軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-54 エルザ

「毒物ですって?」

ゲルハルト女皇帝が驚きの声を上げた。

「毒!? 誰がお祖父様にそんなことを!」

サキも憤る。

「……エルザ、治せるか?」

「わからない。でもやってみる。『 完治(ゲネーズング) 』」

「な、何!?」

エルザが 完治(ゲネーズング) の治癒魔法を使ったことに驚く魔法技術相。それもその筈、現在のショウロ皇国では、 完治(ゲネーズング) を使える者は片手で数えられるほどしかいなかったのである。

だが、そんなことに頓着せず、エルザは重ねて 完治(ゲネーズング) をかける。が、彼女の顔は晴れない。

「……駄目。肝臓の機能が戻らない。毒が邪魔している」

基本的に、治癒系の魔法は身体が本来持っている機能を活性化するものといえる。そして肝臓の機能の一つは解毒作用。その肝臓が解毒できないような毒物が蓄積しているとすれば、いくら肝臓を活性化しても元に戻らないのは道理である。

普通なら寝たきりになってもおかしくない状態なのに、曲がりなりにも日常生活が送れていたのは、治癒魔法のおかげであろうか。

毒が蓄積した肝臓以外の不具合を治癒し続けていたおかげで、今日まで寝込まずに済んでいたのだろう、と仁は推測した。

一方、エルザはどうやったら侯爵を治療できるのか考え込んでいた。そんなエルザに、仁がアドバイスする。

「エルザ、毒の種類は分かるか?」

「うん、おそらく、砒素」

「砒素か……」

あまりにも有名なその毒物であるが、この世界の人々は知らないらしい。『ひそって何?』『いえ、私は存じません』などと囁き交わしていることからも分かる。

考えた末、仁は一つの手を思いつく。

「エルザ、『 抽出(エクストラクション) 』を使ってみるんだ。ピンポイントで毒物だけに、なら使えるはずだ」

工学魔法は生体に働きかけることは出来ない。が、生体内の毒物なら、効果があると仁は考えたのだ。

「……難しい。でも、やってみる」

エルザは精神を集中させる。 診察(ディアグノーゼ) で肝臓に溜まった毒物を探り当てつつ、 抽出(エクストラクション) を使うのだ。

非常に微妙な作業である。だが、15分ほどかけてエルザはやってのけた。侯爵の脇には、取り出された砒素が少量の灰色の粉となって落ちていた。

それを慎重に布で包み、人の手に触れないようにしたエルザは、ほっと息を吐いた。

「……終わった。9割以上は、取り除けた、と、思う」

それだけ言うと力尽きたエルザはがっくりと崩れ落ちる。それを支えたのはエドガー。

「あり、がとう、エド、ガー」

エドガーは空いたソファにそっとエルザを座らせた。

「エル……ザ? おまえは……あの、エルザ、なのか?」

目を丸くして見つめる侯爵。

よろけたときにカツラがずれ、更に横たわった今完全にカツラは外れ、プラチナブロンドの髪となったエルザ。保護眼鏡も外したので、素顔が現れていた。

「そうか、お前、無事だったのだな……ああ、なんだか身体が楽になったようだ」

無くした体力はすぐには戻らないが、身体の中にあった違和感が消え、侯爵は久々に爽快な気分を味わっていた。

「テオデリック侯爵、エルザは貴方との婚姻を嫌がっていたにも関わらず、一所懸命貴方を治してくれたのですよ」

諭すような女皇帝の言葉、だが、侯爵は言われずともわかっていた。

「うむ、エルザ、感謝する。お前との婚姻は白紙に戻す。好きな道を歩むがよい」

「あ、ありがとう、ございます」

エルザは、ずっと心の中にわだかまっていた 澱(おり) のようなものが溶けていくのを感じていた。

「ジン君、エルザ、ご苦労様。貴重な人材を救ってくれたわね。お礼を言わせてもらうわ」

女皇帝は嬉しそうに2人に言った。宰相も、そして魔法技術相も微笑んでいる。

「エルザの事は後ほど公式に発表するわね」

* * *

「さて、それではジン君、いえ、ジン殿にお話をさせていただくわ」

今度は、ゲルハルト女皇帝から仁への要望を話す番である。

「以前お話しした、『科学』を教えてもらいたいということよ」

それを引き取って、ユング・フォウルス宰相が話し始めた。

「デガウズ魔法技術相やゲバルト・アッカーマンとも話をしたが、あの『飛行船』という乗り物は、『科学』と魔法の組み合わせによるものなのであろう?」

さすが国のトップ、飛行船に使われている技術のルーツを正しく認識していた。

「科学という学問が、我が国、いや、この世界にどれほどの恩恵をもたらしてくれるか、計り知れないものがある、と我々は結論した。いかがであろう、ジン殿?」

ここで再び女皇帝が話を引き継ぐ。

「ジン殿には、 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) の称号と、子爵位、それに領地を授けたいと思います。どうでしょう、我が国に仕官してもらえないかしら?」

「……」

突然のことに仁が何と答えたらいいか考えていると、

「今すぐに答えてもらわなくていいわ。そうね、今月中に返事をもらえるかしら?」

今日は21日。6月の末日、29日までに返事をすればいいといってくれたわけである。

「わかりました、よく考えたいと思います」

「いい返事を期待しているわね」

そう言って女皇帝は席を立った。宰相たちもそれに続く。テオデリック侯爵も立ち上がった。

「ジン殿、エルザ嬢。感謝してもし足りない。我が領に来ることがあったら、歓迎させて貰う」

仁とエルザに礼を言い、侯爵はふらつきながら歩き出した。肝臓が治ったとはいえ、体力まで戻ったわけではない。介添えが支えようとして、それを遮ったのはサキであった。

「……サキ?」

「……お祖父様、私がお送り致します」

少しそっぽを向き、幾分頬を赤くしながらであるが、サキが名乗り出た。

「おお、そうか。うむ、有り難い。では頼むとするか」

そしてサキは侯爵を支えながら会議室を出て行った。仁とエルザは黙ってそれを見送ったのである。

「……」

「……」

そして、しばしの沈黙の後、仁がエルザに声をかけた。

「俺たちもいくか」

「ん」

仁とエルザは並んで会議室を出た。エドガーと礼子は空気を読んでいるのか、無言で続く。

だがそこに意外な者が通りかかってしまった。

「エルザ! エルザではないか!」

その声にエルザがびくっと震える。

「……父さま」

カツラも保護眼鏡も外したままであったから、見咎められるのは当然である。

ぱあん、と音が響いた。父、ゲオルグがエルザの頬を平手で叩いたのだ。

「あぅ」

その勢いにエルザはよろめき、エドガーが辛うじてそれを支えた。叩かれた頬を抑えるエルザ、その目には涙が溜まっている。

「この親不孝者め! 今まで何をしていたのだ! さっさと来い!」

エルザの手を掴もうとする、それを遮ったのは仁。

「ちょっとお待ち下さい、子爵」

「なんだ、貴様は……ん? おお、飛行船を作った 魔法技術者(マギエンジニア) だな。ジン・ニドーとか言ったか」

「はい、ジン・ニドーです。エルザはあなたの道具ではありません」

「ふん、わかった風な口を聞くではないか。他人が親子のことに口を出すな」

ゲオルグは仁よりもかなり大きいし、体格もいい。現役の軍人であり、周囲には部下もいる。

だが仁は臆することなくゲオルグに面と向かって言いたいことを言った。

「エルザはもう一人前です。いくら親でも、一人前の娘を好き勝手していいわけがないでしょう」

「生意気なことを。……一人前だと?」

「そうです。女皇帝陛下がお認めくださいました。書記官が記録しているはずです」

「ふ、ふん、だとしても私はエルザの父親だ。父親が娘を連れ帰って何が悪い」

ゲオルグは父権を盾に取った。確かに、ショウロ皇国において、エルザの独立はまだ行われていない。

この世界に戸籍や住民票という制度はないが、あったとすれば、今のエルザの本籍地はランドル子爵の元ということになる。

このタイミングでエルザが見つかることは仁も老君も予想していなかったため、父権を持ち出されては逆らえなかった。

「ふん、わかったようだな」

鼻で笑ったゲオルグは、そばにいた1人の男に目配せをした。その男は進み出て、仁に正対した。

「あの飛行船はなかなかのものでしたがね、所詮は玩具です。兵器としてはやはり力が必要でしょう」

その男とは、巨大ゴーレムを作ったマルカスであった。

「どこぞの国の王子様が、得体の知れない輩が持ち出した巨大ゴーレムを褒めてましたがね、どうせ見せかけですよ。大きくなればなるほどゴーレムの性能は落ちる」

あながち的外れの意見ではないだけに、仁も反論しようと思いかけ……思い直し、エルザに意識を向ける。

仁とマルカスがやり取りをしている間に父ゲオルグはエルザの腕を掴み、引き寄せていた。

エルザは抗うが、圧倒的な体格差もあり、振り解けない。

「子爵、無理強いはおやめ下さい」

そんなエルザを庇ったのはエドガーである。

蓬莱島の素材で作られた 自動人形(オートマタ) は、人間の数倍以上という身体能力を誇る。

「な、何をする」

ゲオルグの腕を掴んでエルザから引き離すことは、エドガーにとって容易いことだった。

「貴様、木偶人形の癖に、私に逆らうのか?」

「いえ、私はご主人様であるエルザ様をお守りしただけです」

さりげなくゲオルグとエルザの間に割って入るエドガーであった。

「……何だ?」

「何ですの?」

その頃になると、騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってくる。

ゲオルグはそれで引き下がるかと思いきや、逆に居丈高になった。今度は仁に向かい、暴言を吐く。

「貴様、私の娘を誑かしておるのだな?」

さすがにそれには礼子が黙っていなかった。

「いいかげんにして下さい。お父さまをそれ以上侮辱することは許しません」