作品タイトル不明
14-36 クライン王国と熱気球
「何、ジン殿が、『熱気球』を?」
7月27日午後の定期連絡で、ショウロ皇国から発せられた、『熱気球』という名の仁からの贈り物についての情報はクライン・エゲレアの2国に知らされた。
同時に魔族の情報についても連絡され、2国に届いていたマキナからの書簡と併せて首脳陣に緊張が走った。
が、クライン王国とエゲレア王国とでは、魔族の領土との距離に大きな差があり、当然緊張の度合いも違っていた。
* * *
7月29日午前10時、クライン王国首都アルバン。
「おお、見えたぞ!」
「うわあ、本当にジンたちが乗ってる」
「久しいのう」
「凄いですな……」
王城前広場には大勢の近衛騎士と、宰相パウエル、リースヒェン王女、エゲレア王国のアーネスト王子、そしてリシアの父、ニクラス・ファールハイトが仁の到着を待っていた。
アーネスト王子はリースヒェン王女を送りながら、クライン王国を訪問していたのである。
ニクラスが同席しているのは、かつてテトラダでの戦闘時、 統一党(ユニファイラー) の『熱飛球』を目にした1人だからである。
彼等が見ている中、仁の乗った熱気球は広場中央に着陸した。今回降り立ったのは仁と礼子だけ。荷物が多かったためである。
また、エルザは両親の見舞いということでショウロ皇国に残っていた。
「ジン!」
真っ先に駆け出したのはアーネスト王子。リースヒェン王女もそれに続いた。
仁を直接知らない近衛騎士は顔を引き攣らせたが、近衛騎士団団長グレン・ダブロード、若手騎士ハインツ・ラッシュなど、仁を知る者たちは平然と構えていた。
仁は駆けてきた2人にお辞儀をすると、
「お久しゅうございます、アーネスト王子殿下、リースヒェン王女殿下」
「ジン、久しぶり。……そんな話し方だっけ?」
「そうじゃ。アーネスト様の言う通り、少し堅苦しすぎるのではないか?」
「ありがとうございます。それでは……」
仁はこほんと一つ咳払いをすると、
「お久しぶりです、殿下方」
と微笑みながら挨拶し直したのである。
「ジン殿、いや、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン・ニドー卿、ようこそ」
宰相パウエルが仁に歩み寄り、銀色のプレートを差し出した。
「我が国への出入国を許可する証書だ。ショウロ皇国と同じく、10名までの同伴を許す」
「ありがとうございます」
礼を言って受け取る仁。
「さて、それでは早速ですが、この『熱気球』の操作法をお教えします」
仁は構造から始め、操作法へと説明していく。
ところで今回の 気嚢(きのう) は 砂虫(サンドワーム) ではなく、 竜頭ウナギ(ドラゴニックイール) の革を使っていた。
クライン王国で獲れる魔物素材なのでこちらにしたのだ。
一通りの説明を行い、宰相パウエルとニクラスを乗せ、熱気球は空へと浮かび上がった。
「ほほう、これは快適ですな!」
「確かに、 統一党(ユニファイラー) が優越感に浸るのも無理はない」
「魔族に対抗するためならともかく、人間同士の争いには使わないで下さい」
仁は、これを人間同士の争いに使って欲しくない旨を繰り返し口にした。
もちろん仁にもわかっている。ほとんどの技術はそのまま軍事力に転用できることを。
「ああ、わかっておりますとも。デウス・エクス・マキナ殿の言わんとするところ、そして彼が行使した不可思議な力はまだ鮮明に覚えております」
テトラダという最前線にいたニクラスは戦争の無益さが骨身に染みていた。
仁としてもあとは人々の理性と善性を信じるしかなかった。
「……本来なら名誉士爵は王が任命するものなのだがな、代理となったのは申し訳ないと思う」
応接室に通された仁に、宰相が頭を下げた。
ショウロ皇国でリースヒェン王女から告げられた名誉士爵叙爵は通達だけであったので、ここに正式に任命されたわけである。
「今、王は体調を崩し、伏せっておられてな」
「元々父上は身体が丈夫な方ではないのだ。 妾(わらわ) としても心配でのう」
同席したリースヒェン王女も浮かぬ気な顔。
「アーネスト様も御挨拶してくれたしの、少しは孝行出来たかとは思う」
末娘の婚約が決まったことは、父王にとって喜ばしいことであろう。
仁は王に面会できないかとそれとなく遠回しに尋ねてみたが、王族・側近・侍医以外は許されないとのことであった。
(まあ、仕方ないか)
仁としても症状がわからないから確実に治せるという保証もなく、無理矢理面会してまで診察するほどの義理はない。
仁は宰相とリースヒェン王女に、魔族についてわかっている限りの事を説明した。
「……うむ、よくわかった。先程、グロリア・オールスタットが兵士9名と共に帰還したが、マキナ殿からの書簡にあったように魔族に襲われたと報告があった。魔物を使う相手らしい。そしてその魔物ではないのだが、先日マキナ殿が巨大な百足を退治され……」
そこまで口にした宰相は、慌てて仁に頭を下げ、謝罪した。
「ジン殿! 大変申し訳ないことをした!」
もちろんイナド鉱山の一件だ。仁はリシアから話を聞いてはいたのだが、宰相はあらためて説明、謝罪をした。
「本来、そんな廃坑を寄贈するなどあってはならないことだ。であるからして、ジン殿いやジン・ニドー卿には、名誉士爵に加え、勲一等を与えたいと思う。受けて貰えるかな?」
「ええ、ありがとうございます」
少し考えた仁はショウロ皇国で受けたものをこちらで受けないと言うと角が立つので、素直に受けておくことにした。
貴族であると言うことはこの世界では都合のいいことが多い。それはここ最近特に感じている。もっとも、士爵という地位をひけらかすのは必要な時だけ、とも思っている仁であるが。
「それでジン殿、アーネスト王子を卿の『熱気球』でエゲレア王国へお連れするという件ですがな、先程返事がありまして、諒承するとのことでしたぞ」
「そうですか」
仁はこの機会にエゲレア王国まで訪問してしまうつもりであり、アーネスト王子を乗せて行けばいいデモンストレーションになると思ったのである。
ショウロ皇国では女皇帝陛下以下首脳陣を、ここクライン王国でも宰相を乗せた実績があるため、 魔素通話機(マナフォン) による定期連絡でその旨を打診して貰えるよう申し入れていた。
その結果、エゲレア王国王家はアーネスト王子を仁の熱気球で首都アスントまで乗せて行くことを許可したというわけである。
これはもちろんアーネスト王子本人からの強い要望があった事は言うまでもない。
* * *
そして翌8月1日の朝7時。
クライン王国に来る際、運んできたもう2組の熱気球を組み上げた仁と礼子はそれぞれ別々のゴンドラに乗り込んだ。
いかにも心配そうな礼子だが、仁は心配するな、とその頭を撫でた。
当然、軽量化魔法を刻んだ 魔結晶(マギクリスタル) は持っているし、上空にはファルコンらが警護している。
「ジン、またゆっくり話がしたいのう。……アーネスト様、ひとまずお別れですね」
見送りのリースヒェン王女は寂しげだ。
「リースヒェン王女殿下、またいずれ」
「……リース、今度会うときは君をもらいに来る時だよ!」
「あ、アーネスト様……」
あっけらかんとしたアーネスト王子の物言いにリースヒェン王女は真っ赤になった。
「ではジン・ニドー卿、殿下をくれぐれもよろしく」
宰相パウエルの言葉を最後に、仁はゴンドラに乗り込んだ。
「はい、それでは出発します」
仁と礼子がそれぞれ熱気球を操作していく。
ゆっくりと上昇を開始した2つの熱気球を見送るリースヒェン王女は千切れるほどに手を振っていた。
仁のゴンドラにはアーネスト王子と専用ゴーレムのロッテ、礼子のゴンドラにはお付きの侍女、ライラ。
「ああ、やっぱり空はいいね! 父上に頼んで一つ専用の熱……気球だっけ、作ってもらおうかな」
晴れた空を見上げ、広い大地を見下ろし、アーネスト王子はご機嫌である。
「ジンはやっぱりすごいねえ。いつまでも友達でいて欲しいなあ」
「ええ、殿下」
「うん、きっと君は、僕らが裏切らない限り、友達でいてくれるんだろうね? なら僕は君の信頼に応えられる自分でありつづけよう」
それは王族としての勘なのか、はたまたアーネスト王子の才なのか。仁の本心を見抜いているかのような一言であった。
仁自身、『信義』ということに重きを置いている。期待には応え、信頼を裏切らない、というのは仁の信条である。誠実である限り、仁はそれに応えてくれるのだ。
「殿下、リースヒェン王女とは随分仲が良くおなりですね」
「うん、どんな子かと思っていたけど、いい子じゃないか」
王族という立場上、自由な恋愛など望むべくも無いアーネスト。だがこの縁は彼のお気に召したようだ。
リースヒェン王女とも友人である仁は、この2人の将来に幸あれ、と思っていた。
行く手は晴れ渡り、雲一つない。
「殿下、それでは裏技を一つお教えしましょう」
「え、裏技?」
「はい。この熱気球をもっと速く飛ばすための裏技があるんです」
仁はにやりと笑うと、とある魔法を展開した。
「『 風の障壁(ウインドバリア) 』」
『 風の障壁(ウインドバリア) 』は風属性魔法の初級の上といったところ。要は風除けである。屋外での組み立て時など、風で部品が飛び散らないように防御するための工学魔法でもある。
が、その効果はといえば。
「う、うわあ!」
ぐん、と熱気球が加速した。それを見た礼子も同じように『 風の障壁(ウインドバリア) 』を使い、あとを追ってくる。
風すなわち空気の流れである。それを防ぐこの魔法には空気抵抗を減らせるという副次効果があるのだ。
あっと言う間に速度は倍以上になった。おおよそ時速60キロ。
クライン王国首都アルバンからエゲレア王国首都アスントまではおおよそ260キロ。4時間半弱で着ける速度と言える。
「うわあ、この前の飛行船と同じくらいだ」
空の上で無邪気にはしゃぐアーネスト王子であった。