作品タイトル不明
20-27 瀝青
さて、こちらはセキの町のジョン・ディニー。
「ジョン、昨日はありがとさん。おかげで助かったわ」
「いえ、また何かありましたらどうぞ」
ジョン・ディニーは、セキの町を巡り、いろいろな道具や魔導具を修理して回っていた。
鍋の修理から、魔導ランプの修理、果ては雨漏りの修理まで……。
その結果、町の住民の大半と顔見知りになっていた。
ジョン・ディニーは 自動人形(オートマタ) 、操縦しているのは老君。その性格は、老君なりに把握している仁の性格を元にしている。
つまり、仁ならするだろうことをし、仁のように応対をしているわけだ。
そんな日々が5日間続いていた。
「ジョーン!」
自転車を漕いで近付いてくる女性。セキの町におけるジョンの世話係、マヤである。
「マヤ、どうしたんです?」
「クロウさんが呼んでるんや」
「ほう? 何だろう」
ジョンはマヤのあとについて町役場へ向かった。
「よく来てくれた、ジョン殿」
執務室へ通されたジョンは、町長のクロウと1対1で向き合っていた。
「この6日間、町の者たちと交流を深め、傷んだ器物を修理してくれた。その腕前と人柄、見せてもらった」
ここで一拍置いてから改めて言葉を続けるクロウ。
「明日、私の推薦状を持って、ミヤコへ向かって欲しい。私の代理として、副町長のダローが同行する」
こうして、セキの町で認められたジョンは、ミツホ国の中心である都市、ミヤコへと向かう事になったのである。
そして12月6日の朝。
「ジョンさん、いろいろ助かったよ」
「ジョン、女房もよろしく言うてたで」
「ジョン、元気でなあ」
「ジョン、また来てやー」
ジョンとダローはセキの町を出発しようとしていた。そのジョンを見送りに、大勢の町民たちが集まってきている。
「ジョン殿、準備はよろしいか?」
自転車に跨ったダローが、ゴーレム馬に騎乗したジョンに声を掛けた。
「ええ、大丈夫です」
「よし、では行こう」
「ジョン、頑張ってや。あんたなら、きっとずっと上まで行けるやろ!」
「ありがとう、マヤ。また会おう」
マヤはここまで。きっと、この後、カリの集落に戻るのだろう。
そしてジョンとダローはセキの町を後にした。
2人が出たのは北の門である。
門をくぐると、周囲の風景が一変したのでジョンは驚いた。
「ふふ、驚いたかね? これが今の我等の生活様式なのだ」
土を何らかの方法で固めた道路、それも道幅は7メートルほどある。現代地球でいう2車線道路並だ。
「この道路があるからこそ、自転車が有効なのだよ」
今、ダローが乗っている自転車は、鉄製の車輪ではなく、魔獣の革のような材質で覆われており、言わばオンロード仕様になっていた。
「こんな立派な道路、馬を歩かせて大丈夫ですか?」
「はは、心配はいらない。『 瀝青(れきせい) 』という物で固めてあるから、馬くらいじゃあ凹んだりはしないさ」
「『 瀝青(れきせい) 』ですか……」
セキの町も地面は固められてはいたが、それとは明らかに違う様子に、ジョンは興味を持った。
今まで見なかった素材の名前。詳しく聞こうとしたが、ダローは名前くらいしか知らないらしく、詳細はミヤコに着くまでおあずけとなった。
だが、老君は仁から。そして仁は先代から、この素材について、僅かではあるが知識を受け継いでいたのである。
(イメージとしては土色をしたアスファルトのような物のようですが)
地球でも、天然に採れるアスファルトを 瀝青(れきせい) またはビチューメンと呼び、エジプトではミイラの防腐剤として使用されたらしい。
小群国や蓬莱島、魔族領などではまったく採れないため、仁も実物を見たことがない。つまり老君も知らない。ここで初めてその知識を確かめる機会を得たのであった。
(『 分析(アナライズ) 』。……炭化水素だけではないようですね。地球のアスファルトとは違うようです)
休憩時間に、こっそりと調べてみるジョン。
地球でいうアスファルトに比べ、この 瀝青(れきせい) は、より結合力が強いらしい。ゴーレム馬が 全力疾走(フル・ギャロップ) しても凹まないだろうと思われた。
やはり、ミヤコに着くまで、詳細はわからないようだ。
この舗装により、自転車の走行は非常に楽になる。
セキの町を出てしばらくは緩い上り坂であったが、その後はずっとほぼ平坦な道が続いている。
ダローの漕ぐ自転車は平均時速25キロくらいは出ており、エヒムという村を過ぎ、テマエという町には昼前に到着。そこで昼食を済ませ、再び出発。
ナルド、ヤシマという村を通って、夕方にはミヤコに着くことが出来たのである。
「舗装されているというのは素晴らしいですね」
お世辞抜きに、ジョン=老君は讃辞を述べた。100キロという 道程(みちのり) を人力のみを用いて、一日でこなしてしまえるというのは小群国ではなかなかできることではない。
「はは、そうでしょう。ですから私も、こんな軽装でセキとミヤコを行ったり来たりできるんですよ」
ミヤコの町は周囲を堀割で囲まれた都市であった。セルロア王国の都市、首都エサイアがそうだったように、堀割は橋で渡ることになる。
当然、この橋は警備されており、非常時には焼き落としたり破壊したりして敵の侵入を防ぐ役割をする。
今回は、ダローという同行者がおり、セキの町長、クロウの親書も所持していたため、通過は簡単であった。
「『 魔法職人(マギスミス) 』を連れてきたんやな。ご苦労さん。……ようこそ、 魔法職人(マギスミス) 殿。歓迎しますよ」
門衛はダローと顔見知りらしく、親書を見るとすぐに許可を出してくれた。そしてジョンにも愛想よく声を掛けたでのある。
この国では、 魔法工作士(マギクラフトマン) や 魔法技術者(マギエンジニア) でなく、 魔法職人(マギスミス) と呼ぶようだ。
「服装が少し違いますね」
ミヤコの街中に入ったジョンの感想第一弾はそれであった。
ここでは前合わせの服が多かったのである。それも、仁の知識によると、和服風の。……あくまでも和服『風』であるが。
強いて近いものといえば、『甚兵衛(甚平)』だろうか。袖は筒袖で、襟が着物風。下も、ズボンというよりも『 軽衫(かるさん) 』という袴に近い。
「わかりますか。この服装は、ミツホの特徴です。重ね着しやすく、動きやすいのですよ。もっとも、ここミヤコのように、湿気の多い土地限定ですけどね」
ミヤコの背後にはサヤマ湖という名の湖があるそうで、堀割の水もそこから引いているらしい。
また気になる地名が出てきた、と、ジョン=老君は思ったのである。
「生地は……何です?」
「ははあ、さすがですね、違いがわかりますか。『木綿』ですよ」
「木綿?」
ジョンは聞き返した。自分が知っている木綿と同じものかどうかがわからなかったからである。
「ええ、木綿です。ワタという植物から採れる綿なのです。それをどうして木綿というのかは……私は知りません」
「そうですか」
遠目で見る限り、仁が知る木綿と同じである。木綿を採るワタは適湿な暖かい地方で栽培される。セキの町からこのミヤコにかけては栽培適地といえるのだろう。
(また欲しい素材が見つかりましたね)
老君は、異民族……ミツホとの交流にますます興味を惹かれたのである。
「さあ、あそこが迎賓館ですよ」
「ほう……」
ダローの指し示す方には、瓦っぽいもので葺いた建物が見えた。
「今日はもう時間が遅いので、あそこに泊まっていただき、明日朝、首長にお引き合わせいたします。今日はゆっくりお休み下さい」
「わかりました」
焦っても得るものはない。ジョンは素直に頷き、迎賓館で休息することにした。
迎賓館の門番には、ダローの顔と、クロウの親書で簡単に許可が得られ、中へと入る事ができた。
「おお……」
塀に囲まれた中に入ってみると、日本庭園風の景色が広がっている。
(ここまで偶然に一致するということはあり得ませんね。異民族……いや、ミツホ族の祖先は、まさか……)
仁と同じ、もしくはごく近い世界からやって来た者であった可能性が高い、と判断する老君。
(明日、首長と会えば、更に何かわかるでしょう)
翌日が待ち遠しいジョン=老君であった。