軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第749話 もふさまの悪夢⑧聖獣の矜恃

つり目の女の子だ。

その子はシーっとポーズをする。

「静かにして。私はあなたの言葉はわからないわ。そこから出してあげる」

つり目の娘は、もふさまに謝った。

「お父さまもあの女も守り神を捕らえるなんて、本当に意味がわからないわ。人を守ってくれているのに、人がこんなことをしてごめんなさい」

娘はもふさまに頭を下げた。

「許してとは言えないけれど、そんな人ばかりではないのよ。でも、もう人を信じては駄目よ。人は罪深いから、力がある者にすがってしまうの。最初は小さな切実な思いも、時間が経つと豊かにいい暮らしをしたいと思ってしまうの。ごめんなさいね、こんな私たちで」

必死だった。

つり目の女の子は、檻を開け、出入り口を開いた。

「森に帰って」

そう言い残して。

もふさまは森に帰らず、つり目の娘の後を追う。

先の部屋に、桃色の髪が一房見えた。もふさまは声をかけようと口を開いた。

さらに一歩進めば、その先に父親が見えた。

男は腕を組み、桃色の髪の娘に尋ねる。

「それで、これからどうするのだ?」

「あの獣の前で私を叩いてください。あとは私が上手くやります」

もふさまは開いていた口を閉じた。

「大丈夫なのか? 本当に森の主人ならまずいんじゃないか?」

「本物でも偽物でも大差ないでしょう。あの獣は富をくれる。私が可哀想であればあるほど。……とても優しい獣。涙に弱いの」

哀しい。もふさまとせっかく会えたのに、話せるのに。どうしてそんな考えを持ってしまったんだろう?

もふさまは踵を返す。目の前には檻から出してくれたつり目の娘がいた。

憐むような目をしている。

「なぜ、そのまま帰らなかったの? でもわかったでしょう? もう人を信用しては駄目よ」

もふさまは、そのまま場を離れた。

「もふさま」

声を掛けたけど、やはり届かない。

「もふさま、辛いよね」

わたしはもふさまを撫でる。

「もふさま、ごめんね。人が愚かで、ずる賢くて」

もふさまは涙を流さないから。

でも、もふさま、閉じこもらないで。

助けを求めてくれたなら、なんでもできる。

でも、籠られてしまったら、何もできない。

だから……。

え、あれ?

「もふさま!」

わたしは手を伸ばす。身体が透けてきてる。わたし、戻っちゃう。

「「リー!」」

『リディア!!』

「リディア!」

『『リー』』

「なんでトカゲになるでち?」

『守護者が激しく動揺した。だからリディアを呼び寄せた』

「どうしてトカゲに? 何があった?」

目の前にみんながいた。一斉に話しかけられて……。

「ごめん、連れて……帰れな……」

今まで眠くなかったのに、急激な睡魔に襲われる。

目が覚めた時、目の前にもふさまがいた。

「もふさま? 本物?」

『ああ、そうだ。我だ』

もふさまが、目を覚ました。

よかったと思うと目がブワッと熱くなって、その涙をもふさまに舐められる。

『リー』

『リー』

アリとクイに擦り寄られた。わたしは力で押されるままに、右に傾いたり左に傾いた。

わたしは丸一日眠っていたようだ。無事に夢の中から出てきたものの、わたしが急にトカゲになり、眠っただけだけど、意識を失ったように見えて、みんなは大混乱。

それでレオが叫んだらしい。

『主人さま、リディアの〝ピンチ〟だぞ? 友達なんだろ? リディアがどうなってもいいのか?』

そうしたら、もふさまがピクッとして目を覚ましたそうだ。

もふさまとノックスさまの診断で、わたしは眠っているだけだとわかる。

もふさまはローレライが解放されたところまでしか覚えていなかった。

けれど、昔の封印したという記憶を思い出したそうだ。全て。

悪夢に閉じ込められた経緯はわからないけど、封印が解けたのは、恐らくもふさま以外の者、つまりわたしの魂がその夢に入り込んだからと思われる。

聖なる方が封印したということだから、瘴気は使っていないはずだが、解けないような仕掛けをしたはずで。わたしはスキルでそれを弾いた。呪詛回避という広い範囲で。それで魔力の尻尾が切られて、もふさまの夢の中へと入ることができた。そうノックスさまが言っていたそうだ。

夢の中で衝撃を受け、危険だと判断したノックスさまにわたしは引き上げられた。

そのノックスさまは、もふさまがいるなら大丈夫だなと帰ったという。今度、ノックスさまに贈り物をしよう。

「もふさま、大丈夫?」

『我は大丈夫だ。リディアの方が……我の〝ピンチ〟のために、夢の中に飛び込んでくれたと聞いた。お前はいつも無茶をする』

「もふさまほどじゃないけどね」

『我は強いからな』

「弱くても、わたしはもふさまの友達だもの。ピンチの時は駆けつけるよ」

ってまた駆けつけてもらったのは、わたしの方なんだけど。

もふさまがわたしの鼻に鼻を擦り付ける。

『我が友、リディアよ。我もリディアのピンチには駆け付けよう。いや、リディアがピンチに陥ることのないよう、最善を尽くそう』

もふさま……。

みんながその様子を見て、嬉しそうにしていた。

人型に戻るため兄さまを呼んでもらっている。

待っている間にもふさまと話した。

みんながいる時は、踏み込んで聞けなかったんだけど……。

「もふさま、思い出したんだよね。辛い?」

もふさまは人のように首を左右に振った。

『辛いとは少し違うと思う』

もふさまは自分の心を探りながら、言葉を選んでいた。

『当時は己の未熟さが嫌になった』

「未熟さ?」

『我は聖なる方から、大地の護りの役目を授かりし者。けれど人族たったひとりの追い詰められていることも気づけなかった。目の前にいたのに』

「もふさまは……捕らえられそうになってたんだよ?」

『我を売れば暮らしが良くなると思ったのだろう。でもそれは幻。聖霊石を用意していたことから、身分の上の者が用意したのだろう。もし我が捕まり、献上したらどうなると思う?』

え?

『聖獣ぞ? あの娘の家は落ちぶれてきていたが、その前は平民といえど裕福だったのだろう。だから聖獣の知識が中途半端だったのだ。上の者は、聖獣を手にしたら、持ち込んだ者をすぐに罰しただろう。そうして、下々の者が全てやったことだと我に詫びたはずだ。そして恩を売るだろう』

……聖霊石を用意した人は元々それが目的だった?

そうね、人が聖獣にいうことを聞かせたりできるはずないもの。

っていうことは、もふさまが姿をくらませたのは、あの一家に同じ人族が罰を与えないため?

わたしは護り手をみくびっていたのかもしれない。

どうしたら、そんなに懐が深くて、器が大きくいられるんだろう。

もふさまは騙されたことに傷ついていたんじゃないんだ。

あの娘の助けを呼ぶ声を聞き取れなかったことを、悔やんで傷ついたんだ。

『我は、だからといってどうしていいかがわからなかった。そんな我が今後、ひと種族に深くかかわってはいけないと思った。そう思ったら、護り手というものがどういうものか、よくわからなくなってきたんだ』

「わたし、ごめん。もふさまの傷ついたところを、勘違いしてた」

『なぜ謝る? 我の思いは封印されていた。それに我は聖なる方にしか伝えていない。わからなくて当たり前だ』

もふさまはふぅと息をついた。

『あの時は全く分かっていなかったが、今思い返せば、いろいろな思いが見えていなかった』

「いろいろな思い?」

『護り手たちに深く心配をかけた。眷属、それから友にも……。だが、今こうしてなんでもなく思い返せているのは、我はリディアと出会ったからだ』

「わたしと?」

『ああ、リディアと暮らしてきて、いくつもの思いを見てきたし、体験してきた。その経験があるから、我はあの無力な自分を思い出しても、こうして立っていられる。そうできる自分が誇らしい。ただ、みんなに心配をかけたことが心苦しい』

「心配したかったわけじゃないから、大丈夫だよ」

『なに?』

「心配したのはもふさまが大好きだから。もふさまがわたしたちが大好きなことを感じてくれるなら、それで万事オッケーだから!」

もふさまの悪夢は500年たった今、悪夢になり得なかった。

なぜローレライの解放時、もふさまが夢に籠もってしまったのかは、正確にはわからないけれど、復活したから問題なし!

「もふさま、人族を嫌わず、わたしと出会ってくれてありがとう」

『リディアよ、我にたくさんの気づきを与えてくれたことに感謝する。我はリディアと出会ったから、今後もし、あの娘のような者と対峙することになっても、投げ出すことはしないだろう。我は護り手の役目を、あきらめないと誓い、これからも遂行できる』

もふさまの深い森の色の瞳が、決意の色を帯び、キラリと光った。