軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15-24 治療と看護

ネトロスはもっと酷い状態だった。

全身を覆う打撲傷と創傷に加え、両脚の骨が砕かれ、四肢の爪も全て剥がされていた。

二堂城に運び込まれてから、ナース・アルファとベータが応急処置だけは施してあったので、2人とも生命の危険『だけ』はないという。だが。

「……酷すぎる」

さすがにエルザも怒りを露わにしていた。

「個人と種族を混同しては、いけない。それがよく、わかった」

「ああ、そうだな。エルザの言うとおりだ。とにかく治してやらないとな」

「ん」

エルザが治癒魔法を使おうとした、その時。

「待て、エルザ。これを使った方がいい」

仁は礼子に取って来てもらった治癒の魔導具を差し出した。

「あ、これ……」

以前、『魔力性消耗熱』事件の時に活躍した魔導具である。リシアたちに貸し出してあった物だ。

『 全快(フェリーゲネーゼン) 』は魔力の消費が大きいので、魔導具の補助を借りて負担を軽減しようというわけである。

この場合、魔導具が内科系の治癒魔法しか使えないことは障害にならない。利用するのは魔力なので。

「『 全快(フェリーゲネーゼン) 』」

まずはイスタリス。淡い光が彼女を包むと、内出血により変色した皮膚の色が元通りになっていき、切り傷も塞がっていった。

エルザのイメージ力と魔導具の能力が合わさった結果である。

「……すごい……」

見ているシオンも目を見張っている。

数十秒で染み一つない綺麗な肌に戻ったイスタリス。

苦しそうだった呼吸もかなり落ち着いてきたようだ。

「次はこっち」

折れた骨を整復してから『 全快(フェリーゲネーゼン) 』を使うエルザ。もうその様子はベテラン治癒師である。

ネトロスも外傷はほぼ癒えたようだ。

「難しいのは、毒」

「ああ、そうだな。……礼子、頼めるか?」

「はい、お父さま。『 分析(アナライズ) 』」

体内に留まる毒素の分析を行う礼子。こういった作業は礼子の方が上手である。

礼子はネトロスにも同じ事を行い、毒素の分析を行った。

「……わかりました。使われたのは二酸化硫黄のようです」

火山性ガスの一種である二酸化硫黄は硫黄を燃やした時にも生じ、以前サキが吸い込んでしまったガスだ。

肺を冒し、呼吸不全に陥らせる。頑健な魔族の身体だったから耐えられたようなものだ。

「とんでもないものを使ったな。死んでもかまわないと思ったんだろう」

この世界では化学が発達してないため、麻酔ガスとしてのクロロホルムやジメチルエーテルなどは存在しない。

二酸化硫黄すなわち亜硫酸ガスは硫黄を燃やせば発生させられる毒ガスなので、フランツ王国でも知られていたのであろう。

「それから胃の中にキノコと思われる残滓が存在しています」

仁がすぐに思い浮かべたのは毒キノコ。意識不明になるような毒を持つ物もあり、この世界でも痺れ薬として使われているのであった。

「わかった。ありがとう、レーコちゃん。『 解毒(エントギフテン) 』」

以前、ゲーレン・テオデリック侯爵の砒素に冒された肝臓に『 抽出(エクストラクション) 』をかけて毒素を抽出したエルザであるが、今回使ったのは『 解毒(エントギフテン) 』。

体内に残った毒物を分解する最上級魔法だ。

これは、サリィが開発した『 解毒(デトックス) 』をベースに、工学魔法の『 抽出(エクストラクション) 』と『 分解(デコンポジション) 』を取り入れ、エルザが最上級解毒魔法に組み上げたのだ。彼女の成長が窺える。

「……『 完治(ゲネーズング) 』」

毒物を分解したのちに、内科系最上級魔法を掛ける。これにより、横たわる2人の身体は治療されたはず。

失った体力や、剥がされた爪が戻るにはあと数日はかかるだろうが、毒による臓器不全などは無くなったはずだ。

「姉さま……ネトロス……」

まだ意識が戻らない2人を心配そうに見つめるシオン。

仁は2人の看病をシオンとルカスに任せる事にした。

「 魔力素(マナ) の補給には少しずつこれを飲ませてあげてくれ」

と、蓬莱島特製のペルシカジュースも用意して枕元に置いておいたのである。

仁はランド1に、更に警戒を強めるように指示を出した。

「シオンを見ているとそれほど心配しなくていいような気もするが、あれだけの目に遭わされた後だ、用心に越したことはない」

拷問を受けた後である、人間を憎むようになっていてもおかしくはない。

「なあエルザ、どこまでいっても争い事は無くせないんだろうかな」

思わず、そばにいたエルザに愚痴をこぼしてしまう仁であった。

「……うん、悲しい、けど」

エルザも、仁のいた世界の概要は知ってはいる。が、そこでも国家間の緊張は無くならず、局地的な紛争は絶えたことがない。

「それが人間だなんて思いたくない、けど」

エルザも仁と同感だったようだ。

「先代が蓬莱島に引き籠もったのもわかる気がするな」

気の合う仲間たちと島に籠もり、好きなものを作って暮らせたらどれほど楽しいことか。

だが、仁はこの世界で多くの繋がりを得てしまった。

「カイナ村が襲われるのだけは防がないとな……」

仁はエルザと共に蓬莱島へ跳んだ。礼子とエドガーを伴って。

* * *

「魔法を使えなくする、兵器? 魔力妨害機(マギジャマー) と、どう違うの?」

「 魔力妨害機(マギジャマー) は詠唱の効果を妨害するものだったが、今考えているのは魔法そのものを掻き消してしまうような兵器だ」

仁はかねてから考えていた構想を披露した。

「それができたらすごい、と思う。でも、どうやって?」

エルザには思いもよらないらしい。

「ああ、いいか、例えば……」

風魔法で起こされた風は局所的な現象である。これは空気分子を操る力が存在しているからこそできること。

水魔法も同様。水分子に働きかけている力があるからこそできる魔法だ。

火魔法も同じ。火という現象は高温になった空気であり、その熱は 魔力素(マナ) が変換されたもの。だがそれを飛ばしたり槍状にしたりしているのはやはりその『力』である。

最後に、土魔法で穴を掘ったり岩を砕いたりしている力も同じ。

「この『力』ってなんだと思う?」

礼子とエルザに尋ねた仁。その顔はいたずらっぽそうな笑みを浮かべていた。

「……わかりません」

「……降参」

2人ともいくら考えても分からないので白旗を掲げた。

「俺は、念力みたいなものじゃないかと思うんだ」

目に見えず、術者の意志で向きや大きさを変えられる。つまり『念』によって操れる『力』。

「これが無ければ魔法は成り立たないと言ってもいいくらいさ」

「確かに」

治癒魔法にしても、どの部分で働かせるかを決めているのはこの『念力』と言ってもいいかもしれない、とエルザは思った。

「念力というと、俺の世界ではちょっと胡散臭い響きになるんで、『精神力』と言い替えてもいいだろう」

念=精神、というわけだ。

「……うん、わかる」

「で、話は戻るが、この精神力を伝えている媒質が 自由魔力素(エーテル) なんじゃないかと思ったのさ」

「理解した。やっぱりジン兄は、すごい」

「お父さま、素晴らしいです!」

エドガーは無言だ。残念ながら彼の 制御核(コントロールコア) では理解が追いつかないのだろう。

「精神力が術者から発生して、魔法として伝わっていく原理を理解できればいいんだが、理解とまでは行かなくても現象を把握できればな」

ここで仁は、自説を開陳した。

「術者は体内に独自の 魔力素(マナ) を持っている。この 魔力素(マナ) は術者の意志で変化させることができる」

声帯が震えて声を発するように、声が音波として空気中を伝わるように。

魔法も術者の体内で練られ、空間を伝わっていく。

「この時、魔法が『伝わる』ための媒質も『 自由魔力素(エーテル) 』なんじゃないかと思っているんだ」

「うん、そうかもしれない。ジン君、さすがだね」

声に振り向けば、そこにいたのはトア・エッシェンバッハ。ステアリーナも一緒である。

「私もその意見に賛成だね」

「ジン君、こんな面白そうな話をしているなら、呼んでくれなきゃ」

トアとステアリーナに言われた仁は頭を掻いて、改めて話をし直すことにしたのである。