軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-03 アルセニック

倒れかけたエルザを支えたのはエドガーであった。

仁はこんなこともあろうかと礼子に持たせた蓬莱島特製ペルシカジュースをエルザに飲ませる。

自由魔力素(エーテル) 含有量を上げ、魔力回復効果に特化させたものだ。

なんとかそれを飲み干したエルザは、元気を取り戻した。

「……できたな、エルザ」

「凄いじゃないか!」

仁とラインハルトが褒め称える。

「うん、ありがとう」

「で、どうだ?」

その効果はどうだったのであろうか。

「ちょっと待って。……『 診察(ディアグノーゼ) 』」

再度父親の検査をしたエルザは、顔を輝かせた。

「血の塊がなくなって、いる」

「そうか! 思った通りだ」

仁は、脳が内出血を起こしているということは、内科系の治癒魔法でなく、外科系の治癒魔法を使えばいいのではないかと思ったのである。そしてそれは功を奏した。

内科系は、基本的に組織の治癒力を活性化する。外科系になると、治癒力の活性化だけでなく、切り傷なら傷口を閉じる、骨折なら骨の位置を直す、等の付随効果がある。

その付随効果で、血の塊を分解し、身体に吸収させたのである。内出血が消えるようなものと思えばいい。血の塊は異物ではなく、生体の一部である、もしくはあったもの、であるから分解吸収も早い。

「この状態で、脳の損傷をできるだけ回復させてあげればいいと思う」

「うん、わかった。……『 完治(ゲネーズング) 』」

先程のペルシカジュースでエルザの魔力はほぼ全快していたので、再度の上級魔法も問題なく使えた。

「……これで、いいと、思う」

心なしか、子爵の呼吸が深くなったような気がする。

とりあえず、やれることはやった。あとは様子見である。

それで仁たちはもう一度応接室へと移動した。

今度こそモーリッツはエルザに質問を浴びせかけた。

「エルザ、いつの間にあんな高度な治癒魔法を使えるようになったんだ?」

「さっき飲んだジュースは一体?」

「治療したやり方、あれはどういう意味があるんだ?」

等、等、等。

仁とエルザは、その質問に一つ一つ答えていったのである。もちろん、蓬莱島や仁のことはそれなりにぼかして。

「……なるほどな、お前にはそんな素質があったのか。にも関わらず、それを伸ばしてやれなかったな。済まない」

聞き終えたモーリッツは、エルザの才能を見抜けなかったことや、そのために無理な躾けや教育をしてきたことを父親に代わって詫びた。

「……もう、済んだこと。……今度は、マルカスのこと、教えて」

話の順序として、次はモーリッツがマルカスのことを話す番であった。

「ああ。といっても、僕は奴のこと嫌いだったから、あまり詳しくはないんだけどな」

そう前置いて、モーリッツはマルカスについて、知ることを語り始めた。

「奴が初めて我が家に来たのは……12年前、だな。エルザはまだ小さかったからな、憶えてるか?」

12年前というとエルザは5歳。微妙な線だ。

「なんというか、犯罪ギリギリな線での悪巧みが上手いというか、僕はあいつがどうしても好きになれなかった。父は気に入っていたようだがね」

「どこの出身だった、の?」

「うん、僕は聞いていないんだ。父もあまり気にしてはいないようだし」

「技術博覧会で会ったときは別人かと、思った」

「ああ、それはそう思うかもしれないな。この1年で奴は豹変した」

「豹変?」

モーリッツが語ったところによれば、エルザがラインハルトと共に旅に出た頃から、その態度が大きく変わったというのである。

控えめだったのが、表に出てくるようになり、 魔法技術者(マギエンジニア) としての腕前も上達したそうだ。

「まあ、今までの態度が偽りだった、と言う可能性もあるんだがな、と言うか、僕はそれが正解だと思っている」

「では、なぜそんなことを?」

今度質問したのは仁であった。

「なぜ、か。それは僕にもわからない。いくつか推測はできるのだが……」

「情報収集」

「ん?」

「情報収集と、マルカスは言って、いた」

「情報収集か……。それが本当なら、奴はどこかの国もしくは組織の回し者だったことになる」

その発言を聞いた仁は心の中で頷いた。

「と、いうことはだ。態度が変わったのは、こちらの情報を一通り集め終わったため、今度は反応を見定めていた、ということかな」

おそらくその推測は正しいだろう、と仁は思った。さすがに知恵者とエルザやラインハルトが讃えるだけあって、少ない情報からかなり正しい判断を下せている。

だが、今の仁たちが欲しいのは事実だけ。

「マルカスの居室を調べて、みたい」

エルザからの提案に、モーリッツは頷く。

「そうだな、構わないだろう。おいで。……皆さんもどうぞ」

エルザに手を差し伸べて立たせたモーリッツは、残りのメンバーにも声を掛けた。

全員揃ってマルカスの部屋へ。鍵は掛かっていなかった。

「ここがマルカスの部屋だ。調べるならご自由に」

仁とラインハルトに向かってモーリッツは言った。自分はドアの側に立ち、見ているようだ。

仁はさっそく部屋の中を調べ始めた。礼子も一緒である。

「お父さま、ここにこんな物が」

礼子が差し出したのは黄金でできた容器。中には灰色の粉が入っていた。

「『 分析(アナライズ) 』」

さっそく調べてみた仁は、その物質が何かを知って驚いた。

「……砒素だ」

「え!?」

砒素と聞いて、その危険性に気付いたのはエルザだけ。他の者たちは理解していない。

「ジン、『ひそ』って何だい?」

ラインハルトの質問に、仁は深刻な顔で答える。

「一言で言ったら、毒物だ。それもかなり危険な」

「何!」

毒と聞いて、モーリッツも驚いた顔をする。だが、毒が見つかったからと言っても、即犯罪と結びつくわけでもない。仁たちは更に部屋内の調査を続ける。

「この酒は?」

見事な加工をされた水晶瓶に入った酒が3本、棚の上にあった。

「ああ、テオデリック侯爵がお好きな銘柄だ。南部の産で非常に高価でね。過去何度かお届けしたはずだよ」

瓶の蓋はコルクのようなもので、封はされていないから、抜こうと思えば抜ける。

そして、高価な酒であれば、他の者に飲ませることなく、侯爵だけが飲むのではないだろうか。

そう推理した仁はそこにいる者たちの目の前で、中の酒に 分析(アナライズ) を使って見せた。

「『 分析(アナライズ) 』。……これは!」

「ジン、まさか?」

「……ああ、極々微量の砒素が検出された。侯爵がこれを飲んでいたとすれば、肝硬変の原因はおそらくこの酒だ」

衝撃の事実であった。

モーリッツも顔を青くしている。自分の家の者が侯爵に毒を盛ったことが公になれば、取りつぶしは間違いないからだ。

そうでなくても、父が起こした騒ぎで処分が検討されているというのだから、モーリッツの心労は深かった。

だが仁は、それ以上に気がかりなことがあった。

「……マルカスは、砒素の存在を知っているのか……」

以前、研究所の地下を確認した際、砒素とニッケルが分離されており、ニッケルはステンレス用の添加金属と言われており、砒素についても先代はその存在を知っていた。

だが、今の時代では知られていないらしい。

魔導大戦を境に、砒素に関する知識が途絶えたと見て間違いないだろう。

しかし、魔族と思われるマルカスは、砒素の存在を知っていた。ということは、魔族の間には、魔導大戦による知識の断絶がないということになる。

もちろんこの1点だけで判断することは危険であるが、少なくとも可能性はあるということだ。

魔族は、今の人類よりも高度な技術や文化を持っている可能性がある、仁はそう結論した。

「……済まない、ちょっと気分が悪くなった。部屋へ下がらせて貰う。……エルザ、後はお前に任せる」

一方、家が取り潰される事を想像したのだろう、青い顔のモーリッツはよろめきながら立ち去った。

「兄さまの気持ちは、分かる。でも、今は、真実を、調べないと」

エルザは気丈にもそう言って、部屋の調査を継続した。