作品タイトル不明
11-41 70パーセントの脅威
自宅に戻った仁は、カイナ村の方はバトラーAに任せ、工房地下の 転移門(ワープゲート) で蓬莱島へ戻った。
「老君、詳しく話してくれ」
挨拶も抜きで、仁は本題に入った。
『はい。事の起こりは……』
老君は時系列順に説明を行った。
リシアがたまたまラクハムにいたワルター伯爵に挨拶し、その館(別邸)に1泊したこと。
その際、連絡用の鳩に何かをされた可能性が高いこと。理由は、その後鳩が羽を膨らませるというような具合の悪さを見せたこと。
トカ村を出た日には体調が悪くなっていたこと。そのリシアが体調を崩した翌日にはワルター伯爵も体調を崩していたこと。
そして今朝、急激に容態が悪化した伯爵が……
「あの伯爵……最後まで碌な事しやがらなかったんだな」
状況の説明を聞いた仁は、掌に爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。ワルター伯爵に対し激しい怒りを覚えていたが、その相手は既にこの世の者ではない。
仁は、今優先すべき事……病気の対策に頭を無理矢理切り換えた。
「なるほど、よくわかった。老君の推測は俺の推測と同じだ。鳥を介して媒介される伝染病の可能性が高い」
仁は鳥インフルエンザ、それにオウム病という単語を思い出した。この世界にも似た病気があるのだろう。
『リシアさんが体調を崩されたときは、回復薬で全快しました。その際、報告したかと思いますが、持ち物は紫外線などによる殺菌消毒を行い、馬と鳩にも薬を投与してあります』
そして念のため、先日は薬効を付与したペルシカジュースを村人全員に飲ませている。カイナ村はとりあえず安心と思っていいだろう。
「だが、リシアたちが辿ってきた道筋の村、そしてラクハムと周辺の町……」
先日危惧していた事である。今のところ病人はまだ出ていないようだ。
だが、もしも鳥から人にだけでなく、人から鳥にもうつるとしたら一大事である。瞬く間にクライン王国全土、そして周辺国へ広がってしまうであろう。パンデミックである。
『その魔族らしき男、ラルドゥスというらしいですが、居場所を特定するため、所持していた短剣は回収済みです。もうすぐランドYが届けてくるでしょう』
「ん? ランドY? どういうことだ?」
ランドYはカイナ村防衛担当のはずである。それがなぜ魔族の所持品を? と仁は疑問に思ったのだ。
『はい。そのラルドゥスはデネブ30が追跡していたのですが見破られてしまい、短時間ですが戦闘になったのです。その際、短剣を奪ったのですが、デネブ30も攻撃を受けて動作不良を起こしたため、サポートとしてランドYとZを向かわせ、短剣はランドYが、デネブ30はランドZが回収する手筈としました』
「デネブ30単独で追跡させたのがまずかったな」
『はい。人数が多ければそれだけ気付かれる可能性が増すと、そちらを優先したのが 仇(あだ) になりました。また、向かった先がシャマ大湿原でしたので、適当な 第5列(クインタ) も周辺にいませんでした』
「それは仕方がなかったか……まあ、そのラルドゥスとか言う奴を結果的に見失わなければ良しとしよう」
『はい。庚申からの報告では、ランドYを付けてくるものはいないそうです。魔族の追跡は無いと見ていいでしょう』
そう言っていると『噂をすれば影』、ランドYがカイナ村を経由して戻ってきた。途中、老君の指示で、殺菌のため体温を200度まで上げていたことは言うまでもない。
「おお、ご苦労、ランドY」
「ご主人様、こちらにお帰りでしたか。老君、これが 件(くだん) の短剣です」
ランドYは手にした短剣を、老君の端末である老子に手渡そうとした。それを見咎める仁。
「ん? ちょっと見せてくれ」
そう言って短剣を手に取った仁は、その材質に目を見張った。見たことのない材質であったからだ。
魔法工学師(マギクラフト・マイスター) である仁が知らない材質とは。
「……おそらく、生物素材だとは思うんだが」
仁は、とりあえず自分の興味はそれまでにしておいて、老子に短剣を手渡した。ラルドゥスの居場所を特定する方が今は優先される。老子は短剣を老君の端末にセットした。
『魔力パターン、かなり薄くなっていましたが大丈夫です、記憶しました。これより居場所の特定に入ります』
老君はそう告げると、 魔力探知機(マギレーダー) を起動させた。そして数分後。
『わかりました。ラルドゥスと思われる大きな魔力反応は、現在レナード王国に入っています』
「レナード王国か……」
小群国の1つではあるものの、延々と続く山脈が邪魔をして、他の国々との国交がほとんど無く、実像が謎に包まれている国である。
第5列(クインタ) も今のところそこには派遣されてはいない。
「ショウロ皇国とレナード王国にも 第5列(クインタ) を派遣したいな。そうすると増強する必要があるか……」
『 御主人様(マイロード) 、 第5列(クインタ) を増やすのですか?』
老君の質問に仁はそうだ、と答えた。すると老君は、
『 御主人様(マイロード) 、ラルドゥスの身体能力を考えると、今の 第5列(クインタ) のままでは不安が残ります』
と、懸念を口にした。仁もそれはそうか、と頷き、具体的な方策を考えていると、折からランドZに抱えられてデネブ30が戻ってきた。
もちろん彼等も加熱殺菌した後にカイナ村へ入っている。追跡もされていない。
「おお、ご苦労さん、デネブ30、ランドZ」
現実の問題に戻ってきた仁がそう労うと、ランドZの方は、
「いえ、役目を果たしただけです。では」
と言ってカイナ村へ戻っていったが、デネブ30の方はすまなそうな顔をして仁に謝った。
「チーフ、申し訳無いことに、いただいた身体に傷を付けてしまいました」
だが仁はそんなデネブ30に優しく言葉を掛けた。
「いいんだ。今回はよくやったぞ。お前の情報が無かったら、事態はもっと深刻になっていたかもしれない」
「もったいないお言葉です」
頭を下げるデネブ30を仁は制して、
「時間があまり無い。詳しい報告を頼む」
老君から簡単な報告は受けていたが、仁は、ラルドゥスと実際に対峙したデネブ30から直接情報を聞きたかったのである。
「はい、奴は……」
デネブ30が口頭で報告するのと同時並行で、仁は破損箇所を修復していく。
このあたりは 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の面目躍如である。
短剣で斬りつけられた右腕の 魔法外皮(マジカルスキン) 、 魔法筋肉(マジカルマッスル) 、そして骨格。
いずれも工学魔法で修復できた。これは切断面がきれいだったからで、短剣の切れ味の鋭さを物語っていた。
それが終わると、改めて全身のチェックを行い、傷みかかった箇所があれば全て修復したのである。
この時交換した 魔法記録石(マギレコーダー) は老君に解析を任せ、 魔結晶(マギクリスタル) を新しいものと交換した。これでデネブ30はまたフル稼働出来る。
「……以上で報告を終わります。……チーフ、修理ありがとうございました」
そう言って頭を下げるデネブ30に仁は頷いた。
「……わかった。どう考えても人間とは思えないな。……アンはどう思う?」
老君が手回し良く、魔導大戦をリアルに知っているアンを呼んでいたのだ。
「間違いなく魔族です。奴等の身体能力は人間の数倍から数十倍ありますから、デネブ30さんが苦戦したのも当然です。そしてその詠唱も魔族特有のものです」
アンもラルドゥスが魔族だと言う。
「それだけの能力がある魔族が 魔素暴走(エーテル・スタンピード) を生き延びたとは思えないので、戦争後の生まれだとは思うのですが」
アンは自らの推測も付け足した。だがそれは今、何の慰めにもならない。
「うん。そう思うか。だがそれで事態が好転するわけでもない。……そうだ、そいつは隷属魔法らしきものも使ったと言ったな?」
「はい、エルラドライトを使って」
「うーん、対策を施しておいて良かったな……」
しっかりとした隷属書き換え魔法対策が蓬莱島の全ゴーレム・全 自動人形(オートマタ) には施されているが、少しでも手を抜いていたらと思うとぞっとする。
魔族の隷属魔法もおそらく原理は同じなので、デネブ30は隷属を免れたのである。
先ほど交換した 魔法記録石(マギレコーダー) の 魔結晶(マギクリスタル) には隷属魔法、攻撃魔法共に記録されているはずだ。
解析が待たれるが、今喫緊の問題はそこではない。仁は頭を切り換える。
「そいつや、他にも魔族がいるのかという事も気になるが、そっちはいずれ新造する 第5列(クインタ) に任せるとして、今は病気の対策の方が大切だ」
すると、アンが思いがけないことを口にした。
「病気ですか? 確か魔導大戦時に何かそういう事態があったと思います」
「何!? やはりか」
以前遺跡で見つかった日記にも強酸らしき化学兵器のことが書かれていた。ならば生物兵器があっても不思議ではない。
「申し訳ないことに、その件に関する私の記憶は欠落していて詳細までは分かりません」
魔導大戦時の事なら、かつての『黄金の破壊姫』=エレナの 制御核(コントロールコア) にも多少の記録があるはずだ。老君が管理しているはずである。
老君は、それを仁が口にする前に検索を終えていたらしく、すぐに結論を述べた。
『魔族が使用した病気は、『魔力性消耗熱』と呼ばれています。鳥から人へ、人から人へ感染し、潜伏期間は2日から5日。高熱が出、激痛に苦しんだのち、衰弱してやがては死に至ります。致死率は約70パーセント。体質によっては発症しない人もいます。わかっているのはそれだけです』
それでも致死率70パーセントというのは脅威だ。人から鳥への感染はないらしいのが唯一の救いである。
「効果的な治療法とかはわからないのか?」
『はい、残念ながら』
仁は考え込んでしまった。リシアの場合は、回復薬で治療できたが、この先何人が発症するかわからない。その全員に行き渡るほどの回復薬があるか。あったとしてもどうやって配るか。
「 転移門(ワープゲート) や飛行機じゃあ難しいか」
どちらも移動手段としては点から点への移動方法である。今回は線、面での対策を施す必要がある。
「やっぱりその魔族をとっつかまえて詳細を聞く必要があるな」
回復薬の準備は進めるとしても、できるだけ詳細な情報があるに越したことはない。
「居場所は老君が把握できているんだな?」
『はい』
「そうすると一番の適任は……」
仁はちらりと横を見た。
寡黙に佇む、仁が最も信頼する仁の最高傑作。言わずとしれた礼子である。
その礼子は、仁の視線を正しく理解した。
「はい、お父さま。お任せ下さい。必ずそのラルドゥスとかいう魔族を捕らえ、病気の情報を吐かせて見せます」
「……済まない、礼子。お前をもっと女の子として扱う、と言ったのに、その舌の根も乾かないうちにこのざまだ。駄目な父親だな、俺は」
だが礼子は首を横に振る。
「いいえ、お父さま。私は 自動人形(オートマタ) です。私にとって、製作者であるお父さまのお役に立てることが至上の喜びなのです」
そんな礼子の頭を撫でながら仁はまだ少し辛そうに言った。
「頼めるか、礼子? 必要ならペガサス1を使っていいからな。……俺はこの後、リシアとパスコーに話をし、クライン王国の人間として動いてもらえるように手配する」
組織的に動くなら、貴族としての彼等に動いてもらった方がいいと仁は判断したのである。
「大丈夫です。老君と相談して行動します」
「もうこれはお前にしか任せられないことだ、よろしく頼む」
こうして、礼子は魔族『諧謔のラルドゥス』捕縛のために行動を開始。
そして仁は、クライン王国の国民を救うために立ち上がったのである。
「礼子、何かあったら躊躇わずに全力を出していいからな」
との言葉がその決心の表れであった。