軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第431話 囚われのお姫さま⑨哀しさも、辛さも、やるせなさも

あれ、わたし寝てた?

ベッドで体を起こす。

『リディア、大丈夫か?』

もふさまがベッドに飛び乗ってきて、わたしの顔を舐めた。

「ごめんね、驚かせて」

悪びれなくそう言ったのはアダムだ。

部屋の中には、わたしたちしかいないようだ。

「第1王子と王妃さまの話が出るだけで、君があんなに動揺するなんて想像できてなかった。ただ嫌ってるだろうとは思っていたけど。しがらみは、そうとう複雑なんだね」

淡々とアダムは言った。

わたし自身、魔力が暴走しそうになるほど、ストレス展開ワードになっているとは思ってなかった。そうはならなかった映像を見ただけなのに、こんな影響を受けているとは。わたしは無意識に考えないようにしていたのではないかと思う。彼らのことを。〝仮定〟だとしてもそんな過去を思い浮かべたくなかったから。丸ごとなかったことにしたいんだと思う。

アダムは〝影〟だからなのか、すさまじい境遇を知ってしまったからか、嫌悪感は湧きあがらなかった。

「そろそろ君の迎えが来ると思うよ」

窓を見れば、夕暮れが始まろうとしている。1、2時間は眠ってしまったようだ。

「……わたしが会ったアダムはあなた?」

アダムは頷いた。

「殿下がシュタイン家に興味を持っていて知りたがったんだ。自立支援団体のことから近づけるかなーと思って。まさかあそこで君が現れるとは思ってなかったけど」

出会った時を思い出したのか、アダムはふっと笑う。

「君が兄たちと会えなくて寂しくてしょげかえっていると言ったら、リディア嬢が望むようにしてやってくれって頼まれたんだ」

それでわたしが王都へ行ける手筈を整えたという。

アダムを通じて描きだされる第1王子にも、今のところ過剰な拒否反応は出なくてほっとする。

「ゴーシュ・エンターが本当の名前?」

「名前はないよ。僕は〝影〟だから」

アダムは椅子を引っ張ってきて、ベッドの横に置いて、そこに座った。

「だから、君がアダムって呼んでくれて嬉しかった。君の中で、僕はずっとアダムとして生きていたってわかって。初めて名前をもらった気がした」

アダムは眩しそうにわたしを見た。

「第1王子殿下を守れなかった罪悪感で、成り代わることにしたの?」

守れなかったってそれも酷い話だ。だってそれは、身代わりをしているときに〝毒〟を飲まなかったということだ。守れていたら、アダムが毒を口にしたということなのだから。

「それもあるけど、選択肢は他になかったよ、生まれた時から」

わたしの喉がごくんと鳴った。

「〝似ている者〟がそんな自然にわらわらいると思う?」

? 世界中に似ている人は3人いるって前世では聞いたことがあるけど。

「だからさ、そういう似ている子が生まれるように、親を組み合わせたんだよ。王族の血を引いているものと、王妃さまの血筋を組み合わせてね」

…………なに、それ。

「王妃さまは殿下に何かあるのがとても怖かったんだね。王子の代わりを用意したんだ、いくつも。本物は大切に隠しておいて、身代わりに王子のふりをさせた。一番似ていたから外に出られる僕は、影の中で幸運だった。たとえ身代わりでもね。

殿下は気の毒だったよ。陛下が狂うかもしれないからと第1王子の継承を認めないと言った。王妃さまはあまりのことにご乱心遊ばれた。王子はその被害者だ。王がそのことに気づいてふたりを離した時には、王子はすでに心に大きな傷を負ってたんだ。自分以外を王妃さまの被害者にさせてはならないと、ベッドの上から目を光らせていた。事は起きていて、遅かったようだけど」

アダムはチラリとわたしに視線を走らせた。

「それから、王子は〝生きる〟ことを諦めた。そんな王妃さまの血を引き継ぐ自分に未来はない、狂うのも頷けるとね。ただ自分が死んでしまったら、王妃さまがますますどうなってしまうかわからないから、命を消さないだけだと言った。

僕の生い立ちも十分シンドイと思うけど、あの時、王子が可哀想だと思ったことだけ強く覚えている。そんな殿下が珍しくシュタイン家に興味を持っているから、叶えてあげたいと思ったんだ。君の話をすると、嬉しそうにしていた。僕も楽しかったし」

「……アダムは2年後、ある場所に閉じ込められるって言ってたでしょ? それは完全に王子になるという意味で?」

「覚えてたんだー。狂うかもしれない王子は地下に幽閉されるんだ。後2年後にね。早世でもなく狂わず死ねば、王子みたいな不幸は起こらなくなるからね」

アダムは軽やかに言った。まるで自分のことじゃないみたいに。

「やだな、泣きそうな顔しないでよ。僕はそう悪くないと思っているし、王子の願い事は叶えてあげたいって、ただそう思ってるだけなんだ」

言葉がみつからない。

「僕は王子の願い事を叶える。だから、君には決して害をなさない。君の家には王妃さまが悪いことをしたんでしょ?」

手が伸びてきて、目の下を親指が滑っていく。

「あんた、怒りなよ」

「何に? ああ、僕を産んだだけの親? 誰だか知らないし。飢えることなく、教育も受けられたし。そうだな。目にする初めての同世代が、君みたいに愛情いっぱい注がれていて、それが普通だと思ったら、恨んだり憎んだりしたかも。でも、幸か不幸か僕たちが最初に知った同年代は、実の親に歪んだ愛情を押し付けられて、全く知らない人たちから常に命を狙われる、そんな子だったんだよ」

アダムも、影の子たちも、……第1王子も不憫すぎる。

子供を守りたいという気持ちが、どこから暴走してしまったのだろう。

なんでそんなことがまかり通ってしまったのだろう。

「王子が嫌な奴だったら、自分の境遇を憐れめたんだけどさ。あいつ、いい奴なんだよ。体が丈夫なら王となってほしい、支えたいって思うぐらいにさ」

……………………。

アダムがわたしをみつめる。

「僕を哀れむなら、あと2年間、ふたりの時はこれからもアダムって呼んでほしい。そして第1王子を憎みたかったら、僕を憎んで。殿下のことは許してあげて。王妃さまは許さなくてもいいけど」

鼻の奥がツーンとして再び目のあたりが熱くなる。

どうにも哀しかった。受け入れているアダムが。そんな〝代わり〟を作る考えが。そう思いながらも、母さまを呪った人たちを受け入れられない自分も。

アダムが慌てた。

「ご、ごめん、気に触った?」

もふさまに、ペロペロ顔を舐められ、涙を掬われた。

いく人もの人に囲われて、部屋に現れたのはアルノルトだった。

兄さまはまだ後片付けが終わってなくて、アルノルトにわたしの回収を頼んだらしい。わたしは学園に戻ると言ったけれど、今日のところは王都の家に帰り、明日の朝、学園に行くように、父さまから指示があったと言われた。

アダムと別れ、王都の家に向かう。

心配をかけたことを謝った。アルノルトは無事で何よりだと言って、わたしの表情が明るくないことを心配してくれて、あれやこれやと世話してくれた。

わたしと入れ替わりでデルとヘリが帰ってから、父さまと母さまがやってきた。

心配をかけたことを謝る。怒られることを覚悟していたけれど、ふたりはわたしを抱きしめただけだった。

兄さまが一緒の時に説明をすると連絡がいっていたようで、父さまがまた夜に会おうと一旦帰っていった。

そのあと、兄さまが帰ってきた。疲れているように見えた。

アルノルトからも先に食事をと言われたけど、その前に確かめたいとわたしをギュッとする。

「兄さま、疲れてるでしょ。ご飯食べて」

「安心したいんだ。少しだけ」

アルノルトがしずしずと部屋を出ていった。

目の端に、もふさまが首を後ろ足で掻いているのが、ちょっとだけ見える。

そうっと兄さまの背中に手を回す。

「わたしも、兄さまたちが行方不明になって、すっごく心配したんだから!」

兄さまの手に力がこもる。

「ゴーシュ・エンター。ダンスのパートナーだけじゃなくて、仲がよかったんだね」

「憎たらしい時もあるけど、結局いつも助けてくれてた」

「……宿で泣いたって? 彼になんか言われたの?」

早耳だ。アルノルトの迎えがあった時は、泣き止んでから時間が経っていたはずなのに。

「……なんで代わりなんか必要なのかな? 誰にも代わりなんてなれないのに。それを受け入れているのも、止める人がいないのも、止められないのも、哀しい」

「リディー?」

両頬を持たれる。

「哀しかった?」

「殿下を憎むなら、自分を憎んでって。王妃さまのことは憎んでいいけどって。あいつは馬鹿だ!」

「そのことが哀しかったんだね」

兄さまがわたしの背中をあやすように叩く。

わたしは首を横に振った。

「わたし、王妃さまと第1王子殿下を憎んでいた。でも自分では憎んでいると思ってなかった。あの時、あいつが第1王子殿下だって言われて初めて、自分の中に真っ黒な思いを見て、怖くなった。気づきたくなかった、わたしが酷いこと。気づいてなくても酷いことに変わりないのに。気づきたくなかったって思った自分、それが一番哀しいの」

「……メロディー嬢に罪悪感がある、そう言ったの覚えてる?」

兄さまの胸の中で頷く。

「今回のことでメロディー嬢の思いがわかったんだ。みんな私を好きでとか、歪んだ気持ちでといっていたけど、彼女は私を憎んでいる」

「憎む?」

「婚約者だったのに。生きていたのに、メロディー嬢に対して何もしなかった。それが怒りとなって憎まれている」

「そ、そんな……」

兄さまがわたしの両肩を持って優しく距離を取る。

「本当にそうだ。私は元婚約者に誠実ではなかった。それ自体良くないのはわかっている。でも、そこが問題じゃないんだ」

兄さまは哀しそうに眉根を寄せた。

「私はねメロディー嬢から、元婚約者から〝憎まれて〟いたんだとわかって、ほっとしたんだ。……酷いだろう? 醜悪だ」

兄さまは顔を歪ませた。

「ぞっとする? 君の婚約者がそんな心根のやつで……」

わたしは無意識に首を横に振っていた。

ギュッとされてまた離される。その時にはいつもの兄さまの表情だった。

「私はそんな気持ちも、全ての気持ちを覚えていようと思う。己の未熟さも酷さも、いつか何かに変えていけるように」

「何かに変えて?」

「過去には戻れない。進むしかない。だったらそれを役立てる。哀しさも、辛さも、やるせなさも」

兄さまは、気持ちに決着をつけたんだね。

確かに道は未来へと続く。未来へとしか続かない。

わたしの酷さも、昇華していつか役立てることができるのかな?

哀しいと思ったことを、哀しくないことにしていけるのかな?

「リディー、父さまと先に話したいんだけど、食事は後でもいい?」

「わたしは平気だけど、兄さまが」

「お腹がいっぱいになったら、眠くなりそうだ。だから先に」

わたしは頷いた。

アルノルトに事情を話して、サブサブサブルームへと飛ぶ。

父さまもすぐに来た。

兄さまは極秘事項となることを告げ、あったことをそのまま話した。

アダムのことも丸ごと。

父さまは口を挟まずに聞いて、最後に「わかった」と言った。

アダムの正体はとりあえず3人と、もふさまの秘密ごとになった。

次の日、兄さまと学園に行った。

わたしの行方不明は、突然具合が悪くなり、お遣いさまに助けられて家に帰っていたことになっていて、兄さまとメロディー公爵令嬢も最後の護衛を終えた、なんでもないことになっていた。もともと公爵令嬢の行方不明は関係者にしか知らされてなかったし。アダムの言ったように、メロディー嬢も何事もないように学園に通い続けた。

修道院へ行ったはずのロジールナ令嬢は、行方不明だ。ロジールナ家では話を大きくしたくないようで、騒ぎだてしなかった。

兄さまと父さまの見立てでは、アダムが保護しているのだろうとのことだ。誰から保護をしようというのだと聞けば、わたしの目を見ずに、恐らくメロディー嬢からということだった。それって……怖い考えになるので、考えるのを放棄した。

アラ兄とロビ兄には、アダムの正体以外ありのままを話した。アダムの介入について、ふたりはアダムがわたしに懸想していると思ったようだ。そう双子に思われるぶんには、わたしに直接の害はないので、そこは正さなかった。

どんな思いを抱えていても、平等に時は過ぎる。暑さもひと段落し、自然は秋の準備を始めていた。

わたしたちも準備に余念はなかった。まさに全力投球で毎日挑んだ。

そして気がつけば、学園祭が目の前に迫っていた。

<10章 準備が大切、何事も・完>