軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第839話 潜入③失った記憶<前編>

それに魔石と世界樹の葉ってところで……何か引っかかる。

あ、読んだんだ! 聖霊石の作り方、そんな方法じゃなかった?

ええと、500年以上生きたドラゴンの魔石を……。

待って、今そんなこと思い出している場合じゃない。

ここから一刻も早く脱出しなくちゃ。助けを求めなくちゃ。ここにいるって言わなくちゃ。

あの弁護士が話していたのはユオブリア語だったけど、今騒がしくなり、わたしを探せと言い合っている声はフォルガード語だ。ここはツワイシプ大陸じゃなくて、エレイブ大陸なのかもしれない。ってことはもう1週間以上経ってるの? 大陸移動はそれくらい時間がかかるはずだ。そんなに眠らされていたの?

でも爪がそこまで伸びてない。体も汚れていない気がするし、臭くもない。

いや、臭いのは臭い。ってか、それはここの匂い?

なんだろう、まとわりついてくるような嫌な匂い。

もっと奥からしてくる。

おお、プール? 広ーい。

濁った水だ。だからどんなに暑くても、ここに入りたいとは思わないけど。

ん? 下に沈んでいるのは魔石? 魔石でいっぱい。

樽だけじゃ足りなくてプールに?

反対か。プールに入り切らなくて、樽でも漬けてる?

でもこっちは葉っぱは入ってない。

それにしても、組織はどれだけ魔石を持ってるわけ?

これが玉にできる魔石なのかな? 他では流通していないから、きっとそうよね

あ。世界樹の葉に漬け込んだり、これ、ひょっとして魔石に魔法を入れても壊れない玉にするために、耐久性アップしてるんじゃない?

聖霊石も高位魔物の魔石に、手を加えて作れるんだもんね。

そうだ、きっとそうだ!

濁った水は排出されていて、あっちから流れてくるね。

わたしは水が流れてくる方に歩いていく。

その時、後ろの方から声がした。

「こんなところで隠れんぼか? ここに入り込んだのはわかっているんだ」

弁護士の野郎っ。

こっちに来たってバレたか。

入り込んだのことはわかってしまったけど、まだ見つかったわけじゃない。

だからあんな声がけをしているのだ……。

わたしはさらに、水の流れてくる先である奥の小部屋に入り込む。

血の匂い?

むせ返りそうだ。匂いだけでなく、不快な気がまとわりついてくる。

ふと視線をあげ、目の前に広がる光景を見た瞬間、自分の口を押さえた。

壁一面……そこにはいろんな方向から剣を刺された、大きな赤い肉の塊が 磔(はりつけ) のようにされていた……。

いや……肉の塊じゃない、これは……四肢を切り落とされた赤いドラゴンだ。

壁に杭で打ち込まれている。杭の周りは赤黒い何かで覆われていた。

そのおぞましい光景に動けない。

そんな姿になっても、ドラゴンはかろうじて生きていた。

時折する呼吸がゴーっという低い地鳴りのような音を立てる。

両目にはナイフが突き刺さり、口も開かないよういくつもの剣で、上下 互(たが) い 違(ちが) いに刺されている。

そこから流れた血は赤黒く固まっていた。最近血を流したわけではないのが窺える。

何箇所も何箇所も胸にも杭や剣が刺され、そこからわずかな血が流れていた。

固まらせないためか壁の上から水を流していて、その血をわざわざプールへと流れ込ませている。

首につけられている銀色の輪は、魔力封じや動けなくするための魔具か、それに準ずる何かだろう。

生き血をこうして流させるために、このドラゴンは残酷に虫の息で生かされている。

そう認識すれば、今度はあまりの非道さに、ガクガクと体が震えた。

『……何者だ? ……いつもと……違う気配……。迷い……込んだか。……お前……は人……か?』

頭に声が響く。尋ねてきたのは目の前の、この赤い……ドラゴンだ。

「ひ、人族です」

声がうわずった。

『頼み……が……あ……る』

「……頼み?」

『……我……を 屠(ほふ) って……ほしい』

「! ……ま、魔力が戻ったら、あなたを開放します。そして傷を治します。だから……」

『我……は、こ……んな……姿に……なって……から……長……い……年月が……すぎた。……我は……疲れ……た。

……もし、……我が……力を再び……持て……た……ら、……我は……人族の……住処を……潰して……まわる……だろう……。

……今、……こうして……疲れ……ている……このまま……屠って……ほし……い』

心からの願いだと感じる。

な、なんで、こんなひどいことができるの?

確かにわたしも魔物を倒すけど、こんな残酷なことはしない。

弱らせ、傷を追わせ、その血を流させたまま、生かしておくなんて。

手がブルブルと震えた。

「ここにいましたか、リディア嬢」

「はぁ、見ましたね。我ら組織の秘密を」

憤る相手がいることで、わたしは動けたみたいだ。

弁護人に向き直る。

「な、なんでこんなひどいことを?」

「ひどい? それは魔物ですよ? 瘴気を宿す魔物だ。瘴気を失くすために生まれた存在。せいぜい役にたってもらおうじゃないですか」

「瘴気を失くすためっ?」

小さく叫ぶような言い方になってしまった。

「これは失言でしたね。神の領域の話です。あなたみたいな小娘が知ることではありません」

組織はなんで知ってるの?

神の領域の話を。

魔物が瘴気を減らすために生まれた存在だと。

「魔物と人族は相いれない存在ということはわかってるわ。でもだからって、こんな残酷な生かし方をするなんて、酷すぎる!」

「魔物が目の前にやってきたら屠るでしょう? それと同じじゃないですか」

「同じじゃないわ。こんな苦しめるためだけに生かしているなんて酷い」

「仕方ないじゃないですか。ドラゴンはなかなか人族が捕らえることはできません。

でもドラゴンの生き血を魔石に吸わせないと、耐久性がよくならないのです」

身体(からだ) がまた勝手に震える。

なんておぞましい。酷く残酷で勝手だ。

「ど、どこまで心が腐っているの? 球にできる魔石にするためにこんなことを?」

「瘴気を減らすために生まれた存在。死ぬのは同じことです。その前に少しだけ役にたってもらっているだけですよ」

「こんな犠牲の上でなりたつ石なんか、作らなければいい」

「これだから世の中を知らないお嬢ちゃんは」

弁護士は呆れた笑みを浮かべる。

「このドラゴンはある王族が騎士に獲らせてきたものです。

高位の魔物の生き血がないとできないんだと言ったらね」

……そんな。

「魔物を屠る者であるなら、同罪ですよ。命を奪うことには変わりないのだから。

同じなのに他者を貶めて優位に立とうとしているだけ。自分の原罪を認めたくないだけ」

それはどこか胸を打った。

認めたくない胸を打った。

確かに命を奪う括りでは、同じことなのだ。

糾弾するには立場は五十歩百歩。

弁護士はニヤッと笑う。

「心当たりがあるようですね?」