軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第830話 空咳

馬車が動き出し、途中の邪魔にならないところで、止めてもらうようにお願いした。

「どうした? 気分が悪いのか?」

もふもふもわたしを見上げる。

「違うの。これ、見て」

わたしは老婆から持たされた、紙の切れ端を出す。

「これは?」

「イザークが起き上がるのに手を貸したおばあさん。すれ違った時にわたしの手にこのメモを入れてきたの」

イザークは顔を青くしながら、メモを読む。

「トスカと一緒に暮らしていける算段がつきました。組織にも監視されているから、時間ちょうどに来てください。今一緒にいる人たちも組織の人よ。騙されるな。父と母より、か」

そして待ち合わせと思われる日にちと時間、場所が書いてある。

「トスカ……記憶のない君からすると、何を信じたらいいかわからなくなると思うけど、この手紙の両親は絶対に偽物だ。信じないでくれ」

「信じてたら、このメモを見せないよ」

と言えば、イザークは少しだけほっとしたように笑みが漏れ、口の端をあげた。

「わたしのことをピンポイントで追ってきてたから、おかしいと思ってたんだ」

「ピンポイント?」

あ、ロサたちにも聞き返されたな。

「狙いを定めてっていうか、狭い範囲でっていうか。確実にわたしだけを追ってきてるからどうしてって思ったんだけど。このネックレスが、居場所を伝えているのね、きっと。壊してたら、こんなコンタクトはとってこないだろうし」

「コンタクト?」

「連絡を取るってこと」

ああ、とイザークは納得したようだ。

「向こうはわたしはあなたたちに助けられているけれど、親の方に情が傾くって思っているみたいね」

「……馬車を止めたのは?」

「お屋敷は盗聴されているかもと思ったの。でもよく考えたら、盗聴されてたら、こんなの仕掛けてくるわけないか。でもお屋敷に入る前にこのことを伝えておいた方がいいと思った。そうだ。ちょっとこっちも仕掛けておこうか」

「し、仕掛けるって、トスカ?」

「だって、やられっぱなしじゃ癪に障るから。

わたしはこのメモを見て疑心暗鬼になり、そして親のところに行きたくなる。それで具合悪いふりをして馬車を止め、逃げようとする。イザークは捕まえて。そして馬車に乗り込ませて。

そうしたら、奴らはわたしがメモを信じ、そして両親を慕っているのかって思いそうじゃない?」

「何言ってんだ、そんな危険なこと」

「危険じゃないよ。囮になるわけじゃないし。ちょっと逃げ出そうとして、すぐイザークが捕まえてくれればいいのよ。デモストレーションだから」

「で、でもす?」

「デモストレーション。宣伝って意味」

「……宣伝してどうするんだ? まさかその親に会いに?」

わたしは首を横に振る。

「どうもしないよ。ただわたしは疑心暗鬼になってるとバッカスに思わせていた方が都合が良い気がするんだよね。

組織にわたしの居場所は最初から筒抜けだった。

それでも、あの隠れ家からわたしを連れ出さなかった」

理由はいくつか考えられる。

わたしたちは隠れ家をいくつも経由してきた。最後はどこに行き着く? わたしを助けてくれた人たちの規模はどれくらいなのかを探っていた。

接触してきたタイミングが今なことから、ここが最後の砦と思ったのかもしれない。

バッカスは、わたしを保護してくれたのが反バッカスの勢力ってわかっているのかな? そこも謎だ。

それは置いておいて。ここが最後の砦だと思ったのなら、なぜお屋敷を襲撃しなかったんだろう?

「……あの屋敷に手を出さない、それには理由がある。あの屋敷の持ち主、もしくは誰かを表立って敵に回すとまずいから。違う?」

イザークはコホンと空咳をした。

「敵対するのは仕方ないとして、めんどくさい相手となるんでしょうね。だから屋敷に直接仕掛けられなかった。屋敷には入るとまずい。だから、わたしをおびき寄せようとした。わたしだけが自主的に出てくるように。そうしたらめんどくさいことにならないものね」

イザークの表情を見て、当たりだなと思う。

ロサやフランツになるとポーカーフェイス過ぎてわからなそうだけど、イザークはわりと表情に出る。

あの中の誰かは身分が高いんだ。貴族なんだろう。それも外国の。

外国人なら身分が高かろうとあまり関係ない気もするけど、フォルガード国が出ばることになるぐらい身分が高いのかもな。

自国で国に追われるとやっかいそうだもんね。

だからやっと外出したわたしに、自分から出てくるような餌を撒いたんだ。

外出先で何かあっても、身分高い人の預かり案件だったら騒ぎとなってしまう。

それに場所は教会だ。教会や神殿でことを起こしたら、世界各地の教会、神官から爪弾きにあう。国だけでなく教会まで敵にまわしたくないだろう。活動がし辛くなるから。

「だから、わたしを自分から出てくるようおびき寄せようとしている。

だったら、まさに思っている通りに事が進んでいると、思わせておくのが得策じゃない?」

「〝じゃない?〟って、そんなことしたら後でフランツに……そんな恐ろしいことは」

わたしはドアを開けた。

「お、おい」

わたしに伸ばしたイザークの手をするりと抜けて、結構高さがあったが地面へと飛び降りる。

おお、顔から落ちなかったのはもふもふが服の後ろを咥えてくれたからだ。

もふもふが加減をしながら置いてくれた。

「ありがと」

もふもふに小さくお礼。

わたしはゆっくりと地面に転がり、イザークと目を合わせてから走り出す。

追ってきたイザークは簡単にわたしを捕らえた。

「と、トスカ?」

ガーシたちが不思議顔だ。

「離して! 騙されないんだから!」

イザークも芝居にのってくれればいいのに、彼は大きく息をはき、わたしの口を押さえて、馬車に乗せる。

「出してくれ、急いで屋敷に帰る」

イザークはもふもふをわたしの横に座らせる。

「全部報告するからな」

と決め台詞的に言った。

ロサたちに?

「そうして。何かいい方法を考えなくちゃ」

わたしが腕を組んでいうと、イザークは深ーいため息をつくのだった。