軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第712話 役目を終えた君⑧春に降る雪

兄さまが予約をしてくれていたというレストランに移動した。

個室で、もふさま、もふもふ軍団も一緒に食べることができるようだ。

ふたりなのに、8人で使うようなテーブルに、収まりきらない御馳走の数々。

仮テーブルも用意され、そこにもお皿が置かれた。

そうしてウエイターさんたちが出ていくと、みんなぬいぐるみ防御をといた。

『ご馳走!』

『ご馳走だ!』

ふふふ、大喜びしている。

「ここはおいしいって評判なんだ。さ、みんなでいただこう」

兄さまに促されて、いただきますだ。

春の訪れを感じさせる、苦味の強い野菜が多い。

煮凝りに混ぜたり、フリットにしてある。

ちょっと苦味はあるけれど、体の中がスーッとしていく気がする。

……というか、みんなペース早くない?

あっという間にという言葉がぴったりに、一心不乱でご馳走を平らげ、お腹がいっぱいになったからぬいぐるみになって眠ると、小さくなってバックの中に収まった。

あ。そっか。久しぶりに兄さまと会ったから、みんな気を使ってくれたんだね。

「……君は、ゆっくり味わって食べて」

ふと兄さまは食にこだわりがないことを思い出し、付き合わせているのも悪いなと思ったけど、このレストランの食事は確かにおいしいので、味わっていただくことにした。

兄さまはあまり食べずに、わたしの食べるところを見ている。

「あんまり見られると……食べ辛いのだけど」

「あはは、ごめん。でも君の食べる姿が大好きなのに、毎日見ることができないから。こんな機会にと、ついね」

どきんと胸がなる。軽々しく大好きって単語を使わないで欲しい。

お肉の焼き方も、付け合わせも、卵料理も、全ておいしかったけど、後半そう言われてから、テンパっていた気がする。

食べ終わり、お茶とお茶菓子が出てきた。

それをいただきながら、兄さまが言った。

「当主というのは、思ったよりやることが多い。父さまはよくこなされているなって思ったよ」

「忙しいんだね」

「……コーデリア・メロディー嬢に会ってきた」

それは知っている。ヤキモキしていたら、もふもふ軍団に気になるなら直接聞いてこいと、どつかれっぱなしだった。

「生きていたのに、誠意がなかったと謝った。許して欲しいわけではない。ただ、これから生きていくのに、手伝えることがあったらと声をかけたんだ」

兄さまは陛下にメロディー嬢の情状酌量を願い出た。自分が亡くなったとしたことで、華々しい公爵令嬢の経歴に傷をつけたこと。それが彼女の生き方に暗い影を落とした、と。

こちらも冤罪からの余波であるし、使い込みは王子も一枚噛んでいたこともあり、メロディー嬢は公爵令嬢に戻った。

その時に、兄さまからも、王宮からも謝られた。相手方の罰が無くなるということは、わたしひとりが割を食ったようなものだから。

まあ、ただ、ペネロペ商会は結局潰れたし、メロディー嬢のしたことは許せることはないだろうけど、区切りがついた。

わたしの中の魔力と瘴気をいじられたことで、抑えがきかなかったとも理解しているけど、わたしも兄さまに剣で襲い掛かった。わたしはあの時、目の前の人を刺さなくちゃという気持ちをどうすることもできなかった。気持ちをのっとられていた。それは魔剣に封印されている魔力と、わたしに吹き込まれた魔力が共鳴して抑えられなかったわけだけど、誰かを憎んだり、羨んだり、そういう負の気持ちって、これと似たところがあるのではないかと思う。

メロディー嬢がいま一度、国外追放されても、わたしにいいことがあるわけでもないし。気にしないことにしようとした。

でも、兄さまが彼女とかかわっていくなら、気にしないでいられる自信はない。

「彼女から一生許せないって。でも生きていてくれたから、今後自分にかかわらないでいてくれれば、それでいいと言われたよ」

情けないことに、わたしはちょっとほっとした。

メロディー嬢はこの時はまだ寝たきりだったけど、夏頃、起き上がれるようになると修道院に入る。公爵令嬢に戻れたのに、結局その道を選ぶ。誰に裁かれることがなくなっても、自分の中の〝瘴気〟に打ち勝てなかった、彼女なりの懺悔なのかもしれない。

「リディア・シュタイン嬢」

兄さまにフルネームで呼ばれ、わたしはビクッとする。

「はい」

「私たちは元婚約者の間柄だけど、君をリディーと呼び続けてもいいだろうか?」

「……はい。リディーと呼んで。わたしは? 兄さまでいい? それともクラウスさま?」

「公けのところでなければ、兄さまでも、フランツでも、フランでも」

兄さまはにっこり笑う。

よかった。嬉しい。

「2年」

「え?」

「バイエルンの父上は私を庇ったんだと思われる。私の未来を気にしていた。だからそれに応えるために、2年がむしゃらにバイエルン家のために尽力する」

わたしは次の言葉を待った。

「そして2年後、リディーに婚約を申し込む」

絶対?と聞き返したくなって、王子の言葉を思い出す。

絶対はないんだよね……。

「待っててとは言えないけど、そのつもりだと伝えたかった。リディーは好きに過ごしてくれていい。……好きな人ができても仕方ない。でも、2年後に参戦するから。私を好きにならせてみせるから、覚悟して」

兄さまは真面目な顔をした。

し、刺激が過ぎる!

「わ、わたしも頑張る」

「え、何を?」

「2年後、兄さまに好きになってもらえるように。素敵なレディにならないと」

「困るな。それ以上素敵になったら、君への求婚者が殺到してしまう」

「あら、わたしの評判は最悪だから、そんな心配、当てはまらないわ」

「君は自分のことがよくわかってない」

兄さまは少し顔を背ける。

「リディーはとても愛らしい。見かけだけじゃなくて、全てがなんだ」

なっ。

『フランツ、わかっているじゃないか』

バックの中が騒がしくなってる。こっちも誉め殺しだ。

目の前からも、バッグの中からも、ステレオで褒めちぎってくるっ。

「君は優しくて、温かくて。楽しいことを見つけるのが得意で。自分の弱点もきちんと受け止めて、補うことも知っている。努力家で……食いしん坊」

最後の褒めてないよね?とチロッと見上げれば、兄さまは軽やかに笑った。

「食に興味がない私でさえ、興味を引かれるぐらいおいしそうに食べる。食べているときのリディーは本当にかわいい」

嬉しいような、微妙なような……。

「とにかく、2年の間、求婚者は後をたたないだろう。お遣いさまや、みんながいるから大丈夫だと思うけど、異性とふたりきりにならないようにね」

なんかそこからは、注意ごとがずーーーーーーーーーーーーーっと続いた。

聞いていたけれど、しんどくなってきた。

「に、兄さま。せっかく一緒にいられる時間なのに。そんな注意で時間を潰すの?」

兄さまは、オーバーアクション気味に手で目を覆った。

「ああ、リディー。そういう顔もしちゃダメだよ」

「え、どういう顔?」

それには答えず、兄さまは力を抜いたようにふっと笑う。

「……今年に入ってからも、いろいろなことがあったね」

……本当にいろいろあった。

わたしは頷く。記憶が呼び戻される。記念パーティーから始まり、攻撃を受け、兄さまから婚約破棄をされた。

トカゲになっちゃって……でもそれで呪いに打ち勝って?命を繋いだのだからグッジョブだったのよね。

トカゲの姿でグレーン農園に偵察に行った。けれど、肝心な怪しい人たちはもういなくて……でも情報を手に入れ、そしてトカゲに求婚されたんだっけ。5匹から求婚されたのよね。一番のモテ期だったかもしれない。相手はトカゲだけどさっ。

ソックスと出会って、ジャックたちの新しい職場にいくことができた。そこでもいい情報をゲットしたんだけど、トカゲ嫌いに放り出されて、鳥にも咥えられて。地面に落ちたけど、寒いし動けなくなって、もうダメだって思った時に手を差し伸べてくれたのが、……兄さまだった。

兄さまを見上げる。

「……兄さま、2年の間、忙しいのはわかっているけど、会えないの?」

「……会いたい?」

わたしが頷くと、自分が聞いたことなのに兄さまは顔を赤くした。

「わたし、馬車の中で兄さまの話を聞いて動揺した。物心ついた時から一緒にいて、ずっと兄さまを見てきた。だから、わたしほど兄さまのことを知っている 娘(こ) はいないと思ってた。

でもわたし、兄さまも食べることに興味があると思ってた。兄さまが楽しそうって思っていたけど、それは兄さまがわたしに合わせて、楽しそうにしていてくれたんだね」

兄さまが席を立ち、そしてわたしの前にきた。わたしを横に向かせ、その正面に跪く。

「間違ってないよ。誰よりも私のことをよく知っているのがリディーだ。いや、私より私のことをわかっていると言っても過言ではない。

私はリディーたちといるとき、本当に楽しい。それは合わせているわけではない。そうじゃなかったら、これからも、リディーと一緒にそういった思いを共有できたらと思わない。私は言っただろ? いつも隣でリディーの楽しいを共有していきたいって」

学園祭での言葉が蘇る。確かに兄さまはそう言ってくれた。

「当主としての区切りをつけるのに2年と言ったけど、リディーとは定期的に会いたいと思っていた。……それから、もしも変化してしまったら。変化した姿から戻る時、私のことが必要だよね?」

「じゃあ、これからも会えるのね?」

「2年も君と会えないなんて、考えられないよ」

「2年どころか、一生会わない勢いだったのは兄さまよ?」

仕方ない事情もわかっているとはいえ、恨み言のひとつも言いたくなる。

兄さまに手を取られる。

「それで身に染みたんだ。リディーと会わずにいられることはできないって」

手の先にちゅっとされる。

うっ、なんか恥ずかしい。

「君が胸の中に急に現れた時、あまりに会いたくて、幻を見ているのかと思った」

「そ、それは忘れて……」

「忘れない。忘れられない。もう2度と触れられないと思ったのに、会うことも叶わないと思っていたのに、君はいつだって思いもよらない形で、強烈な印象を残す」

兄さまのアイスブルーの瞳にわたしが映る。

「リディーが私を知らなかったと思うなら、これからの2年で私を知って?」

わたしは頷いた。

「……兄さまはわたしが怖くない?」

「リディーが怖い? どうして?」

だって……。

兄さまには王宮に隠れてもらっていた。陛下からの呼び出しをくらい、わたしも王宮へ赴いた。権力の守りがいると思ったので、ある程度陛下に話し、助けてもらうことにした。

陛下は思った以上に助けてくれた。

真実を追求するのに、アダムとロサをつけてくれたのも大きかった。

アダムが2年後に暮らすはずだった地下基地に匿ってもらって、どうやって敵を炙り出すか計画を立てた。

思いがけず、兄さま、生徒会のみんなとアダムを加え、地下基地で遊ぶことができたのは楽しかったな。

みんなで話しているうちに、何年も前にあったことが、実は一本の線で繋がっているのでは?と思えてきた。そして手段は2通りに思えるが、国と人を乗っ取ろうとしているのでは、と。

実際とても入り組んでいた。過去からの思いが、誰かと結びついたり、離れたりしながら、謀反が起こされようとしていた。実行犯は踊らされたメラノ公と、唆していたペトリス公。主軸はふたりだけど、そのふたりに協力者がわんさかいた。そして、その裏には、王子と呪術師集団もいて、逆恨みでバイエルン家を追い込んだ元レント侯もいた。

アイラとも再会してしまった……。

アダムにそっくりだった(逆だけど)王子にも会った。その王子にわたしは彼の魔力を吹き込まれた。

「こんなに近くにいると、わたしが……剣で刺したことを思い出さない?」

その魔力が引き合い、わたしは剣に気持ちを乗っ取られた。

兄さまは切ない表情で立ち上がり、そしてわたしをフワッと抱きしめた。

「リディーこそ、私が触れていると、あの時のことを思い出して怖い?」

「少し、怖い。兄さまに何かしちゃったらって思えて」

兄さまは腕を緩めて、わたしを覗き込む。

「ああ、リディー。あれはリディーがやったんじゃなくて、私が自分でやったんだよ。ちゃんと正確に思い出さないと」

兄さまの手が頬に添えられて、親指で目の下を拭われる。

「どうして、あんなことしたの?」

その手を止めて尋ねる。すると逆に尋ね返された。

「リディーは、どうして光魔法を使ってくれたの? みんなにバレるのに。魔力だって相当とられて体が辛くなるのに。王子にだってどうして光魔法を使ったの?」

「……それは」

「私がああしたのは、それと同じだと思う。言葉にするのは難しい。でもきっと、同じ状況になったら、同じことをすると思う。リディーもそうじゃない?」

そうだね。わたしも同じことをしてしまうだろう。どんなにバレるのがまずくても光魔法を使うだろう。

「リディーが光魔法が使えること、箝口令は敷かれているけど、騎士たちにも知られたことから、どう広がるか分からない。気をつけるんだよ」

「……はい」

「私はね、リディーに何かあることが一番怖いんだ」

……兄さま。

「わたしだって兄さまに何かあることが怖いよ」

兄さまにもう一度抱きしめられた。

腕が緩み、兄さまはわたしを覗き込む。

「私を守ってくれてありがとう」

兄さまはそう言って、わたしの額に口を寄せた。

「光魔法で助けてくれてありがとう」

今度はまぶたの上にちゅっとする。

「私を怖がらずにいてくれてありがとう」

頬にちゅっとした。

「それから……私と出会ってくれてありがとう」

優しい唇が、わたしのと重なる。他のところより長く、重ねられる。

顔が離れていく。桜色の頬で優しく微笑んでいた。

「兄さま、わたしこそ、わたしと出会ってくれてありがとう」

そう伝えれば、もう一度、唇と唇が合わさった。

学園内ではアラ兄かロビ兄の護衛がマストになってしまった。

聖樹さまとの結びつきが強いので、魔力も万全、もふさまも一緒だし、危なくはないのだが、対・人対策だ。来年度からはガインが留学してくるしね。

王都ではフォンタナ家のガーシがわたしの専属護衛のようになっている。最初は鬱陶しく感じたものの、慣れというのは恐ろしい。3学期の終わる頃には、護衛がいることをなんとも思わなくなってきた。

上演されていたジェインズ・ホーキンス劇団の芝居は大人気! ホーキンスさんが言ったように世論はひっくり返された。芝居によって、その人物像と結びつけられ地まで評判を落としたわたしだが、この芝居により、わたしこそ陥れられたのではないかと噂は広がっていった。

そして、メロディー嬢の着服の件、ペネロペの裁判の件など、事実を集めた人たちがいた。実際起こったことは裁判などの記録できちんとあることだから、ペネロペ裁判でもペネロペを潰したと言われているけれど、最初に被害を受けたのはこちらだということも声高に伝えられるようになり、わたしこそ被害者だと同情をひくようになった。

評判最悪になったとき、わたしサイドは一切何もアクションを起こさなかった。それは呪われて、その敵を見定めるのにノーアクションっていうのが正しいのだけれど、世間には伯爵令嬢がそんな目にあっても、ひとつも騒ぎ立てず、糾弾することも、不敬だと罰することもせず、口を閉ざして許し。それどころか、貴族令嬢としての務めを果たすべく、謀反が起こる前に収拾したことに協力したようだ、と。自分の評判を顧みず、けれど務めは果たす、並の12歳にできることではないと、180度見方が変わった。

わたしの元婚約者が本当はクラウス・バイエルンだという事実も出てきたので、メロディー嬢の元婚約者でもあることから、そこから想像された噂も絡み、やっぱりわたしは被害者、兄さまは元婚約者に対して誠意がないと、貶められたりもした。

わたしが呪われたことは微妙に漏れていて、母さまが光魔法で浄化したに違いないと飛び火し、母さまは光の使い手として優秀だと思ったらしく、領地に病気を治してほしいなどの人が殺到したりもした。

それで、呪術師の存在を国がアピールすることになった。呪いの解呪は呪術師にしかできないことだと。

母さまも、光属性のレベルが高くないし、魔力がそう多くないので、そういう治療はできないと、異例のことだが公文書が発行された。

同時に王宮の光魔法士、神官、医師が連携をとるやり方も確立された。総合士が判断して、どの部署にかかるのが一番いいのかを診断する方法だ。そのやり方もいずれ民衆に広がっていくだろう。

今回のことで、ごっそりいなくなった貴族の席に、新しい風が入った。

少ない人数では今までと同じやり方では回らない。

それに思い当たった人々が、より効率的で、誰にとってもいいこととなる案を考えだし、施行されていった。

人は生を受け、そしてやがて死んでいく。

それは誰が意図したことなんだろう?

生を受け死んでいく、そこで何が得られるというんだろう? 無に還るのに。

思いだけならいっぱい抱え込んでいる。

出会いもそうだ。

でもわたしが生きている間は、わたしの中でいっぱいに膨らんだ思いたちも、わたしがいなくなったら消えてしまう。

アイラの人生も、王子の人生も、唐突に終わりを迎え、ふたりがそれぞれに抱えていた気持ちも消えてしまった。それを思うと、少し虚しい。

だから人は何かを残そうとするのかな。自分の生きていた証を。

『リー、雪だ!』

『もう春なのに!』

アリとクイが興奮している。ドカ雪のあとはもう2度と雪を見たくないって言っていたのに。

「春に降るこういう雪を、なごり雪っていうんだよ」

『冬の名残、置き土産ですか……』

『土産? 土産なのか!』

ベアが風流なことを言えば、土産という単語にクイが大興奮。

季節が変われば、いくら名残惜しくても、雪は淡く溶ける。

役目を終えると地に還るんだ。

生きたことに、役目があるのか、分からなくもなるけれど。

やっぱり何かしら意味があってほしいと思う。

出会う意味はそういうことかもしれない。

わたしと違うあなたを知るために。わたしと違うあなたを覚えているために。

それはいつだっていい感情だけじゃない。

でもそうやって思いは繋がっていく。

ふたりの思いは消えてしまったけれど、わたしの中で息づいた思いとなった。

それが生きていくってことの証なのかもしれない。

器は淡く溶けて、地に還るのだとしても。

『なごり雪も、うまくはないな』

「そうでちね。冷たいだけでち」

『他の雪と同じだね』

窓から顔を出して、上を見て口を開けていると思ったら!

特別な雪なら味も違うかと、食べて確かめなきゃと思ったらしい。

『食べるなら氷の方がガリガリ食べれていい』

『アリ、氷だしてよ』

『いいよ』

『アリはたくさん出すんだから、お皿がないとダメでしょう』

とベアが注意した時は遅かった。アリが絨毯の上に大量の氷をぶちまけていた。

『あーーあ』

と大騒ぎしながら、みんな氷を拾ってガリガリ食べてる。

なごり雪でしんみりするのも、人族だけのことのようだ。

魔物も聖獣も生きることについての云々なんて考えないかもね。

『何を笑っている?』

氷をガリガリやりながら、もふさまに聞かれた。

「うん? 深刻に悩みすぎてもいいことはないかーと思えただけ」

『また何か悩んでいたの? リーは悩みすぎ!』

とアリ。

『デンと構えていろ。何かあったら私たちがやっつけてやる!』

とレオ。

「そうでち。おいらたちがついてるでち」

とアオ。

『夕飯のメニューなら、力になるぞ!』

とクイが言い出したから、なんか、夕飯のメニューについての議論が始まってしまった。

もふさまとレオとアリとクイは王子に負けたことが相当ショックだったらしい。もふさまとレオは特にね。あの時の王子は人の器なものの、そのリミッターが外れ、人ではあり得ない魔力を使えたからだと言ったんだけど。そうは思っても納得はできないみたいで。わたしが授業に出ている間、ダンジョンに行って、無双をしていたみたいだ。戦利品も毎日凄かったけど、やっと気持ちも落ち着いてきたみたい。

『リディア、我は人族は悩むものと知っているから、いっぱい悩めばいいと思う。けれど、ひとりで抱えるな。そのために人はワラワラいるのだし、我らもここにいる』

みんながキラキラした瞳でわたしを見上げていた。

そうだね、ひとりじゃなければ、きっと乗り越えらえる。

「みんな、ありがとう」

わたしと出会って、そしてそばにいてくれて。

『リー、氷食べたら、味のついてるの食べたくなった』

『アイス作って! 氷出す!』

「えー、氷食べたし、それ以上食べたら、お腹冷えちゃうよ。他の物にしよう」

『えーーーーー』

「ドーナツは?」

『えーーーーー』

「パンケーキは?」

『えーーーーー』

「……チョコフォンデュは?」

『『『『『「食べる!」』』』』』

「じゃあ、決まり! おやつにしようか。みんなに声かけてきてくれる?」

すぐに用意できるからね、チョコフォンデュなら。

みんないい返事をして、専用出入り口から出て行った。

部屋を振り返る。窓から雨になりかけた、大きなみぞれ混じりの雪が見えた。

『どうした?』

「うん? なんでもない」

手を出すとぴょんと子犬もふさまが乗ってきたので、抱きしめて、ちょっとだけ匂いをかぐ。

『リー、声かけたよ』

「今行くー」

部屋を出て、ドアを閉める。

わたしの中に、わたしではないあなたの思いが息づく。

今までと同じだけど、何かがちょっと違う。

そんな〝日常〟がまた始まろうとしていた。

<15章 あなたとわたし・完>