軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別視点36 騒動は更に加速する(ツェン視点)

さっきまであれ程緊張感に満ちていたドラゴン舎だが、今ではドラゴン達はすっかり落ち着いてほっこりしている。

それもその筈で、ドラゴンの意匠の格好をした幼子を挟んで二頭の生まれたばかりの子竜が揃ってスヤスヤと可愛らしい寝顔を見せているのだ。

〈愛いのぅ〉

〈小さいのぅ〉

〈何でも良い〉

〈無事に生まれた。それで十分じゃ〉

長老達が母竜達と子竜達の一番傍を陣取り、完全なる好々爺の表情で眠る一人と二頭を見ていた。

そんな中、母竜の二頭は眠る己が子竜と一緒にユーリちゃんも優しく舐める。

生まれたのは、朱色の子竜と純白の子竜。

同時に生まれたというのに、朱色の個体に比べて純白の個体は二回り近く小さい。

それでも無事に二頭揃って生まれてくれた。その現実にドラゴン達は喜び、安堵している。

それは二頭の母竜が顕著だった。

特に純白の子竜の母であるエスメリディアスは己が子竜と共に眠る、涙でびしょ濡れだったユーリちゃんを魔術で清めて乾かしてやっている。

その瞳に宿るのは、まさしく母の慈愛と言った所か。

まるでユーリちゃんがもう一人の我が子であるかの様に接している。

今日はユーリちゃんがドラゴンと面会する事が予定された日だった。

ドラゴンというとその巨体に加えて鋭い爪と牙を持つ外見から既に周りを威嚇し、更には例外なく膨大な魔力量を持つ事から、同族以外の幼子から好意を向けられる事は少ない。基本怯えて泣いて逃げられる。

それは過去の経験の数々からドラゴン達も知るところだ。

そんな反応を見る度に少し寂しそうにしているが。

ドラゴン達は全魔獣の中でも千年以上を生きる長命で屈指の実力を持つ種族故か、他の種族に対して寛容で非常に穏やかな性格の 存在(モノ) が多い。

そして小さくて弱い 存在(モノ) を見ると庇護欲を刺激されるらしく、己の懐に入った 存在(モノ) に対しては尽くしたくなるとの事。

それに意思疎通出来る相手であれば、まずは対話を試みる高度な頭脳も持っている。

但し敵として認識されたら、外見の印象通りにそれはそれは恐ろしい存在だ。

隊長と共にドラゴンに会いたがっている珍しい幼子がいるという事を、ドラゴンの中でも四大魔素それぞれで実力・経験共に筆頭である四頭の長老達に伝えたのはユーリちゃんの事を知ってわりとすぐの事。

その時の長老達の驚きっぷりは、驚きの余り人語を忘れてドラゴンらしく咆哮を上げる程だった。

どんな種族でも幼子というのは基本的に可愛いものらしく。

しかも自分達に会いたいと言ってくれている幼子となるとその願いを叶え、あわよくば愛でたいと長老達が話し合いの末に結論を出した。

唯一の不安要素である卵を抱える二頭にも声を掛け、不必要に近付けない事を約束した上で許可を出してくれた。

いつもならば基本、奥に控えている長老達が入口側に出てユーリちゃんを迎える手筈だった。

調理部隊のディルナン隊長とヤハル隊長で日程を調整し、ユーリちゃんが転んだりしない様にゴム長を鍛冶部隊の服飾担当部門に依頼して用意し。

オレがいつもより少し遅い朝食がてらユーリちゃんを迎えに行き、一緒にドラゴン舎に向かって隊長と合流してからユーリちゃんが長老達と会う。

そこに機動部隊のソフィエ隊長がかち合ってしまったのはちょっとした想定外だったけれど、問題ではなく。

全て予定通りに進んでいた。

それが崩れたのは、ユーリちゃんが長老達に触れた時。

ユーリちゃんが『竜の愛し子』という存在である事が長老達によって明るみに出たのだ。

長老達の勧めで他のドラゴン達もユーリちゃんに撫でて貰っている間に『竜の愛し子』とは何かをヤハル隊長と共に長老達に聞いた。

〈『竜の愛し子』と言うのは、どこぞのドラゴンの群れの長が己が子供と同義として契約した人型の幼子の事よ〉

群れで生活する種族であれば、当然複数が共同生活をしている。その中で実力差や得意分野の差が出てくるのは自然な事だ。

そんな群れを統括する為に実力上位の者が長となるのは、秩序を守る上で当然の事。

それはドラゴンとて例外ではない。

ドラゴンの長とは群れ最強のドラゴンと同義。

そんなドラゴンに実子同然の扱いをされる幼子…?

〈その名の通り、我等ドラゴンに愛されし幼子でな。ツェンの『魔性の手』以上の、ドラゴンさえもタラせるという珍しい体質を持つのが第一条件じゃな〉

契約の為に提示された第一条件に、隊長の頬が引き攣る。

それはそうだ。オレの持つ 魔獣タラシ(体質) がどれだけ希少か、入隊してからどれだけ隊長に切々と語られた事か。

それでも不足って、ユーリちゃんは一体どれだけなんだろう??

〈更には幼子が幼いながらにドラゴンの長に肉親並みの好意を持ち、同じ様に長からの好意が向けられて初めて契約できる条件が成立する〉

ドラゴンに会いたがってる幼子がいる事を知った時の長老達の驚きっぷりからして、そもそもドラゴンの長に懐けるなんて強者はほぼ皆無じゃないかな???

ここまでとんでもない条件が続くと、絵空事よりも非現実的な契約だと思う。

逆によくぞそんな契約があったものだと感心さえするんだけど。

〈勿論契約には術式を扱う故、失敗すれば長も幼子もただではすまない。それでも契約を結ぶとなると、その幼子は余程不遇の環境下にあってドラゴンの長が直々に庇護する必要があった表れよ。同時に長たるドラゴンが群れに関係なく我等同族のドラゴン達にも大切に扱う様にと幼子につけた目印でもある〉

ドラゴンは強く長命な種族であるが故か世界中を見ても頭数が少なく、比例してその群れの数も非常に少ない。

魔大陸でも、東西南北の四領の魔王城に小さな群れがある程度。そして天界にも確認されている。

他の野生の群れは人型のたどり着けない過酷な環境に数える程しかないと言われている。

世界的に見て、一種の絶滅危惧種と言っても差し支えないだろう。

つまり世界中を探しても両手の指の数がいるかどうかの、群れの長たる実力派ドラゴン。

そんなドラゴンの誰かに群れさえも超越し、同族全てを巻き込んだ庇護と加護を与えられた不遇の人型の幼子。

それが『竜の愛し子』というらしい。

ユーリちゃんの前に最後に確認された『竜の愛し子』は、初代の北の魔王様。

過去に実際に存在した事は勿論、北の魔王城の創立者がそうだった事もまた驚きだ。

初代北の魔王様には長老達自身もまだ幼い頃に数える程度会っただけで、『竜の愛し子』になった経緯は分からない様だ。

『竜の愛し子』の詳細も北の魔王城のドラゴンの群れに伝わる 竜の宝玉(オーブ) にあった基礎知識程度しか知らないとの事。

記憶がないと言うユーリちゃんとドラゴンの長にどんな出会いがあったのだろう。

きっと種族など関係なく純粋に好意を示すユーリちゃんだからこそ、ドラゴンの長にも大切に愛された。

そしてそんな愛情の形である『竜の愛し子』の契約の裏に存在するのは、同族のドラゴン達を巻き込んでまで庇護しなければならないとドラゴンの長が思う程に悲惨であったであろうユーリちゃんの生活環境。

これも一つのユーリちゃんの新情報とは言え、隊長は思わず唸っていた。

それはそうだ。一つ間違えば、ユーリちゃんを守る為にドラゴン全体が敵に回りかねないという事なんだから。

オレも珍しく眉間に皺が寄りすぎていたらしい。眉間に微かな痛みにも似た違和感を覚えて気付き、マッサージして解す。

こんな表情をユーリちゃんに見せる訳にはいかないと横目に確認すれば、まだまだドラゴン達に物珍しそうに囲まれながら撫で回っていた。

そして、更に続く予定外。

ドラゴンに促されるまま撫で続けていたユーリちゃんは気付けばドラゴン舎の奥、卵を抱える二頭の母竜へと近付いていた。

これには少し慌てたけれど、ユーリちゃんはやたら近付く事なく二頭に声を掛けてただじっと卵を見ていた。

深紅のドラゴンであるミルレスティは自身の意思で受け入れているが、エスメリディアスはそれよりも卵が気になって完全にユーリちゃんに対して上の空だ。少し危うい。

それを監視し、守護する為に赤竜の長老が近付いてユーリちゃんに話し掛けた事で、その予定外は明らかになった。

ユーリちゃんが卵の放つ生命力から所持属性の色を見分けたのだ。

ユーリちゃんが先天的に持つ魔力の感知能力だろうと思う。

先天的に五感で魔力を察知できる者は凄く珍しいと聞いた事がある。北の魔王城でも魔導部隊に何人かいる程度だった筈。

そしてエスメリディアスの卵が魔大陸で生まれる事が奇跡的な確率の光属性の純白のドラゴンである事に気付いてしまった。

魔大陸の持つ魔素は、闇属性が一番強い。その反動か、光属性は殆ど無い。

卵生の生物は周囲の魔素で成長する故に魔大陸に生きる生物は祖先に要因を持たない限り、基本的に光属性を持たない。

そんな中、間もなく生まれるという段階で明らかになったその情報はドラゴン達を、特にその卵の母竜であるエスメリディアスを絶望に叩き落すには十分なものだった。

エスメリディアスは過去に一度、卵を出産していた。けれどその卵は十分すぎる月齢を迎えても孵化する事は無く、いつしか生命の光を失っていた。

その時のエスメリディアスの慟哭を知るからこそ、ドラゴン達は勿論、騎獣部隊も機動部隊も今度こそ無事の孵化を願っていた。

特にエスメリディアスの相棒である機動部隊のソフィエ隊長はエスメリディアスの番である北の魔王領のドラゴンの長にして 魔王(カイユ) 様の騎竜である黒龍のアルスティンと共に、ずっとエスメリディアスに寄り添い続けた。

そんな願いが叶わない可能性がとても高い。

その事実が重く圧し掛かったドラゴン舎の中、ユーリちゃんだけが希望を失わなかった。

自分が光属性を持っていると、エスメリディアスとソフィエ隊長に孵化の助力を申し出た。

また、午後には天界で生まれ育った光属性所持の代表格とも言える天使族の医師が来る事まで教えてくれた。

その代わりに医療部隊と魔導部隊に状況説明をして欲しいとそれは申し訳なさそうにお願いされたが、その程度でこの状況が何か変わるのならばオレも隊長も喜んで動く。

隊長が医療部隊に、オレが魔導部隊に走ると、両部隊とも隊長に加えて副隊長とユーリちゃんの指導員であるもう一人が迷いなく一緒に出て来てくれた。

途中でその全員が合流し、医療部隊のヴィンセント隊長が午後にやって来る件の天使族の医師へ可能な限り早く来城を促す緊急依頼の手紙を魔鳥に持たせて放つ。

大人数でドラゴン舎に戻る頃には既にユーリちゃんがエスメリディアスとその卵に寄り添うようにして座ってそっと卵の表面を撫でていた。

ドラゴン舎に卵を介してユーリちゃんの光属性の魔力が淡く輝いて広がっている。

小さな小さな人型の幼子だ。

そんな子が、自身を削る様にして懸命に力を振り絞る。

魔力譲渡に集中したのは実に一刻半以上で、辛くない筈がないのに弱音は一切吐かなかった。

途中、汗として失われていく水分にユーリちゃんの体調が危惧され、ヴィンセント隊長の指示で水分補給の為の飲み物が至急用意された。唯一エスメリディアスに近付けるソフィエ隊長がユーリちゃんに飲ませに行く。

その間も集中は途切らせる事なく、飲み終わるなり直ぐに卵に向かってしまう。

少しずつ、少しずつユーリちゃんの魔力は目に見えて減っていく。

北の魔王城勤務の大人達も、ドラゴン達もその光景に気が気ではない。

その途中、ミルレスティが抱えるもう一つの卵が気持ち良く卵を破って孵化した時だけは一瞬だけ歓喜に沸いたが、直ぐに周囲がユーリちゃんとエスメリディアスの卵へと意識を戻してしまう。

ミルレスティも孵化した己の子を舐めて誕生を喜びつつ、その視線はエスメリディアスに時折向かってしまう。

やがてユーリちゃんの魔力が限界だと、魔導部隊のシェリファス隊長とアルガ副隊長が同時に声を上げた。

医療部隊の三人にも緊張が走る中、エスメリディアスもそれを聞いて涙ながらにユーリちゃんを止めようとした。

そんな時に、ユーリちゃんはクタクタになりつつ笑顔で奇跡を起こした。

今まで生まれた子竜の中でも恐らく一番小さくか弱いであろう純白の子竜。

けれど、己の力で確かに孵化した。 母竜(エスメリディアス) を見て鳴いた。

その瞬間、ドラゴン舎を覆っていた絶望感は完全に払拭された。

すでに孵化していた朱色の子竜も併せて長老達がそれぞれの母竜に近付いて祝辞を述べた。

それに他のドラゴン達も続く。

対して、我々北の魔王城の隊員達は益々気が気でない。

特に、医療部隊から駆け付けたヴィンセント隊長とバクス副隊長、ユーリちゃんの指導員であるフォル隊員はピリピリしていた。

魔導部隊の三人もユーリちゃんの魔力の状況確認に何やら慌ただしく術式を展開している。

いくら無事に子竜が卵から孵化したとは言え、いや、孵化したからこそ母竜達が人型である我々が無闇矢鱈と近付く事を許す筈もなく。子竜達と眠るユーリちゃんを診察したくとも未だに手が出せずにいるのだ。

喜びに沸くドラゴン達も我々にユーリちゃんの様子が見える様に気を遣ってくれているが、その壁の厚みが無言で母竜と子竜達への接近を拒否している。

エスメリディアスの相棒である機動部隊のソフィエ隊長でも近付けないらしく、三人に向かって首を小さく横に振っている。

ただ機を待つしかない。そう思っていたらふとエスメリディアスの視線がこちらに向いた。

〈騎獣部隊の〉

「なんじゃ、エスメリディアス」

明確にオレか隊長を呼ぶ声に、隊長が答える。

〈この幼子の、名は?〉

エスメリディアスの問い掛けに、オレと隊長は勿論、ソフィエ隊長も息を呑む。

ドラゴンは基本的に他種族の相手を名前ではなく身分や通称で呼ぶ。

それはドラゴンの持つ強すぎる魔力の所為とも、忘れやすい性質の所為とも言われているが理由はよく分っていない。

理由は兎も角、ドラゴンが他者の名を聞くのはとても特別な意味を持つ。

それは相手を己の懐に入れたのと同義なのだ。

これまでエスメリディアスが北の魔王城で人型の名を呼ぶのは相棒たるソフィエ隊長だけだった。

そんなエスメリディアスが、ユーリちゃんの名を求めた。

驚かない筈がない。

ソフィエ隊長にしてみれば不快ですらあるだろう。

〈……あぁ、ソフィエ。勘違いしてはならぬ。妾が騎乗を認めた人型は其方だけ〉

「ならば、何故…?」

〈この幼子を『竜の愛し子』としたのは我が背の君よ。ならば、妾にとっても我が子同然。名を知りたいと思うのは当然の事であろう?〉

だと言うのに、エスメリディアスの口から更なる爆弾発言が飛び出せばそんなオレ達の諸々の感情は一瞬で吹き飛ばされた。

ヤハル隊長も、ソフィエ隊長も、呆然絶句。

状況についてこれていない医療・魔導両部隊の面々も何かとんでもない発言が飛び出した事を察したのか、黙って成り行きを見守っている。

「………………………… 北の魔王城の竜の長(アルスティン) が、ユーリと『竜の愛し子』の契約を結んだ張本竜、じゃと……?」

〈妾が我が背の君の魔力を間違える筈があると思うか。…ふむ、この幼子の名はユーリ、か〉

どうにかヤハル隊長が声を絞り出せば、エスメリディアスはユーリちゃんの名前を知ってご機嫌だった。

用は済んだとばかりにそのままスヤスヤと安らかに眠る一人と二頭にさっさと視線を戻してしまう。

これには、ヤハル隊長がワナワナと震え出した。

それはそうだ。無理もない。

魔王(カイユ) 様が外出先からお戻りになるのは明日の昼頃。

それに合わせて近習・近衛両部隊長も戻るので、戻り次第部隊長会議の予定になっている。

つまり、部隊長会議までにアルスティンに事の真相を問いただす時間がないのだ。

「何でこんな時に肝心のアルスティンがいないんじゃー!!」

一人と二頭を起こさない様に囁き声で盛大に叫ぶという器用な事をするヤハル隊長に、思わずソフィエ隊長と共に全くだと頷いてしまった。