軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17-29 光明

思いがけず自分の身体の不具合が解決されることになった仁は、この機会に、もう一つの気になっていたことを解決すべく、相談して見ることにした。

「もう一つ、『魔力過多症』について何か知りませんか?」

「魔力過多症? ……その単語の意味から察するに、魔力が増えすぎて起きる体調不良、ということでいいのか?」

「は、はい」

魔力過多症。今、仁の妹分に収まっているエルザの病である。

仁が作った、余剰魔力を吸収する腕輪のおかげで何事も無く過ごせてはいるが、それはあくまでも対症療法であり、完治したわけではない。

魔素暴走(エーテル・スタンピード) と共に、その解決法を仁は長いこと探し続けていた。

「ふむ。……心当たりはある」

「本当ですか!」

「うむ。…… 自由魔力素(エーテル) がどのように 魔力素(マナ) に変えられるかは知っているのだな?」

「はい。細胞内の『マギ・ミトコンドリア』によって、ですよね?」

「貴殿はマギ・ミトコンドリアと呼ぶか。……そうだ。魔導士の細胞内には、 自由魔力素(エーテル) を 魔力素(マナ) に変える微生物が共存している」

復習するかのように、700672号は語っていく。仁は黙って頷いた。

「魔法を使う際に空気中の 自由魔力素(エーテル) を引き寄せるのは魔導士自身だ。そして必要のない時は 自由魔力素(エーテル) に不干渉、と切り替えるのも魔導士自身だ」

ここまでの説明で、仁には閃くものがあった。

「……そうか!」

「わかったようだな。『魔力過多症』の患者は、必要のないときも 自由魔力素(エーテル) を取り込んでいるのだよ。つまり、 自由魔力素(エーテル) の制御が下手、と言い替えてもいい」

これで、『魔力過多症』の実態がわかった。あとは治療法である。

「 自由魔力素(エーテル) を制御するには何が必要だったかな?」

「……『精神触媒』……ですか?」

「正解だ。おそらく、体内……とりわけ脳内に『精神触媒』が足りないのだろう。魔法を使う事はできても、 自由魔力素(エーテル) の制御ができない程度に」

仁は考え込んだ。エルザは工学魔法と治癒魔法においては、トップレベルの術者である。それでも 自由魔力素(エーテル) の制御ができないのだろうか。

そのことを700672号に告げると、明解な答えが返ってきた。

「周波数のことを忘れておるな」

そう、魔法を使うための魔力の周波数は、 自由魔力素(エーテル) を操るための周波数とは異なっているのだ。仁はすぐにそれを思い出した。

「そうでした。忘れていましたよ」

700672号は微笑みながら仁を見つめた。

「それならば治療法も見当が付くかな?」

仁は即座に返答する。

「ええ。やはり『精神触媒』が鍵ですね?」

「そうだ。『精神触媒』を処方すれば、99パーセント治る」

希望が見えた。だが1つ問題がある。『精神触媒』の残りが心許ないのだ。

地下で見つけたそれらしい物質はあるが、いきなりエルザに処方するのにはちょっと躊躇われた。

仁としては『精神触媒』であると判定したが、エルザに使用するとなると、何かあったら、と考えてしまうのだ。

だが、少し考えれば、杞憂だということがわかる。

「……処方には微量あればいいのですね?」

700672号は頷く。

「生物の脳からだと100万単位で必要だと言ったな? その逆もまた言える。人間に処方するなら、100万分の1グラムもあれば事足りる」

逆に、それだけ希薄な溶液を正確に作る方が難しいともいえた。

「多すぎるとどうなるのですか?」

「『精神触媒』は 自由魔力素(エーテル) のみならず、 魔力素(マナ) にも影響を与える。つまり、魔法の威力が飛躍的に、いや爆発的に高まる。その結果は……」

「体内 魔力素(マナ) の枯渇、ですね」

一般的に『魔力切れ』として知られる症状だ。

「その通り。それはそれで問題があるぞ」

「わかりました。ありがとうございます」

エルザの病気を根治できる目処が立ち、仁はほっとしていた。

以前700672号からもらった『精神触媒』は、0.1グラムくらい残っている。それだけあれば、十分すぎるといえた。

「『精神触媒』の溶液を飲めばいいと言うことですか?」

「そうだ。『精神触媒』は胃の腑からすぐに吸収され、体内を巡り、最終的には脳に蓄積されるはずだ」

これにより、エルザの病を完治させられる。そう思い、仁は安堵の溜息を吐き出した。

「ふん、その様子からすると、患者はジン殿の大切な人物なのかな?」

「え? ええ。出来の良い弟子であり、優れた治癒師であり、大事な……家族です」

エルザの顔を思い浮かべながら仁は答えた。その頬がほんのわずか赤みを帯びていたのに気が付いたのは礼子だけであった。

気掛かりが解決した仁は、ちょうどいい機会だと、700672号にかねてから考えていた提案を行う事にした。

「……俺の所に来ませんか?」

と。

「ジン殿のところ?」

「そうです。先代が基礎を作ってくれて、俺が発展させた拠点があります。そこでなら、もっといい療養ができるかもしれません」

蓬莱島、と言う名前は出さなかった。

「ふむ、吾のことを思ってくれての事と思う。が、吾には……」

「 自由魔力素(エーテル) が必要な事もわかっています。それも含めて、俺には手段があります」

そう言って700672号を見つめる仁。だが700672号は首を横に振った。

「……有り難いが、やはりやめておこう」

「何故です?」

「……ここは。吾のご主人がいた場所だ。愛着もある。そして、吾は滅びる時はここで、と決めている。何年後か、何十年後かはわからないが、寿命が尽きた時、この思い出多き場所で動作を停止したいのだ」

「……そうですか……」

「貴殿の申し出、心遣い、誠にいたみいる。だが、吾の我が儘を許して欲しい」

700672号は頭を下げた。

「我が儘だなんて」

仁はそれなら、と、思いついたばかりの代案を口にした。

「それでしたら、周囲をもう少し俺の手で整備させて下さい」

『 負の人形(ネガドール) 001』が基地として使っていたため、かなりの箇所に歪みがきている。

「ふふ、そうだな。それくらいなら、お言葉に甘えさせてもらおうか」

「わかりました」

まず仁は、先日地下で見つけた『 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) 』と同じものを1基、転送させた。

ランドが運び込み、礼子がそれを受け取って、700672号の前に置いた。

大きさはテイッシュの箱くらいである。それを700672号の枕元に置く仁。

「これをどう思います?」

それを見た700672号は珍しく少し驚いたようだ。

「これは? これをどこで?」

そこで仁は、自分の領地の地下で見つけた、と 経緯(いきさつ) を簡単に説明した。

「なるほど……ご主人の子孫が設置したというのだな。だが、その計画は途中で頓挫した、というわけか……」

「おそらくそうなんでしょう。ですが、その影響と思われる、巨大な百足が発生しまして」

「ふむ……」

自由魔力素(エーテル) には生物を巨大化させるような作用はない、と700672号は言う。

「巨大化は別の要因があるのだろうな。……いや、元々その大きさが生来のもので、単に成長しきれないために見かける個体が小さかった可能性もあるか」

「なるほど、そういうことですか」

700672号によれば、 自由魔力素(エーテル) の濃い環境は生物の寿命を延ばすのだという。

この地にいる魔族の寿命が長いのも、元々の『 始祖(オリジン) 』の体質に加えて、 自由魔力素(エーテル) の効果もあるようだ。

話が逸れたが、仁は蓬莱島製の 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) を設置、動作させた。

「おお……これは心地よい」

仁が改良した新型 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) は、旧型に比べ、より広い範囲から 自由魔力素(エーテル) を集めるようになっている。

「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) と言ったか。……人は変わっていくのだな」

体感できる程濃くなった 自由魔力素(エーテル) 濃度を確かめるように、700672号は数度深呼吸を繰り返した。

「うむむ……かつてのヘールを思い出す。ジン殿、かたじけない」

仁は笑ってそれに答える。

「いいんですよ。あなたの言葉を借りれば、『自分のため』にしたんですから」

「ふむ、なるほど。一本とられたな」

微笑み合う2人。そして仁は、そろそろこの場を辞することにした。

「ジン殿、貴殿にはいろいろ世話になった。また来てくれたまえ。相談ならいつでも乗ろう」

「ええ、ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

仁は再訪を約束し、『白い部屋』を後にしたのである。

この後仁は、ランド隊・ 職人(スミス) 隊に指示を与え、『白い部屋』周辺の施設を整備し、 転移門(ワープゲート) も設置させることになる。

そして700672号は仁の相談役としてこれからも時折協力をしてくれるのだろう。

こうして、魔族全体を巻き込んだ騒動は終わりを告げたのである。

* * *

「あ、おにーちゃん、おかえりなさい!」

3日ぶりにカイナ村にやって来た仁をハンナが出迎えた。

抜けた前歯は生え揃い、きれいな歯並びが覗いている。

「ただいま、ハンナ。ほら、お土産だ」

マーサ邸の台所で、ソバの実を用いて作ったクッキーを出す仁。正確には『ソバボーロ』である。

ソバの実を挽いた粉に砂糖や卵を加えて混ぜ合わせ、焼いたもの。さっくりとした中にソバの風味がそこはかとなく感じられて美味しい。

マーサ邸専用ゴーレムメイドのサラがお茶を淹れた。そのお茶にぴったりの味。

「おいしいね、おにーちゃん」

「うん、ほんとに美味しいよ、ジン」

「よかった」

2人の感想を聞いた仁は、カイナ村でもソバを栽培してこれも名物にできたらいいなあ、と考えていた。

カイナ村の空には秋の雲が流れ、畑では麦の穂が金色に染まり出していた。