作品タイトル不明
第1236話 涙
55階からスタートした。
魔力を封印したらここに来られなくなるのかなと思うと、すぐに涙ぐみそうになってしまう。
思えばミラーダンジョンの恩恵をどれだけ受けてきたのだろう。
ウチの領地は貧乏だった。いや、借金がありマイナスからのスタートだった。
父さまの父さまの前領主は亡くなるまでの2、3年の間におかしなことをして借金が膨らんだとのことだった。
最初は農家の不作が続きそれが町にも浸透し、税金が払えずにお金を借りた。それが無許可の流れの金貸しだったらしい。
前領主のおじいさまはいわゆる 坊々(ぼんぼん) だった。頭はよく、論文などでいくつも賞をとったことがあるらしい。体を動かすことは得意じゃなくて、それが辺境を守る自分の父親へのコンプレックスとなっていたのかもしれない。さらに自分の子供はその父親の方に懐き、幼いながら戦力となるぐらいだった。そういうときに間に入ってくれただろう妻は子供が小さいうちに亡くなった。彼は孤独で、そして世間知らずだった。いいように言われて、無許可の金貸しにお金を借りた。利子も返済期間もあり得ないものだった。彼らはおじいさまに領民から税を取ればいいと言った。
おじいさまにはそれしか方法がなく、税を上げた。同時に不作なのは土に栄養が足りないからだと、栄養剤を買わされそれを領地に撒いた。税を払えない領民が多く夜逃げしたのは金貸したちも予測していない出来事だったようだ。
人がいなくなり、土も目に見えておかしなことになった。
領民たちが怒りを膨らませ、国に直訴すると言い出す者がいた。
病状が悪化し倒れたおじいさまは、家族が到着する前に息を引き取った。
おじいさまが亡くなったことで、もう取れるものはないと思ったのか、金貸しやおじいさまにまとわりついていた謎の人たちは姿を消したそうだ。
領主が亡くなった話は王宮に届き、子供である父さまが引き継ぐか否か連絡がくる。父さまは領地を引き継ぐことにした。
無許可の金貸しは、あらゆる金貸しにもお金を借りさせたから、借金は膨大だった。人も夜逃げをしていなくなり、土地は作物が育たない土となった。
父さまが今まで貯めていた貯金では焼石に水だった。
それでも父さまはおじいさまが最期に居場所としたこの領地をどうにかしたかった。
辺境のおじいさまが必需品を持たせてくれたからなんとか引っ越せたけれど、本当に何もなかった。
森の恵みに助けられ、もふさまと出会った。
もふさまが魔物をやっつけたお肉とお金で、わたしたちは生活ができていた。
やがてミラーダンジョンに来るようになり、ドロップ品で豊かに暮らせるようになった。
何より、みんなといて楽しかった。
戦うことは、ときにはヒヤッとすることもあって怖いことであるけれど。
でも総合すると、楽しいことしか思い出せない。
そうだね。先の未来を悲観するより、今は、今一緒にいられるみんなと、楽しい時を過ごそう。
そう心に決めて、挑んだ。
疲れたらセーフティースペースに入って、料理をしまくる。
誰かを必ず残してくれて、あとはみんなでダンジョンを飛び回ってる。
コンロだけじゃなくて、焚き木も使って、あるだけの寸胴鍋や器具を使い、一度に大量に作っていく。
作りだめ、大事。
もふさまが残ってくれた時だった。
『リディア、何があった?』
静かに尋ねられる。
終焉のことが終わるまで隠しているつもりだった。
誰にも言わないつもりだった。
けれど、ひとりで抱えているにはあまりにも大きくて重たくて……。
「もふさまにはわかっちゃうんだ……」
『リディアの様子がおかしいのは皆感じているだろう。
ただ、今、我が尋ねるのに適していたというだけ』
……そうか。普通にしていたつもりだけど。
考えないようにしても、スッとよぎる。
わたしはもふさまに抱きついて、顎下のホワホワの毛に顔を埋めた。
「光の使い手が短命となる 理(ことわり) がわかったの」
そう言っただけでボロボロと涙が溢れる。
もふさまがわたしの涙を舐めあげる。
「光の使い手は他者の痛みを請け負っちゃうんだって。それで自分で浄化して、でも浄化しきれないものが残っていく。
わたしは近くにもふさまがいたから、臓器にまで浸透してないけど、悪いものがあって。勝手に引き取っちゃうのをやめないと、わたし死んじゃうんだって」
わたしは司祭さまから聞いたことをもふさまに話した。
母さまの呪いを解いた時に見えたあのよくない何か。他の光の使い手の短命と光が使えなくなる現象。体験と推測を交えて。
そして、無意識に止めることは難しく、魔力を封印する、それしか道がないことを。
「2年後、終焉の案件が片づいたら、わたし魔力を封印してもらうことになると思う」
『終焉の件が終わってからでいいのか?』
「うん。その時に何もできなかったら元も子もないし。
14年かけてこれくらいだから、あと2年は大丈夫な気がしてる」
『皆に話さないつもりか? 我にも尋ねなければ言わないつもりだったのか?』
「あのね、もふさま。わたし魔力を封印するのすっごく嫌なの。でも命あっての魔力っていうのもわかってる。
みんなに言ったらすぐ封印しろって言われると思う。わたしだって死にたくない。そう言われるのは辛い。だから言いたくない。
でも、魔力がなくなったら……。
わたしもふさまと話せなくなっちゃう。みんなと話せなくなっちゃう。
ここにも来られない。
魔力が漏れなくなったら、ハウスさんも止まってルームも使えなくなる。安全だった場所がそうではなくなっちゃう」
もふさまのざらざらした舌がわたしの顔を行ったり来たりした。
もふさまに抱きつく、抱きついてわんわん泣いた。
泣くだけ泣いて、もふさまは涙が嫌いなことを思い出した。
『リディアは自分以外の痛みも自分の痛みにしてしまうのだな』
落ち着いた声でいう、もふさま。
「たぶん、わたしだけじゃないよ」
『他の光の使い手もということか?』
「痛みを知ったら、誰でもそうだと思う。光の使い手はたまたま誰かの痛みを引き受けて浄化できる能力があっただけ。みんなはその能力がないから、そうならないだけ」
『……なるほどな』
もふさま、笑った?
『無意識だとすると、引き受ける痛みは自分の中で浄化できる量なのだろう。リディアは魔力量が多い。だから引き受ける穢れが他の光の使い手より多いのかもしれない』
あ、それは言えてるかもなと思った。
大地や海、水、木々。こういった自然にも手を出しているのも、きっと魔力量が多いから。
『こうしてダンジョンにいるのもいい選択だ。ここなら無意識に浄化をしたりしないだろうから』
あ、そっか。ダンジョンは絶えず自分で自動修正されていくもの。他者が浄化とかする必要がない。そんなこと考えてなかったけど、行かなくちゃいけないところに行く以外はダンジョンにいれば〝無意識〟を使わずに済むね。
『……皆に言わないのか?』
「もう少し経ったら言うけど、今はまだ言えない」
今は揺れる自分の気持ちに精一杯で、誰かのことを考えられる余裕がないから。
「もふさま、お願い、みんなに言わないで。
心の整理がついたらわたしから言うから」
『……あい、わかった
リディアがそう言うなら、我はそれを尊重する』
「ありがとう」
またぎゅーっとする。
さっき涙で濡れた毛が、まだ濡れていた。
わたしはダンジョンで気ままに過ごした。
みんなと魔物に挑み、料理をし。甘え、甘えられ。
家族や友達とはフォンや伝達魔法で連絡できる。
休みの日にはダンジョンに来てくれて合流することもあった。
そこで詠唱だったり、編む方式を使ったり、エリア展開で聖力を使ってから攻撃してもらうことを試して、実力よりも大技を決める方法も編み出した。
季節は夏になり、朗報が届いた。
アイリス聖女さまから、終焉の未来視が少しいい方向に変わったという。
瘴気の蔓延する未来視が少なくなったそうだ。
瘴気部屋で着実に瘴気を減らしてきた。これが実を結んだ。