軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第578話 離

カーテンの隙間から光が届いている。

日がかなり高くまで昇っている感じだ。

夢?

ガバッと起きると、頭とお腹が痛んだ。

顔に手をやれば、目の端がざらっとしている。涙の跡……。

『リディア、起きたか』

『リー』

アリがわたしのお腹に突進してきた。

クイとベアがいない。

「父さま、呼んでくるでち」

アオがベッドから降りて、軍団用の出入り口から出ていく。

……夢じゃなかったんだ。

「わたし、どうなったの?」

『フランツに意識を飛ばされた』

もふさまが教えてくれる。

手で目を覆う。そうしたって何も変わらないことはわかっているのに。

「エリンが教えてくれたのに……進みたくなかった未来は防げなかった……」

ノックがあって、父さまが入ってくる。

「父さま」

父さまはわたしのベッドの横で膝をついた。そしてわたしの手を取る。

「リディー、父さまはフランツを守ることができなかった」

「父さま、わたしも兄さまを守ることができなかった」

父さまのもう片方の手が、わたしの濡れた頬を拭う。

「フランツは本気だ。婚約破棄の書類を用意していた。教会に提出済みだ。明日には教会から役所に回される。事実上の破棄となる」

あのパーティーの日、襲われた後に決めて、そして計画していたのね。

別荘に馬がいたのが、その証拠だ。

「ランディラカのおじいさま、そしてシヴァにも二度と戻らない旨と、養子をといて欲しいということ。これまでの礼が書き添えられていたそうだ」

その他にも、兄さまは各方面にしっかりと別れの手紙を送ったらしい。

この騒動で疑われ、貴族でいることが嫌になったと。元々自分は商隊にいた平民。たまたま貴族の騒動に巻き込まれて、こんなのはたくさんだと。

そういうことにして、ただ自分かわいさに逃げ出したんだとすれば、誰も傷つけることはない……。

「母さまはどうしてる?」

「……寝ている」

寝込むよね……。

父さまの顔も疲れていた。

父さまはわたしに休むように言って、部屋を出ていく。

兄さま、酷いよ。ひとりで何もかも決めてしまって……。

『リディア、このままでいいのか?』

もふさまがわたしを見上げている。

深い森の色の瞳で、わたしをみつめた。

「兄さまが決めた……」

『フランツのことを聞いているんじゃない。リディアがどうしたいのかを聞いているんだ』

「……兄さまがそうした気持ちもわかるの。わたしが兄さまでもそうしたかもしれない。大切な人たちを守るのに、それが一番どこも傷つけない……」

言いながらどこか、お腹の下の方が気持ち悪い気がした。

『リディアよ、それは誰の感情なんだ?』

「え?」

『我はよく思っていた。お前は子供にしてはよく考えを巡らすものだと。それは前世の記憶とやらを持つ業であるのだろうし、その聡い思索に助けられたこともあろう。それに反動するかのように、驚くぐらい感情的で突発的に動く時もある。夏休みだったか、領地に脇目もふらず帰った時のようにな。どちらもお前なんだろう。我はどちらのリディアも好きだ。けれど、今のわかったふりをして、心と反対のことをしようとしているリディアは、よく思えない。

我らは友だ。本当の気持ちを言うが良い。他のことは考えなくていい。お前はどうしたいんだ?』

もふさまに言われたことを咀嚼する。

わかってる、建前だ。こうするしかないと思っているのは、適切な建前だ。

そう思うと、お腹の気持ち悪さが少し薄らぐ。

わたしは兄さまと一緒にいたい。けれど、兄さまが罰せられる存在である以上、ここにいたら危険なこともわかっている。兄さまを説得して連れ戻すことができても、もし本当に鑑定できる何かがあって、兄さまがクラウスさまだとわかってしまったら、兄さまは〝死〟という罰が待っているのだ。兄さまを連れ戻すのはバイエルン侯が無実だったと証明できてないと危険すぎる。

兄さま、black、そして父さまたち、みんなが前バイエルン侯の無実を証明しようと7年以上動き、見つけられなかったこともわかっている。

兄さまを〝ここ〟から逃すことが、ベストなことなんだろうともわかっている。

けど、そんな正常な思考を取っ払っていいなら、わたしはただ兄さまに会いたい。

「……兄さまに会いたい」

『我が友の願い、叶えよう』

もふさまが大きくなり、わたしを器用に咥えた。そして自分の背中に放る。

『しっかり捕まっていろ』

『リディア、言いたいことは言ってこい』

「頑張るでち」

『リー、かっこよくな!』

もふもふ軍団の応援の声。

短く頷く。

壁を擦り抜けた?

ルーム?

兄さまの別荘?

そこから外に出て、もふさまが大空に駆け上がる。

『フランツの魔力、まだ辿れる』

かなり駆けてから、急におりる。

小川で休憩している兄さまが、ふと顔を上げてわたしを見た。

顔が強張った。

「どうして、ここに? それもそんな姿で」

自分を見てハッとする。夜中は夜着にガウンを着ていたけど、ベッドに運ばれた時にガウンを脱がしてくれたのだろう。だから夜着のまま来てしまった。

今更、風を感じて、寒いと思った。

兄さまが視線を外す。顔に迷惑だと書いてある。

心臓をギュッと握られたかのように、胸が痛くなる。わたしは胸を押さえた。

「気絶をさせられたから、もう一度会いたかったの」

出てきたのはそんな言葉。

そう言えば、兄さまは少し怯んだ。

「あざになるかもしれない」

鏡で見てないけど。それに後を残すようなことは兄さまはしないと思うけど、言ってやった。

わたしは恨み言を言いたくて会いたかったの?

いや、違う。

「クイとベアは狩りに行っている」

わたしを見ようとしないで、兄さまはそう告げる。

兄さまの中でわたしは終わったことになっていて、もう、わたしは迷惑なんだ。

何かがわたしの中でバラバラになり剥がれ落ちていく。

……ああ、わたし迷惑なんだ。

そりゃそうだ。だって今こんな目にあっているのは、兄さまがシュタイン嬢の〝婚約者〟だったからだ。

わたしは会いたかった。でも、兄さまには迷惑なんだ。

兄さまを、これ以上わたしの婚約者と、縛りつけることはできない……ね……。

目の端が熱く痛んだ。

けど、ちゃんと、お別れをしよう。もう、会いたくならないように。

うーうん、会いたいのはすぐ会いたくなってしまうだろう。

せめて、言い残したことがあって、会いたくなることがないように。

わたしは兄さまに、……フランツ・シュタイン・ランディラカに何を伝えたいだろう? 兄さまのことを思えば、顔は自然に緩む。

「……思い出すのは、わたしを呼んでくれる声。手を差し伸べてくれるの、いつだって」

プラチナブロンドの癖のないサラサラの髪。王子さまのようにキラキラして見える、とてもかっこいい人が優しく呼んで手を差し伸べてくれる。

わたしが王族に嫁ぎたくないと言ったから、婚約者になってくれた。

いっつも一緒だった。

兄さまがいるから、わたしはいつだって強気でいられた。

……夏には、思いを伝えあえた。

ドキドキと速く打つ胸の音が聞こえるぐらい近くにいて、口づけを交わしたね。ぎゅっとして、お互いが大切だと想いあえたけど……。

「今まで、縛りつけてごめんね。シュタイン家の騒動に巻き込みっぱなしだった」

兄さまの顔が微かに歪む。

わたしは兄さまか、家族か、どちらかを選べない。

だから兄さまを解放するしか、できることがない。

「フランツさま、お慕いしています」

わたしは夜着だったけど、カーテシーをした。

わたし、兄さまが大好きだ。本当に大好きで、大好きなだけで、このままずっと一緒にいられると勘違いしていた。

けれど、大好きだから、生きていて欲しい。

ウチとかかわっていたら、どう潰されそうになるかわからない。

だから兄さまを自由にしてあげないとね。

「……だから、わたしたちの縁は、ここまで、です」

「……クイとベアには、戻るよう説得するから」

「あの子たちの決めたことだから、尊重してあげて」

あ、もっと準備をしてくるべきだったと思いながら、収納ポケットから収納袋を呼び出す。わたし個人のもの以外をそちらに入れる。

「これをクイとベアに渡して。元気でって」

袋を渡すとき、ほんの少し指が触れ合った。

「あなたも、お元気で」

きれいに笑いたかったけど、こみ上げてきた涙が邪魔をする。

「巻き込まれたなんて思ったことはない。私もレディ・シュタインを愛しています。けれど、ここまでです」

大好きなアイスブルーの瞳。優しく淋しげに微笑んだ。

一瞬だけ!

兄さまにしがみついた。涙が止まらなくて、目も胸も苦しくて。

兄さまはただ受け止めてくれた。

二度と会えない。きっとそれより悲しいことなんて、存在しないだろう。

わたしはこれから涙を流すことはないかもしれない。

「ごめんなさい。最後に甘えちゃった」

笑おうとして失敗したけど、顔をあげれば、兄さまは微笑んでくれた。

「もう会いたくて探したりしないから、安心して。ずっと、ありがとう。元気でいてね」

「……レディ・シュタインも元気で」

わたしは踵をかえして、もふさまに突進して乗り込んだ。

『これで、本当にいいのか?』

「ありがとう。お別れ、ちゃんとできた」

わたしを乗せ、もふさまは空へと駆け上がる。

別荘につき、ルーム経由で部屋に戻ると、バンとドアが開く。

母さまが飛び込んできて、わたしを抱きしめる。

「帰ってきてくれたのね、ありがとう」

目をドアの方に向ければ、父さまもアラ兄も、ロビ兄も、エリンもノエルも、アルノルトも覗き込んでいた。

そっか。わたしも兄さまについて行くかと思ったのかも。

わたしは母さまをぎゅーっと抱きしめる。

「わたしはここにいるよ?」

安心してと、母さまの背中をそっと叩いた。