軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別視点33 ヴィンセントの休日〜午前〜

休日の朝は、普段に比べると起床が半刻ほどゆっくりだ。

爽やかな朝の日差しを瞼に感じて起床すると、妻のリィンは既に起きているらしくその姿は無かった。

だが、すぐ隣にはくぅくぅと可愛らしい寝息を立てる幼子の姿。

昨夜魘されたのが嘘の様に穏やかな寝顔に少し安堵しつつ、時計を見てもう少し寝かせておこうと考える。

ベッドから降りて私服に着替えると、洗面所で身嗜みを整えてから居間へと向かった。

居間に入ると、すぐ隣の台所でクルクルと動くリィンの姿があった。

「おはよう、リィン」

「あなた。おはようございます」

朝の挨拶と共に近付いてキスを交わせば、準備してくれていたコーヒーが手渡される。

それを手に居間に戻り、ソファに座って新聞を手に取ると眺める。

穏やかな朝の時間を過ごしていると、新聞に目を通し終えた頃に少し慌てた様子のユーリが姿を現した。

ユーリとも朝の挨拶を交わせばリィンも小さな姿に気付く。

時計を見ればまだ少し早い時間だが、起きると告げるユーリ。

身長が足りない諸々の補助をしつつその身支度を手伝い、リィンが用意していた女の子用のエプロンドレスを着せればすっかり可愛らしい女の子と化した。

息子も可愛かったが、娘は最高だな。

絶対に変な男には渡さん。

そう決意を新たにしつつ、パジャマを洗濯籠に入れて居間に戻るとリィンもユーリの可愛らしさに思わず抱き締めにやって来た。

そしてユーリにすんなり「ママ」と呼ばれるリィン。

私も「パパ」と呼んで貰えるかと声を掛けてみたが、現実は甘くなかった。

この幼さで、しっかり公私を分けられるユーリ。

昨日公の私を見たユーリは決して私を「パパ」と呼ぶ事は無かった。

「また今度」と告げたユーリはしっかり線引きをした。恐らく、仮入隊の間は絶対に「パパ」と呼ばれる事はあるまい。

その姿が父親としては少し寂しくもあり、北の魔王城の一隊長としては頼もしくあった。

そのままリィンのお手伝いを申し出てくっ付いていったユーリとリィンをソファーに腰掛けて新聞を広げつつ眺める。

…やはり娘はいい。

出来たての朝食を三人で囲み、食べる。

美味しそうに、満面の笑みを浮かべて食べるユーリに自然とこちらも釣られて笑顔になる。

作ったリィンも嬉しそうだ。

和やかな朝食を終え、ユーリと食器を流しへ運んだらジャムなどを冷蔵庫へとしまっていく。

その横で、ユーリはテーブルを拭いていく。

その頃にはリィンの皿洗いも程良く進み、リィンに並んで洗い終わった食器を拭いていく。

その間に今日の予定を確認すれば、リィンが買い物に行きたい旨を告げてきた。

食べる事が大好きなユーリが、集落の住民の為の食材市場に興味を示さない訳がない。

買い物が必要なのは本当だろうが、リィンの本命はその後に行きたいと言った公園だろう。

昼前の公園は子供の遊び場だ。ユーリを同年代の子供達に会わせるには絶好の機会の筈だ。

市場に行く事に浮かれるユーリはこの上なく可愛いが、公園には余り反応を示していないのがやはり気になる。

それはリィンも同じらしく、言葉は無くとも目線が交わった。

片付けを終え、出掛ける準備が出来た所で家を出る。

色の白いユーリの為に用意しておいた日除けの頭巾を付けると、完全に女の子にしか見えなかった。

初めて見るユーリに、近隣住民の視線が自然と集まる。

中には余り性質の良くない視線もあり、ユーリを守るように左右の手をリィンと私で繋いでおく。

それと同時にご近所が静かに警戒してくれるのにも気付き、そっと目礼しておくと気にするなと身振りで返ってきた。

そんなこんなで少し歩けば、目的の市場へとたどり着く。

子供好きな店の売り子達がユーリに寄ってもらおうとリィンに声を掛けてくる。

リィンがそれに応えるようにしながら商品を見つつ市場をぐるりと回り、ユーリもリィンと挨拶をしつつニコニコ笑顔を振りまく。

興味を持てば素直に質問し、初めて見る物や美味しい試食に目を輝かせるユーリは市場でも人気者だった。

気付けば目的の買い物にオマケや頂き物が加わって、いつもの倍の荷物になっていた。

私がいるからいいが、リィンとユーリではこの後がままならない荷物量だ。

…荷物に託けて家に同行しようとする輩がいないとも限らない。この辺りをユーリにしっかり躾けなければ。

そんな事を考えつつも市場を後にし、公園へと向かう。

ユーリが家とは逆方向へ向かう事に不思議そうな表情をしたが、公園へ向かう事を改めて伝えると頷く。

ただし、その表情には楽しみという感情は無く困惑に近い感情が浮かんでいたが。

…記憶が無いからか?

それとも、本当に同年代の子供と関わった事が殆ど無いのか。

公園にたどり着いてもユーリの表情はやはり晴れなかった。

そんな中、視界の端にある木に一羽の鳥が止まった。

見覚えのあるその鳥は、北の魔王城で飼われている書簡を運ぶ役割を持つ鳥。

― 出勤が必要無くとも気になるでしょうから魔鳥で簡単に状況報告します ―

昨日の、バクスの言葉が耳に蘇る。

ユーリの“おまじない”の結果が出たのだろう。

丁度手には良い口実になる量の荷物がある。

「リィン…」

そうと決まれば、リィンに声を掛けた。

足早に帰宅し、口実となった荷物を手早く片付けた所で書斎に入る。

窓を開ければ、魔鳥が滑るように室内へ入ってきた。

慣れた動作で私の腕に止まるのを待ち、足に括り付けられた筒から手紙を取り出す。

仕事を遂行した褒美に用意しておいた木の実を与えると、再び飛び立って北の魔王城へと戻っていった。

手紙を開けば、昨日の青年の怪我の状態変化とそれに纏わる“おまじない”の副作用と思われる症状、“おまじない”が齎らした効果の簡単な考察がバクスの字で綴られていた。

実に興味深い。

恐らくは医療魔術ではなく光系統の治癒魔術で間違いない。

医療部隊の今日の話題は間違いなくユーリの“おまじない”についての討論だろう。

まだまだ考える余地が伺えるその報告内容に、知的興味が掻き立てられる。

確認したい資料や過去事例もいくつか頭をよぎる。

だが、あくまでも荷物を置く口実で帰宅したのだ。

ここでこの手紙についてアレコレ考えていてはリィンとユーリに違和感を与えてしまう。

午後のユーリのお昼寝の時間までお預けだ。

いくつか浮かんだ思い付きをメモし、手紙と共に一度机の引き出しに大切にしまった。

公園に戻れば、丁度最近生まれたばかりの赤ん坊を乳母車に乗せた母親二人とかち合った。

公園内では、二組のブランコに相乗りする四人の子供。

ユーリはそこにいた最年長の子供と相乗りしてもらっていた。

おしゃべりをしつつも子供達を眺める母親四人の目も穏やかで、どうにかその場にユーリが馴染んだ事を知る。

赤ん坊の到着と同時に駆けてきた子供達にユーリも続き、乳母車を覗き込む。

自分よりも小さな赤ん坊に、ユーリの表情が蕩ける。

…反応を見る限り、ユーリは決して同年代や自分よりも小さい子供が苦手な訳ではないようだ。

ただ単に接した経験が少ないか、自分よりも上の年代の人物ばかりと甘える事なく接する事が多かっただろうからこそ、付き合い方が分からないと言うのが正しいだろう。

こうしてユーリの成長環境に気付く度に、苦いものが込み上げる。

今ならばまだ充分に矯正できる。

少しでも当たり前の子供として過ごして欲しい。

赤ん坊が眠ってしまうのを見て、少し残念そうなユーリを連れて公園を散歩する。

当たり前の植物や動物、昆虫。

親が子に教えるそのままに一緒に見て回れば、すっかりユーリの兄・姉気分の三人も付いてきてユーリに子供ならではの視点で色々と教えていた。

それはやがて鬼事に変わり、私が鬼として子供達を追う。

ディルナンから聞いてはいたが、ユーリの運動能力は確かに低かった。体力もない。

ずっと他の子供達を追うのは年齢的に辛いが、ユーリならば簡単に捕まえられる。

そんなユーリを幼いながらに他の三人の子供達がしっかり補助していて、感心してしまった。

訓練としてある程度の時間をかけて追いかけつつ、しっかりと運動させる。

昼寝の時間をしっかり取ってもらう為にも。

そんな目論見はしっかり成功を収め、昼食を済ませるなりうつらうつらして、歯磨きをさせればすぐに昼寝に入るユーリ。

さて、ではバクスからの報告を吟味するとしよう。