作品タイトル不明
12-04 粘る液体
「え? そうなのかい、ジン」
「ああ。これじゃあまだまだ甘みが足りないだろう。それにゴミも入っているから、濾した方がいいと思う」
残念そうなサキだったが、仁の言葉を聞いてまた勢いを取り戻す。
「なんだ、そんなことか。それじゃあジン、よろしく」
「え?」
「え、じゃないよ。ジンは 魔法技術者(マギエンジニア) なんだろう? それも超一流の。だから頼んでるんじゃないか。そういう魔導具を作ってくれと」
いや、頼まれてないぞ、と言い返そうとした仁の肩をラインハルトがそっと叩いて言った。
「すまん、ああいう奴なんだ。……慣れてくれ」
まあ仁としても別に嫌なわけではない。ただなんというか、サキのノリに付いていけなかっただけである。
そのサキは、仁とラインハルトを見てくふふ、と笑った。
「……わかったよ」
何となく乗せられたのがちょっと癪に障った仁は、サキが示した素材棚から 魔結晶(マギクリスタル) を、そして資材置き場から小さな鉄のインゴットを持って来た。
そのまま仁は何も言わずに魔導具作製に取りかかった。
「『 変形(フォーミング) 』。『 変形(フォーミング) 』。『 熱処理(ヒートリート) 』。『 表面処理(サフ・トリートメント) 』」
まずは鉄製部品作り。一気に変形・成形し、表面処理まで終わらせてしまう。
「『 書き込み(ライトイン) 』。『 書き込み(ライトイン) 』。『 仕上(フィニッシュ) 』」
魔結晶(マギクリスタル) にも 魔導式(マギフォーミュラ) を一気に書き込んだ。
その作業速度はラインハルトにさえも追従できないほどのもの。
「お、おおお!」
仁の正体を知っているラインハルトでさえ驚愕した。サキはと言うと。
「な、なんだって!?…………」
さすがに呆気にとられたように口をぽかんと開けたまま固まった。
「さて、これは『コンロ』という魔導具だ、火の魔法を応用して、上に乗せたものを加熱する事が出来る。火力調整はこのつまみで出来る」
固まったサキを無視して、ラインハルトに説明する仁である。
「ううむ、これはいいな!『コンロ』だって?」
「ああ。実は以前俺が開発したものの上位機種だ。クライン王国で販売しているのは 魔石砂(マギサンド) を使っているが、これは 魔結晶(マギクリスタル) で動作する」
「これは煮炊きにも使えるのだろう? この大きさでこれは驚きだ!」
実は、ショウロ皇国には加熱の魔導具が存在した。だがそれは、言うなればパン焼き窯のような形で、到底持ち運び出来るものではない。
「選民思想の弊害なんだ」
ラインハルトは仁に説明しながら残念そうに笑った。
「わざわざ庶民のためにそんな魔導具を作ろうとした 魔法技術者(マギエンジニア) がいなかったんだよ」
そんな会話をしていたら、ようやくサキも再起動したようで、
「ジ、ジン、君はすごいのだな! ……正直、ラインハルトが大袈裟に言っているだけだと思っていた。侮ったことをお詫びさせてもらう」
頭を下げるサキ。
「あんな性格だが、裏はないよ」
ラインハルトもそうフォローする。それを聞いた仁は頷いた。
ちょっと回り道になってしまったが、仁製作のコンロでメープルシロップ(の原液)を加熱する事にした。
桶のままではまずいので、鍋に移してからだが、ちょうどいい鍋がなかったので仁が銅のインゴットから作り出したのは余談である。
さて、シロップが煮詰まるまでは時間がかかる。焦げ付かないように、仁は礼子に見ている(もちろん時々かき回す)ように言いつけた。
その間に、仁は先ほど気になった桶の中身をもう一度見てみた。
黒い、粘性の高い液体。触るとかぶれる。樹液。
「漆……か?」
実際の漆の樹液は黒くはない。茶灰色で、粘度もそれほどではない。精製してはじめてあの黒いツヤの出る塗料となるのだが、さすがの仁もそこまで詳しくはなかった。
もっとも、そこにあったのは漆そのものではなかったので同じ事だが。
「ジン、何と言った? うろし?」
「う、る、し、と言ったんだ。俺が知っている天然塗料にちょっと似てたんでな」
サキはそれを聞いて頷く。
「そうか、やっぱりこれは塗料に使えるんだな? 実はこれは旅の商人が一樽置いていったんだが、もっと南の方で採れるらしいんだ。性質調べていたらあのざまさ」
多分手で触って見たりして、またその手で顔をこすったりしたのだろう。
「その隣は……おや?」
隣の桶に入っていたのはやはり粘性の高い液体。だが色は白。仁にはこれにも見覚えがあった。
「これってお茶の木の樹液かな?」
それに答えたのはやはりサキ。
「お茶の木? お茶は別の木で採れるさ。これは『ペルヒャ』の樹液だ」
カイナ村でお茶の木と呼んでいる木はペルヒャというらしい。が、名前よりも重要なのはその性質である。
仁は素材棚に硫黄があるのを先ほど見ていたので、それを取ってくる。
「ジン、硫黄をどうするんだい?」
怪訝そうなサキに仁は笑いかけ、工学魔法でペルヒャの樹液の量を計測し、それに見合う量の硫黄を添加した。
「さて、サキ、ちょっといいかな」
そう言った仁は、サキを手招きした。
「何をするんだい?」
「うん、便利なものを作ってやるから、この中に手を突っ込んでくれ」
「ふうん? まあ君がそう言うなら」
サキはそう言って、何の躊躇いもなくペルヒャの樹液に手を突っ込んだ。
「よし、手を出してくれ。……『 架橋(リンキング) 』」
ペルヒャ樹液と硫黄との架橋反応が進み……出来上がったのはゴム手袋であった。
「『 分離(セパレーション) 』」
手にくっついていたゴム手袋を分離して完成だ。
「ジン、これは?」
「ゴム手袋だよ。漆を扱うときとか、素手で触りたくないものに触れるときとかはそれを使うといい。まあ長いことはめてると蒸れるけどな」
サキは自分の手にぴったりフィットしたゴム手袋をしげしげと眺め、次いで掌を閉じたり開いたり。
「なるほど、これはいいな! ジン、感謝するよ。君は本当にすごい 魔法技術者(マギエンジニア) なんだねえ。ラインハルトが褒めるのも当然だ」
「だろう? 僕の自慢の友人さ」
ラインハルトも胸を張る。そんな彼の姿を見てサキは笑った。
「くふふ、ラインハルト、本当に君はジンに心酔しているんだねえ。まあわかるよ。ボクも惚れてしまいそうだ」
そう冗談を言ったサキの顔はまたしても寂しげな影を宿していた。
が、やはりそれは一瞬のこと。
ゴム手袋をはめたサキは、さっそく漆もどきの樹液の桶へと手を伸ばしていた。
「こいつが、なかなか乾かないんだ。木の板に塗ってみたが、まる1日経っても乾いていない」
横に置いてある、黒く塗られた板の表面をゴム手袋をした指先で触れてみるサキ。その指先が黒くなった。
「……やっぱりまだ乾いていない」
指先をぼろ布で拭きながら残念そうに言うサキ。
おそらく、素手でそんな事を続けていたのでかぶれたのだろうと思われる。
「うーん、ちょっと待ってくれ」
仁は、なけなしの漆に関する知識を思い起こしていた。
そもそも、普通の生活をしていたら、漆器はともかく、塗料としての漆を目にする機会はほとんど無いだろう。
だが、辛うじて仁は、『焼き付け』という単語を思い出した。
それは、戦国時代に代表される武士の鎧、その着色が漆によるものが多いこと、そして『焼き付け』で定着していること。その2つをTVか何かで聞いた事があった。
「もしかすると、温度を上げれば乾く……いや、固まるかもしれない」
そう助言してみる仁。それを聞いたサキは顔を輝かせてラインハルトに詰め寄った。
「聞いたかい、ラインハルト! さあさあ、頼むよ!」
「……ホントに変わってないな、お前」
「くふふ、それはそうさ。アプルルの木にペルシカがなってたまるものかい」
そんなやり取りのあと、苦笑しつつもラインハルトは黒く塗った板に近寄り、
「『 加熱(ヒート) 』」
熱するための工学魔法を使った。もちろん燃え出すような温度にはしていない。
仁も一緒に眺めていると、1分ほど経つと、濡れたような光沢だった表面が、心なしか艶が無くなってきたようだ。
更に1分ほどで完全な艶消しになった。ラインハルトもそれに気が付いたようで、魔法の行使を止める。
サキは、ゴム手袋をはめた手の指でそっとつついてみる。塗料は手に付かなかった。乾燥もしくは硬化したのである。
「おお! 出来た! ジン、君の言ったとおりだ! そうか、熱すればいいのか、これは気が付かなかった」
嬉しそうなサキ。
「この『うるし』に似た樹液は塗料として使える! あとは特性を調べることだな。それはそれで楽しみだ」
そう言って窓の外を見たサキは目を顰めた。
その仕草がどうにも気になった仁は、直接聞いてみることにする。
「サキ、違っていたら謝るが、君って目が……あまり良くないのか?」