作品タイトル不明
第730話 力をつけよう<中編>
「うめーーーーーー」
そう叫んでくれたのはブライ。口いっぱいに頬張っている。
ガツガツかっこんでくれて、作り手を満足させる食べ方だ。
もふさまと、もふもふ軍団もだけど。
そんなにおいしいかい? 作った甲斐があったよ。
思わず笑みが漏れる。
ガーシとシモーネ、それからロサの護衛の人たちは、少し離れたところでお弁当を広げている。
もふもふ軍団に気づくと、みんな最初は驚くが、何も見ていないばりに事実をスルーする。あれも一種の、かなり高い能力だ。
護衛の仕事は、護衛対象者を守ることであって、それ以外のことは全て守秘義務が発生するからねー。見ない、知らないが、一番都合がいいのだろう。
「本当においしいよ」
ルシオがにっこり笑う。
ルシオも成長期に入って背が高くなってしまったけど、可愛い顔立ちは残したまま。こちらも笑い返す。
イザークは卵焼きを、口に詰め込んでもぐもぐしている。気に入ったみたいだ。
「レストランをやらないかって話がいってるのも頷ける!」
とダニエルが言った。
「そうなのか?」
とロサに尋ねられる。
「ダニエル、よく知ってたね? そうそう、打診はあった」
「リディア嬢、いくつ目の店だ?」
「え? あ、出すとしたら7軒目になるけど……」
「条件がよくなかったのか?」
ロサが首を傾げた。
「カフェも軌道にのるまでは赤字が出たりで、大変だったから、ちょっと考えているんだ」
「えー、そうなのか? こういう弁当売ってくれよ。稽古の合間に腹減ってさー。俺、毎日買うよ」
ブライがニカッと笑った。
「ああ、確かに。接客業は貴族もいると途端にめんどくさいことになるからな。でも商品を売るだけなら、面倒ごとも軽減されるか」
ダニエルが人差し指の背を口元にあてて呟く。
なるほど、そういう手もあるか。
なんて会話をしながら食事をし、デザートに冷たいアイスティーとクッキーをいただく。プラムは午後のおやつタイムに出そうと思う。
ロサはこのクッキーだけ、リスみたいに食べる。みんな見ないようにしている。
「リディア嬢は最近、アイリス嬢と話した?」
聞かれてわたしは首を横に振った。
手持ち無沙汰だったので、もふもふ軍団のグルーミングを軽くすることにする。
「夏休みの終わりに会う約束をしているけど。何かあったの?」
ダニエルは、フゥと息を吐いた。
「国に例のことを言おうといっても、頷いてくれないんだ」
そりゃねーと、アイリス嬢の気持ちを考えれば、そうだろうと思う。
「……世界議会からの幽閉の未来を見ていたら、やっぱり考えちゃうと思うよ」
「聖女となったら言うつもりだとは言っているんだ。幽閉云々より、まだ聖女ではないのに、言っても信じてもらえないって思いがあるのかもしれない。だけど、聖女になってからじゃ、対策が十分にできないと思うんだ」
みんながおし黙る。
アリのグルーミングを終え、ベアの毛を 解(ほぐ) していく。少しだけマッサージもして、もふもふをより味わう。
「……でも本当に言ったほうがいいと思うなら、良くないけどアイリス嬢に内緒で告げるよね? そうしないってことは、みんなも迷ってるってことだね?」
わたしが確かめると、ダニエルをはじめ、ロサやイザーク、ルシオが顔を目を合わせてる。
「……実際のところ、どうしていいのかわからないんだ」
ロサがみんなの気持ちを代弁するように呟く。
レオはツルツルなので、マッサージが主になる。気持ちいいみたいでされるがまま。ぐてーんとなって身を預けてくる、これも可愛い。
「私の考えは、アイリス嬢の意思は尊重するが、陛下に伝えたほうがいいと思っている。
アイリス嬢の懸念していることは2つ。
ひとつはシアター通りに事が運ばない場合のことを憂いでいる。聖女の力が目覚めないかもしれないという思いがあるんだろう。いくつものことを当てているのに、人に信じてもらうには根拠が足りないと思っている。
もうひとつは、未来視を信じてもらえず、世界議会に幽閉されること。もし再び幽閉されたら、自分が何も動く事ができずに終焉を見るしかなくなるから。
私としては全てを信じているわけではないんだ。
聖女になるかもしれない。でもアイリス嬢の、自分が聖女としてやっていけるかという恐怖が、未来視に負の影響を与えているのではないかと思っている。この頃いい未来視が見えるようになったのは、リディア嬢や我々に話して、少し緩和されているからじゃないか、と」
そっか、ロサはそんな風に考えているのか。
アイリス嬢の感情によって、未来視の内容が変わるのではないかと。
「彼女のスキル名を聞いた?」
ロサはダニエルを仰ぎ見る。
「〝アカシックレコード・リーディング〟」
「なんだっけ、アカシックなんとかが世界の悠久の記憶だっけ? 確か」
ブライが天井を仰ぎ見るようにして言った。
次はアオだ。短い毛はすぐにくしが通ってしまう。お腹のところをマッサージすると、くすぐったいみたいでクネクネと体を揺らした。
「その悠久の記憶、世界に存在するあらゆる物語を読むことができる力、と記憶しているよ」
ダニエルが、ブライの言ったことを肯定する。
「わたしもそう聞いた。悠久の記憶。これはアイリス嬢の感情に左右されることではないと思う。行動が変わったことによって分岐ができる。それによって未来が変わる、それで未来視が変わってくるんだよ」
そう告げると、ロサは一瞬ぽかんとする。
次はクイだ。クイはグルーミングはいいけれど、マッサージがあまり好きではない。だから軽く毛にくしを通していく。
「リディア嬢は、アイリス嬢から他に何か聞いてる? 僕たちより詳しそうだ」
アダムが口を開く。
それぞれの恋物語のことは、話していないと言っていた。
「少しだけ、聞いているかも」
そうだね、わたしがなぜアイリス嬢の能力を疑っていないのか、それはみんなに話してもいいかもしれない。
「わたしね、ううん、うちの家族も、誰にも言ってないことだけど。
小さい頃もふさま、聖獣さまと出会えたことで回避できた事があるの」
ただ言うだけなのに、今も少し声が揺れる。
できるだけなんでもないことのように。
クイを終えて、今度はもふさまだ。
もふさまの温かさで、心のリズムを整える。
「……アイリス嬢が小さい頃に観た、未来視を見せてもらったんだけど、そこには、回避できてない未来が出てきた……」
もふさまではなく、自分の手をギュッと握りしめる。
「その時に、理解したの。アイリス嬢が観るのは、あらゆる分岐も含めた記憶なんだって」
「あのさ、俺わからないんだけど、なんで未来が記憶されてるの? まだ起こってないから〝未来〟なのにさ。なんかみんな納得しているみたいだけど、俺そっから実はよくわからない」
ブライは悪びれずに笑う。
「そういう概念を打ち出した人がいる。私は本で読んだ」
ロサが言えば、ダニエルが頷く。
「世の中の出来事は全部決まっていて、過去も未来も全部記録されているっていう概念だね」
「誰がそんなこと言い出して、みんな信じてるんだ?」
ブライが髪の中に手を入れて、頭をかいている。
「ブライ日曜学校に来てたのに、覚えてないの? アストラル 神(しん) さまが伝えた言葉と言われてる。それでエンデ氏がそれに因んだ本を残した」
ルシオは神官だものね。専門家だけあって、いろいろ詳しそうだ。
1年の3学期から神学を習っているけど、いやー、神話とか読んでも、それとはまた違う知らないことばかりで驚いた。一通り習ったけれど、それも本当に基本的なことだそうだ。わたし神さまのこと驚くほどわかってないから、ルシオにちょっと教えてもらおうかな。
ちなみに聖霊について学ぶことはないみたいだ。学科には組み込まれていない。
「分岐というのはどういうこと?」
アダムに尋ねられる。
「……本来わたしは、もふさまと会わないはずだった。それがあるきっかけで、わたしはもふさまと出会えた。そこで道が分かれた」
「あるきっかけって?」
わたしは少し考える。
「……転んだ」
「「「「「「転んだ??」」」」」」
みんなでそんな声をそろえなくても。
でも、始まりはアレだ。
転んで祝印をしていた。その時にわたしは前世を思い出した。
本当は家の中に閉じこもり、人との接触を避ける未来だった。
そして外に出なかったら、もふさまの聖域に迷い込むこともなく、母さまが呪いにかかったとも知らずに、母さまを失くしたことだろう。