軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第799話 哀しい人

法廷内がザワッとする。

第一書記官さまが発起人と弁護人を呼んだ。

話が違うと言い合っているように見えた。

これまでヴェルナーは記述に間違いないと進めてきたのだろう。そして第一書記官が介入する裁判のタイミングで供述を覆した。

話し終わったようで、困ったそぶりだった弁護人が振り返った時、口元が 綻(ほころ) んでいるのを見て、嫌な感じがした。弁護人がこのやり方を指示したのかもなと、なんとなく思った。

ヴェルナーが証言を覆したのに、裁判を続けるとゴリ押ししたようだ。

今日だけで終わらないかもしれない。また出廷するのは面倒だなとわたしは思った。

第一書記官さまがどこに異議を申し立てるのかとヴェルナーに尋ねれば、すべてだという。

すべてはわたしリディア・シュタインに犯人とするよう仕組まれたことだと言ってのけた。でもそれでも私はリディア・シュタインを恨まない。なぜならリディア・シュタインも男に唆されてやっていることだからだ。

そこまで言って、彼は傍聴人を見渡して話しかけるように言った。

わたしがこの年にして男をとっかえひっかえしてるだの、シュタイン家が犯罪者の巣窟だの。兄も危険な魔具を作ったことで裁判所から呼び出されたのにお金の力で無実にしただの。そして今回のことはわたしが囲っているユオブリアの王太子候補と名高いブレド殿下に害を為そうとした、元セイン公爵家のナムル・ホアータの指示だの、ホアータは指名手配犯で、それをウチがかくまっているだの。

傍聴席で兄さまが怒りのあまり立ち上がろうとしたけれど、わたしは首を左右にふり、押し止まってもらった。そして言いたいことはすべて言わせた。

わたしはヴェルナがー嫌がることは自分が評価されないことだと思っていた。女性軽視が根っこのところにあるだけだと。

だからヴェルナーが認める偉い人に認められなかったり、見下されたら、打撃を受けるだろうと思っていた。

軽視しているわたしが何を言っても馬耳東風だろうと。

でもここにきてわかった。こいつの嫌うことがわかった。

評価されないことが嫌なのではない。

下げすまされることが嫌なのでもない。

彼は憐まれるのが我慢ならないのだ。

小娘なんかに裁判を起こされて負ける、そう嘲笑されるだけにはならないと、わたしの評判を下げようとしているんだ。

裁判の席で、わたしを貶めるためだけに時間と労力を使っているんだ。

そうとわかれば、わたしは静かに、そして控え目に手をあげる。

いいかげん聞くのも飽きてきただろう裁判員は、わたしの発言を許した。

「わたしは新たに、わたしとシュタイン家への中傷についても訴えさせていただきます」

そう前置きして、ヴェルナーが言ったアラ兄の魔具問題は、世界議会に訴えたヴェルナーの親戚であるドナイ侯が訴えを取り下げたこと。世界議会が何から何まで調べたけれど、そこに違法性も危険もなく、ドナイ侯たちの言いがかりであったことを述べた。

ヴェルナーが親戚を使って、ウチを陥れようとしたことの一つだったのかと、騒がしくなった。

わたしは続ける。この国の司法がお金によりなんとかなると思っているヴェルナーの頭の中を心配し、その発言に意を唱えなかった弁護人のあり方に不信を抱くし、本当に法はお金でなんとかなるものなのかと第一書記さまにもかましておいた。

それからナムル・ホアータの件は心外だと。今すぐ王宮に問いただすべきとだけ言った。

うちもわたしも犯罪に加担したことはない。

王宮のデビュタントでいきなり婚約者だと絡まれてから、ヴェルナーに関係することをぶちまけた。もちろん訴えには入れていない、しょうもない嫌がらせも含めてだ。うちにきて言いがかりをつけてきたことも言ってやった。金銭の取引があったのでそこで終結していることだけれど、あれだけ長くわたしの悪評を並べたのだから、同じ長さ以上の悪評を立てないと、記憶が残ってしまう。

そうして、これでいいかと思えたところで、仕上げに入る。

わたしは頬のこそげ落ちたヴェルナーに哀れみの目を向ける。

「自分のしたことも認められないなんて、本当に肝も座ってない、情けない大人ですこと」

「調子に乗るなよ、小娘! 私はお前に陥れられたわけではない! お前の後ろで糸を引いている男の策にやられただけだ」

目が血走ってるよ。

「そう思っていたいのですね。糸を引いている存在なんてありません。あなたは何の力もない13歳の小娘に挑んで返り討ちにあっただけですよ」

ヴェルナーの目が見開かれる。

「あなたが常に言ってるように、わたしは特別ではありません。その特別でない小娘にも、あなたは劣るんです」

目だけが異様に大きくて怖いぐらいだ。

もう一度ヴェルナーを見て、なんだか物悲しくなった。

「……あなたは哀しい人ですね。自分を 憐(あわれ) むことを許せたら、こんなに生きづらくはなかったでしょうに」

本気でそう思った。

どんな自分も認めて許せたら、今のヴェルナーにはならなかっただろう。

ヴェルナーが咆哮をあげた。泣き喚き、言葉にならない何かを叫んだ。

静かにしろといっても聞かず暴れたので、拘束具を嵌められて連れて行かれ、裁判は中止となった。

お手洗いに寄った。

手を洗いながら考える。この裁判はもう代理人に任せよう。

わたしもすぐに感情が動いてしまう。

子供たちがギルドにいたことが組み込まれる裁判なら、出る気満々だったけど、あちらは世界議会案件だし、子供たちは関係ないとされるはずだ。

証拠は提出しているし、わたしが出ても代理人が出ても裁判の結果に響くということはないだろう。一度は出て、あんな咆哮をあげまともじゃないところを見たら、一般的にもう出たくないと思うのも当然だと思うし。

タオルで手を拭き、手洗いから出る。

裁判は中断という形だから、建物の中は静かだ。他の部屋で開かれている法廷もこんなに早く終わったところはないだろう。証人は傍聴人たちと出入り口が違う。護衛は建物自体にも入れない。もふさまたちも入れないし、久々に領地以外で全くのひとりの時間になった。

あまり待たせると心配した兄さまが乗り込んできてしまうかも。

兄さまの待つ外へと廊下を歩き出して、少し先にいる弁護人を目が捕らえた。

マントはしてなかったけど、怒っているような上がり眉は独特なので、ヴェルナーの弁護人だ。

そんなに広い通路ではないので、大きく避けることもできない。

「リディア・シュタインさま、今日はお疲れさまでした」

「……お疲れさまでした」

軽く顎を引いて通り過ぎようとすると、肩をつかまれそうになった。

わたしは身を引く。

「やはり、いつも一緒のあの犬が聖獣で、命を狙うような動きをしなければ加護は発動しないようですね」

にやっと男が笑って、わたしの目の前に魔石を出した。

そのとき手首に刺青が見えた。子供たちが球に入れ込んでいたのと同じ図柄。

闇ギルド!

男は魔石をわたしの目の前で砕いた。

黒い蒸気のようなものが出てきて。

!? 瘴気?

わたしの周りに黒いものが漂う……そしてそこから記憶がない。

<16章 ゴールデン・ロード・完>