軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16-27 霜害対策

翌8月23日。

仁(の 身代わり人形(ダブル) )は、ロロナの案内で畑にする土地を選定していた。

一緒にいるのはもちろん礼子とアン。

「あ、この辺いいんじゃないでしょうか」

南に向かって緩く傾斜した土地。小さな川も流れており、水の便も良さそうだ。

北側には針葉樹の森。北風も防いでくれると思われる。

「ええ、でもここは土地が痩せているんです。痩せすぎているんです」

確かに、草もほとんど生えていない土地である。礼子はしゃがむと、手で地面を少し掘り返してみた。砂と砂利、それに火山灰質の粘土。

掌に土を載せ、仁に見せる。

「あー、有機質が無さ過ぎるのか」

「有機質、ですか?」

ロロナが首を傾げた。イスタリスたちの母親であるが、見かけは20代後半である。

因みに、魔族の寿命は人間の5倍くらいらしい。

ロロナは自分で200歳だと言った。5倍とすれば40歳相当であるが、老化が始まるのは400歳を越えた頃かららしく、まだ若々しい外見である。

それはさておき。

「ええ、有機質です。腐葉土とかですね。それから土が硬くなりすぎていますから深く耕さないと」

農具としての鋤や鍬は、昨日作ってある。全体を鉄で作り、歯先だけはアダマンタイトにしてあるので、ゴーレムの力で耕してもそうそう劣化はしないだろう。

「あとは、土壌改良か……」

仁にしても、そちらは通り一遍の知識しかない。

砂漠に紙おむつを埋め込んだ(実際は高分子ポリマー=高吸水性樹脂)とかいうニュースを見たことがあるくらいで、あとは焼き畑とか豆の根粒菌利用くらいしか知識は無い。

「まあ、窒素、リン酸、カリは必須だな」

植物栽培の3要素くらいは覚えていたので、そちらから準備を整えることにした。

「はあ、なんですか? それ」

そのまま伝えても、ロロナは首を傾げるだけ。なんとなく可愛らしい仕草だが、人妻で3人の子持ちである。

「窒素というのは葉や茎の成長に、リン酸は花や実、カリは根の充実に必要な栄養素ですよ」

「はあ……それも 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の知識ですか」

「さあ、どうでしょうね」

とりあえず、腐葉土、草木灰、骨粉、油かすなどを用意する。

腐葉土は、できるだけ針葉樹の葉が混じらないもの。針葉樹の葉にはテレピン系の油が含まれていたりして根の発育を妨げるからだ。

草木灰は、耕作予定地に生えていた木や雑草を焼いて作る。

骨粉は、ゴミとして捨てられていたものを回収し再利用。

油かすは……無かった。ごま油、菜種油などから油を絞り出した残滓であるが、これらの植物油が用いられていなかったので、必然的に油かすも出ないのだ。

「まあ、クロムギ(=ソバ)や豆から始めていけば、いずれ肥えてくるだろう」

土中に残った根や、収穫した後の殻なども有機肥料に転用できる。

そういった簡単な知識をロロナに伝授していると、いつのまにかやって来たイスタリスも熱心に聞いていた。

「イスタリスはロロナさんの後を継ぐのか?」

「ええ。母のあとを継いで、食糧供給を担当できたらと思っています」

それを聞いた仁は、更に詳しくいろいろと説明していく。

イスタリスの物覚えはよく、仁も嬉しくなっていろいろ余計な事を話したりしてしまった。

「 金肥(きんぴ) といって、お金を出して買う肥料もあって、中でも 干鰯(ほしか) なんていうものを使ったこともあるそうだ」

「3要素の他に、カルシウムやマグネシウム、硫黄も微量あるといいらしい」

「豆の根にあるコブには根粒菌といって、空気中の窒素を固定する菌が共生しているんだ」

「土は団粒構造といって、大きな粒が集まったような状態にすると、根も呼吸しやすくなってよく育つんだ」

「野菜屑なんかは浅い穴を掘って埋めておくと数ヵ月でいい肥料になる」

「もし 泥炭(ピート) があったらそれも肥料になるはず」

イスタリスは、理解しきれなくとも覚えるだけは覚えておこうと、一所懸命に聞いていた。

仁も家庭菜園レベルの知識しかないため、じきに話すネタは尽きてしまう。

「……今、俺に言えるのはそのくらいかな」

「はい、ありがとうございました」

仁は思う。

おそらく魔族は、人類よりも強力な魔法を行使できたがために技術を軽視していたのだろう、と。

そして血が薄まると共に徐々に魔力も弱くなって、今に至るのではないだろうか。

そうやって仁がロロナやイスタリスに説明しているうちに、『アグリー』20体は、2ヘクタールほどの土地を開墾し終わっていた。

この調子なら、今日中に10ヘクタールを開墾し終えるだろう。

氏族100人を養うなら、穀物でいうと15トンは必要になる。そのためには最低でも30ヘクタールの耕地が必要だ。

実際には『森羅』の氏族は50人ほどなので十分に思えるが、連作障害を防ぐための休耕地を含んだ耕地面積である。

寒冷地ということで、収穫減を考慮すれば40ヘクタールは欲しい。

仁が見たところ、現在の耕作地面積はほぼ30ヘクタール。これではギリギリであり、備蓄もままならないだろう。

「今からクロムギを撒いて間に合うかどうか、だな」

イスタリスに聞いたところでは、初霜が降りるのが10月の終わりから11月の初め。初雪が降るのが11月の終わり頃だという。

「クロムギは霜に弱いのよ」

仁は知らなかったが、ずっと栽培をし続けてきた彼等はよく知っていた。

「早ければ2ヵ月で収穫できるんですけどね」

南向きの斜面に畑を拓いたので、多少は効果があるだろう。

「あとは……そうか! 結界!」

「え?」

アグリー達が拓いていく畑を眺めていた仁は、何やら思いついたらしく、工房へと走っていった。

このあたり、本人も 身代わり人形(ダブル) も全く変わっていない。

「うーんと、強度は弱くていい。だけど、効果範囲をできるだけ広く……」

「ジン、何を作ってるの?」

シオンが工房をのぞき込む。あとからイスタリスもやって来た。仁本人と違い、 身代わり人形(ダブル) の走りは魔族であるイスタリスを上回っていたのである。

「霜を防ぐ結界だよ」

「え、そんなことできるの?」

物理的な防御結界なら霜を防ぐことはできるだろうが、数十ヘクタールという広い地域を覆うというのは困難である。

だが、仁は霜を防ぐ方法を幾つか知っていた。

日本の内陸部などでは5月の遅霜の害を防ぐために、重油や廃油を燃やして黒い煙を発生させたり、扇風機を回したりしている。

要は、放射冷却を防ぐか、空気を循環させて凍らせないようにするかすればいいのである。

「極限まで強度を下げた物理結界さ。これ1つで1ヘクタールをカバーできるはず」

仁が作り上げたのは、実用にならないほど弱い 物理障壁(ソリッドバリア) 。通常の1万分の1という強度である。

だが、昼間温められた空気が拡散することを防ぎ、冷気の侵入も防ぐには十分。しかも強度が弱いため人間の出入りには支障がない。

「……へえ……すごいわ」

シオンもその効果についてはすぐに理解できたようだ。

「おそらくだが、 風花(かざはな) くらいの雪も防ぐだろう」

これを使えば、クロムギの二期作が可能になるだろう。できれば春から夏は豆、夏から秋はクロムギがいいだろう、と仁はアドバイスした。

「温室でなくともこれを使えばもう少し作柄をよくできそうだな……」

弱い保温効果により、気温を2〜3度上げられるだろうから、1〜2ヵ月は農作期を延長できそうだ。

「こんな方法で争いの種を潰してもらえるとは、さすがジン様、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) です!」

イスタリスが手放しで仁を褒め、仁は照れて頬を掻いた。

1日の終わりに、ジルコニアの採掘現場を見せてもらうことにした。

それは海辺近くの断崖に掘られた横穴の奥であった。そこを見た仁は驚く。

なんと、無色透明のジルコニアの結晶がざくざくと採れているのだ。

「……何で?」

良く良く考えてみると、無色透明なジルコニアがこれだけ採掘されるというのは不自然極まりない。

「『 音響探査(ソナー) 』」

こっそり探ってみると、かなり奥まで鉱床は続いているのだが、その分布が幾何学的つまり不自然に整った形状をしていることから、半ば人工的なものではないかと当たりをつけた。

採れているジルコニアも、厳密に言うと何か添加物が混じっているようなのだ。

残念ながら仁は宝石系にはあまり詳しくないため、それが何でどういう効果を上げているかまではわからなかった。

とりあえず、この鉱床には過去に何かあったのだろうことは、今となっては容易に想像がつく。

まあ、正体を暴くことが目的ではないので、使える材料が採れるなら今はそれで良し、としておくことにしたのである。

* * *

『 御主人様(マイロード) 、すばらしい発明ですね』

蓬莱島でも老君が仁を褒め称えていた。

「うん、俺もいい思いつきだったと思う。こっちの地方ではともかく、 自由魔力素(エーテル) 濃度の高い向こうなら実用的だからな」

『他の穏健派への手土産になりますしね』

食料の自給自足ができる見通しがあることを理解させられれば、食糧問題は解決したも同然。穏健派はこちらのいうことを聞いてくれるだろう。

「ああ、近いうちに他の穏健派を訪れよう」

『こちらも、過激派の様子がわかりはじめたところです』

「うん、まとまったら聞かせてくれ」

『はい、 御主人様(マイロード) 』