軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第80話 ケリーナダンジョン⑤選択

そこは家でもなかった。小屋でも、物置でも納屋でもなかった。

ただ木材が雑多に置かれたところに子供たちは入り込んで暮らしているみたいだ。

そのスペースは狭くて子供しか入れないし、いつ崩れてもおかしくないように見えた。

「あの、ありがとう。それからいうこと聞かなくてごめんなさい。それなのに助けてくれてありがとう」

一番上の子が頭を下げた。一番上の赤髪の子は14歳でエメル。おっとりして見えるのが11歳のダン。ふたりの後をちょこちょこついていたのが、今気を失っているエイブ7歳だそうだ。

シヴァが抱きかかえていたエイブを下ろして、板の上に汚れた布を敷いた寝床に見えるところに横たわらせる。

「それから、本当にごめんなさい」

そう言ってシヴァに3つの石を渡した。

……魔石だ。シヴァはそれを受け取る。

「今日のアガリはあるのか?」

そう尋ねると体をびくっと震わせた。

「いいか? こういうことをやっていると、いつか死ぬぞ? 何かいうことはないか?」

エメルはただシヴァを見上げているだけ。シヴァはため息を落とすと魔石のひとつを渡す、そして足早に立ち去った。

「シヴァ、アガリって何?」

ロビ兄がシヴァに聞いた。

シヴァが父さまを見ると、父さまは頷いた。

「稼ぎってことです。ああいう行き場のない子供たちに、寝る場所を与え、その場所代を払うのに盗みなどをさせて、その上前をはねる大人がいるんです。その日の場所代をあの子たちは稼ぐのに盗みをするんですよ、一般的にはね」

「あのさ、だったら。オレたち今日いっぱい魔石あるし、あの子たちにもうちょっとあげちゃダメ?」

アラ兄と同じ気持ちなのだろう。兄さまもロビ兄もすがるように大人たちを見る。

父さまが頷いた。

「社会勉強だ。いいか、よく、見てこい」

? 何か含みを感じる。

「リーはどうする?」

兄さまと双子が心配なのでついていくことにした。父さまにおろしてもらう。

兄さまと手を繋いで、来た道を戻った。

声が聞こえる。誰かと話しているようだ。材木置き場の近くで止まり、兄さまは口の前に人差し指を立てた。木の隙間からエメルたちが見えた。

「エイヴは大丈夫か?」

大人の声だ。

「うん、気を失っているだけだ。でも今日は危なかったよ。お人好しの家族で助かった」

「なんだお人好しだったのか? それじゃあ、いっぱい盗れたか?」

「助けてもらったから、返して。そしたらいい魔石くれたよ」

子供らしい声で。少し甘えているふうでもある。

「それは、でかした」

「お人好しは〝悔い改めた〟とこを見せると、もっと同情するからね」

「ハハ。同情するなんて、何さまだってんだよな。全く人を見下しやがって」

兄さまの手を握る力が強くなる。双子は心なしか顔が青ざめている。

そこに自警団っぽい格好の人がやってきた。

「おい、お前ら、また盗みをしたのか?」

「してねーよ。これはもらったんだ」

「ああ、最後に1つ渡したそうだ。それ以外はお前たちが盗ったとな」

自警団の人が何かすると、バラバラと小さな石が落ちた。

あ。……返したのは一部だったんだ。

「なんだよ、けちくさく一個くれたのは、罠にはめるためかよ」

エメルが憎々しげに吐き捨てる。

「おい、お前はどこに行く。どっちかというとお前に用があってきたんだよ」

「旦那、いやですよ。わっしは盗みなんかしてませんぜ」

自警団の人はエメルたちと話していた大人の腕を掴んだ。

「おまえが裏で糸引いているのはわかってんだ」

「ハイネさんは悪くないよ。盗んだのはおれだ」

〝ハイネさん〟を掴んだ自警団の人の腕にエメルがすがっている。

「いい大人が責任を取らないのか?」

シヴァだ。シヴァが自警団の人たちの後ろから口を出す。

「なんだ、お前?」

ハイネさんと呼ばれた大人がシヴァを威嚇する。

「おっさん、ずるいよ。くれるっていったじゃんか」

「その一個はな。盗んだくせにそのうちの3つしか返さなかっただろう?」

「わかってて、わざとやったんだな」

「そうだ」

「なんで?」

「もう、繰り返させないためだ」

エメルが唇を噛みしめているのが見えた。

「こいつはな、お前たちに盗みをさせて、それで食いつないでいるんだ。どれくらいそんなことをしてきたんだ? 盗みでなくても働き口はある。それをいつまでもさせないのはなぜだかわかるか? 働いて知恵をつけさせないためだ。お前たちに自分だけが優しくして、お前たちをいつまでもつなぎとめておくためだ」

「それでもいい!」

「そんな生き方していたら、すぐ死ぬぞ?」

エイブが起きてきて、みんなの激しい言い合いに泣き出した。

ダンがエイブを抱きしめる。大丈夫だというように背中を叩いている。

「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

「3日、よく考えろ。このまま盗みを働いて世間から外れたまま、すぐ死ぬような生き方をしたいのか、まっとうに生きたいか。3日後、答えを聞きにくる」

3人と大人は自警団の人に連れて行かれた。

兄さまも、アラ兄も、ロビ兄も、すっかりしょげかえっている。

まだ思いを言葉にすることもできないみたいだ。ただ黙り込んでいる。

父さまは社会勉強だと言ったし、シヴァも言いにくそうにして父さまに言っていいのか判断を求めていたから、大人はみんなわかっていたんだね。

あの子たちが情報を売りながら、盗みを働いていると。そしてエイブが気を失って気が動転していた時でさえ、魔石を盗んでいたのも知っていたし、裏で大人が手をひいているのも見当がついていた。

「ねえ、なんで自警団に捕まえさせたの?」

泣くのを必死で堪えて目が赤いロビ兄が、シヴァの上着の裾を引っ張った。

シヴァは片膝をついて、ロビ兄と目の高さを合わせる。

「どうしてだと思いますか?」

「捕まえて、罰するため?」

「そうです。やっていることは悪いことだと、あの子たちは身を持って知らなければいけません。そうでないとやり続けて、いずれ、ダンジョンの中で今日のように魔物にやられて死ぬか、盗みを働き報復されて死ぬことになります」

「でも、……生きるために悪いことをするしかなかったんだとしたら?」

「そうですね。そうかもしれません。だから3日考えろと言いました。悪いことをしてしか生きられなかったとして、そう生きたくないことを選ぶなら、応援するつもりです」

ロビ兄は顔をあげ、シヴァの言葉を噛みしめている。

「父さま、おれ、もっと魔石をあげたいと思った。これは見下したことなの?」

「アランは見下したのか?」

アラ兄は口をギュッと結んで考える。

「見下したつもりはない。ただ、ちょっとかわいそうだと思って、なんとかできるならしたいと思った」

父さまはゆっくり頷いた。

「だったら、お前は見下してはいない。ただ、こちらがどう思っていようと、そう受け取られることはある。そして相手が感じたことが〝評価〟だ。相手が見下されたと感じたなら、見下したことになる。人は生い立ちや立場で違うし、考えもみんな違う。いろいろな人と会えばいろいろな考えを知ることができる。生きるというのは、自分の気持ちを大切にしながら人と歩み寄ることだ。アランよりずっと長く生きていても、父さまにもそれは難しい。でも、今日、またひとつ違った考え方を知ったことで、アランはこれから新たな選択肢を持てるようになった。なんとかしたいと思ったときに、もっといろんなことが考えられるようになるだろう」

アラ兄は心細そうに父さまを見上げた。

「おじいさま、なぜあの子たちは悪いことをしてまで、あの大人のいうことを聞いていたの?」

兄さまがおじいさまに尋ねる。

「あの子たちは孤児院で辛い思いをしたんだろう。それで飛び出した。その時に優しくしてくれた唯一の人が、あの男だったのだろう」

3人ともまた考え込む。

「さぁ、魔石などを売りに行こう。主人さまは何を売り、何を引き取られますか?」

『魔石を5つくれ。赤いヒンヒの心臓とペリドの実が3つ欲しい』

「心臓?」

衝撃だったのか、沈んでいたロビ兄が大きな声を出す。

「魔石と違う石、あった。あれ臓器の一部」

収納箱のバッグを作っておいてよかった。探さなくても呼び出せば出てくるもんね。

わたしの鞄からペリドの実を3つ。家宝の袋から赤いヒンヒの心臓と、透明度の高い魔石5つを取り出し、もふさまに渡す。

他に取り置きたいものがあれば申告するように言われ、わたしは例の袋をカンルーで作るのはどうか、もしそれでよければ、カンルーの袋は売らないで欲しいと持ちかけた。あと、いくつか魔具を作りたいから、できたら魔石を5つ欲しいと言った。

カンルーの袋は持ち帰って考えることにして、透明度の高い魔石を5つもらえた。ダンジョンで倒した記念の双子と兄さまの魔石はわたしがいただいた。もふさまのくれたのも、いくつか。ペリドの実は半分売ることにした。あとは少しずつ取り分け残りは売った。それでも魔石、それからドロップ品の毛皮や肉などの数が数だったので、査定に2日時間をくれと言われ、3日後に取りに来るとシヴァが言った。

「リーはあの子たちが魔石を盗んだって知ってたの?」

帰り道、もふさまの上でお互いにつかまりながらアラ兄に聞かれた。

「うーうん、全然知らなかった」

「でも、驚いてなかったよね?」

「驚いた」

「驚いてた?」

ロビ兄も兄さまも本当に?という顔をしている。

「いつ盗られたのか、全然わからなかった」

「リーはさ、どう思った? あの大人はさ、いい人、悪い人?」

「……わからない。優しくした、いいこと。悪いこと続けた、悪いこと。でも、悪いことしか知らなくて、それを教えただけかもしれない。子供、手足で使って楽できる思ったかも。あの人しか、本当のことわからない。でも、あの子たち今まで心壊れずいたの、あの人おかげ。悪いこと覚えたのも、あの人のせい? 悪いことわたしたちにした。でも、シヴァと縁が繋がった。シヴァ、助ける機会作った。あの子たち選べる機会できた。未来、繋がった。きっといいこと。あの子たち、何を選ぶかわからないけど」

盗みを教えたのか、させているのか、そう口八丁で持っていったのかはわからない。ただ盗みを働いているのは知っていて、それを止めることはせず、子供たちに寄生していた部分はあるのだろう。それは良くないことだと思う、間違いなく。でもあの子供たちに手を差し伸べたのは確かだ。他の誰もしなかったことをした。彼だけが。彼だけがあの子供たちの心を救ったんだ。たとえ邪な考えで近づいたとしても、あの人がいなかったら子供たちはすでにいなくなっていたかもしれない。子供に悪いことをさせて甘い汁をすするのは許せないが、哀しいかなそれで命が繋がり、シヴァと縁が繋がった。選択する機会ができた。うん、シヴァじゃなきゃ。わたしはこの事態をどうしたらいいか考えつかなくて、何かしたとして、魔石を多く渡して罪悪感を小さくするぐらいしか思いつかなかっただろう。助けるためではなく。

うん、わたしはどうしたらいいのかわからなかった。寒そうで汚れた服を見て、胸がぎゅーっと締めつけられる気がしたし、生きていくために危険な場所にいくのも、それ以外に方法はないのだろうか?と思った。でも、生き方に口を出せるほど、他のいい方法は思い浮かばないし、その時だけ手を差し伸べるのも違う気がした。そう結論づけていたけれど、違った。わたしはただ〝その場限り〟でも、手を差し伸べる覚悟を持てなかったんだ。

シヴァは子供たちに選択する機会を与え、選んだことを応援すると言った。彼らの未来にまで責任を持つ覚悟で。双子や兄さまも、たとえその場限りでも、してあげられることを行動に移している。……わたしとの差は大きいな。

家の近くの森にもふさまはおりて、家へと帰る。柵の周りには武装した冒険者の格好をした人たちが落ちていた。

わたしたちは左右を見ながら歩いたが、大人たちは何も気にすることなく、玄関へと歩いていく。

父さまがドアを開けて「ただいま」というと、執事スタイルのアルノルトさんがにこやかに迎えてくれる。

「お帰りなさいませ」

「留守中、何かあったか?」

「大したことはございません。無礼者がジュレミーさまを出せとうるさいので、お引き取り願いました」

「そうか」

無礼者とは柵の周りで落ちてお眠りになっていた人たちのことだろう。

……〝そうか〟でいいの?