作品タイトル不明
23-13 買い取り/就寝
フリッツたちが泊まっている宿の浴室は1階奥にある。浴槽は畳2畳くらいの広さ、4人が楽に入れる大きさだ。
「……温かい」
グロリアとリタは、身体を流した後、並んでお湯に浸かっていた。少しずつリタも口をきいてくれるようになってきた。
「ふふ、そうだろう? リーバス地方ではあまり風呂に入る習慣がないらしいが」
「はい、でも、お風呂って気持ちいいですね」
リーバス地方は乾燥した気候のため、水が貴重な地域が多いことも手伝って、風呂に入る習慣がないのだ。
「だろう? よし、今度は頭を洗ってやろう」
「え? そんな、恐れ多いです」
「そんなことあるものか。私もリタも、同じ人間だ」
グロリアはリタを流し場に座らせると、頭からお湯を掛けた。
「目は瞑っているんだぞ」
「は、はい」
この世界に石鹸というものはまだ無いので、その地方によって違うが、ここセルロア王国では、サポンという草の根をすり潰したものが使われている。
そのサポンの絞り汁でリタの髪を洗うと、1度目は泡がまるきり立たなかった。
「かなり汚れているな」
「す、すみません」
グロリアの独り言を叱責と取ったのか、縮こまるリタ。そんな彼女の髪を、グロリアは優しく洗っていく。
「怒ったのではないから気にするな。……ほら、きれいになったぞ」
2度目には泡が立ち、汚れも綺麗に落ちたようだ。くすんだ灰黄色だった髪が、明るい黄色になった。
肩口で切られた髪は揃っておらず、艶もあまりない。それでも、先程よりは余程ましだ。
「あ、ありがとうございます……」
「よし、今度は私の髪を洗ってくれ」
「は、はい!」
グロリアの髪は短いので、すぐに洗い終わった。
そして再び、2人で浴槽に入る。
今度は向かい合わせに湯に浸かったグロリアは、リタの身体を正面から見る形になった。
首に黒いチョーカーが巻かれており、胸元には入れ墨らしき文字が入っている。
肉付きはあまり良くなく、うっすらと肋が浮いていた。
「なあ、リタは、売られてきたのか?」
「はい……」
リタは俯いてしまった。
「リタ、私も、お前を連れてきたフリッツ殿も、この国の者ではない。だから、よかったら事情を話してみないか? 力になれることがあるかもしれない」
「はい……」
まだリタの警戒心は無くなっていなかったが、グロリアの優しさは伝わったようで、ぽつりぽつりと話し始めたのである。
「私はリーバス地方のラリオという村の出身です。家族は……いません」
「そう……か」
「追加で課せられた税を払いきれず、その補填をするために……売られました」
「……大変だな」
グロリアとしても、通り一遍の返事しかできない。
「他にも売られてきた子はいるのか?」
「あ、はい。……私の他には10人……」
「そんなにか……」
グロリアも、セルロア王国の闇の深さを感じ取っていた。
「さて、そろそろ上がるか」
浴槽から出るグロリアを、リタが追いかけた。
「ああ、服はそこにあるものを着てくれ。私の服だが、袖をまくるなりして、な」
168センチ、58キロのグロリアと、155センチ程度で、ガリガリに痩せているリタでは服のサイズが合わないのは致し方ない。
「え、でも……」
「下着も大きいかもしれんが、新品だ。今夜のところは我慢してくれ」
「そうじゃなくて……」
まだ遠慮しているリタに向かって、グロリアは微笑みかけた。
「なあ、リタ。私も、お前を買ったフリッツ殿も、聖人君子じゃない。だが、お前をなんとか助けてやりたいと思っているんだ。今は素直に言うことを聞いていてくれないか?」
「……」
リタは無言のまま俯いていたが、やがて涙を1粒、2粒こぼした。
「……なんで、私なんかに、そんなに優しくしてくれるんですか?」
それに対するグロリアの答えはあっけらかんとしたものだった。
「そう言われても困るな。助けたいから助ける、では駄目か?」
「……」
逆に問いかけられたリタは、答えることができなかった。
「おう、グロリア殿、ありがとう。リタもきれいになったな」
部屋に戻ると、フリッツが1人、酒を飲んでいた。
彼を見てびくっとするリタ。グロリアはそんな彼女の肩を安心させるようにそっと抱いた。
「リタ、腹が減ってないか? こんな物しかないが、よければ食べていいぞ」
フリッツが差し示したのは、酒の肴にと用意された山盛りの干し肉だった。食べ物を見たリタのお腹がくう、と小さく鳴る。
「はは、全部食べていいからな」
頬を染めるリタに、フリッツは努めて優しく声を掛けた。
「ほら、フリッツ殿もああ言ってる。食べていいんだぞ」
「は、はい、ありがとうございます……」
床に跪くと、リタはそっと干し肉に手を伸ばし、一口、二口。
「美味しい……!」
塩だけでなく、香辛料も使った干し肉である。何の味もしないような干し肉しか食べたことの無かったリタには驚きであったのだろう。
「あ、あの、もう一口、いただいていいですか……?」
「ああ、だから全部食べていいと言ったろう?」
そう言って皿をリタに向けて押しやるフリッツであった。
「ありがとうございます……」
何度目かのありがとうを言い、リタは貪るようにして干し肉を平らげた。途中、喉につかえて咽せそうになった時は、フリッツが水の入ったコップを差し出してやったりしたのである。
多めに用意されていた干し肉を全部平らげたリタは、改めてフリッツに頭を下げた。それを見たグロリアは、
「もう休んだ方がいいな。……フリッツ殿、貴殿も」
と、促す。その言葉を聞いてリタの身体が強ばった。
「ああ、俺はもう少し飲んでるから、2人とも先に寝ていいぞ。……そうそう、リタは俺の部屋で寝ればいい」
その言葉を聞き、更に身体を強ばらせ、少し青ざめるリタである。
グロリアはそれを見て、察するところがあった。リタはフリッツに弄ばれることを危惧しているのではないか、と。
グロリアとしても、フリッツの本心が読み切れていない部分もあったので、つい試すような言葉を掛けてしまう。
「……フリッツ殿、今夜は、私がリタと一緒に寝ようと思うが、構わないか?」
だがフリッツはそんな2人の心配をよそに、
「ああ、そうしてくれてもいいが、ベッドが狭くならないか? 俺なら、ここのソファでも寝られるのだが」
等と言うではないか。グロリアは心の中で安堵の溜め息をついた。
「リタも心細いだろうからな。今夜は私が付いていよう」
それだけ言って、グロリアはリタを伴い、自分の寝室へと入っていった。
「あ、あの、グロリア……様? 一緒で……いいのですか?」
ベッドに入ったリタが若干狼狽えながら尋ねてきた。
「ああ、少し狭いだろうが、我慢してくれ。明日は別の部屋を取れる……と思う」
そういうことではないのですが、と小さく呟いて、リタは身体の力を抜いた。
「とりあえず心配はするな。夜は寝て、休息する時間だ」
すぐ横にいるリタの頭をぽんぽん、と叩き、グロリアは目を閉じた。
自分がこんなに面倒見がよかったのか、などと思いつつ。