族長も、嬉しそうな笑顔で頷いていた。

それから、族長は私に向き直ると、笑顔のままに口を開いた。

「フィーア様も、ぜひ、ご出席ください」

「はい、ありがとうございます!」

私はもちろん、にっこりと笑って答えた。

それから、族長はちらちらとサヴィス総長に視線を送り始めた。

族長からすると、総長のことが気にはなるけれど、話題にすること自体が失礼に当たるのではないかと心配しているようだった。

多分、総長が名のある人物だということは分かっていて、だからこそ、総長を識別できていないと告白することが失礼に当たるのではと懸念しているのだろう。

その様子を見て、一目でサヴィス総長を重要人物だと推測するなんて、さすが族長だわと感心する。

……はい、ご推察の通りですよ。

サヴィス総長が重要人物だろうというお見立てに、間違いはありません。

何と言っても、大陸で1、2を争うナーヴ王国黒竜騎士団の総長様ですからね。

マントを外した総長の着衣は、他の騎士団長たちと変わりがないものだったけれど、醸し出す雰囲気が違うのだろう。

誰もが重要人物のお出ましとばかりに息を詰めて、総長の一挙手一投足を見守っている。

全員が沈黙を守っていたので、何を言われた訳でもないのだけれど、住民たちの雰囲気を感じ取った総長は、一歩前に踏み出すと、自ら名乗りを上げた。

「式典が終了しておらず、参列できることを嬉しく思う。王国黒竜騎士団のサヴィス・ナーヴだ」

―――その挨拶は簡潔だったけれども、伝えるべきことは十分伝えられていた。

総長の眼差しから。声から。態度から。

総長の声は力強く、白い騎士服に包まれた姿は威風堂々としていた。

―――誰もが見間違いようがないほど歴然とした、騎士団の頂点の威容だった。

だからこそ、住民たちは間違いようもなく、きちんと理解した。

騎士団のトップが、あるいは王弟が、この地の故人の御霊を慰問するために、忙しい身で訪問してくれたのだと。

「ひえっ!」

総長の名前を聞いたラデク族長は、奇声とともに跳び上がった。

「えっ?」

ラデク族長を見つめていた私の口から、思わず言葉が漏れる。

……に、人間って、驚きすぎるとジャンプするのね。初めて見たわ。

ラデク族長の周りや後ろに位置していた住民たちも同じようなもので、総長の名前を聞くと、恐れおののくように体を硬直させたり、後ずさりしたりしている。

「サ、サヴィス様と言えば、こ、黒竜騎士団の総長様じゃないのか?」

「あ、あの、どんな魔物でも1人で倒せるという……」

「騎士団長全員を、1人で血祭りにあげたという……」

「えっ!?」

住民たちの上ずったような声を拾った私は、驚いて総長を振り仰いだ。

そして、まじまじと総長を見つめる。

……た、確かに。

サヴィス総長は恐ろしく立派な肉体を持っているし、ものすごく強いわよね。

総長が魔物にやられるイメージなんて湧かないし、いずれかの騎士団長にやられるイメージだって、一切湧かないわ。

そう考えている私の後ろで、気を取り直した族長が地面に膝をつくと、感に堪えないといった声を上げた。

「ナ、ナーヴ総長閣下にして王弟殿下にあられましては、この地をご訪問いただきましたこと、心より感謝申し上げます」

……本当に、総長は存在自体がカリスマだわね。

この地を訪問したこと自体に、感動されているわよ。

ラデク族長の震える声を聞いて、そう思う。

私の考えを肯定するかのように、族長の後ろでは、ばたばたと住民たちが地面に伏していった。

―――そうして、ラデク族長の希望通り、サヴィス総長を始めとした騎士たち参加の上での、離島の民方式の追悼式が実施されることとなった。

そうは言っても、多くの騎士と住民たちがびしょ濡れだったので、一旦着替えてから再集合という形が採られたのだけれど。

サヴィス総長にしても、旅装を解く必要があるのじゃないかと住民たちが気を使っていたけれど、総長はどこからどうみても、王城にいる時と変わらない服装だった。その上、疲れている様子も見えない。

……数日掛けてサザランドに来たはずなのに、全くくたびれてないってのは、どうなのかしら。

騎士団総長というのは、だいたいにおいて名誉職で、血統から選ばれるものだけれど、……そして、実際にサヴィス総長は血統もいいのだけれど、……実力においても、文句の付けようがないなんて素晴らしいわね。

騎士団総長が素晴らしい方だというのは、仕える身としては幸せね。

そう嬉しく思いながら、私は一緒に海に飛び込んだ騎士たちとともに、着替えるために館に戻ったのだった。