軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15-03 大気圏突入

通常、スペースシャトルなどが大気圏に突入する際に取るべき軌道というものがある。

空気抵抗をうまく使って減速すると共に、燃え尽きないような温度を維持するわけだ。

大気圏に突入した物体の先端は空気の抵抗にあう。

この時、速度があまりに速いので空気は押しのけられる間もなく、次々に物体先端に衝突してくることになる。

ごくごく簡単にいうとこれが空気の断熱圧縮である。

それは物理学でいうボイル=シャルルの法則、『気体の圧力は体積に反比例し絶対温度に比例する』、これをもって説明される。

つまり、『圧縮された空気は熱を持つ』のである。それも半端な温度ではない。その到達温度は3000度から1万度以上。

宇宙船の場合、この温度をせいぜい1500〜1600度に保つための軌道というものがあって、それを保つのが非常に重要である。

余計な出っ張りや翼などはこの軌道修正の邪魔にしかならないのだ。

『礼子さん、『 物理障壁(ソリッドバリア) 』はできるだけ広範囲に展開して下さい』

老君からの指示も届く。空気抵抗を大きくして減速させるためと、ファルコン1への熱を少しでも減らすためだ。

今、礼子が乗るファルコン1は 物理障壁(ソリッドバリア) を展開しつつ大気圏に突入した。

高度はおよそ100キロメートル、その速度は実に秒速16キロ近い。減速しなければ数秒で地表に到達する速度である。

この速度のため、 物理障壁(ソリッドバリア) の前方に、高熱でプラズマ化した空気の層ができる。それは高温のため黄色く輝いていた。

「……推定1万度、ですか。……『 冷却(クーリング) 』!」

ファルコン1そのものに触れているわけではないが、その輻射熱は筆舌に尽くしがたく、礼子は工学魔法『 冷却(クーリング) 』でファルコン1の機体を冷やすが焼け石に水。

機首部分が赤熱してきた。64軽銀の溶融点は摂氏1540〜1650度。1万度には到底耐えられない。

地表がぐんぐん近付いてくる。ほぼ鉛直に落下しているのだから無理もない。減速しつつあるとはいえ地表到達まで十数秒しかないのである。

「『 超冷却(アブソリュートゼロ) 』!」

最強の冷却魔法で、ようやく機体の過熱は一息吐けた。礼子は機体制御に集中する。

現在秒速6キロくらい。高度は20キロメートルを切った。

このままでは、減速が不十分なまま地表に落下してしまう。

『礼子、 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) を水平に噴かせ!』

仁からの指示が入った。礼子は即座に反応、機体の姿勢を整えると 魔法型噴流推進機関(マギジェットエンジン) を噴射させた。

ほんの僅かとは言え、鉛直だった落下軌道が斜めになる。これでコンマ何秒かの余裕ができた。

『礼子、最後まで諦めるな。 物理障壁(ソリッドバリア) を解除するなら、機首を少しでも進行方向に向けるようにするんだ!』

「わかりました」

高度は10キロメートル。速度は秒速3キロまで落ちた。あと4秒弱で墜落だ。

礼子は一か八か、 物理障壁(ソリッドバリア) を解除することにした。空気抵抗で一気に減速することに賭けたのである。

「お父さま、お慕いしてます」

魔素通信機(マナカム) に向けて一言呟いた礼子は 物理障壁(ソリッドバリア) を解除した。

* * *

『お父さま、お慕いしてます』

蓬莱島司令室で仁は、礼子の呟きを聞いた。

「礼子!」

* * *

高度3000メートル、礼子は 物理障壁(ソリッドバリア) を解除した。

ファルコン1の機体に空気の塊がぶち当たった。秒速は2.8キロ、マッハ8。

ファルコンの想定上限速度は時速1000キロ。秒速に直すとおよそ0.28キロ。

10倍の速度……だが、仁が心血注いで作り上げた機体は数秒間、そのとんでもない力に耐えたのである。

その数秒で、ファルコン1の速度はマッハ以下に落ちた。その代償として、機首がひしゃげ、両翼が千切れ飛びはしたが。

両翼を失い、胴体も歪んだファルコン1は錐揉み状態で蓬莱島とエリアス半島の中間付近に落下したのである。

落下地点をある程度予測していた老君は、ハイドロ部隊とマーメイド部隊を現場に急行させた。

「老君、どうだ?」

『 御主人様(マイロード) 、ご安心下さい。礼子さんの魔力反応は健在です』

魔力探知機(マギレーダー) で礼子の位置を特定したのでハイドロ部隊は急行。

海面に浮かび上がってきた礼子をすぐに見つけることができた。

一方、マーメイド部隊は海中に沈んだファルコン1を回収することに成功しており、飛び散った主翼などの破片も、8割近く回収することができたのである。

「……」

蓬莱島の司令室で仁は脱力していた。

「ジン君、いったいどうしたの?」

「うまく行かなかったのかい?」

いつの間にか、周りにはステアリーナとトアがやって来ていた。

仁の様子がおかしかったので心配して来てくれたらしい。

「ああ、俺のミスで、礼子に危ない綱渡りをさせてしまった……」

仁は経緯を簡単に説明した。

基礎的な知識のあるステアリーナは理解できたようだが、トアの方は正直わからない、といった顔で聞いていたのだが。

* * *

夕刻、礼子が戻ってきた。ファルコン1の残骸と一緒に。

司令室に1人残っていた仁の顔を見て、最初の言葉はといえば、

「お父さま、ファルコン1を壊してしまい申し訳ないです」

であった。

「馬鹿っ!!」

仁はこれまでにないほどの大声で怒鳴った。礼子は文字通り飛び下がった。

「ごめんなさい、お父さま! できるだけ壊したくなかったのですが……」

そう言って頭を下げる礼子に、仁は無言で近付いて行った。

ますます身を竦める礼子の肩に仁はそっと手を置く。

「礼子、無事でよかった」

「おとう……さま……」

「元はといえば俺の甘い見通しのせいなんだ。精一杯やってくれたお前を責めるつもりはない。だがな、無理をしたお前にはちょっと怒らなきゃな」

そう言って、仁は礼子の頭に拳骨を落とした。

「ファルコンだけじゃない。お前が傷付いたりしたら俺は悲しいぞ」

触覚も備えた礼子には、その拳がさほど力を込めたものでないことがわかる。それと共に仁が自分に向けてくれる親愛の情も。

「……ごめんなさい……」

力なく謝る礼子を仁はそっと労るように抱きしめた。

「済まなかったな。いつもいつもお前には本当に助けられているよ」

「いいえ、それがわたくしの役目ですから」

そんな礼子の頭を撫でた仁は、

「身体の調子はどうだ? どこかおかしくなってはいないか?」

と心配そうな顔で尋ねた。

「いいえ、大丈夫です。お父さまにいただいたこの身体はどこも何ともなっていません」

『 分析(アナライズ) 』で礼子の身体を調べた仁はそれが強がりでないことを確かめ、ほっと溜め息をついた。そして。

「老君、回収したファルコン1のほうはどうだ?」

ようやく、他の事に気を回す余裕ができたのである。

『はい、胴体内は比較的無事でした。破損した両翼は回収できました。十分修理可能です』

「そうか、よかった」

仁はさっそく老君に指示して、ファルコン1の修理をさせる。

自分は回収されたサテライト001の 制御核(コントロールコア) を解析し、問題点を洗い出すことにしたのである。

「お父さま、お手伝いします」

当然礼子はその助手を務める。

こうして、失敗をも新たなる挑戦への糧として、仁と蓬莱島は力を溜めていくのであった。

もっともその前に、礼子と老君へ、3時間に及ぶ仁からのお説教タイムがあったことを付け加えておかねばなるまい。